戦闘訓練 黒髪の女神様(仮)?
楽しんで読んで頂けたら幸いです。
「うわぁ~!凄いですぅ!とってもお似合いですよぉ~」
目の前で、満面の笑みでピョンピョン跳ねるのは幼女ことシャロンである。
隊服を着たシンを褒めちぎっているようだ。
そして、そのシンはと言うと…
「…あ…あぁ、あ…」
生まれて初めて女性用の服を着たことで、白目を向いて、覚醒と気絶の狭間を行き交っているようだ。
「…あれぇ?どうしましたぁ?可愛いですよぉ~」
元々中性的な顔立ちだったシンは、女性用の隊服を着た事により、外見は美しい黒髪ショートの見事な美少女となっていた。
「…そうですか…」
シンは、もう何も考えない事にした。
◇ ◇ ◇
「ではぁ、訓練場に向かいましょう~」
そう言うと、シャロンはシンの手を引いて歩き出した。
そこで初めて、シンは目の前の少女の異様さに気づく。
――音が…全くしない。仕草や動作の一つ一つに、音が発生しない。こんなこと…
そして、シンは一つの結論に到る。
この感覚はこれで二度目だ。自分とは大きくかけ離れた、まるで人ではないかのような感覚。
――そうか…この人も化け物なのか…
"化け物"。それは、目の前の少女にはまるで似合わない、だが、妙にしっくりとくる名だった。
二人は長い通路を歩く。
そこは、シンも初めて通る道だった。
「あ~ぁ…私たち、多分遅刻ですよぉ~…。…私たち以外誰も居ないですしぃ~」
不意に、シャロンが諦めたように声を漏らした。
「普段はもっと人が通るものなんですか?」
「うん。この通路いっぱいに人が通るんだよぉ~」
「…他の人達が遅刻している可能性は…」
「それはないですよぉ~。だってぇ、もう時計が8時を回ってるんですもの~。全員が1時間遅刻なんて有り得ません~」
「…そうですか」
そこで、シンはシャロンの話に出てきたものに疑問を抱く。
――ん?時計?今、時計って言わなかったか…?
「あの、今時計って――」
「あ~。君はまだ時計貰ってなかったんですねぇ~。でも大丈夫~。多分、今日貰えるからぁ~」
良かった。時計はあったんだ。
シンは静かに胸を撫で下ろす。
流石に、時計が無かったら生活には不便だよな。
「まあ~、私の場合はぁ、体内時計ですけどぉ」
――体内時計かよ!!
「そ、それって、正確なんですか…?」
すると、シャロンはイタズラ気に笑い、
「"極めし者"はねぇ、この世の摂理とはかけ離れた存在になるのよぉ。例えばぁ、神様とか使徒とかみたいにぃ、常識が通用しなくなるのぉ~」
つまり、とシャロンは続け、
「私はぁ、"極めし者"の一人だからぁ、君の常識は通用しないのよぉ~。分かってくれたぁ?」
「いや、全然…」
「そうですかぁ…残念ですぅ」
そして、シャロンは残念そうに肩を落とす。
――何を言ってるかさっぱりだったけど…一つだけ分かった…
それはつまり、目の前の少女は人間ではないということ。人間を遥かに超越した存在であること。
――この人…やっぱり化け物だ…
「さてと、お喋りはこのくらいにしてぇ、もうすぐ訓練場に着きますよぉ」
シャロンが言い終わると同時に、さっきまでは無音だった通路に僅かに声が聞こえてくる。
これは…掛け声だろうか。気合いの籠った咆哮も聞こえる。
そして、目の前の通路を右に曲がると、その声が一層大きくなった。
「あ~…やっぱり遅刻だったかぁ~」
隣では、シャロンが予想通りというように呟く。
「す、凄い気迫ですね…!」
「だよねぇ~。多分、戦闘訓練でもしてるんじゃないかなぁ。模擬戦とかぁ」
「なるほど…」
――模擬戦とかするのか…緊張するな…
「君は今日が初めてなんだよねぇ。どんな武器を使うか決めてるのぉ?」
「いえ。特には決めてないです」
「そうなんだぁ~。楽しみだねぇ~」
と、シャロンは天真爛漫という言葉が似合う笑顔で言った。
「では、君に紹介するよぉ」
隣を歩いていたシャロンが突然走りだし、シンの前に出る。
「ここがぁ、一般の人々が"英雄の修練場"とも呼ぶ我が組織の訓練場、"リクルートバトルエリア"よぉ!」
そう言って、両腕をバッと、後方を強調するように指し示した。
「うわぁ…!」
自然と、口からこぼれ出た感嘆詞。それ以外に言葉が出なかった。
ここが、訓練場。己の強さを磨くところ。使徒に対抗する力を手に入れるところ!
