物理の壁を破り空へと躍りたった少年は雷神と舞う
ついつい長くなってしまいました^^;
楽しんでお読みください。
「と、飛びすぎたああああ!!!」
前回、階段も通路も何も無かったため、飛んで上の階に上がろうとしたシン。ライトネルに飛び方を教わり、"罪能流動"を習得したが、力を込めすぎたせいか建物の天井をぶち破ってしまい、現在、シンはパラシュート無しのフリーフォール中である。
――ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ここから落ちたら死ぬ!絶対死ぬ!…あ、緩衝材は…
シンは元居た場所の緩衝材に一抹の希望を抱くが、あの緩衝材は上階から下階の高さに合わせて造られた物であり、上空から落ちる事を想定して造られていない。まず上空では強い風が吹き荒れており全く同じ場所に着地できる確率は限り無く低い。
と、不意に、ビリビリと空気が震え、突如ライトネルが現れた。そして、実に軽い感じでシンに話しかける。
「ちょっとシンさ~ん。飛びすぎよ~。」
――ライトネルの声がこんなに安心するものだったとは…!
心の中で安堵しつつ慌てて我にかえる。
「おいライトネル!これどうしたらいいんだ!?このままじゃ落ちて死んじまうんだが!」
吹き付ける強風に顔をしかめながら言うシン。
だがこんな状況など普通だと、ライトネルは余裕綽々で答える。
「私は女神だからこんなところから落ちたくらいで死なないわよ。でもシンさんは死んじゃうのね…ぷーくすくす!死ぬ前に私に祈りでも捧げれば来世で良いことがあるかもよ~」
「アホか!喧嘩なら後でしてやるから何とかしろ!…くそがっ!こんなことで死ねねえんだよ!」
そして、シンは自分の脳が今までで一番速く回転している事を自覚する。
助かる方法をいくつか考えシュミレート、不可能ならば可能になるように動きを加え、時には発想を転換して考える。
「っ!」
脳回路が焼ききれんばかりに考えた。が、結果はどれも過程の矛盾が生じ、さらには毎秒の風の強さなど見えない変数が邪魔をするばかりで、不可能という事を再認識させられるに終わった。
――っく…!嫌すぎるが、ここはライトネルに頼るしか――
と、ライトネルを振り返るシン。
だが、ライトネルを見たシンは絶句した。
「すかー。」
そう。絶賛落下中にも関わらず、ライトネルは眠っていたのだ。
「ふっざけんなよ!こんな状況で居眠りってどんな神経してんだ!」
――こうなったらダメ元だ!もう一度空中で飛んでみよう!
空中で二段ジャンプを試みるシン。
シンは、身体中の流れを足に集束させ、極限まで抑え込む。そして、開放。
気が付くと、シンは雲の上を突き抜けていた。
「…で、出来た…!」
思いがけず、二段ジャンプに成功したシン。またもや飛びすぎてしまったようだが。
この瞬間、シンは物理という絶対の壁を打ち破ったのだが、本人は気が付いていないようだった。
さらに、シンは二段ジャンプの成功に大きな希望を見出だす。
――これを繰り返せば、いつかは地上に着くかもしれない
だが、シンには大きな欠点があった。シンは飛びすぎてしまうため、地上すれすれで二段ジャンプをしたとしても人間なら余裕で死ねる高さなのだ。
と、不意に空気がビリビリと震えた。案の定、そこには寝ていたはずのライトネルが居た。
「ふああ~…ちょっとシンさ~ん。こんなに高く飛んじゃってどうするのよ。これじゃ、一生降りられないわよ」
「うるせえええ!お前さっき寝てただろうが!この状況で寝るとか有り得ないだろ!お前は本当に自称アホ駄女神だな!」
さっきまでの鬱憤を吐き出すようにシンはライトネルを罵倒する。
「うわあああ~ん!シンさんが私に悪口言ったぁ!せっかくアドバイスしてあげようと思ったのに!もう知らない!」
もはや恒例となったライトネルの"拗ね"。
「ああそうしろ!もう何も喋らなくていいか…今何かアドバイスとか言ってなかった…?」
だが、ライトネルはそっぽを向いて頬を膨らませるばかりで何も答えない。
――しょうがないなぁ…
「アドバイスの内容を教えてくれたら今日の晩飯奢ってやっても――」
「喜んでさせていただきます!」
とんだ手のひら返しにシンは学習した。
――ライトネルを釣る時は飯を餌にしよう…
食い意地を張った女神など聞いたことも無いと、尻尾をブンブン振っている犬を連想させるライトネルを見て、落ちているという状況も忘れ、シンは苦笑した。
◇ ◇ ◇
「だからぁ!そうじゃなくて…こうするのよ!」
そして、ライトネルの指導のもと、地に降りる訓練を始めたシン。だが――
「分かるか!見ただけでどうしろってんだよ!せめてどうやるか教えろよ!」
ライトネルの指導の方法が少々前衛的であるため、理解しようにも不可能だった。
「言っとくけど、罪能は感覚的なものだから教えるのってとても難しいんだからね!それでも女神である私が頑張って教えてあげてるんだからむしろ感謝なさいな!」
「だからって軽く一回飛んで『さあどうぞ』なんて無理に決まってるだろ!ってやば!地面がもうすぐそこまで来てる!」
習得に手間取ってしまったせいか、さっきまで雲の上に居たはずが地面がすぐ近くまで迫っていた。
――もう一度飛んで、高さを確保するしかないか――
と、シンは再び二段ジャンプを試みるが…
「あれ!?…体に…力が入らない…!」
「初めてなのに無理しすぎたからよ!罪能を駆使しすぎて体にガタが来てるようね。ガタって…シンさんったら、壊れかけのオモチャみたい…ぷーくすくす!」
体の限界が近いのか、ジャンプすることが出来ないでいるシン。しかしライトネルは焦るシンを小馬鹿にして笑う。
「くそ!!お前後で覚えてろよ!」
――考えろ、考えろ!俺の飛び方で悪いところはどこだ!?
