脅威を討ち滅ぼした少年はいつかの復讐に燃ゆ
楽しんでお読み頂けると幸いです。
「特別功労賞。シン・グレン。及び功労賞。ライトネル・トルレオナ。貴殿らは、永らく人類の脅威であった災厄を超えし者を討伐し、この地の平和を守った。この功績に敬意を表し、賞を与える。加えて貴殿らには、"災厄殺し"の称号を与える。おめでとう。」
――ど、どうしてこうなった…!
――意図せず怪鳥の親玉を討ち取ったシンは、作戦会議室で大勢の人々に囲まれ、表彰を受けている。何故、ライトネルが居るのかは不明だが、部屋中が拍手喝采で満たされる。
「君たちは確か組織に入団して一日目だったね。そんな新人の中でもさらに新人の君たちがこのような戦果を上げたことはこれまでに一度も無かった。というか君たちのような新人はすぐに死んでしまって生き残るだけでも難しいとされているんだ。それに比べ君たちはこのような素晴らしい戦果を上げている。本当に素晴ら――」
と、話していた長官と思われる人物の言葉を遮り、ライトネルは言う。
「ちょっと待ちなさいよ!何で私もシンさんと同じ特別なんちゃら賞じゃないのよ!これじゃあ私はただのなんちゃら賞じゃない!私だって直接は戦わなかったけどサポートくらいはしたんだからね!さあ、私も特別なんちゃら賞にしなさいよ!ほら早く!」
シンもアホではない。偉い立場の人に向かってこのような口をきいてはいけない事くらい分かる。
「お前はアホか!誰に向かってそんな口をきいてるんだ!!というかお前は何もしなかっただろこの役立たず!」
「わああああ!シンさんがまた私に酷い事言ったぁ~!誰に向かってってシンさんもこの人知らないでしょう!?ただの下っ端かもしれないじゃない!」
目の前に本人が居るにも関わらず、ライトネルは全く気を使わず大声で喚く。
そのせいか、会議室の空気が悪くなっていくのをシンは感じとる。恐らくはライトネルの事を言っているであろう、ぼそぼそという声が聞こえてくる。
「そもそも私は雷の女神なのよ!?せっかく天界から降りてきて上げたのにこれじゃあんまりじゃない!天界に帰ろうとしても前に皆の秘密をばらしたのがいけなかったのか門も開けてくれないし!私も特別なんちゃら賞がいい~!」
そして、ライトネルの態度に耐えかねたのか、最前列に座っていた金髪の青年が声を張り上げる。
「お前たち!そのお方が何方なのか分かっていてその態度なのか!!そのお方は対使徒撃滅連合の総司令官殿であられるぞ!!!分かったなら態度を慎めこの大馬鹿者共!!」
――長官より偉い人だった!…待てよ…たち?共?もしかして俺も入ってる?俺はライトネルの暴走を止めようとしただけなのに何で怒られてるの?
シンがその青年の言葉に不満を抱く。
だが、総司令官殿は優しかった。
「大丈夫だよ。入団して初日だったし、自己紹介もしていなかったから私の事を知っているはずが無いしね。それにしても、下っ端なんて言われたのは久し振りだったから、以外と新鮮だったよ。ありがとう」
そして、総司令官殿は、では、と続け――
「自己紹介をしようか。私の名前は、ギルドルス=カイゼル=ギルヴェルトだ。長い名前だからギルさんとでも呼んでくれと言っているんだが、皆、私のことを総司令官殿と呼ぶのでね。少し肩身が狭いんだ」
と、ギルヴェルトは苦笑してみせた。
中々に歳は重ねているようで、苦笑したときに顔に皺が見られたが、どれだけ歳を重ねても威圧感というものは衰えないらしい。強烈な威圧感と相まって、鷹のように鋭く聡明な碧眼と目が合うだけで、少し身構えてしまう。
「では、これで表彰式は終了にしようか。日々の鍛練を怠らないように、決戦に備えておきなさい。もうすぐ、1の使徒がやってくる年だからね。今年こそ、あの真紅の殻鎧共を撃滅してみせる」
シンの内心の変化など知る由もなく、そう言ってギルヴェルトは退出した。
◇ ◇ ◇
――奴が、ミーリアを殺した1の使徒がもうすぐやってくる!復讐できる!