シンが見とれていると、隣からニコニコとシャロンが話しかけてきた。
「じゃあ~、私はこれから任務だからぁ~」
――任務、か。この人も戦隊には入ってないんだなぁ…
そして、来た道を引き返そうとするシャロンだったが、突如、あ!と声を上げ、再び近寄ってきた。
「忘れてたぁ~。君の名前も聞いておかないとですねぇ~。なんていう名前なんですかぁ?」
予想外の問いに一瞬固まるシン。だが、すぐに取り直して答えた。
「シン、です」
「へえぇ~!シン君っていうんだぁ~!これからよろしくねぇ~」
シャロンは花が咲いたような笑顔で言って、今度こそ道を引き返していった。
やっぱり音は聞こえなかった。
――あんな可愛らしい見た目なのに、冗談みたいに強いんだろうなぁ…
しばらく、シャロンの歩いていった方向を眺めるシンだったが、決意を固めたように訓練場へと足を踏み出した。
◇ ◇ ◇
訓練場に入るとそこは屋外で、通路が長くて気付き難かったが、緩やかに傾斜がかかっており、屋外に繋がっていたようだ。久し振りの外でスッキリ出来ると思ったが、中に入った途端ムアッとした熱気に包まれ、非常に不快だった。
だが、これだけの人数が居るのだし仕方無いかと割り切り、構わず歩き出した。
訓練場は流石の広さで、以前訪れた広さだけを追求したような作戦会議室の2倍は広い。
周りを見渡してみると、一人の教師のような者のところに何人かが集まって訓練をしているグループが何組もあり、戦隊ごとにグループ分けがされているということが分かった。
後、僅かだが、他の場所より地面が1m程高い場所で、模擬戦を行っているグループもあった。
――へえ~、凄いな…
と、感心していると、
「おら貴様あああ!!何遅刻してやがんだ!お前には一際キツイ訓練を……お、おはよう。元気かい?良かったらこの後ご飯にでも…」
案の定、教師のような者に怒られ、言い訳を必死に考えていたシンだったが、何故か目の前の屈強な男は鼻の下を伸ばしてだらしない顔をしている。
「おっと、ゴメンね。驚かせちゃったかな?俺の名前はレベンスだ。よろしくな。君はどこの隊に属しているんだい?案内するよ」
「えと、アスカロン戦隊というところに属しているのですが…」
「アスカロン戦闘?そいつらはここじゃなくて別の部屋で別の訓練をしているぞ」
「えぇ!?そうなんですか!?」
――お~い、シャロンさ~ん。しっかり間違ってますよ~
持ち前のポンコツぶりを大いに発揮したシャロンだった。
「まあ、それはそれで、この後食事でも――」
「レベンス中尉!!相手が袈裟斬りに剣を切りつけてきた時の対処法のご指導をお願い出来ませんでしょうか!!」
さっきまでレベンスに指導を受けていたと思われる隊員に遮られた。ていうか中尉だったんだね。
「喧しいわ!少し黙っとけ!!」
だが、レベンスは隊員を叱責し、追い返してしまった。
「さてと、邪魔が入って悪かったね。それでどうだい?一緒に食事でも」
「お断りします」
即答した。
こんなどこの男とも知れぬ怪しい輩と食事なんて嫌だ。というか生理的に無理。つーか何で俺なんだ?
そして、シンは自分の体を見下ろす。
目に写ったのは可愛い柄の女性用隊服…って!
これだあああ!!!
――い、今すぐ誤解を解かないと!
「あ、あの――」
だが、シンの判断は少し遅かったようだ。
「き、貴様ぁ!この俺の誘いを断るなど、俺が剣聖レベンスであることを知っての愚行かぁ!!」
――あ、怒った…これヤバいやつじゃ…
「思い知らせてやる!そこのステージに上がれ!!」
「は、はい…」
そして、一本の木剣を投げ渡してきた。
――短気な奴…何だか弱そうだなぁ…
あーあ、あの女終わったな。あんなに可愛いのに、可哀想に。見てられねぇよ。
というように、いつの間にか集まっていた周りの奴らの声が聞こえてきた。
――げ、あいつそんなに強いのかよ!?これって本格的にヤバいやつじゃ…
と、困ったような顔をしていると、それがレベンスを刺激したのか、
「くひひひひ。良い顔だ。そう、これは訓練だからな。お前を好きなだけいたぶってやるよ!そして俺の愛玩用ペットとなるんだなぁ!!」
うわぁ……何だこの寒気は…これが奴の攻撃…ではないか。気色悪すぎだろあいつ。
「俺は甘くないからなぁ。お前に攻撃なんてさせてやらないぞ。一方的に痛め付けて心をぶち折ってやるよぉ!!」
と、レベンスは声を上げて、手に持った木剣で斬りかかってきた。
――あれ…?思ったよりも遅いな…手を抜いてるのか…一方的に痛め付けるとか言ってたのに
降り下ろされた木剣を、シンは木剣の腹で受け流す。
そのまま追撃を放ってくるかと思ったが、レベンスは何もせず後ろに飛び退いてしまった。
「ふん。少しは戦えるようだが、これは受け止められまい!!」
そして、レベンスは居合斬りの構えを取った。
「あ、あれは!!レベンス中尉の"神速の居合"の構えだ!」
「今度こそ、終わったな…」
と、ギャラリーが口々にそう溢す。
――えぇ!?そんなにヤバい技なのか!?どうしよう!どうやって防ごう…!