シンは、自分の飛び方を整理してみることにした。
――始めに、怒りを発生させ、流れを足に集束させる。そして、それを極限まで抑え込んで開放。…ん?
そこで、シンは一つの事に気付いた。
――俺は飛ぶ前に流れを極限まで抑え込んでいた。だが、ライトネルはそんなことを言っていなかった。ただ、爆発させるという事だけを言っていたはずだ。ということは――
そうしているうちにも、どんどん地は迫ってくる。その時、突如体が軽くなるような、フワッとした感覚があったが、シンにはそれを気にかける余裕は無かった。
「頼むぞ!成功してくれよ!」
そして、身体中の流れを足に集束させ、今度は極限まで抑え込まず、流れに任せて爆発させる!
――シュンッ!
結果は、音からして明らかだろう。
そもそも空中を自在に飛び回る技―天歩―は、怒りで任意の空中に足場を形成し、怒りに反発の性質を持たせておくことで、空中での高速立体機動を可能とする技である。
つまり、形成した足場をただ蹴って飛ぶだけで良いのだが、シンの場合はその足場をさらに足に怒りを集束させて飛んでいた。そのため、足場の反発力と集束させた怒りの相乗効果により、飛びすぎていたのだ。
飛びすぎていた時には音速を越えて飛翔していたため、シンには音が聞こえなかった。
だが、今回はその耳に音を捉えることが出来ている。
つまり、成功だ。
そして、そのシンはというと、飛んだ地点から5m程上がった場所まで移動していた。
――やった…!成功だ!これを繰り返せば降りれる!…でも、せっかく感覚を掴んだのにすぐに降りてしまうのは勿体無い気がする。体もさっきより軽いし…
そこで、シンはすぐには着地せず、今の感覚をマスターするまでにはいかずとも、細かい動きくらいは出来るようにしようと練習することにした。
シンは試行錯誤を繰り返した。
一段落すれば降りようなどという考えは既に除外され、ひたすら練習に明け暮れていた。
――その結果――
「よっ、ほっ、おりゃっ、おお、こんなことも出来るのか…」
空中を足場にして軽快に走るだけでなく、上下左右さえも足場にして、急激な角度変化、加速など、ほぼマスターしたと言えるくらいまで上達していた。
「ふう…色々出来るようになったし、そろそろ降りるか」
と、考えていたシンだが、視界の端にある人影が映る。
「すかー」
そう。居眠りしながら空中を浮遊するライトネルである。
――あんの野郎…さっきはあんなに人の事をバカにしてくれやがって…!降りる前に少しとっちめてやる!
