夢枕の殼鎧と現実の女性服
楽しんでお読みください。
「はーーっ!お腹一杯!シンさん、奢ってくれてありがとう!」
「……あ、ああ」
晩飯をライトネルに奢ることになったシンは、食堂の場所が分からなかったため、ライトネルに案内され食堂に訪れた。(男は任務が入っており途中から抜けた)
そうだ。そこまでは良かったのだ。見た目は可愛らしい女の子だし、明日と明後日の晩飯くらいは奢ってやってもいいと思っていた。そう、思っていたのだが…
「…駄目だ。やっぱり黙ってられない。お前さあ、飯食い過ぎだろ!その体のどこにあの量の飯が入るんだよ!有り得ないだろうが!!しかも、俺がトイレに行ってる間に俺の頼んだ飯も食い尽くしてくれやがって!」
「それは心外ね!女神パワーを維持するにはたくさんご飯食べなきゃいけないの!ていうかシンさんが奢るって言ったんだから文句言わないでよね!」
「だとしてもあれは食い過ぎだ!そもそもお前の女神パワーなんて役に立ったこと無いだろうが!まあ、静電気程度の天罰しか下せない弱い女神パワーなんてたかがしれてますし?というわけで今日からお前の事は"食い意地インチキ女神"と呼んでやるからな!」
「あんたね!女神を前に不敬だとは思わないの!?そもそも天罰がそんなになったのは地上に降りてきちゃったからで、天界ではあたし凄いんだからね!?本当よ!?だからその呼び方は止めてくださいお願いしますシンさん!!」
口喧嘩はシンに軍配が上がったようだ。
「いいだろう。だが、一つ約束しろ。明日と明後日はちゃんと奢るから、量は自重してくれ。分かったな!」
「分かりました!明日も明後日もたらふくご馳走になります!じゃ、またねシンさ~ん」
「いや全然分かってないから!!おい!待て…って速!」
勝負に勝って試合に負けた、そんな言葉が似合う二人の会話だった。
――あれ?待てよ…
そこで、シンは一つの重要事項に気付く。
「俺の部屋…どこだ…?」
ヒュウーッと、室内では有り得ない風が吹いた気がした。
◇ ◇ ◇
「あ~あ…またこの刑務所みたいな部屋かぁ…ここに居たら逆に疲れるんだよな」
現在、シンはあの男の部屋に居た。周りには凶器とも呼べる立体が散らばっているため、就寝時も気を抜けないのだ。うっかり寝返りでも打ってしまえば大怪我は免れないのである。
――はぁ、自分の部屋が欲しい…
「…おい…俺の部屋が…なんだ…って…?」
「うわあぁ!!」
シンが、これ程驚いたのは生まれて初めてのことである。と言うのも、気配感知により、驚かそうとしても事前に位置が分かってしまうのだ。戦場では、相手の動きが速すぎるため、目に頼らない戦い方が重要になってくる。つまり、有用な能力を有していると言えるのだが、今、それが全く意味を成さなかったのだ。
「何で!?何で気配感知に引っ掛からないんですか!?」
「……おっと…忘れて…た…」
男はそう言うと、深く深呼吸して見せた。
「…これで…どう…だ…」
シンは困惑する。先程まで全く無かった気配が、男が深呼吸を終えると確かに感知出来るようになったのだ。
こんなことが可能だとは思えない。
体というものがある時点で、空気の動きや空間の歪みが生まれ、それを読み取ることで気配が感知できる筈なのだが、いずれの存在も確認されなかった。
可能だというならば、それこそ幽霊だとか、人間を超越した他の存在のみだろう。
「も、もどりました…」
「……そうか…戦場…では…気配を絶って…いるから…な…。…お前も…もう少し…鍛えれば…分かる…ように…なる…」
――この人は化け物だ
改めてそう思った。
「……明日…は…戦隊ごと…に…訓練が…ある…。…呼び出しがかかる…から…遅れずに…行くよう…に…」
「訓練があるのですか。あなたは来るのですか?」
「…いや…俺は…どこの戦隊…にも…入ってない…から…な…」
そう言うと、男は踵を返して部屋を出ていった。
――訓練…か。あのメンバーとまた顔を会わせなきゃいけないなんて憂鬱でしかない。どんな訓練をするんだろう。やっぱり戦闘訓練なのかな……まぁ、ライトネルは遅刻するだろうけど……
明日行われる訓練に僅かな不安を感じつつ、シンは組織に入って二度目の眠りに就いた。
◇ ◇ ◇
――どこだ…ここは…?
