最難関の幻影
楽しんでお読み下さい。
――何だ…?ここ…
扉の中は、何も見えない漆黒の闇。
「――うわっ!?何だ…これ…!?」
目が慣れるまでじっとしている事にしたシンに、突然、"何か"が襲い掛かった。否、侵入した。
頭の中を直接覗きこまれているような、脳内に土足で踏みいられているような不愉快な感覚だった。
暫くして、その不愉快な感覚が消失したとき――
「…ここは…俺の家…?」
シンは自宅の中に居た。
――ど、どういう事だ?さっき俺は暗闇に…
突然の事態に混乱するシン。
しかし、目の前に現れた人物にこれが幻想である事を理解させられた。
「…ミーリア…」
それは、死んだはずの妹だった。
ミーリアは、幼さを感じさせるエプロンを着ており、結び方が分からないのか後ろの紐を結んでいない状態でキッチンに居た。
まるで、兄思いの妹が、兄に不器用ながらも初めてご飯を作ってあげようとしているかのように。
――何だ…これは…?俺の記憶か…?こんな場面は無かったはず…
そんなシンの事は見えていないかのように、いや、見えていないのだろう。ミーリアは料理を始める。
見た所、玉子焼きを作っているようだが。
――ああっ、違うよ。玉子焼きを作るときは鍋なんて使わないよ…あ、殻が入ってしまった…全く…ふふっ
初めてにも関わらず、不器用ながらも頑張っている姿に自然と笑みがこぼれる。
しかし、次の瞬間、凍り付いた。
家の、扉を無造作に破壊して、使徒が侵入してきたのだ。
その扉が破壊された轟音と、ミーリアが包丁をシンクに落としたのとが同時だったためか、ミーリアはそれが迫って来ている事に気付かない。
――駄目だ!逃げろミーリア!奴が来てるぞ!
その叫びは届かない。幻想である事を理解していても我慢できずに必死に叫んでしまう。声よ届けと。生き延びてくれと。
そして、理解した。
これはあの日の再現なのだと。忘れもしない、自分が生きる価値を無くしたあの日の再現なのだと。
――逃げろぉ!!
叫びと同時に、一瞬でミーリアに接近した使徒は、あまりにも無造作に、道端の小石でも蹴るかのように、簡単にミーリアを肉片に変えた。
「うわあぁぁぁ!!」
妹が死んだ瞬間を目の当たりにしたシンは、そのまま失神した。
声が出た時には遅かった。
――思い返してみれば、自分はいつも遅かった。母が病に侵されていることに気づくのも、父が母の死に絶望していた事も、そして自分の過ちに気づくのも。
――ごめんなぁ…俺がいつも遅かったせいで皆を不幸にしてしまって…殺してしまって…全部俺のせいだったんだ…
沈んだ気持ちで目を開けると、そこには、
(シン。あなたにはとても感謝しているのよ。)
――か、母さん…?
(シン。お前は俺の自慢の息子だぞ。)
(お兄ちゃん。ずっとずっと大好きだよ。)
――父さん…!?ミーリア…!?
まるで、どうしようもなく空虚になったシンの心を満たすように、三人は語りかける。
(ねぇ、シン。一人にしてしまってごめんね。死んでしまって…ごめんね…!あなたは、私はもう手遅れだと、お医者さんに宣告されてもずっと看病してくれたわね。あなたは、自分では分かっていないようだけど、とっても優しい子よ。自分を責めないで、過去を見てばかりいないで前を見て…!)
――違うよ、母さん。俺が気付くのが遅かったから母さんは…全部俺のせいなんだ…
(シン。お前は強い子だ。お前は昔から良く泣く子だったが、その分、お前は強く、優しかった。都会の奴らからどんな暴力を受けてもお前はずっと耐えていたな。…まぁ、ミーリアが殴られた瞬間、豹変して奴らを全滅させたのには流石に驚いたが…。お前は、父さんの誇りだ。お前とミーリアを残して、先に逝っちまって悪かったな…。)
――父さん…俺は強くなんかないよ…強かったらミーリアを失ったりしなかった…俺みたいな奴を誇らないでくれよ…
(お兄ちゃん。いつも一緒にいてくれて、まもってくれてありがとう。ミーリアは、いつも笑ってやさしいお兄ちゃんが大好きだったよ。ミーリアが一人の時は外に"わな?"をいっぱい作ってくれたね。お兄ちゃんのおかげでミーリアはずっと安心できたよ。ミーリアはね、お兄ちゃんを手伝いたかったんだよ。だからね、さいごはミーリアがお兄ちゃんをまもってあげたんだ。)
――ミーリア…悪いな…守ってやれなくて…死なせてしまって…ごめんな…!俺なんか心配してくれなくても良かったのに、結局、全部俺のせいだったんだ…
(((違うよ。)))
三人の声が寸分違わず揃った。
(私は――)
(俺は――)
(ミーリアは――)
さっきと同じ、寸分も違うことなく、
(((救われたんだよ。)))
そして、霧が晴れていくように三人は消えていく。
意識が覚醒してきた。そんな感覚をはっきりとシンは感じた。
目を覚ますと、辺りは暗闇。初めと同じ場所だ。
――そうか…俺は――
そして、再びシンの脳内に何かが侵入した。
二度目の不愉快な感覚が消失し、部屋内が明るくなった時、
シンは自宅の中に居た。
しかし、現れた光景は、ミーリアの死ぬ瞬間ではなく、家族四人で幸せに暮らしている家庭の様子だった。
――俺は、ただ"声"が欲しかっただけだったんだ…
幻想の中に、シンは存在している。さっきはただ傍観しているだけだった。これだけでも心情の変化を知る事が出来るだろう。無意識に塞ぎ混んでいた心が、三人の言葉によって徐々に解かされたのだった。
しばらくして、幻想が消えた。幸せだった。幻想でも。涙を流している事に気づかない程には。
不意に、部屋の中に男の声が響いた。
「…試練…突破…だ…」
良く聞こえなかったが、合格だった。
条件は不明だが、後で聞いてみよう。
そして、家族の言葉を再び噛み締めるかのように、静かに目を閉じた。
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