少年の憂いは混沌に呑まれる
まさか自己紹介編が2話に分かれるとは…^^;
楽しんでお読みください。
――顔合わせ会。
それは悪夢。それは希望。それは混沌。
うまくいけば明るい未来が、そうでなければ暗い未来が待っている。そして、成功条件は不明。
理屈は分からないが成功確率は第一印象。つまり顔、声、スタイルなどで決まる。それらを生まれ持った者は楽で良いのかもしれない。だが、そうでない者からすればただの地獄。全くもって不平等。この時ばかりは、流石に温厚な自分でも、神に一握りの怒りを抱いたものだ。
つまりは現在、顔合わせ会をされそうになっているこの状況に、シンは一握り、いや、油断すれば溢れそうになる不満を神にぶつけたいのだが、ぶつける神なぞ居るはずもなく。己の自由意思の介入を許さない理不尽さに、この先に待ちうる災難に思いを馳せて、ただ立ち尽くしていた。
その時、準備をすると一旦離れていた男が帰ってきた。
「…行くぞ…準備…が…できた…。…あまり…気を…張らなく…ても…大丈夫…だ…。………だから…その…泣かなく…ても…。」
……いつの間にか涙が出ていたようだ…うん…仕方ない…
そして、シンは己を奮い立たせるように、ゴシゴシと、強く目をこすった。
――遂に、この時が来たか。生きるか死ぬか、全てはこれで決まる。
シンは、魔王討伐のため歩み始めた勇者のような足取りで、男に付いて行った。
◇ ◇ ◇
気配からして部屋で待っているのは4人。大丈夫。狼狽える必要など皆無だ。さっきから止まらない足や肩の震えはきっと気のせいだろう。
男に案内され、扉に前に立ったシンは心の中で呟く。
「…では…行って…こい…。」
そう言って、男はシンの背を軽く叩いた。
「…はい。」
意を決して、勢いよく扉を開け、部屋に向かって大きく足を踏み出したシンの姿が消えた。
次の瞬間聞こえてきたのは、シンの悲鳴だった。
「うわあああああああぁぁぁぁぁぁ…」
――まぁ、当然か。
壁に背を預け、徐々に小さくなっていくシンの悲鳴を聞きながら男は思う。
そう、シンは落ちていったのだ。
顔合わせ会の会場など、この組織に所属している人々が使用する部屋は地下に造られている。
それは、万が一使徒の襲撃を受けても、地下のトンネルから逃げ出せるようにという意図があるのだが、何分この時代では、地下に降りるための設備に使用する材料がもったいないだのそんなことのために人を派遣するのは時間の無駄だの、経済的にも人員的にも厳しいのだ。
よって、命綱無しのバンジーを強制させられる訳だが。全ての地下に降りる場所の下には、高性能な緩衝材が敷かれているため何も気にする事はないのだ。
だが、初めての人にとっては恐怖以外の何物でもないだろう。シンのように悲鳴を上げてしまうのも無理はない。つまりは、何の心配もないという事を言いたい訳で。所々、緩衝材に穴が空いている所があるが、まぁ問題無いだろう。…一番の鬼門は上がって来る時だが…。奴なら問題無いだろう。気配感知の感度も平面上だけでなく、立体的な位置の生物も感知出来るほど上がってきている。
――"突破"させる事も、考えておかないとな。
そして、先程司令部から入った任務を達成すべく、隊服を翻してその場を去った。
◇ ◇ ◇
「…ぁぁぁぁあああああああ!!!」
――ドスンッ!