シンは、暗闇の中に居た。
いや、暗闇ではないのかもしれない。目が潰れて視覚を失っているのかもしれないし、何かで目を覆われているのかもしれない。
つまり、今、どんな状況なのかも、どこに居るのかも分からなかった。
すると、突然、周りが明るくなった。
十二色の明かりに照らされ、間近で虹を見ているような、幻想的かつ非現実的な景色だった。
――綺麗…
そう思い、景色に酔いしれていると、徐々に、十二色の内、赤の割合が増えていき、景色は真っ赤に染まってしまった。
まるで、戦火に包まれ、焼死する寸前のような錯覚を覚えた。
そして、目の前の景色にズレが生じ景色が切断され、200mは優に超える、八対の光の翼を持った、巨大な深紅の殻鎧が現れた。
鎧には、複雑な模様を描く金色の線が幾つも刻まれ、脈動していた。
――逃げなきゃ…!今すぐ逃げなきゃ…!!
そう思うも、手足の感覚は無く、その場所から一歩も動けない。
ふと、自分の体を見ると、四肢は無く、首と胴しか残っていないようだった。
目の前の巨大な殻鎧は、その身の丈と同等の長さの大剣を振りかぶり、こちらに向かって降り下ろしてきた。
――うわああぁぁああ!!!
声は出なかった。匂いも音も何も感じないから、顔には目しか無いのかもしれない。
シンは、その大剣を避けることが出来ずに、成す術もなく両断された。
◇ ◇ ◇
「もしも~し。聞こえますか~?大丈夫ですか~?」
――誰かの声が聞こえる。これは…女性の声だろうか…?
うっすらと、瞼を開けようとするが、次の瞬間右腕に凄絶な痛みが走り、飛び起きる。
「痛い痛い熱い!?何だ!?」
腕をまくり、見ると、手首に見たことの無い文字が、赤く刻まれていた。
だが、奇妙なことに、見たことの無い文字だったが、意味は理解出来た。
「一週間後……?」
――どういう意味だ…?そしてあの夢は何だ…?そもそもあれは…夢なのか…?
深く考えようとしたところで、それを遮るように先程聞こえた女性の声がかかった。
「やっと起きましたね~。うなされていましたよ~。悪夢でもぉ~見たのですか~?」
目を向けると、そこには可愛らしい少女が立っていた。緩やかにカールがかかった髪を、腰の辺りまで伸ばしており、小動物を思わせるような丸く、紺碧の双眸でこちらを見ている。年は自分と同じくらいだろうか。ふわふわとした雰囲気を纏っており、少しピチッとした服がその豊かな双丘をさらに際立てて…って何言ってるんだろうね…?
「あ、あなたは?」
「私はぁ、シャロンっていいます~。もうすぐ訓練が始まるのでぇ、呼びに来たのですよ~」
そしてシャロンという少女は、なのに~、と続け、
「中々起きてくれなくてぇ、少し困ってたのですよ~…」
「そ、それはすみませんでした…」
「まあ~、それは置いといてぇ、その手首ぃ、大丈夫ですか~?」
シャロンは、心配そうにシンの手首を見る。
「あ、はい。自分でも良く分かってないんですが、大丈夫です。もう痛みはありませんし」
「そうですかぁ~。でもぉ、少し心配ですぅ~。訓練、出来ますかぁ~?」
「はい。問題ありません!」
そして、シンは手首に目を移す。
痛みは既に無い。腕も問題無く動く。
――大丈夫。考えるのは後だ
すると、シャロンはパンッと手を叩き、
「はい!ではぁ~、隊服をお渡ししますのでぇ~、着替えてくださいねぇ~」
白を基調とし、あの男の羽織のように漆黒の線が幾つも刻まれた羽織と、白と淡い青の美しい模様の入った羽織の下に着る服の上下を渡してきた。
――あの人と同じ服か…何だか感慨深いな…
「ありがとうございます。…では…あの…着替えますので…」
「はいぃ?どうぞぉ~」
――いやいや、着替えるんだから出ていってくれないと…でも、出ていけとは言えないし…
「いやあの、着替えますので――」
「いいですよぉ~?」
だが、シャロンはニコニコ笑っているだけで部屋を出ていこうとしない。
鈍い。鈍すぎる。これは、単刀直入に言うしかなさそうだ。
「着替えるので、部屋から出て頂いても…」
「えぇ!?私、何かやってしまいましたぁ…?…うぅ、ぐすん…すみませんでしたぁ…」
泣いてしまった!!
