第 7 話 八幡行幸
元弘三年(一三三三年)九月、秋風が朝夕に涼しさを運ぶ頃となった。昼間の陽射しも柔らかみを帯び、ここに暮らす者、余所から来た者を問わず、皆を優しく包み込む。そんな京のまちに、いまだ虎夜刃丸らの姿があった。
この日、足利尊氏は小姓の薬師丸を連れて、四条猪熊坊門にある楠木正成の京屋敷を訪れていた。
涼が抜ける客間に腰を落とした尊氏に、緊張の面持ちで久子が手を付く。
「これは足利様、ようお越しくだされました。正成の内儀にございます。先日は、我が子、虎夜刃丸をお助けいただき、まことにありがとうございました。おらんようになって、生きた心地が致しませなんだ」
「これは奥方殿、わざわざ御挨拶に出ていただき、申し訳ござらん」
軽く礼を返した尊氏の顔は、愛想のよい笑みを湛えていた。
その笑顔に、思わず引き込まれそうになるのをこらえ、久子が再び頭を下げる。
「正成はおろか、正季も出かけております。ですが、直に戻ってくると思います。今しばらく、お待ちいただければと……」
「いや、奥方殿、不在のときにむりやり上がらせていただいたのはそれがしの方。お気遣いは無用じゃ。勝手にしばらく待たせていただきますゆえ」
「そうですか……では……お待ちいただく間に何ですが、暫しお付き合いくだされ」
恐縮しつつ、久子はいったん奥に下がって行った。
少し間を置いて、再び久子が尊氏の前に現われた時、その傍らに虎夜刃丸を連れていた。
小さな身体が、尊氏の前にちょこんと正座して頭を下げる。
「足利様、虎夜刃丸にございます」
「おう、これは虎夜刃丸殿」
「先日は、あ、危うき所をお助けいただき、ありがとうございます。こうして、そ……息災に……息災に過ごしておりますのも、足利様のおかけです」
母の顔をちらちら横目で伺いながら、覚えたての口上を、何とか言い終えた。
その、えらく背伸びした挨拶に、尊氏は一瞬目を丸くした後、こらえきれずに吹き出す。
「ふ、わっはは、虎夜刃丸殿は賢きお子よのう。歳は幾つじゃ」
そう問われ、片手を開いてから親指を折り曲げて見せる。
「四つ」
「そうか、やはり我が子、千寿王と同じか。そうじゃ、これを見られよ」
懐から一本の縦笛を取り出す。
「これは一節切という笛でな、鎌倉でも武士の間で流行っておった。ほれ、このように」
その笛に口を付けた尊氏が一曲披露する。
吹き込む息が竹の筒を通して奇妙に揺れる。音律は決して安定したものではないが、それが返って心地よい。その調べは、虎夜刃丸と久子の心に強く刻まれた。
それでも久子は、笛の音より、気さくに笛を吹いて見せた尊氏に感心する。
「お上手なのですね。まさか武勇の誉れ高き足利様が、風流に笛など吹かれるとは驚きです」
「いえいえ、わしなど、大して何もできませぬ。佐々木道誉という男などは、歌舞音曲、詩、茶、花など、雅に精通しております」
そう言って尊氏は鷹揚に笑ってみせた。
「すてきな調べでございますね。何という曲でございますか」
「いや、それがしも曲の名は知らぬのです。幼い頃、旅の坊主に教えてもろうたもので、他で聞いたことはないものです」
「左様でございますか」
納得する母の隣で、虎夜刃丸は尊氏が手にする笛をじっと見つめていた。
尊氏は、その視線の先にある一節切の歌口(吹き口)を、直垂の袖でしごいてから差し出す。
「ほれ、虎夜刃丸殿も吹いてみられるか」
「うん」
遠慮なく受け取ろうとする虎夜刃丸に、久子が恐縮する。
「よろしいのですか。大事なものではないのですか」
「いやいや、そのようなものではござらん。西の市で買うたのです。鎌倉にいる我が子へ送ってやろうと思いましてな。笛を作って売っておる者がいて、先日……そう、虎夜刃丸殿を拾ったあの日、童用にと、ひときわ小振りの一節切を作らせました。それを今日、ここに来る前に貰い受けて参ったという次第です。さ、吹いてみられよ」
虎夜刃丸は見よう見まねで笛に息を吹き込んだ。ぴいぃと調べにならない音が出る。それでも、顔をほころばせて、何度も息を吹き込んだ。
「どうじゃ、気に入ったか。じゃが、曲を吹くにはもう少し大きくなってからじゃな。この一節切を虎夜刃丸殿に進ぜよう。もう少し大きくなったら、またわしが笛を教えよう」
「ほんとうに」
「ああ。一緒に一節切を吹こうぞ」
「やったあ」
幼い顔にいっぱいの笑みを浮かべた。
「いえ、足利様。ご子息のために買われた大事なもの。いただくわけには参りませぬ」
返そうと、久子は笛をむりやり虎夜刃丸から取り上げた。すると、何とも悲しそうな顔をする。
「奥方殿、虎夜刃丸殿がそれをもらっても、我が息子は大丈夫じゃ……」
そう言って懐からもう一本の一節切を取り出す。
「……ほれ、もう一つあり申す。こうして合わせるとぴたりと合う」
二本の一節切を縦に合わせると、黒竹の斑紋が繋がった。
「同じ竹から切り出したものじゃ。二本あるので気になさるな」
尊氏は恐悦する母子の前で、何度も笛を吹いてやった。虎夜刃丸にとって記憶に残る楽しいひとときであった。
楠木正成と正季が、難しい顔をして護良親王の邸第から戻ってきたのは、足利尊氏が帰った後である。
「お帰りなさいませ」
屋敷に入るや否や、上がり框にひざまづいた虎夜刃丸と久子に出迎えられた。そして、久子から、つい先ほどまで尊氏が帰りを待っていたことを、聞かされる。
仔細を聞いた正成は、虎夜刃丸が手にする一節切を取り上げて、しげしげと眺める。
「これを尊氏殿がのう」
ほんの少しの違いで会えなかった事に、正成は心底残念がった。
内裏にある奥殿の一間。帝(後醍醐天皇)の寵妾、三位局こと阿野廉子が、頭中将の千種忠顕を招いていた。
「中将殿(忠顕)、先日も大塔宮様(護良親王)は御上の元に参内され、強い口調で何やら言上されていた由。あそこまで、御上にもの申せる御方は大塔宮様だけでございましょう」
自らが生んだ皇子を皇位につけたいと願う廉子にとって、護良親王の動向は気掛かりでならなかった。
一方、多くの恩賞を手に入れ、我が世の春を謳歌する忠顕にとっても、赤松円心の一件で厳しい目を向ける親王は、悩ましい存在である。
「大塔宮様は討幕において大きな貢献をなさいました。そのことが、宮様を強気にさせておられます。御上もその貢献を無視する事もできぬのでありましょう」
「今、御上が大塔宮様の意見を聞き入れられることはないかと存じます。されど、いや、さればこそ、大塔宮様は御自身が帝となって、自らの政を目指そうとされるやも知れませぬ。そうなってしまっては、わらわは……」
そう言って、おろおろと瞳を曇らせる。普段、聡明な廉子であっても、護良親王に対しては、邪推せずにはいられなかった。
