アスカロン戦隊
楽しんでお読みください。
目覚めたのはいつか分からない。
目が覚めているのか、あるいは今も目を閉じたまま眠っているのか、判別のつかない時間が今まで流れていた。
この空間では今が何時なのかも分からない。完全に閉鎖されているこの空間では外の光など入ってこないし時計すら置かれていない。
……つまりは、刑務所の方が幾分ましなこの空間に対してシンは不平不満を唱えたいのだが生憎と話す相手が居ない…まぁ、居たとしてもこんなこと言えるはずもないが。
くだらない思考を切り捨て、朦朧とした頭でシンは仰向けだった体を起こす。
――これほど深く眠れたのはあの日以来初めてだな…
ミーリアの死から、溢れる怒りによって全く眠ることの出来なかったシンは僅かな動揺を見せる。
――ある程度感情がコントロール出来るようになってきたのかな…まぁ、疲れていたということの方が間違いなく大きい要因なんだろうけど…
そう、心の中で独りごちながら、寝起き特有の軋む骨にむち打ち、何をするともなく立ち上がった。
と、その時、不意に思い出した。
――中央の立体には絶対に触るな――
あの男の言葉。
…気になる…気になってしようがない…でも…
駄目だとは分かっていても幼子さながらの好奇心でじりじりと、部屋の中央へと向かっていくシン。
果たしてたどり着いた場所には、他の散りばめられている立体と同じように相変わらず真っ白であったが、一目で分かるほど他とは違う、極めて精緻に造られた立方体があった。
ただの立方体に見えるが、何か、空虚のような、この世界とは別の世界のような、異質な威圧感があった。
――…スイッチとかは特に無いけど…触ったら起動するのかな…ん…?何か書いてある…
その立方体には、達筆な文字でこう刻まれていた。
「…"ハウザー"…?」
その時、シンの人並み外れた気配感知能力がこちらに迫ってくる人をとらえた。
――この気配は…ヤバい…!あの人だ!
シンが眠りに落ちる前に、部屋を後にしたあの男が戻ってきているようだった。
幸い、何時間眠ったか分からないが休息を取った事により、シンは全快とはいかずともある程度は回復していたため、男が部屋に入ってくるまでには何とか元の場所まで戻ることが出来た。
「…起きて…いた…のか…。」
風が吹いてきそうな勢いで男の言葉に頷くシン。
「…?…氣…が…乱れて…いる…が…どうか…した…の…か…?」
「いえ!何も無かったです!今、丁度起きたところです!」
心の動揺を悟られまいと、大声でまくしたてた。
しかし今聞いたことの無い言葉が聞こえたが。
「氣って何ですか?」
そう、"氣"だ。突然飛び出した言葉だけあってスルーしそうになった。
「…それ…は…また今度…話す…。」
しかし男は即その疑問を切り捨て――
「…準備…が…でき…た…。…行く…ぞ…。」
「え?何処にですか?何をしにですか?…ちょっと!そっぽ向かないで言ってくださいよ!」
シンの問いは、虚しく空気に溶けて消えていった。
◇ ◇ ◇
装飾も色も何も無い、殺風景でどこか自分を見失いそうになりそうな通路を二人が歩く。
男の後を付いていきながらシンは考える。先程、部屋の中央の立方体を見た時、目に入った恐らく誰かの名前のような文字。
――この人は"ハウザー"って名前なんだろうか…
大陸の東の地出身のシンにとっては馴染みのない名前。多分、西方の出身なんだろう。
その時、音も無く前を歩く、細身ながらも大きく見える男の背中を眺めながらシンはふと思い出す。
――…そう言えば、初めて会った時から一度もこの人は名乗らなかったな…聞いてみようか。
そうすれば、この人が"ハウザー"であるのか、そうでないのかはっきりする。と、思いながらシンは口を開く。
「あの、今更ですけど、お名前は何というんですか?」
しかし、男は答える気もないのか、歩みの速さも緩める事もなく、何故か突き放すような感じで、
「…また…今度…な…。」
氷のような冷徹さで言った。