「いやいや何もやってないよ!?大丈夫だから!だから泣かないで!?ね?」
「…うぅっ…本当ですかぁ…?」
「本当本当!部屋に居ていいから!出ていかなくていいから!」
そう言うと、シャロンはパアッと顔を輝かせ、
「分かりましたぁ!ではぁ、ここにいるのです~」
と、感情を180°回転させたように笑顔になった。
――幼児か!
シンは心の中で突っ込むが、口に出すとまた泣いてしまいそうなので、心の中だけに留めておいた。
「じゃ、じゃあ、着替えるので、後ろを向いてくれる?」
「えぇ!?私、また何か…すみません…うぇ~ん…」
泣いてしまった!!!
「や、やっぱりいいから!後ろ向かなくて良いから!だから泣かないで?」
「うぅ…でもぉ…私…」
「何もやってないから!大丈夫だから!ね?」
すると、シャロンはパアッと顔を輝かせ、
「分かりましたぁ!ではぁ、前を向いているのですぅ~」
と、またも感情を180°回転させたように笑顔になった。
――だから幼児か!!
心の中で突っ込むが、口に出すとまた泣いてしまいそうなので、心の中で留めておいた。
――はぁ、仕方無い。このまま着替えるか…
覚悟を決めたシンは、隊服を持ち、慎重に広げていく。
――俺も、これで組織の一員か…何だか、色々大変だったなぁ…
と、感極まりながら、服を広げ終わると、それは…
「ってこれ女物じゃねえか!これスカートじゃん!羽織良く見たら所々線がハートになってるじゃん!」
女性用の隊服だった。
「えぇ!?私、また何かやっちゃいましたぁ…!?」
「やったけどやってない!!いや、やってないから!泣かないで!」
「うぅ…すみませんでしたぁ…私のデザインした…ひっく、服は気に入って、ひっく、貰えなかったようですぅ…」
「いやいやとても気に入ってるよ!?この模様とか幻想的で綺麗だし、このハートも可愛い!いや~、こんな服が着られて幸せだよ!!HAHAHA!……はぁ…」
流石のシンも、シャロンを宥めるのに参ってしまったようで、外国人が出てきたり情緒不安定になったりしてしまったようである。
「…ぐす…本当、ですかぁ…?」
「本当本当!いやぁ~、本当に綺麗な服だなぁ!」
「そうですかぁ!とっても嬉しいですぅ!」
――やってしまった……素直に男物の服を持ってきてと、言えば良かった…。でも、あいつ見てたら…ミーリアを思い出してしまうんだよな…
シンは、シャロンに目を向ける。
そこには、屈託の無い、まるでお日様のような笑顔があった。
――本当に、幼児のような奴だ…
シンは、心が暖かいもので満たされていくのを感じた。
――こんな感情は…何だか…久し振りだな…
シンの頬を、一筋の涙が流れた。
「あれぇ!?大丈夫ですかぁ!傷が痛むのですかぁ!?」
シャロンが慌ててシンに近寄って来る。
シンは、指先で静かに涙を拭って、
「あぁ、大丈夫だ」
シャロンに向かって、穏やかに笑いかけた。
これが、組織に入って初めてのシンの笑顔だった。
「そうですかぁ。良かったのですぅ…では、隊服をどうぞぉ」
その言葉に、シンはピシッと、石のように固まる。
「…やっぱり…着なきゃ…だめ…?」
すると、みるみる内にシャロンの目に涙が溜まり、
「やっぱり…気に入らなかったの――」
「あー!何だこの綺麗な服は!早速着てみようかな!」
「良かったのですぅ!てっきり嫌なのかと」
そして、シャロンはシンに向かって笑いかけてきた。
――うぐぐ。それは反則じゃないのか…!
ふう~~っと、シンは深く深呼吸し、隊服を手に取る。
――やるしかないか…
シンは、意を決して隊服の袖に腕を通した!
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