「三位局様、皆まで言わずとも、この中将、お気持ちは察しておりまする。隠岐の苦労をともに分かち合った仲ではありませぬか。蔵人頭殿(一条行房)も伯耆守(名和長年)もきっと力になりましょう」
廉子はすがるような瞳で忠顕を見つめる。
「中将殿、かたじけない」
「いずれにしても大塔宮様は、隠岐から御上をお助けした我らを敵視しているご様子。大塔宮様が次の帝に御成りあそばせば、きっと我らは厳しい目にあうでしょう。ここは何としてでも大塔宮様を退けねばなりませぬ」
「中将殿、して、策はおありですか」
問いかけに、忠顕はゆっくりと頷く。
「宮様は武力として赤松円心を配下におき、楠木正成とも親しい。公家においても宮妃の父である北畠親房卿や四条隆資卿など、大塔宮様を東宮(皇太子)にと推す声もあります。まずは宮様の周りから策を弄して引き離し、宮様を裸にするのがよろしいかと存じます」
「何と、そのようなことができるのか」
上擦った声で廉子がたずねた。
「もちろんでございます。ただし、それには三位局様のお力が必要でございます」
「我が宮のためです。わらわは何でもする覚悟。して、大塔宮様を裸にした後、いかがなさるおつもりですか」
「はい、宮様は、足利尊氏が幕府再興を謀ろうとする奸物と疑っております。その足利をうまく利用することです。幸い我らは、尊氏とも親しい佐々木道誉とも知己を得ております。どうか麿にお任せを」
忠顕は不敵な笑みを浮かべた。
帝(後醍醐天皇)の求めに応じ、権大納言、北畠親房が、嫡男の北畠顕家を伴って内裏に参内した。
顕家はこの時まだ十六歳。聡明で文武両道、先例のない若さで参議に登った、帝も期待する英才である。
上段に鎮座した帝の傍らには、千種忠顕と一条行房が控えている。親房はこの二人の存在を無視するかのように前に進み出て、時候の挨拶を口にした。
御簾を上げさせた帝は、自ら直接、北畠親子の参内を労うと、さっそく本題に入る。
「親房、朕は顕家を正三位、陸奥守に任ぜようと思うておる」
「これはありがたき幸せ。思いも拠らぬことでございます」
「御上、身に余る光栄に存じます」
心当たりのない恩賞に戸惑いを隠しつつ、親子は仰々しく頭を下げた。
しかし、歳若い青年に、帝がただで官位官職をくれるはずがない。
「それで、顕家においては、陸奥守として当地へ下向し、陸奥を統治して欲しいのじゃ」
前置きなく、いきなり顕家に命じた。
「陸奥へ……でございますか」
戸惑いの表情を浮かべた顕家は、言葉を詰まらせた。その隣で親房が首を傾げる。
「はて、遠国は遙任国司として都に留まり、目代を置くのが仕来り。なぜ顕家にだけそのような御沙汰を」
「朕は、陸奥将軍府を創り、我が子、義良を向かわせることとした。顕家は義良を奉じて陸奥将軍府へ下向してもらいたいのじゃ。もちろん親房も顕家の後見役として陸奥へ同行するがよい」
「恐れながら、我が北畠家は学者の家柄ゆえ、陸奥の蝦夷を従えるには力不足かと存じます」
勘気を被らないよう、親房は言葉を選んで断りを模索した。しかし、帝は無視して話を続ける。
「これは今世の四道将軍なのじゃ。多賀城を陸奥将軍府、鎌倉を鎌倉将軍府、いずれ九州の大宰府や北陸にも我が皇子を向かわせるつもりじゃ。親房であれば、これが誰の考えかわかるであろう」
問いかけに親房は静かに頷く。
「はい、四道将軍はその昔、麿が大塔宮様(護良親王)にお教えした話です。古代の第十代崇神帝が日の本の統一に向けて北陸、東海、西道、丹波の四道に差し向けた吉備津彦らの宮将軍。大塔宮様は、これを今世に甦らせようと帝に奏上されたということでしょうか」
「そうじゃ。朕はこの話を聞き、護良に知恵を授けたのは親房だとすぐに気づいた。であれば、四道将軍を支えるのに北畠は適任じゃ」
無表情で親房は、帝の傍らにいる千種忠顕を一瞥した。護良親王から遠ざけるため、忠顕ら隠岐派が企んだのであろうと推察した。
一方、帝は親房の問いに応じながらも、その隣に座る息子、顕家に視線を注いでいる。
「顕家は武芸にも秀でておる。軍事の面では白河の結城(宗広)が助ける。どうじゃ顕家、日の本の四分の一をも占めるという広大な陸奥を、その方の手で治めてみようと思わんか」
若くて大志を抱く顕家の表情は満更でもなかった。
息子の様子を察した親房が、先んじて口を開く。
「この件、持ち帰ってよくよく考えたいと思います。しばらく時をいただきとう存じ……」
「親房っ、朕は顕家に聞いておる」
帝は親房に顔を向ける事なく言葉を遮り、顕家をじっと見つめる。
「どうじゃ顕家。陸奥をその方の手で治めてみぬか。この場でそちが受けぬのなら、他の者を任じることになるが」
「……は、はい……この顕家、若輩の身ながら、陸奥将軍府をこの手で作りとうございます」
父を横にして口を閉ざしていたが、自らの感情に耐えかねて、本音を吐露した。
「うむ、若い者はよいのう。朕も安堵したぞ」
したり顔の帝とは対照的に、親房は目線を外して、小息を吐く。
傍らの千種忠顕は、対面する一条行房に目をやって、口元をわずかに緩めた。
数日後、虎夜刃丸は母の久子に連れられて、京から河内の赤坂城(下赤坂城)に戻った。多聞丸までもが旅の疲れでぐったりする中、虎夜刃丸だけは興奮覚めやらなかった。
「京はどうじゃった。賑やかなところであっただろう」
陣屋の広間で、虎夜刃丸らを叔父の美木多正氏が迎えた。
破顔の笑みで虎夜刃丸が両手を広げて見せる。
「人がたくさんおった」
「そうであろう。わしも京に行った時、人の多さに驚いた。まあ、河内に幕府軍が押し寄せた時も、あまりの人に驚いたがな。うわっはっは」
そう言って正氏は豪快に笑った。
虎夜刃丸が小さな一節切を差し出す。
「五郎叔父(正氏)、これを見て」
「笛じゃな。買うてもろうたのか」
「ううん、もろうたのじゃ。足利尊氏殿に」
「足利尊氏……」
幼子の口から不遠慮に出た火中の人物の名に、正氏の目が尖った。
「足利殿は父上(楠木正成)の友だちじゃ」
「友だち……」
そう言われると、護良親王が敵視する足利尊氏と、兄、正成の関係が今どうなのか、余計に検討がつかない。正氏は、助けを求めるかのように、久子の顔を覗いた。
「五郎殿、実はいろいろとありましてね……」
久子は虎夜刃丸が迷い子になった経緯から話した。
「そうじゃったか」
正氏は、尊氏という男は虎夜刃丸のような小さな子まで魅了するのかと感心する。遅かれ早かれ、兄、正成が言うように、尊氏の元に武士が集まるのは避けられないと思った。
「新たな館はいかがですか」
久子の問いかけで、正氏は我に返る。