「…そうですか。分かりました。」
これ以降、二人が口を開くことはなくなった。
――…名前を聞かれるのは嫌だったのだろうか…この人も、過去に何らかの惨状があったのだろう…
…しばらく、気まずい沈黙が続く。
しかし、不意に、永遠にも思えたその時間は終わる。
「…もうすぐ…着く…。…心…の…準備…を…して…おけ…。」
シンがどうやってこの沈黙を破ろうと悶々としていた事などいざ知らず、平然と沈黙を破った男をシンは思わず半眼で見てしまう。
「…はい。」
二人の言葉が交わされて間もなく、通路の終わりが見えてきた。光が射し込んでいる。時間経過の分からないこの建物の中では、光を見たのは久し振りに思えた。
しかし、近付くに連れて、理屈は知らないがその光が太陽のものではなく、人工的なものであることが明確に分かった。世界は変わったとつくづく思う。世界を変えていったのは使徒でなく人ではないのか、そして、その行動に、世界を変えるような傲慢に、怒った星が人という種族を対象に裁きを与えているのではないか、一瞬、恐ろしい考えがシンの頭を過ったがそれは目に入ってきた光景の衝撃に呑み込まれてしまった。
――そこは、1000人は入れるであろう、まるで広さだけを追求し続け、その果てに出来た広大な空間のようであった。
「…ここ…は…作戦会議室…だ…。…大戦時…の…会議…には…部屋中…に…人が…入る…。」
部屋の一番奥には、他とは明らかに異質な、龍が顎門を大きく開き、その龍の脳天から地面に向かって剣が刺さっている装飾が施されている机があり、そこから扇状に黒く塗られた木造の机が置かれていた。先程通ってきた通路とは正反対に、部屋中に豪奢で幻想的な装飾が施されており、中でも目を引くのは、部屋の一番奥に置かれている机の後ろにある壁である。描かれている内の一つが大剣である事は辛うじて分かったが、他の物は何とも形容しがたいものでそれが何なのかさえ分からなかった。あの絵が何なのか男に聞いてみたところ、『大昔から語り継がれている神話に関係するもの』らしい。
――と、その時、シンはあることに気付いた。
「あれ?ここ、俺達以外に誰か居ません?」
シンが自分達以外の気配を、この部屋から感じ取ったようだ。
「…やはり…お前…は…"突破"…できる…かも…しれない…な…。…とり…あえず…付いて…来い…。」
男は初め"突破"などという意味の分からない事を言っていたが、聞いても答えてくれない事をシンは分かっていたので黙って付いて行く事にした。
「…第…三の…試練…という…もの…は…俺が…勝手…に…付けた…名前…だ…。」
すると男が口を開いた。
「…お前は…アスカロン…戦隊…という…部隊…に…配属…され…る…。…アスカロン…は…伝説上…の…剣…の…名前…だ…。…この…ような…名前…を…付けられる…のは…稀…で…名誉な…こと…だ…。」
男はさらに続ける。
「…そこ…で…重要…なのは…隊員…と…コミュニケーション…を…取る…こと…だ…。」
そして、続いた一言にシンは絶望した。
「…これ…が…とても…難しい…ので…俺が…試練…と…名付けた…。…俺は…これ…が…出来なかった…から…現在…単独…行動…を…して…いる…。」
「……………………」
シンは心の中で絶叫した。
――絶対無理だろ!!!よりによって何でここまで来てコミュニケーションなの!?俺が一番苦手とする事を最後に持ってくるなんて…ミーリア…ごめんよ…俺はもう…無理だ…。
ミーリアの仇を打つとあれほど固く決意したにも関わらず、既にダウン寸前のシン。
その理由は小学校時代に好きな子が出来てアプローチを繰り返した末に告白した結果、その女子に「は?キモいんですけど?」と言われた事に由来するのだが…ここでは割愛しよう。
そんなこんなで、シンは悲しい過去を思い出してしまった事で涙を堪えるので精一杯だった。
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