悲鳴が最高潮に達したのと、緩衝材に突っ込むのは同時だった。
シンは、未だ何が起こったか分からず、緩衝材に身を預けていた。ふと、すぐ横に穴が空いている部分が目に入り、ゾッとした。
――あぁ、そうか…俺、落ちたんだ…
ボーッとする頭でそんな事を考える。
――緩衝材があるみたいだから落ちる事を想定してたんだろうけど…けど…
そして、シンの不満が爆発した。
「普通言うよね!?床無いよって!落ちるよって言うよね!?言わないんなら扉に書いとけよ!落下注意でも何でもいいからさ!ていうか何で緩衝材に穴空いてんの!?あそこに落ちてたら俺絶対死んでたわ!」
そして、荒い息を吐いて気持ちを落ち着けた。
「…ふぅ…何だか、叫んだらスッキリしたな。さて、部屋の場所も聞かされて無いから探すしか無いか………あ………。」
目が、合った。4人と。恐らくはアスカロン戦隊のメンバー。
「どうも~」
辛うじて、絞り出した言葉がそれだった。
◇ ◇ ◇
部屋を静寂が支配する。
それも当然である。突然降りてきたかと思えば次に何やら意味の分からない事を叫びだした人間を見て思わず言葉を失ってしまうのも無理は無い。
しかし、この状態を作り出した張本人であるシンはこの場を収められるような器量は持ち合わせていない。
そして、そのシンはと言えば、目が合った時の体勢で石像のように硬直している。
最悪の事態である。これでシンの未来は暗い事確定、さらに変わり者として皆から腫れ物扱いされるだろう。
それはそれとして、考えてみてほしい。この永遠の静寂、つまり不測の事態に一早く対応し皆の混乱を収めていたのは誰だろう。そう、シンの学校でも有名だった、クラスの中に稀に存在する人物。それは、天才イケメン成績優秀運動神経抜群委員長である。一見、何かの呪文のように見えるが、これに遭遇した男達は皆、一様に絶望する。すなわち、『俺の青春は終わった』…と。
とまあ、つまりはシンが作り出したこの状況に対応出来るのはその青春泥棒しか居ないということである。
つまり、待っていた四人の中にそいつが居る事を祈るしかないのだが…果たして、その人物は、パンっ、と皆の意識を戻すように手を鳴らし口を開いた。気高い獅子のような黄金に輝く髪。見る者を一瞬で魅了するエメラルドの双眸。恐らく、西大陸の貴族であろう男。
「よし、皆揃った事だし、自己紹介を始めようか。」
その男は、女性が見れば一瞬で恋に落ちるであろう満面の笑みで、そう言った。
――…はっ!俺は何を…そうだった、さっきわめきちらした所を皆に見られて…そこから記憶が無い…
意識を取り戻したシンは辺りを見回して、一つ空いている席に静かに座る。
――それにしても、何だあの金髪の男の気配は…あいつからは天才イケメン成績優秀運動神経抜群委員長の気配がビンビンするんだが…ま、まさかな…
そんなシンの胸中の不安など無視して、金髪男は口を開く。
「じゃあ、まず僕から自己紹介するね」
――先頭を切って自分からいい始めただと…!こいつは…
シンの胸中の不安が膨らむ。
「僕の名前は、エレン・エルロード。気軽にエレンって呼んでくれ。僕がこの組織に入った理由は、困っている人や助けを必要としている人を少しでも助けたいから。身内は誰も殺されてないけど皆が使徒を倒す事を望むなら、僕は喜んで引き受けるよ。これからよろしく」
と、キラキラと光る満面の笑みで締めくくった。
――やっぱり…!こいつは確実に天才イケメン成績以下略だ…!終わった。俺は静かな人達と静かに事を済ませたかったのに…こういうのにつられてキャラが濃い奴らが…
と、シンの胸中の不安が確定し、シンの予想通り――
「じゃあ次は私ね!私は雷の女神ライトネル・トルレオナよ!今にも絶滅しそうな人間達を救済するために天界から来てあげたの!感謝しなさいな!」
――…またもや、場を静寂が支配する。シンの予想通りキャラが濃いのが早速現れたようだ。
因みに、女神とは大陸で信仰されている四柱の神で、火、水、雷、風の女神が存在している。
「…じゃあ次は――」
「何でよぉ!本当よ!本当に私は雷の女神なの!何で信じてくれないのよぉ!あ、そうだわ。私が本物の女神であることを証明してあげるわ!」
と、自称雷の女神は続け、
「火の女神のファナちゃんは風邪をこじらせて今寝込んでいるわ。水の女神のアクアちゃんは最近後輩に貧乳とバカにされて引きこもっているわ。そして風の女神のフィールちゃんは巨乳面してるけど実はパッドを何重にも入れてるの!これで信じてもらえたかしら?今すぐ謝って。ライトネルさんすみませんでしたって謝って。今なら今日の夕食奢りで許してあげるわ!」
「じゃあ、一応聞くけど、雷の女神様はその雷と同じ金色に輝く髪をしていると言われているけど何故銀髪なんですか?」
金髪男が自称女神様にそう問いかけた。
すると、ライトネルは目に見えてしどろもどろになり、
「そ、それは、女神の皆に正体は内緒にしておけって言われたから銀に染めただけで…あ!私正体ばらしちゃった!」
「…じゃあ、次に――」
「何でよぉ!私本当に女神なのよ!?ねぇ!聞いてる!?」
――と、シンがすっかり蚊帳の外にされ、絶望しかけていたその時。
隣の少女が突然、バッ!と立ち上がった。
「じゃあ次は私が言う番にゃ!私は猫族の長、バステトにゃ!そこの自称女神様とは違ってちゃんと証拠もあるにゃ」
と、おもむろにスカートの裾を持ち上げて尾をだし、先程までは無かった猫耳を動かしてみせた。
「にゃ!信じてもらえたかにゃ?気軽にバステトちゃんって呼んでにゃ♪」
――…キャラが濃すぎだよ!!!
シンの心の中の叫びは、声として出ることは無く、ただ心の中でこだまするだけであった。
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