「館……あ、ええ、義姉上が居ない間にだいぶ進みましたぞ。明日にでも見て来られますか」
「そうですね。大工たちの面倒も清に任せっきりでしたので、明日は私も出向きましょう。虎夜刃丸も一緒に行きますか」
振り返ると、そこで虎夜刃丸が、力尽きたように眠り込んでいた。
「まあ、この子ったら。さっきまで元気に話していたのに……」
そう言って、久子は自らの袿を脱いで上にそっとかけてやった。
「よほど疲れていたとみえる」
一節切を握ったまま寝息を立てる虎夜刃丸に、正氏が目を細めた。
十月二十日、北畠親房と顕家の親子は、帝(後醍醐天皇)の第七皇子、わずか六歳の義良親王を奉じて、陸奥将軍府を置く多賀城へと下向していく。
幼くして母と離ればなれとなる義良親王は、輿の中で、目を腫らしていた。
歳若く、自らも多情多感な顕家は、そんな親王の輿に、馬を寄せる。
「宮様、今は泣きたいだけお泣きくだされ。お嘆きはこの顕家がしかと受け止めます。その涙が枯れた時、宮様と麿の新たな国造りが始まるのです」
輿の外まで聞こえる義良親王の泣き声を、顕家はただ黙って受け止めた。
義良親王は三位局こと阿野廉子の産んだ子で、恒良親王、成良親王に続く三人目の皇子であった。
帝がいずれの皇子を陸奥へ下向させるか思案している時のことである。帝の女御らは遠国に自らが産んだ皇子を差し出すことを嫌がっていた。そんな中、廉子は積極的に義良親王を差し出した。
廉子が積極的であったのは、帝の歓心を得て長子、恒良親王の東宮(皇太子)宣下を確実にしたいという思惑からである。さらに今世の四道将軍に自らの子を立てることで、護良親王に対抗する狙いもある。わずか六歳の我が子を利用することも、目的を達するためにはやむを得なかった。
その廉子が侍女を従えて、内裏の回廊を歩いている。だが、その顔からは表情が失せている。幼い末子を陸奥に差し出すのは、やはり、母としては辛いことであった。
前から歩いてくる頭中将の千種忠顕と、蔵人頭の一条行房が、廉子に気づき、立ち止まって一礼をする。
「我らが願い、一つ叶いました。次は赤松です」
すれ違いざまに、忠顕は廉子に言葉をかけた。その言葉に、廉子は微かに表情を戻した。
十一月、赤松円心を絶望の淵に落とす出来事が起きる。
京の赤松の屋敷。三男の赤松則祐が戻って来て、広間に駆け込む。そこには、父の円心と兄の範資が話し込んでいた。
法衣を纏い、剃髪頭で息を切らす則祐を、範資が睨む。
「何じゃ、騒々しい。いかがした、三郎(則祐)」
「父上っ、兄者っ、朝廷は新たな除目を行い、新田義貞を播磨守に任じたぞ」
「な、何じゃとっ」
円心は、その入道頭まで真っ赤にして声を上げた。これで播磨国守の夢は完全に潰えてしまった。
「何のための討幕であったのか……我らだけでなく、大塔宮様(護良親王)までもが理不尽な仕打ちを受けておる。御親政などくそくらえじゃ」
そう言ってわなわなと肩を震わせ、手に持つ扇を床に投げつけた。円心の帝(後醍醐天皇)への疑念は頂点に達した。
同じ除目で、もうひとつ大きな出来事が起きていた。
足利尊氏の舎弟、足利直義が相模守に任じられた。相模守は北条執権が代々任じられた、武家政権を象徴する官職である。
先立って、北畠親房・顕家親子が義良親王を奉じ、陸奥将軍府を作るべく奥州に降っていった。このことで尊氏は、自らも親王を奉じて鎌倉に降り、将軍府を作る事を、帝(後醍醐天皇)へ猛烈に進言した。帝にとって、とうてい受け入れられることではなかった。だが、討幕後の鎌倉を、いつまでも無防備な状況にしておくわけにもいかない。
そこで帝は、妥協案として弟の直義を相模守に任じて鎌倉に下向させることとした。そして、武家の棟梁として仰がれる尊氏を京に留め置く。これは、尊氏と、懐刀で知恵者の直義を離間させ、尊氏を京で飼い馴らそうという帝らしい思惑があった。
十二月、直義は北畠親房・顕家に対抗するかのように、帝の第六皇子、八歳の成良親王を奉じて鎌倉将軍府に向かった。
しかし、ここにも千種忠顕と阿野廉子の思惑が絡んでいる。成良親王は恒良親王に続く廉子の二人目のこどもで、先に陸奥将軍府へ下向した義良親王の兄宮であった。
雪もなく、よく晴れた年の瀬。桐山の麓に楠木の新たな拠点ができ上がる。新しい楠木館は、燃え落ちた古い館より少し南の地、こんもりとした丘の上にあった。大人たちは、正月前に館が竣工したことに、胸を撫で下ろした。
虎夜刃丸は、兄や従兄弟らと一緒に大きな館の中に入る。まだ火の気のないその中は、外と同じくらいに寒かった。
虎夜刃丸がぐるっと中を見渡して、白い息を吐く。
「大っきい……まるで京のお寺の様じゃ」
こどもたちは大きな瞳を輝かせ、あちらこちらを、きょろきょろと見て回った。
館の外から美木多正氏の声が聞こえる。
「おおぉい、多聞丸、持王丸、新しい赤坂城も見せてやろう。付いて参れ」
南には金剛山の支脈である桐山があり、山に分け入ったところに、楠木本城ともいえる新しい赤坂城(上赤坂城)が造られていた。
「わしも行く」
歳上の多聞丸・持王丸を追って、満仁王丸も出て行く。
「待って、虎も」
「明王も行く」
幼い二人も慌てて外へ駆け出した。
新しい赤坂城は、本丸(主郭)に上がるまでに四つの櫓門があり、三番目と四番目の門の間には吊り橋が設けられていた。
正氏は渡り終えてからこどもらに向かって振り返る。
「この吊り橋は、敵が攻めてきた時に切り落して、相手の侵攻を防ぐのじゃ」
虎夜刃丸らに伝えたのは橋のことばかりではない。本丸へと続く複数の抜け道、丸太や大岩など敵に対する防御の仕掛け、弓を持って兵を潜ませる場所……虎夜刃丸は見るもの全てに目を丸くした。
本丸は石を積み上げ、木の塀を巡らして、城の境界である郭としていた。
正氏はこどもたちを連れて虎口門を潜り、城の中に入る。城と言っても砦のような質素なもので、造りは千早城と似ていた。
正面に建つ、ひと際大きな建物の前まで来て、正氏が立ち止まる。
「これが、本丸の陣屋じゃ。それで、あっちが食い物を貯めておく兵糧庫、さらに向こうは弓矢や薙刀を収める兵庫じゃ。鎧兜も用意してある。館から手ぶらで逃げて来ても、籠城できるという算段じゃ」
「ふうーん……お、大きな櫓があるな」
言うや否や、持王丸は櫓に向かって駆け出し、さっそく登りはじめる。続いて満仁王丸・明王丸も登っていった。
静かに息を吐き心気を整えた虎夜刃丸も、兄、多聞丸に教わった通り、攻めくる敵を想像して梯子の横木に足を掛けた。
「おお、虎夜刃丸も登れるようになったな」
登り方を教えた多聞丸は、正氏の声に鼻を高くして、自分も後に続く。そして、最期に美木多正氏も梯子を登った。
