第 6 話 建武の新政
元弘三年(一三三三年)六月、南河内の山々は山藍摺の小袖のような濃い青緑に覆われる。人々が忙しさにかまけているうちに、季節はすっかり夏であった。
ここは、赤坂城(下赤坂城)の本丸(主郭)に建つ陣屋の中。虎夜刃丸が従兄弟の明王丸と一緒に広間に駆け込む。そこには母、久子を車座に囲むように、すでに一同が集まっていた。ただし、楠木正季の妻、澄子はいない。身重のため実家に帰っているからである。
皆の前に立った虎夜刃丸は、毛先まで汗でびっしょりと濡らし、はあはあと肩で息をしている。
「ち、父上(楠木正成)から便りがきたのか」
「ああ、いま、母上が目を通されておる」
書状に目を落とす久子の邪魔をさせまいと、多聞丸が早口で応じた。その隣では、持王丸と満仁王丸がそわそわしながら、久子の言葉を待っている。
場の空気に押された幼い二人は、顔を見合わせ、持王丸の隣に大人しく座った。
「それで義姉上、何と書かれておりますか」
にいにいと鳴く蝉に根負けした正氏が、こらえきれずに声をかけた。その隣では妻の良子が娘の倫子を膝の上に載せて、息を飲んで待っていた。
すくっと顔を上げた久子が、二、三度まばたきをしてから、ぐるっと皆の顔を見渡す。
「殿(正成)は、四条猪熊坊門に屋敷を賜ったとのことです」
「えぇ、父上は京に住むのか……河内には帰ってこないのかぁ」
不満をいっぱい顔に出し、虎夜刃丸が久子の顔を見上げた。
「そうですね……京での勤めも仰せつかり、これからは向こうで過ごすことが多くなるそうです」
「うむ、兄者(正成)は、帝(後醍醐天皇)の新たな政を助けるのじゃ。栄誉なことぞ、虎夜刃丸」
正氏は自慢気に言葉を投げ掛け、我が事のように喜んだ。
この政は、帝自らが携わることで、御親政と呼ばれる。この御親政による新たな政体は、改元する新たな元号にちなみ、後に『建武の新政』と呼ばれることになる。
しょんぼりとする虎夜刃丸の様子に、久子は小さな吐息を漏らし、正氏に視線を送る。
「そこで、五郎殿(正氏)を河内国の目代に任じたいと仰せじゃ。任官のため、急ぎ上洛させるよう求めてきております」
目代とは、国守に代わって任国の実務を差配する代官のことである。
すると正氏はその顔を強張らせる。
「何と、わしがこの河内国の目代に……上洛ということは、内裏に出向くのか。ううむ……兄者(正成)や七郎(正季)と違うて学のないわしに務まるであろうか」
猶子として楠木家に迎え入れられた正氏は、正成や正季と同様に観心寺中院の龍覚に学問を学んだ。だが、遅れて学んだ学問には身が入らず、弓馬の稽古に勤しんで育った。
尻込みする正氏に向け、家宰の恩地左近が、にこにこと笑みを湛える。
「大丈夫でございますよ。五郎殿は、今でも立派に、殿(正成)の名代を努められておられるではありませぬか」
「そうでございますよ。目代は、学があればできるというものではありませぬ。殿の代理は、殿の心をよく判った御方でないと務まりませぬ。七郎殿(正季)にも京の勤めがあるのなら、五郎殿をおいて、他に居ないではありませぬか」
「そうかのう……」
久子の励ましに、正氏は顔の緊張を解いて頭を掻いた。
大人の話に、虎夜刃丸は首をひねる。
「じょうらくって何」
「京に行くことですよ」
母の答えに、虎夜刃丸の目がらんらんと輝く。その場で立ち上がり、久子の手を引っ張る。
「虎も行く。虎も行く」
「わしも行きたい」
「京を見てみたい」
末弟に続き、多聞丸と持王丸も久子にせがんだ。もちろん、満仁王丸と明王丸とて同様である。父、正氏の手を引っぱって京への同行をせがんだ。京は、幼子でさえ心ときめく花の都であった。
しかし、久子は表情を崩さず首を横に振る。