「終わりだ。ゼアッ!!」
気合い一発。渾身の居合を繰り出した。
が、
――あれ…?何か遅くね…?もしかして、こいつ本当に弱いのか?
シンは、その場を飛び退くことで居合斬りを回避する。
「くっ!小賢しい!次で終わらせてやる!!」
そして、レベンスは再び居合の構えを取る。
「おいおい。あの女避けやがったぞ」
「馬鹿言え。偶然に決まってる」
「いや偶然でも凄いだろ」
再びギャラリーが騒がしくなるが、シンはスルーしておく。
「おいレベンスとやら。お前の技はそれだけか?そろそろ終わらせるぞ?」
すると、レベンスは顔を真っ赤にして激昂した。
「きさ、貴様ぁ!もう許さんぞ!今すぐ叩きのめしてくれるわ!!」
言い終わると同時に、レベンスは居合斬りを放ってくる。
――うん。やっぱり遅いな。
シンは左の空中を蹴り、居合斬りを回避してから、さらに三度空中を蹴ってレベンスの背後に回り込んだ。
そして、そのままレベンスに向かって空中を蹴り、木剣でレベンスの頭部を横凪ぎに斬りつけた。
慣性を鼻で笑う、天歩をマスターしたシンの高速立体機動斬撃だ。
――ズザッ!
と、格好よく着地したシンは、ビシッ、とレベンスを指差し言った。
「ふん!これに懲りたら見た目で強さを判断しないようにするんだな!」
――決まった…!やっぱり見た目で判断しないのは大事だよね。シャロンがその良い例だ。
だが、レベンスは気絶してしまったのか、ピクリとも動かなかった。
あり?やり過ぎたかな…?
木剣の先で顔をつついてみるが、全く起きない。
「「「………………」」」
――どうしよう…静寂が怖い。何だこの空気は…
「え、えーと…テヘペロ!」
シンは女子が言う言葉はこれだろうという言葉を、キャルーンという擬音が似合う仕草で言った。
「「「………………」」」
シーン、と、再び場を静寂が満たす。
――うん…やっぱり無理があるか…。ていうか恥ずかしいな…!
シンが何も言えないで黙っていると、
「おいおい、あの女レベンス中尉を倒したぞ!」
「嘘だろ!レベンス中尉は組織でも十本の指に入る程の強さだぞ!?」
「め、女神だ!黒髪の戦女神だ!!」
「あぁ、何と美しい。是非ともこの私とお食事に」
「な!?お前抜け駆けは許さんぞ!女神様!どうか私と!」
「いや俺と!!」
「私と!」
……………
――何だか雲行きが怪しくなってきたぞ…
「もしかして…女神って俺の――」
「「「女神様!!!」」」
全員の声が唱和した。
――いやいやいやいや…
――いやいやいやいやいやいやいやいや!!!
「今すぐ帰ります!!!」
シンはとても居たたまれなくなり、全速力で外へと向かった。
待って女神サマーー!
待ってください―!
――待つか!!
後ろから迫ってくる者共を引き離し、訓練場を飛び出した。
「俺、もしかして…やらかした…?」
――いや、そんな筈は無い。俺は絡んできたチンピラを返り討ちにしただけだもんな。そうだもんな!俺は悪くないもんな!
と、必死に自分に言い聞かせた。
そしてふと思い出す。
「待てよ…?そう言えばアスカロン戦隊は別の場所で訓練してるって言ってたよな…てことは…」
――俺、訓練初日から無断欠席かよ!!遅刻なんてレベルじゃない!今すぐ行かないと!
ああもう。それもこれも全部、シャロンのせいじゃないか。
シンは大きな溜め息を吐き、長い通路を歩き出した。
その後、レベンスを倒した謎の黒髪女騎士は、訓練場の戦女神として奉られ、後世に語り継がれていくのだが、この時のシンには知る由もなかった。
中々話が進まない^^;
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