櫓の上では、先に登った持王丸が目の上に手をかざす。
「遠くまでよく見えるぞ」
ぴんと冷たく締まった空気を通して見る景色は絶品であった。
おもむろに正氏が北を指差す。
「あっちが石川河原じゃ。いま、あそこに石川城を造っておる。満仁王丸・明王丸、わしらは、これよりそこに住まうのじゃ」
そして、今度は北西を指差す。
「嶽山にも城を造っておる際中じゃ。他にも、七つの城、十の砦を造っておる」
正氏は一つ一つを指さしてこどもたちに教えた。
「五郎叔父(正氏)、このような城や砦を造って、いったい誰と戦う気なのじゃ。幕府はなくなったのであろう」
不思議そうに持王丸が首を傾げた。
「そうじゃな。されど、まだ騒乱は続くであろう。お前の父(楠木正成)の頭の中には、戦う相手がすでに見えておるのかも知れんな」
「足利尊氏殿か」
年嵩の多聞丸は、尊氏が渦中の人であることは理解していた。
「ううむ……どうであろうなあ」
正氏は目線を逸らし、その目を遠くにやった。
一方、虎夜刃丸は、足利尊氏と聞いて首を傾げる。自身にとっての尊氏は、あくまで父の仲のよい友人であった。
建武元年(一三三四年)正月を迎え、虎夜刃丸は数えで五歳、兄の持王丸は九歳、多聞丸は十二歳となる。
清々しい白木の匂いが立ち込める楠木館に、猿楽の小波多座座長、竹生大夫こと服部元成が、妻の晶子を伴って訪れていた。
正月用に少し上物の小袿を羽織った久子が、笑顔で迎える。
「元成殿、晶子殿、よう、参られた」
「義姉上、ご無沙汰をしております」
赤子を抱いた晶子が軽く頭を下げる。その隣で元成も赤子を抱いていた。
うりふたつの小さな顔に、久子が頬を緩める。
「まあ、何と可愛い子たちじゃ」
「かたじけない。双子は畜生腹と言って忌み嫌い、一人を里子に出す人もいるそうです。されど、我らは二人を大事に育てたいと思うております。すでにそれがしにはこの二人しかおりませんので……」
元成の言葉の裏には、養子に出した二人の息子の存在がある。元成は前妻との間に二人の子がいた。一人は母の出である大和猿楽の外山座へ養子に出し、宝生大夫として跡を継がせることになっていた。もう一人は元成の師である美濃大夫に請われ、生市大夫として山田猿楽の出合座の跡目としていた。
晶子が抱く赤子に、久子は手をかざしてあやしながら、表情を作って笑わせる。
「おお、笑うた、笑うた……そうですね。気にされる事などありませぬ。二人とも大事に育てられませ」
「義姉上にそう言っていただけると安堵します。幸い猿楽という家業ですから、気にする者も周りには居りませぬ」
胸をなで下ろした晶子が屈託のない笑みを返した。
兄たちと一緒に広間に顔を出した虎夜刃丸が、元成と晶子が抱く赤子らを見て、目を丸くする。
「うわ、赤子が二人おる」
「名は確か……」
持王丸が赤子を交互に見ながら首を捻る。
「こっちが観世丸で……」
「……こっちが聞世丸じゃ」
晶子と元成が、赤子の顔を見せながら、それぞれ答えた。
「観世と聞世か。我らの従弟じゃな」
そう言って多聞丸は観世丸を、持王丸は聞世丸を恐る恐る抱く。そして、虎夜刃丸は赤子たちの頬を、おずおずと交互に触った。
子守から解放された元成が久子に向き合う。
「ところで義姉上、都では立太子の礼が執り行われるようです」
「立太子の礼とは何ですか」
「帝の世継ぎを宣下する儀式です」
「では、いよいよ、大塔宮様(護良親王)が……」
「いえ、帝の世継ぎは、恒良親王という十一歳の宮様です」
不意を突かれ、久子の表情が固まる。
「大塔宮様ではないのですか。あれほどに討幕に尽くされたというのに」
「朝廷の中でも駆け引きがあるのでしょう」
晶子が言葉を濁した。武家の家督争いでも、揉めごとがあるのは日常茶飯事。久子もよくわかっている。帝の世継ぎともなると尚更とは思ったが、護良親王の気持ちをおもんぱかると、いたたまれなかった。
翌日、楠木館に逗留する服部元成と晶子の前に、虎夜刃丸がひょっこりと顔を出す。そして、お気に入りの小さな一節切を見せる。
「叔母上はこれを吹けるか」
「まあ、何と可愛いらしい一節切じゃ。この笛なら、よき吹き手が目の前に居りますよ」
そう言って夫の元成に目をやった。
どれ、と元成は虎夜刃丸から一節切を受け取ると、一節、猿楽の調べを奏でる。その鮮やかな節回しに虎夜刃丸は、おおっと目を丸くした。
鼻高々に元成が、虎夜刃丸の顔に視線を戻す。
「まあ、芸の一座を率いる者として、この程度はな」
「じゃあ、ちょっと待ってて」
虎夜刃丸はそう言うと、いったん奥に引っ込んでから、今度は母、久子の手を引いてやってくる。
「母上、あの調べを一緒に」
「あの調べ……ですか」
もちろん、久子は一節切を吹くことはできない。しかし、虎夜刃丸にせがまれて、足利尊氏が奏じた調べを、日頃からたびたび口づさんでいた。
「母上、せーの、ふ、ふふ、ふふ……」
虎夜刃丸は久子を促して、その調べを一緒に口づさんだ。
「治郎殿(元成)、今の調べを吹くことはできますか」
久子の要望に元成は頷き、竹の筒に息を吹き込む。と、見事に節を回しながら、その調べを奏でた。
気色満面の虎夜刃丸が、元成にせがむ。
「ねえ、わしにも教えて。ねえ、教えて」
「ううむ、虎夜刃丸殿にはちと早いが……まあ、指使いなら……」
結局、元成は、楠木館に逗留している間、ずっと、虎夜刃丸に付き合わされる羽目になる。
正月二十三日、十一歳になった第五皇子の恒良親王に立太子の礼が執り行われ、晴れて東宮(皇太子)となった。
帝(後醍醐天皇)は、鎌倉幕府の後ろ盾で代々引き継がれた大覚寺統と持明院統の両統迭立の禁を破り、自らの子を世継ぎに立てた。
そもそも帝は、若くして崩御した兄帝(後二条天皇)の嫡宮、邦良親王の代わりであった。親王が幼かったため、大人になるまでの間、一代限りで皇位についた大覚寺統の中でも傍流の帝である。北条の幕府が続く限り、本来、我が子が東宮になることなどあり得なかった。それを帝は不屈の闘志で覆したのだ。
そしてもう一人、不屈の精神で自らの願いを実現させたのが、三位局こと阿野廉子である。東宮となった恒良親王は廉子が産んだ長子で、鎌倉将軍府に降った成良親王と、陸奥将軍府へ降った義良親王の兄宮であった。これで恒良親王が帝になれば、帝と二人の将軍宮の母として、日本の国母となり女性の頂点を極める。
しかし、この立太子の礼に反意を示す者もいた。大内裏造営の責任者である修理大夫で、護良親王を支えてきた権中納言、四条隆資である。隆資は、これに対する無言の抗議として、二月に入ると全ての職を辞してしまう。隆資は朝廷には数少ない一本気で武骨な公卿であった。