シンの心の中は、復讐の炎で燃え盛っていた。
「ねえシンさ~ん。私も特別なんちゃらが良かったんですけど~。かえっこしてほしいんですけど~」
シンの心の中などいざ知らず、いつものようにライトネルはシンに話しかけるが。
「…奴を…ば…たいに…ぶっ…す…ゆ…ない…」
シンはぼそぼそと呟くばかりで、何も答えない。
そんなシンの様子に、少し苛ついたのか、
「ちょっとシンさん。聞いてる~?かえっこしてほしいんですけど~。もしもし~。聞こえますか~?…ちょっと、シンさん!」
「うるせえ!!黙ってろ!!」
「…っきゃ…」
シンに纏わりつくライトネル。それを、いつもとは違う、突き放すような、それ以外何も見えていないような、妄執に囚われたシンが強く言い放つ。
さすがのライトネルも、今回ばかりは目を見開いて驚いている。
「な、何よ…。そんなに強く言わなくても…いいじゃない…」
言いながら、涙目になっていくライトネル。だが、シンはさっきと同じで独り、ぼそぼそと呟くばかり。
「…うぅ…もう!シンさんなんて知らない!」
シンの対応に、ライトネルは怒りと悲しみが混じったような表情で言って、長い通路を走って行った。
――奴を殺せば全てが報われる…!今までの苦しみが、悲しみが、怨みが全て…
ライトネルが走り去って行った事にも気付かず、ぼそぼそと独り言を繰り返すシン。
だが、シンは気づかない。
それでは、1の使徒を殺した後はどうするのか。目的を遂行した後は、どうするのか。生きる意味も目的も無くした人形には、死か破滅のみしか待ち受けていない。
それが意味することに、気づいていない――
と、不意に、それほど長い間離れていないにも関わらず、懐かしさを感じる、途切れ途切れの声がシンにかけられた。
「…顔…合わせ…会は…終えた…よう…だな…。…成功…した…か…?」
だが、いつもと異なったシンの気配に、男は鋭く目を細める。
「…何だ…何か…あった…のか…」
「ぶ…やる…ぜ…に…ぶ…やる…」
未だに、シンははっきりと言葉を発さない。完全に自分を見失っているようだ。
――悪い兆候だ。再び過去に囚われようとしている。何があったのかは知らないが、何かあったのは確実だな。…ふむ。このままでは会話も成り立たない。無理矢理にでも叩き起こすか。
そして、冷たい、凍るような怒りを発生させた男は、肘から先を氷で覆い、常人では視認不可能な速さで、シンの額を掴んだ。
「…少し…頭…を…冷やす…こと…だ…。…古来から…落ち着く…には…上気…した…頭を…冷やす…と…言われて…いる…しな…」
男が掴んだシンの頭の周りに、氷の環が浮遊する。さらには、掴んだ場所から氷が広がっていき、遂にはシンの頭部を覆い尽くしてしまった。
「…やり…すぎ…た…」
自分でも無意識に、シンの頭を氷で覆ってしまった男。恐らく、無視されたのが意外と堪えていたのだろう。
男が頭を氷で覆われもがいているシンを見て、ざまぁというように口を歪めたのは、誰も知らない。
――もう大丈夫だろう…
と、シンの頭部の氷を融かしていく。先程の逆再生を見ているようで、はたから見ればとても神秘的である。
そして、氷が全てとけて、自由を取り戻したシンが叫ぶ。
「きゅ、急に何をするんですか!?死ぬかと思いましたよ!!」
「…お前…が…無視…するから…だ…。」
やはり、無視されたのが堪えていたらしい。
「いや、俺は普通に歩いて…あれ…?…記憶が無い…?確か俺は式を終えてライトネルと歩いていたはず…」
ぼそぼそと独り言を繰り返す妄執に囚われていた時の記憶は、シンには無いようだった。
その言葉を聞いて、男は思う。
――やはり、これは悪い兆候だ…早急に解決しなければ…
「…お前は…戦場…には…連れて…いけ…ない…」
「な、何でですか!?何か出来てない事でもあるんですか!?あ、そうだ!俺、罪能流動とか天歩とか色々習得したん――」
シンは焦る。
――それでは使徒と戦えないではないか。復讐を、妹の仇を討つ事が出来ないではないか
しかし、男はシンの言葉を遮って冷たく突き放す。
「…未だ…過去に…囚われて…いて…は…戦力…に…など…ならない…。…無意味…に…その…命を…散らす…だけだ…」
だから、と男は続け、
「…今は…休息…に…専念…しろ…。…氣…が…乱れて…いる…。…それ…より…顔…合わせ…会…の…こと…を…話して…くれ…さっきは…式…とか…言っていた…な…」
「…はい」
僅かに、好奇心に目を輝かせる男に、シンは屈しるしか無かった。
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