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「はぁっ、はぁっ、あいつ、どこ行った!?」
――昨日、使徒に殺されかけ、突如現れた謎の男に救われたシン。
救われた直後、シンはボロボロで体は全く動かせなかったため、一晩、家で休んでから男に着いていくことにした。その間、男は別の場所で待っていると言い、不本意だが男にベッドまで運んでもらい、その場で一旦別れた。
そして今日。外に出ると、昨日の謎の男が立っており、無言で歩き出したので後を着いていったが――
「はぁっ、歩くの速すぎだろ!俺の全力疾走でも!はぁっ、追い付けなかった!」
現在、家から遠く離れた、最近壊滅したと思われる都市で、シンは右往左往していた。
――何でだ!?何であいつはあんなに速いんだ!?っていうか初めからおかしかった!刀であの硬い使徒を真っ二つにしていたし、俺が昨日寝てる間もずっと家のドアの前に立ってた!俺は人一倍気配に敏感だったから分かる!
他にもおかしかった事がある。
あの赤い鎧の化物との戦いで俺は大怪我を負っていたはずだ。それこそ死んでもおかしくないほどの。
だが、一晩寝ただけでそれらは完治してしまった。あの男が何かしたのだろうが…
それより、俺はどうすればいいんだ…?
いや、違う。
するべきことは分かっているのだ。
昨日家に運ばれた時、男は言った。
"明日、試練を行う。お前の力を示せ"と。
だが、その方法が分からない。
何を以て力を示したことになるのかが明かされていないのだ。
そもそも男はどこでそれを見ているというのだろうか。
辺りを見回してみても、男の姿は見当たらない。
どうすれば…
慌てるシンを静かに眺めながら、男は思う。
まあ、慌てるのも無理はない。何しろヒントが少なすぎるのだから。
だが、少ないヒントの中から答えを探し出すことも重要だ。
その力を身に付けていなければ、いずれ"呑まれてしまう"だろう。
だからこそ、答えに行き着けないようなら少年とはお別れだ。
もちろん、町までは連れていってやるが。
しかし、その必要が無いことは昨日確信している。
昨日、あの少年は大怪我を負った。
それは俺の施しでも、一晩で快復出来ないほど深いものだった。
それでも、少年は俺の"怒り"に順応してみせた。
"怒り"と体の親和性が高いということはつまり、"怒り"を扱う才能も長けているということだ。
それに――、と男は回想にふける。
ほとんどの人間は使徒に遭遇した時、既に生きる事を諦め、その死の凶刃が振り下ろされるのに対して抵抗すらしない。だがこの少年はどうだ。圧倒的な力を持つ使徒に、包丁一本で挑み互角の戦いを見せた。そして何度吹き飛ばされても、留まることのない怒りで立ち上がり戦った。その姿からは不屈の"怒り"が感じられた。
この少年となら奴を――
いや、今は止めておくか…
思い出せ。昨日、あの男は何と言っていた?何をしろと言っていた?
深く語らなかった以上、既に答えは言っているはずなのだ。
――……そう言えば…
そして、男が語った言葉の中に、複数回出ていた言葉を思い出す。
"怒れ少年" "怒りの炎を燃やせ"
――あの男は"怒り"という言葉を執拗に使っていたな…。
あの時の感情を思い出せってことか?でも、怒りが試練と何の関係があるのだろう。それが試練だというのならば、どんな条件で試練突破と見なされるのだろう。
それでも、やってみないことに状況は変わらない。
今まで路端の樹木を思いっきり蹴りつけたり、殴り付けたりしたものの、男が現れることはなかった。
――上等だ。俺の"怒り"を見せてやる…
"怒り"は、人の身体に少なからず影響を及ぼす。
それは、怒りに支配されたが故に、信じられないような腕力を発揮したり、痛みを無視して体を破壊しかねない行動を続けることが出来たりなどということからも分かる。
単に"怒り"といっても様々なものがある。
そして、その強さは、"怒り"の対象によって大きく変わってくる。
その中でも、人の身体に最も大きな影響を及ぼし、且つ最も制御の難しい怒りをシンは持っていた。
それは――
"復讐"の怒りだ。
そして、シンはあの時の事を思い返す。
昨日寝ている最中も、どうしようもなく、ふつふつと沸き上がってくる怒りに何度も目を覚ました。
あれからずっと心の奥の方に居座っている焼けるような怒り。
出来るならば今すぐにでも、あの赤い鎧の化物を八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られる、マグマの如き"復讐心"。
それが頂点に達した時、地震の初期微動が主要動に移り変わったかの如く、シンは叫び声を上げた。
「うあああああああああ!!!」
その叫びは、空気を激しく揺らし、大地を揺らした。
そう。文字通り"大地を揺らした"。
シンの怒りが、身体にのみ及ぼすという枷を振り払い、周囲の物体にも影響を及ぼしたのだ。
突如、シンの前にあの男が現れた。
「…おめでとう…第一関門…突破…だ…。」
シンは、まだ怒りに震える肩を、無理矢理制しながら言った。
「はぁっ、はぁっ、やっぱり、"怒り"だったのか…!」
その問いは、試練の内容が"怒り"の解放だったのかというものだった。
「…ああ…。」
答えは、肯定。
「…試験…内容に…沿って…お前が…合…格か…そうでないか…を…判断…させてもらった…。」
シンは理解した。
――なるほど。だから突然姿を消して俺の動向を観察してた、ということか…だが…
「俺は合格なのか?」
「…案…ずるな…取り敢えず…この試練…は…突破だ…だが…これで…終了では…ない…。」
――まだ、試練は続くということか…でも、何で俺は合格出来たんだ?