当の護良親王は、悔しさのはけ口を探すように、ますます足利討伐に闘志を燃やしていた。
六月、ついに護良親王と足利尊氏は、一触即発の事態を招く。双方が自らの屋敷に兵を集めはじめたのである。
四条隆資の息子、参議の四条隆貞は、四条猪熊坊門の楠木正成の屋敷を訪れていた。元弘三年に正成が再挙兵した折には、この隆貞を名目上の大将として担ぎ、楠木党は四天王寺に兵を進めた。
その隆貞が正成に、護良親王の令旨を下す。
「宮様(護良親王)は、そなたの挙兵を期待しておる。楠木が挙兵すれば、武士たちは雪崩を打って宮様の元に馳せ参じるであろう」
用件だけ伝えると、隆貞は次の武士を訪ねるべく、慌ただしく楠木の京屋敷を後にした。
屋敷の外で隆貞を見送った楠木正季が、正成に苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「これは大変なことになった。いかがする、三郎兄者」
「うむ……尊氏殿とは戦いたくはない。幕府なき今、御家人らを取り纏めるに、尊氏殿は必要な御仁じゃ」
「宮様は、だからこそ、討たんとされておられるのでしょうが……」
「勝ち負けは、武士どもが足利と大塔宮様のいずれを旗頭として選ぶかじゃ。されど、此度はどうじゃ」
正成は、戦をすれば護良親王が負けることを確信していた。
「じゃが、三郎兄者、このまま大塔宮様を見捨てることもできぬ」
「もちろんじゃ。宮様にお会いして、矛を収めていただくしかあるまい。足利と一戦交えるとなれば赤松殿を頼ることは間違いない。円心殿とともに説得すれば、宮様も諦めるしかなかろう」
「されど、赤松殿はこれまで大塔宮様を内から支えていた、云わば宮様の本軍。我らとは少々立場が違う。円心殿が三郎兄者とともに説得する側になるであろうか」
「いま、円心殿の心は動いておるはずじゃ。新田義貞殿が播磨守に任じられたことで、このまま大塔宮様をお支えすることに、躊躇いを感じておろう。わしから直接、円心殿に話してみよう」
郎党に馬を用意させた正成は、急ぎ京の赤松屋敷へ向かった。
翌日、楠木正成は赤松円心と連れ立って護良親王の邸第を訪ねた。
門を潜るとあちらこちらから、がちゃがちゃと金具の擦れる音が聞こえる。すでに具足(甲冑)姿の多くの武士や僧兵が集まり、薙刀や弓矢を集めていた。そのただならぬ雰囲気の中を、正成は直垂に侍烏帽子という平服で、口を真一文字に閉ざして御殿の中へと急ぐ。そして円心は、その殺気立つ男たちを凍りつかせるほどに睨みを効かせながら、後に続いた。
中に入った二人は、護良親王を前にして、下座で平伏する。横には四条隆貞が座っていた。
「赤松、楠木、よう来てくれた。我は嬉しく思うぞ」
親王は、正成と円心が令旨を受けて、賛同の意を表すために訪れたものと思っていた。しかし、二人の表情は硬い。
先に口を開いたのは正成である。
「宮様、早まりなされますな。足利と一戦交えるなど、無謀でござる。我らがこうして参ったのは、宮様をお止めするためです」
「左様、楠木殿が申した通りでござる。わしも此度のことを聞かされ、なぜ宮様をお止めせなんだと、我が子、三郎(赤松則祐)を怒鳴りつけました」
円心は、足利と争っても赤松にとって何の利もないことを悟っていた。
二人の話に近臣の四条隆貞は、はらはらと護良親王の顔色を窺った。
親王は血走ったその目を吊り上げる。
「何と、先の戦の英雄が、此度は揃って臆したか」
「宮様、足利の兵力は我らの比ではありませぬ」
なだめるべく円心が応じた。
「もちろんわかっておる。だからこそ、こうして畿内の有力者に令旨を発しておる」
わなわなと肩を震わす護良親王に対して、正成は落ち着いていた。
「されど、御親政に不満をもつ武士は、残念ながら宮様ではなく、足利尊氏を旗印として選ぶでしょう。彼らからみれば宮様は朝廷、つまり御親政そのものなのです」
「何、武家の不満の矛先は我じゃと言うのか」
「左様にございます。宮様から令旨を受けながら、恩賞にありつけなかった武士は、御親政に対して不満を持っております。恐れながら、それは宮様に対する不満なのです」
その指摘に親王は首を振って否定する。
「それは、朝廷が我の令旨を無効にしたからであろう」
「宮様のお気持ちはお察し致します。されど、それらの武士にとっては裏切られたという思いと、宮様の令旨が手元に残っているばかりなのです」
「くっ……」
今初めて、護良親王は自らの置かれた立場を認識した。
「それと、足利は、宮様の方から足利討伐の旗を上げることを望んでおりまする」
「なに」
「尊氏は朝敵になることを恐れております。宮様に対して足利が先に兵を挙げることは決してありませぬ。されど、宮様から先に兵を挙げれば、自らを守る大義名分が生じます。それこそが足利の思う壺。主上(後醍醐天皇)に対しても言い訳ができまする。一度、対峙すれば、中途半端な戦で終わらせず、必ず我らを叩き潰すことでしょう」
冷徹な正成の説明に、親王は目をそらし、眉間に皺を寄せて沈黙した。
「宮様、どうかご辛抱のほどを。我らが動くときは、足利から何らかの動きがあったときでございます」
追い打ちをかけるように、円心も翻意を促した。
主力として期待する二人の意見に、親王の意気は阻喪するしかなかった。
護良親王と足利尊氏の衝突を何とか回避させた楠木正成であったが、気の休まる日はない。雑訴決断所は多くの訴えを処理しきれなくなり、八月には番所を倍にし、奉行人を百七名に増やした。
畿内の訴訟を扱う一番所の奉行人には正成が、そして西海道(九州)の訴訟を扱う奉行人には、婆娑羅を気取る佐々木道誉が新たに任じられた。
「これは、楠木殿、それがしも奉行に任じられましたぞ」
呼び止めたのは、その道誉であった。金糸を編み込んだ派手な赤い直垂姿の入道頭に向け、正成が軽く会釈する。
「これは佐々木殿。訴える者が多すぎて、とても手が回らない状態でした。佐々木殿に加わっていただき、助かります」
「いや、面倒なことは勘弁してくだされ。今までも任官から逃げ回っておったのです。それが、ついに掴まってしもうた。朝廷も面倒な事をやらせる」
挨拶程度に言葉を返したつもりの正成は、悪びれずに喋る道誉に唖然とする。
「しかも、何の因果で西海道の訴訟を扱わねばならんのか。誰がどこの国を治めているかさえも知らぬのですぞ。九州では、それがしの徳になることもなさそうですしな。それに引き換え楠木殿は畿内の訴訟を扱われる。うらやましい限りじゃ」
「いえ、とんでもない。畿内は人の割に土地が少なく、面倒なところですぞ」