そして、シンは空中を蹴り、一瞬の内にライトネルに肉薄する。
「すかー…ん、ふわあ~…あれ?どうしたのシンさん?あ、生きてたのねシンさん。初めてなのに"天歩"まで習得しちゃったのねシンさん。すごいわシンさん。って危ないわシンさん!」
その際に、強い風が発生してしまったせいかライトネルが起きてしまう。そして、シンが凄い勢いでこちらに迫ってきている事を知り、動揺を見せる。
「うるせええ!お前は口を開いたら毎回毎回うるせえんだよ!それはともかく、お前はさっき死にそうな俺をよくもバカにしてくれたな!捕まえて目にもの見せてやる!」
「ふふん。できるものならやってみなさいな!私の属性は雷よ?全属性の中で最速なの!そんな私を属性も何もないシンさんが捕まえられるかしら?ぷーくすくす!ハンデでもお願いすればよくって?」
だが、ライトネルはすぐさま動揺を消し去り、余裕の態度を見せる。
「ふははははは!その必要は無い!何故ならそんなことをせずともお前なぞ簡単に捕まえられるからだ!残念でした自称アホ口うるさ駄女神め!」
と、シンもわざとらしく悪役のように笑い、反撃に出る。
「だから本物だって言ってるでしょ!?下に降りたら天罰をくらわしてやるんだから!」
「はいはい。ライトネルさんは子供ですね。じゃあ、始めようか!」
「ふん!そんなこと言ったって無駄なんだから!どうせシンさんは私を捕まえることなんて出来ないし!それじゃあ、いくわよ!」
――かくして、シン対ライトネルの鬼ごっこが開幕した。
◇ ◇ ◇
開幕直後、ライトネルは一気に加速することによってシンとの距離を大きく引き離した。
そして、シンを嘲笑うかのように、進んだ後に発生する雷光を利用して空中に"バカ"と書いている。
――なるほどスピードは速い。だが、あいつはアホだ。いくらでも対策は出来る。
そして、シンも空中を蹴ってライトネルに向かっていった。
「そんなんじゃ私を捕まえるなんて事無理よ!今なら謝って明日の夕食も奢ってくれる事にしてくれたら許してあげるわよ!」
「その必要は無い!お前は徐々に敗北へと近づいているんだからな!」
そして、シンの頭の中では勝利への勝ち筋が次々と出来上がっていく。
――何度も言うが、ライトネルはアホで単純だ。つまりいくらでも誘導可能だし行動パターンも読みやすい。
奴は、俺が近付いたらすぐに引き離そうと加速する傾向がある。それを利用して方向を予測し、そこへ誘導。それを繰り返してだんだん距離を詰めていく。しかも奴は加速して距離を離した後、俺が追い付けないと確信しているのかこっちを見ようともしていない。
「シンさーん。私退屈なんですけどー。暇すぎるんですけどー」
――シンの予想通り、シンのかけた罠に、実にあっさりとかかってくれたライトネル。
「それは、どうかな!」
今まで打ってきた布石を最大限生かして、ライトネルへ、接近する。
「え!?シンさん何でこんな近くに居るの!?さっきまであんなに遠くに居たのに!?」
ライトネルが慌てて加速するがもう既に遅い。
ここまで距離が縮まれば、ライトネルの動く方向を予測して回り込めばまず離される事はない。
「ふははははは!さっきまでの威勢はどうしたんだライトネルさん?さあ、逃げてみろよ!」
「何で!?何で逃げられないの!?私の方が速いのに!」
逃げようとしても逃げられない事実に、流石のライトネルも焦る。
「あ、あの、シンさん?少し交渉しましょう?シンさんが天歩を習得する前に体が軽くなったでしょう?あれは私が回復魔法をかけてあげたからよ。だからシンさんは死なずに天歩も習得できたのよ?全て私のおかげなのよ?分かった?分かったならもっと感謝なさいな!」
と、交渉することも忘れ、恩着せがましく言うライトネル。
「へぇ~、そうだったのか。なら感謝しないとな」
何故か、あっさりと感謝する意向を示すシン。
「そうでしょう?そうでしょう!私のおかげなの!だからもう鬼ごっこは止めにしましょう…?」
だが――
「それはそれ!これはこれだ!俺はお前が俺をバカにしたことを怒ってるんだよ!」
シンはライトネルの言葉を遠慮なく切り捨てて、さらに距離を詰める。
――そもそも魔法なんてこの世に存在するのか?本当にどうなってるんだ
内心では困惑しながらも、今はライトネルを捕まえる事に集中するシン。
「わあああああ!すみませんでしたぁ!もうしません~!許してくださいシンさ~ん!」
「ふはははは!俺の勝ちだ!」
と、ライトネルの手を掴もうと手を伸ばしたシン。
シンの勝利で終幕と思われた、二人の鬼ごっこはだが、突如、二人を覆った巨大な影に、二人は硬直し、中断を余儀なくされる。
――さて、目の前の光景を理解出来るように、まずはこの世界の状況を整理してみよう。使徒が現れて、生態系が破壊され、さらに永い時が流れ、生物達はどんどん進化を遂げていった。その進化競争に勝ったのが鳥類である。鳥類は凄まじい進化を遂げ、今では、使徒に次いで恐れられている存在である。