すると、男はシンの意思を汲み取ったように言った。
「…合格…条件…は…その…試験対象…の…怒りが…周囲に…影響を及ぼす…というものだ…。…お前の怒りは…さっき…地を…揺らした…だから…合格…だ…。…他にも…個人的…に…試させて…もらった…部分は…ある…が…概ね…先の内容…と…同じ…だ…」
シンの怒りは大地を揺らした、つまり、周囲に影響を及ぼしたため、合格である、ということだった。
「そうか…なら、あんたの怒りも見せてくれよ。あんたと比べて自分の位置がどのくらいなのか知っておきたい。」
男は、一瞬の瞬巡を見せたが、すぐに頷いた。
「…いい…だろう…これも…学習…だ…。」
――瞬間、シンに返答した直後、空気が"凍った"。
底冷えするような、どこまでも冷徹で静かで、凄まじい怒りの放出に、シンは意識を保っているので精一杯だった。
その間も、男の怒りは、拡大、膨張を続け、男を中心に同心円状に地面が氷で覆われていった。
「っ…!うぁああ…!」
シンはうめき声を上げながらひたすら耐えた。
そして、永遠に等しいと思われた時間は、突如、張りつめていた糸がぷっつり切れたように、終わった。
その頃には、地面一体が氷で覆われており、何処かの北国にテレポートしたのかと錯覚するような状態であった。
凄まじい怒りの影響に息を飲むシン。
しかし、そんな事は何でもないと、服の埃をはらい、こちらへ歩いてくる男の姿を見て、
――決めた…今度からは敬語を使おう…。
シンは、密かに決意を固めたのであった。
「それで、第二の試練はいつなんですか?」
男の能力を目の当たりにして、大人しくなったシン。次に行われるであろう試練はいつなのか問う。
「…そう…慌てるな…ここからは…室内…で…行う…。」
「え?室内ですか?どこにそんな建物が――」
「…俺だ…」
しかし、シンの問いより先に、静かに男は呟くと、突如、眼前に建物が現れた。
「…は!?何だこれ!?」
「…さて…では…付いて…こい…。」
まだ混乱しているシンを無理矢理促して、二人はその建物に入った。
建物の中はSFを彷彿とさせるような複雑な機器や施設で溢れており、田舎中の田舎に住んでいたシンにはそれが何なのか全く分からない。因みに、後から聞いた話だが、この建物は使徒に発見されないように、防御を全て捨て、ステルス機能のみに技術を全振りしているため、外からは絶対に見えないのだそうだ。
そして、男はある扉の前で立ち止まった。
「…ここからは…一人…だ…。…名前や…年齢…は…ちゃんと…言えるか…?」
「当たり前です。子供じゃないんですから。」
まだ幼い子供に語りかけるように話され、やや不機嫌なシン。
「…なら…行ってこい…。」
と、シンは背中を押され、半分無理矢理に中へ入れられた。
扉には、[新規加入の方は此方へ]という、木の、腐食してボロボロになった、周囲とは明らかに異質な看板がかけてあった。
――さっきの関門が脱落者が多いというだけで、最難関はここなんだよな…
扉の前で、静かに、シンの運命を案じるように、男は笑った。
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