そう言って正成は苦笑する。
「いやいや、楠木殿。畿内の貴殿が畿内の訴訟を扱えば、自らの懐を肥やすことなど簡単でしょう。いやはや、うらやましい」
道誉は悪戯っぽい笑顔を残して去って行った。
八月の終り、楠木正成の命で再び多聞丸が京に上る。十二歳の嫡男を手元に置き、跡継ぎとして見分を広げさせるためである。
多聞丸が上洛するついでにと、久子は持王丸と虎夜刃丸を連れて同行していた。なかなか河内に戻ってこない夫、正成のために、子どもらを合わせてやろうと思ったからである。
恩地左近満俊の嫡男、恩地満一に連れられた一行が京に入る。母に一節切を収める袋を作ってもらった虎夜刃丸は、腰に刀を帯びるように、一節切を腰に差していた。
一行は四条猪熊坊門の楠木屋敷を目指し、鴨の土手を歩く。
「多聞兄者、あれは何じゃ」
河原に群がる大勢の人たちに向けて、虎夜刃丸が指を差した。
「さあ、何であろう」
手をかざした多聞丸も、しげしげと眺めた。
「どれ、わしが見て来てやろう」
「これ、待ちなさい」
久子の制止を振り切って持王丸が駆け出した。
人を掻き分けて顔を上げたその先には立て札がある。
「なんだ……このごろみやこにはやるもの……」
持王丸の声に、後ろの誰かが声を被せる。
「このごろ都に逸るもの、夜討、強盗、偽綸旨、召人、早馬、虚騒動、生首、還俗、自由出家、にわか大名、迷い者、安堵、恩賞、虚軍、本領離るる訴訟人、文書入れたる細葛、追従、讒人、禅律僧、下克上する成出者、器用の堪否沙汰も無く漏るる人なき決断所、……京童の口ずさみ、十分一を漏らすばかり」
「偽綸旨……」
声の方へ振り返った持王丸に、立烏帽子を被った公家がにこりと微笑む。
「御上(後醍醐天皇)の綸旨に似せた作りものの綸旨じゃ。もっとも、朝廷の都合によっては本物の綸旨を偽物とする場合もあるがのう。ほほほ……」
その公家は扇で口を隠し、品よく笑った。
「ちゅ、中納言様、万里小路(藤房)中納言様ではないですか」
追いついた久子が声を上擦らせた。
中納言と聞いて周りの人々がざわつく中、藤房が久子を凝視する。
「おや、その方は……」
「楠木河内守正成が妻、久子にございます」
そう言って、深々とお辞儀をする。
元弘の折、久子は一度、藤房とは顔を会わせていた。また、正成が藤房と懇意である事も知っていた。
「おお、正成殿の奥方か」
藤房は、身内に見せるような親しみある笑顔を見せた。
楠木と聞いて再びざわつきはじめる周囲に、万里小路藤房は、皆を連れて少し人混みから離れる。
「正成殿に挙兵を促すため、麿が楠木館に伺った時以来ですな」
「その折は、わざわざ河内の山深い田舎へお越しいただき、恐縮でございました」
「いやいや、何の。頼む方が出向くのは当たり前じゃ……」
気さくに久子に応じた藤房は、隣の子供らをも目を落とす。
「……すると、こちらは正成殿の御子息か」
「嫡男の多聞丸と申します。父がお世話になっております」
「次男の持王丸と申します。よしなにお願い致します」
二人の兄たちがそろって頭を下げるのを見て、慌てて小さな身体が続く。
「虎夜刃丸です」
少し気恥ずかしそうにうつむいた。
「そうか、虎夜刃丸殿が一番下の弟殿じゃな」
すると、今度は顔を上げてしっかりと頷く。その仕草に藤房は目を細めた。
「ところで中納言様(藤房)、この騒ぎ、何があったのですか」
まだ、久子は立て札を見ていなかった。
「落書じゃ。誰かが御親政を批判しておるのじゃ」
「まあ、そのようなものが……」
驚く久子の隣で、多聞丸が立て札の方へと目を向ける。
「それはいけません。私が引き抜いてまいりましょう」
立て札に向かおうとする多聞丸に、藤房が首を横に振り、片手を上げて制する。
「おやめになられた方がよい。庶民には捌け口も必要じゃ。取り締まることばかりが正義ともいえぬ」
藤房は鷹揚であった。
しかし、多聞丸は正義感が強い。
「されど……」
「これを引き抜いても、また違う場所に落書が立つだけじゃ。なぜかおわかりか。それはこの落書に書かれていることが、満更、嘘ではないからじゃ」
その言葉に、多聞丸も久子も表情を失う。
そろり、持王丸がたずねる。
「では、朝廷の役に付いている父上も間違っておるのですか」
「正成は立派な武士じゃ。その方らはよい父を持たれたな。さりとて、人ひとりの力ではどうしようもないことがある……わかるかな、虎夜刃丸殿」
先ほどから漏らさず耳を傾けていた虎夜刃丸を見て、藤房が声をかけた。
しかし、虎夜刃丸は首を傾げる。
「……わかりませぬ」
「正直じゃな。ほほほ」
高笑いしながら、藤房は虎夜刃丸の頭を手で撫でた。
九月初旬、護良親王は自らの邸第で悶々とした日々を送っていた。征夷大将軍の任を解かれて、すでに一年が経つ。その間に親王は次々に力を失った。
赤松円心は恩賞で冷遇され、後見の権大納言、北畠親房は陸奥国へと遠ざけられた。親王を支えたもう一人の重鎮、権中納言の四条隆資は職を辞して、内裏に出仕しなくなっていた。
最も護良親王の力を削いだのは、異母弟の恒良親王が東宮(皇太子)宣下を受けたことである。将来、護良親王が帝に成る事を期待して支えていた公家や武家が、距離をとるようになっていた。
さすがに親王も、足利尊氏のせいだけで今の自身の境遇があるとは思っていない。その背後に隠岐派の面々、さらに帝(後醍醐天皇)の御心があることは理解していた。
しかし、護良親王は決して諦めることはなかった。理想の朝廷のために、まずは、幕府の芽を摘むことにのみに注力していた。
親王は、十津川・吉野・高野と苦楽をともにしてきた側近の赤松則祐と参議の四条隆貞に大事を打ち明ける。
「来る二十一日、御上(後醍醐天皇)が男山八幡宮へ行幸する日じゃ。この機会を逃さず尊氏を討ち果たそうぞ」
「この日のために弓の名手を集めております。それに、北畠卿(親房)が奥州から遣わした腕に覚えのある者たちもおります。尊氏めも行幸の御供となれば、自らを護るためにのみ郎党を率いるわけにもいかぬでしょう」
男山への道程が記された絵地図を広げながら、隆貞が、まるで成就は既定のことのように応じた。
しかし、ひとり、悩みを深くする者がいる。
「宮様、御上の御心はいかに」
則祐は、これまで苦楽をともにしてきた護良親王と、父、赤松円心との間で板挟みになっていた。父からは、親王の暴発を諫めるように諭されていたからである。
円心は利に聡い武士であり、護良親王の暴発は、自身に不利益しかもたらさないと考えていた。
しかし、親王を動かすのは損得ではなく、理想である。
「大丈夫じゃ。尊氏は幕府再興を狙う奸物。いずれ放っておくことができなくなるであろうことは、御上とて、よくご承知じゃ」