そして今、目の前に居るのが、三つの頭を持ち、四対の巨大な翼を持った鳥のような怪物。
「…あの…ライトネルさん…?こいつ…何…?」
何とか声を出して、ライトネルに話しかけるシン。
「この大きな鳥は怪鳥ね。大丈夫よ。怪鳥はアホなだけだから。」
「そ、そうなのか…」
と、ライトネルの言葉に安心するシン。だが、次いで放たれたライトネルの言葉に凍りつく。
「でもね、アホ鳥の親玉だけは別格よ。あいつらの親玉はね、災厄を超えし者って呼ばれていて、三つの頭に四対の翼を持った凶悪なモンスターなの。そいつの強さは異常で使徒にさえ匹敵すると言われているわ」
――………
「…あの…ライトネルさん…?」
「何かしら?シンさんたら何でそんなにびびってるの?ただのアホ鳥って言ってるでしょ?」
「…いや…こいつって…もしかして…」
シンの雰囲気に何かを感じ取ったのか、ライトネルもさっきちらっと見ただけだった怪鳥に目を向ける。そして、シンと同じように凍り付いた。
「…ま、まあ、お前が言うならこいつはただのアホ鳥なんだろうな…なぁ…ライトネル…?」
だが、ライトネルは既に居らず、一目散に空中を走って逃げていた。
「おいいいいいい!!何逃げてんだお前ええええ!!!」
そして、シンもライトネルを追いかける。この後は誰もが予想できる当然の結末。
「グギャアアアアアア!!!!!」
聞いた者の魂を刈り取るような、けたたましい雄叫びを上げ、怪鳥の親玉が追いかけてきた。
「ちょっとシンさ~ん!シンさんまでこっち来たら私も食べられちゃうんですけど!ぱっくりいかれちゃうんですけど!」
「うるせええ!死ぬときはお前も道連れだ!ていうかお前女神なんだろ!?女神パワーで何とか出来ないのか!?」
「無理に決まってるでしょ!?ただでさえアホな怪鳥の親玉だから知能はダンゴムシレベルしか無いのよ!私を女神だと認識する知能が無かったら無駄よ!」
と、全力で逃げながら打開策を見出だそうとする二人。
「と、取り敢えずこいつの縄張りから出れば安全なはずよ!だから今は逃げるの!」
「いやいやどんどん地面が迫って来てるんですけど!ていうか俺もうすぐ喰われそうなんですけど!」
「いやああぁぁぁ~!来ないで~~!」
――くそ!どうすればいい!もうそこまで地面が迫って来てる!どうすればこいつから逃げきれるんだ!…あれ?待てよ?何で逃げるって決め付けてたんだ?
そして、アホ自称女神もびっくりの策をシンは思い付く。
「おいライトネル!もういっそこいつ倒しちまおう!」
「何言ってるの!?そいつは使徒にも匹敵する強さがあるって言ったでしょ!?いくらなんでも無理よ!」
――だが、と、シンはにやりと口を歪める。
「こいつはお前と同じでアホだ!ならそれを利用するまでだ!」
さらりとライトネルを罵倒し、シンはこれ以上無いほどに集中する。
「もう!私は知らないからね!」
――重要なのはタイミングだ。それさえ合えば奴を倒せるかもしれない。このスピードだ。奴もただでは済まないだろう。
そして、地面が目と鼻の先まで迫る。
「グギャアアアアアア!!!!」
怪鳥の親玉が雄叫びを上げ、シンを喰おうと大きく口を開いた。
――ここだ!!
その瞬間、シンは右の空中を思いっきり蹴りつけて、急角度で左折し、親玉の口から逃れる。
だが、怪鳥の親玉はその事に気付く由もなく、ただ真っ直ぐに地面へと突貫していった。
――ズドドドドドドド!!!!
轟音。そして、災厄を超えし者はピクリとも動かなくなった。
頭を地面にめり込ませ、それでも足りぬと体を半ばまで地面にめり込ませている。断末魔を上げる暇さえなく、一瞬でその命を失ったようだった。
「た、倒した…」
そして、一気に体の力が抜け、その場に倒れこむシン。
シンの作戦は、怪鳥の親玉を地面ぎりぎりまで引き付けて、急激に進路を曲げる事で攻撃を避ける、かつ怪鳥の低い知能を利用してそのまま地面に突っ込ませるというものであった。
そこへ――
「シンさ~ん!大丈夫~!?凄い音がしたけど生きてる~!?ってうわっ!」
シンのもとへ駆けてきたライトネルは怪鳥の親玉の死体にぎょっとする。
「シンさん倒したのね!凄いわ!女神である私でさえ危なかったのに、褒めてつかわす!」
何かを忘れて女神面しているライトネルに、シンはゆっくり手を伸ばし――
「捕まえた!俺の勝ち~!」
ライトネルの手を捕まえた。
「あっ!ずるいわよシンさん!鬼ごっこは終わったはずでしょう!?ちょっと!聞きなさいよ~!」
「ふはははは!許しを乞えアホ自称女神よ!」
「わああああ!シンさんが酷い事言った~!」
――地を揺らした凄まじい轟音の後には、それとは対照的な、あまりにも滑稽で、楽しそうな二人の声だけが残った。
これにて帰還編終了!
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