「左様にございますか……」
「じゃが、則祐、このことは円心には内密にのう。以前のように円心と正成に反対されては敵わん。どこから漏れるかわからんからのう」
「承知しております」
その日、密談は、燭台の油が尽きるまで続いた。
京に出てきた虎夜刃丸は、母、久子に連れられて、兄たちと一緒に清水寺に詣でる。供には恩地満一が従っていた。
この寺があるあたりは東山と呼ばれる。しかし、東山という山はない。大文字山から比叡山まで連々と続く山々の総称である。そして、その麓に建つのが清水寺であった。
虎夜刃丸が、手を繋いだ母の顔を見上げる。
「母上、なぜ、この寺に来たのじゃ」
「このお寺の御本尊である千手観音の脇には、毘沙門天が祀ってあると聞きます。ぜひ、手を合わせておきたいと思うてな」
「びしゃもんてん……」
「毘沙門天とは多聞丸の名をいただいた多聞天のことです」
そう言って久子が、にっこりと笑みを返した。
前を歩いていた次兄の持王丸が、得心顔で振り返る。
「そうか、兄者の寺なのじゃな」
「そうです。父上の幼名も多聞丸。御婆様が若い時、信貴山にある朝護孫子寺の毘沙門天に祈って生んだのがそなたたちの父です。楠木の家は、毘沙門天とは切っても切れぬ縁なのですよ」
母の話に、当の多聞丸は神妙な表情で背筋を伸ばした。
一行は僧侶の案内で本堂に上がり参拝を済ませる。そして、帰ろうとしたところで、急に寺が慌ただしくなった。
何事かと久子が僧侶を掴まえる。
「あの、どうかなされましたか」
「楠木様、申し訳ありませぬ。大塔宮様(護良親王)より使いがあり、急遽、参拝にお越しとのこと。宮様をお迎えする支度で慌ただしくしております」
虎夜刃丸の目が、きらり輝く。
「えっ、大塔宮様が」
幼過ぎて護良親王の顔は覚えてはいない。が、母からは命の恩人と聞かされて育った。一目だけでも会いたいと常に思っていた。
それは久子とて同様である。
「あの、我らは以前、宮様(護良親王)に命を御救いいただきました。宮様が来られるのなら、直接、お礼を申し上げたく存じます。お繋ぎいただく訳には参りませぬでしょうか」
「承知しました。河内守様の奥方様であれば問題はありますまい。来られたら案内致しますので、しばらくお待ちくだされ」
僧侶の気遣いで、一行は寺の奥院で護良親王の到着を待った。
しばらくして、護良親王が虎夜刃丸らの前に現れる。
「おお、正成の奥方か。達者であったか」
親王は客間に入るなり、気さくに声をかけた。
笑顔の親王は、四条隆貞と供回りの公家や武士たちを連れていた。供の者たちを下手に控えさせ、自身は隆貞のみを脇に従えて上座に腰を下ろした。
改めて、久子はこどもたちとともに頭を低くする。
「宮様、その節はありがとうございました。一度、お会いしてお礼を申し上げたいと思うておりました。思いがけず、宮様がこちらにお越しと聞き、失礼を顧みず、お待ち申し上げた次第でございます」
「そうか、我も会えてうれしいぞ。この寺に来た甲斐があった」
虎夜刃丸が護良親王の前に進み出て、行儀よく手を突く。
「お助けいただき、ありがとうございました」
「おお、あの時の子か。確か名は……」
「虎夜刃丸にございます」
「そうじゃ。虎夜刃丸じゃ。大きくなったのう」
観心寺で親王に盗賊を退治してもらわなければ、虎夜刃丸も久子もここには居なかった。足利尊氏とともに命の恩人である。その二人から、虎夜刃丸は同じ親しみの匂いを感じ取っていた。
「宮様もお願いごとでございますか」
無邪気な虎夜刃丸の問いかけに、親王の視線が一瞬、宙を切る。
「う、うむ、坂上田村麻呂の武勇にあやかろうと思うてな」
もちろん、虎夜刃丸の知らない名である。
「さかのうえ……」
「そうじゃ。坂上田村麻呂。武勇名高い征夷大将軍じゃ。この寺はその田村麻呂が昔に建てた寺なのじゃ」
聞き覚えのある名称に、虎夜刃丸がええとっと顔を上げる。
「征夷大将軍は宮様……」
「これ」
側近の隆貞が過剰に反応し、こどもの話を制した。征夷大将軍を更迭された親王に対し、周囲は腫れ物を触るように、気遣っていた。
その場の空気を察して、久子や恩地満一らにも緊張が走った。
「ああ、我もそうであったが……我よりも、ずっと昔の征夷大将軍じゃ」
親王は苦笑いで応じた。久子らは、その落ちついた態度に胸を撫で下ろした。
「ところで奥方(久子)、今日、正成は」
「はい。毎日、奉行所に出向いております」
「奉行所……ああ、雑訴決断所のことか」
正成の動向を親王は気にしていた。挙兵を邪魔されては敵わないと思っていたからである。
「そうか、忙しい日々を送っておるのじゃな。結構、結構。では、我はこれより参拝をするので、これで失礼する。正成によしなにな」
そう言うと、護良親王は隆貞らを伴って部屋を出て行った。
九月二十一日、虎夜刃丸の姿は、いまだ京にある。この日は恩地満一に連れられて、兄たちと洛中の南の端まで来ていた。男山八幡宮への帝(後醍醐天皇)の行幸を見物するためである。虎夜刃丸らの上京は、これも大きな目的であった。
「虎夜刃丸、我らの父は、帝を御護りして行列に加わるのじゃ。よく見ておくのじゃぞ」
兄の多聞丸に促され、早くも虎夜刃丸は目の前の大路をじっと注視する。
この度の行幸は、討幕の悲願成就の御礼参りである。企図したのは、中納言、万里小路藤房。これを機会に朝廷内の亀裂を修復しようと苦心していた。
一つは恩賞の不公平により、公家と武家の間に生じた亀裂である。もう一つは、阿野廉子や千種忠顕らの隠岐派と、護良親王の勢力、そして、足利尊氏の勢力の間にある亀裂である。藤房はその亀裂を、楠木正成とともにとり成そうとしていた。
突如、後方から、町人らのざわめきが波のように押し寄せた。
周囲の興奮を受けて、額に手をかざした満一が、行列の先端を見つける。
「お越しになられましたぞ」
「あ、あれが御上の行幸か」
そう言って、持王丸がぽかんと口を開けた。初めて見る行列に一同も釘付けになった。
行列の先頭は丸に二つ引きの旗印。馬上に足利尊氏を認めた虎夜刃丸が、思わず声を上げる。
「あっ、足利殿じゃ」
すると声が届いたのか、尊氏が振り向き、にこりと笑みを返した。
「続いて御公家衆でございますよ」
手を口に添えた満一が、虎夜刃丸らに呟いた。
「あの御仁は先日の……万里小路(藤房)中納言様じゃ」
多聞丸の声で虎夜刃丸は藤房を探した。だが、そこに見た藤房に、先日の柔らかな表情はない。厳しい顔をして正面を見据えていた。
公家と武家の垣根をなくすため、公家には質素な出達ちにと申し送っていた。しかし、蓋を開けてみると、ここぞとばかりに公家は着飾り、直垂に胴丸姿という質素な出で立ちの武士を、見下すような態度をとった。藤房は落胆し、武士や民衆から洩れる不満に耳を傾けながら歩いていたのである。
突如、持王丸が声を上げる。
「あ、父上じゃ」
「殿の後ろの玉輦(天皇の御輿)に乗っておられるのが帝(後醍醐天皇)でございますよ」
自信ありげに満一が説明した。
虎夜刃丸は、行列の真ん中で帝を守護して兵を率いる父を、今更ながら誇らしく思う。
殿を受け持った名和長年が、虎夜刃丸らの前を通り過ぎて行列は終わった。しかし、この行列に護良親王の姿はなかった。
まだ行幸の余韻が残る中、虎夜刃丸の目は、大路の向かいに釘付けとなる。
「多聞兄者、大塔宮様(護良親王)の御家来じゃ」
先般、清水寺で見かけた護良親王の供廻りであった公家の一人が立ち去ろうとしていた。
虎夜刃丸は、行列に加わっていなかった親王が、そこに居るのではないかと、居ても立ってもおられず、その男を追って駆け出す。しかし、人ごみの中ですぐに見失った。
多聞丸が虎夜刃丸に追いついて、手で頭を抑える。
「勝手に駆け出しては駄目ではないか」
「でも……あ、あそこじゃ」
その公家は周囲に目を配りながら、やさぐれた侍たちと合流して通りから外れて行った。
「ううん……何か様子が変じゃ。虎、少し静かにするのじゃぞ」
多聞丸は虎夜刃丸の手を引いて、男たちに近付き、辻角の土塀に隠れて息を殺す。すると、男たちの声が虎夜刃丸にも聞こえてきた。
「やはり、聞いていた通り、先頭は足利尊氏であったな」
「では、手筈通り決行は、行幸が戻ってくる明後日か」
「人の少ない宇治川の向島に、弓に自信のある者たちを潜ませよう」
聞き耳を立てる多聞丸の顔が厳しくなる。その表情に、虎夜刃丸は大事が起きようとしていることを悟った。
「馬上の尊氏にいっせいに矢を放つ。さらに奥州勢を正面に配して、撃ち漏らした者を一掃する。よいな」
「相わかった」
男たちの会話は虎夜刃丸にも理解できた。驚いて無意味に口を動かそうとする虎夜刃丸に、人差し指を口に当てた多聞丸が、顎で離れるよう促した。
二人はその場を静かに離れ、恩地満一と持王丸の元に戻る。
「満一、大変なことになった。わしは父上に、このことを伝えてくる。そなたは虎夜刃丸と持王丸を頼むぞ」
「お、お待ちください、多聞丸様、いったい何が……」
引き留めようとする満一を残し、多聞丸は自らの足で行幸を追った。
唖然とする満一の袖を、虎夜刃丸が引っ張ってしゃがませる。
「あのね……」
虎夜刃丸が満一と持王丸の耳元でささやいた。
「それはまことにございますか」
驚いた二人は、多聞丸が駆けていった方角に、茫然と目を向けた。
はあはあと息を切らし、多聞丸は帝の行幸に追いつく。と、すぐに行列の中に楠木の兵を見つけ、父、正成への繋ぎを頼んだ。
だが、行列を離脱して多聞丸の前に現れたのは、叔父、楠木正季の騎馬である。
「多聞丸、行幸の最中ぞ。何を考えておるっ」
馬上の正季は目を三角にして、多聞丸に厳しい声を浴びせた。
「七郎叔父、大変なのじゃ。足利殿が狙われておる」
「なにっ」
驚いて馬から飛び降りた正季に、多聞丸は掻い摘んで事の次第を話した。
「では、明後日、宇治川の向島あたりに兵が潜んで、尊氏殿に矢を射かけるというのじゃな。して、その者たちの一人は大塔宮様(護良親王)の御家来の一人であったと……」
「うん。わしと虎夜刃丸が見た。間違いはない」
「よく知らせてくれた。あとは任せてくれ」
労いの言葉を掛けると、正季は多聞丸の肩に手を置き、ゆっくりと頷いた。
帝(後醍醐天皇)は男山八幡宮に到着すると、三位以上の公卿を神殿に上げる。武士の楠木正成や名和長年らが神殿の外で控える中、武家では唯一、足利尊氏が神殿に上がった。
帝の参拝が終わると、公家も武家も一緒になって、八幡宮の参道脇に植樹を行う。この度の行幸を仕切る万里小路藤房が用意した、公家と武家の和合のための儀式である。
正成は自らの名にかけ、楠の苗を自らの手で植え、武家として必勝祈願と、朝廷の役人として世の安寧を祈った。
参拝の儀式はつつがなく終わる。帝をはじめとする一行は、男山の麓にある善法律寺で紅葉を狩った後、この寺や八幡宮の別当(長官)の屋敷など複数の宿舎に分かれて泊った。
その夜、楠木正成・正季兄弟は、密かに万里小路藤房の宿舎に出向いた。
荏胡麻油の灯りが不安定に揺れる中、仔細を聞いた藤房が、ふうぅとひとつ溜息をつく。
「そうか、そのようなことが。大塔宮様(護良親王)の配下の男ということは、宮様の意向とみるしかないのう」
「帝や足利殿(尊氏)に、このことを伝えますか」
正季の問いかけに、藤房が扇をばちんと閉じる。
「そうするのはたやすいこと。じゃが、それでは宮様の処罰は免れぬ。たとえ名を出さなくとも、真っ先に疑われるのは宮様じゃ」
「では先に、その者どもを討ち果たしますか」
再び問う正季に、藤房が無情に首を横に振る。
「それでは、そなたたちが大塔宮様に反旗を翻したことになろう」
「されど、帝にも足利殿にも、まして大塔宮様にも悟られぬように、これを未然に防ぐというのは……」
ううむと声を漏らした正季は、助けを求めて兄に視線を送る。だが、正成は先ほどから目をつむり、黙って腕組みをしていた。
しかし、突如、何かを思いついたかのように、おもむろに目を開く。
「中納言様(藤房)、すぐに帝に奏上いただけないかと存じます」
「何、方法があるというのか」
藁をもすがる思いで、藤房は身を乗り出した。
翌々日、男山八幡を出立して洛中に戻る帝(後醍醐天皇)の行幸が、宇治川に差し掛かった。
対して、向島の葦の中には、赤松則佑ら、弓矢が得意な五十余人が身を隠す。
「来たぞ、狙うは先頭の足利尊氏ぞ」
「おおっ」
殺気だった男たちが、矢をあてがった弓の弦に手をかけて、先陣が通り掛かるのを、息を潜めて待ち構えた。
(よし、来た)
葦の中から、尊氏の命を奪うべく、則佑がきりきりと弦を引く。
だが、その瞬間、自身の目を疑う。先陣を務めているのは大鍬形に剣をあしらった前立ての兜。楠木正成であった。
足利軍は楠木軍と入れ替わり、行列の中衛を守護していた。しかも、尊氏は玉輦(天皇の御輿)の隣に馬を付けている。尊氏を近くに侍らし、親密さを演出してはどうかと、万里小路藤房が帝に奏上したためであった。
尊氏を狙っていた男たちに、ざわざわと動揺が走る。
「こ、これでは矢を射ることができぬではないか」
男たちは葦の中から、呆然と行列を見送ることしかできない。
ただ、赤松則佑だけは、口惜しさの中にも、この結末には少し安堵も覚えていた。