「今は討幕直後で京は荒れております。まだ、大塔宮様(護良親王)さえも京に戻られていないそうです。女こどもが物見遊山で訪れるところではありませぬ」
「ええっ」
虎夜刃丸は、この世の終わりに浮かべる表情を見せた。
その顔に、久子は茶目っ気たっぷりの微笑みを返す。
「でも、この文には続きがあります。三月もすれば京の町が落ち着くだろうから、その時には皆で出てくるように、と書いてあります」
「本当に……」
諦め顔であった持王丸が、おずおずと問い返した。
そして、頷く母の顔を見て、虎夜刃丸は明王丸の手を取る。
「やったあ」
幼い二人が小躍りする姿に、多聞丸も満面の笑みを浮かべる。そして、久子自身も初めての上洛に、心の奥底で胸を躍らせていた。
六月十三日、信貴山を出立した護良親王の行列が、京への凱旋を果す。
権中納言の四条隆資は大鎧に立烏帽子姿で、次男の左少将四条隆貞とともに行列に付き従った。先陣は具足(甲冑)をまとった赤松円心と息子たち。また、最後尾には、帝(後醍醐天皇)から、征夷大将軍に任じる綸旨を持って迎えとして遣わされた千種忠顕の姿もあった。
そして、行列の中央は馬に跨った大鎧姿の護良親王。征夷大将軍として、真に威風堂々とした凱旋である。
京の人々は、武勇の親王を持て囃した。馬上の円心は、自らが担いだ護良親王を讃える声ににやつきながら、京の大路を闊歩した。
凱旋を果たした護良親王は、武具を纏ったまま、主だった者たちを率いて内裏に入る。そして、紫宸殿の前で、帝に帰任を報告した。これにて、一連の戦は名実ともに終了したことになる。
表向きの儀式が終わった後、親王は帝によって御殿の奥に招かれた。久方ぶりの親子の対面である。
「護良、よう戻って参った。此度の討幕は、お前の力あってのことじゃ」
無表情の千種忠顕と一条行房を傍に置き、帝の晴れやかな笑顔だけが浮かびあがっていた。
「はっ、ありがたき幸せにございます。延喜・天暦の治に戻すという御上の理想を実現することができ、我も、この上もなき喜びにございます」
そう言って畏まる親王だが、眼光鋭く日焼けした顔は、雅な内裏には、まるで似つかわしくなかった。
延喜・天暦の治とは、天皇親政が行われた醍醐天皇・村上天皇の治世である。天皇の諡(追号)は、通常死後におくられるものであるが、帝はこの醍醐天皇にあやかって、生前から後醍醐の号を定めていたくらいである。
「うむ、これからは朕のそばにいて、政を助けてくれ」
「はい、そのためには、主上の世を確かなものにしなければなりませぬ。武士に政を任せてはなりませぬ」
親王は、鞘を失くした刀身が如く、ぎらつく目で熱く訴えた。
だが、その進言は帝の腹に冷たく落ちる。
「足利のことか。護良の心配もわからぬではない。さりとて、これと言って謀反の素振りも見せぬ高氏を排除することはできぬ。藤房(万里小路藤房)は、高氏が不満を持たぬよう、相応の処遇をするように奏上してきておるくらいじゃ」
「仮に高氏にその気がなくとも、武士供は武家の棟梁として高氏を担ぐでしょう。武士が、武士の世を創りたいなどと思わない政が肝要かと存じます」
親子の間に小さな緊張が生まれる。
「では、どのようにせよと申すか」
「はい、そのためには、我ら皇族が力を持たなければなりませぬ。古代、崇神帝の御代、四道将軍と呼ばれた四人の将軍が、大和から四方へ遣わされ、各地を制圧してこの日の本を治めました。四道将軍はいずれも皇族でした……」
いつぞや、護良親王が楠木正成に語った話である。唐突な話にも、帝は無言で耳を傾ける。
「……皇子たちをそれぞれ将軍に任じ、武士たちを各将軍の配下と致します。この宮将軍たちを奥州、鎌倉、北陸、鎮西など要所に派遣致します。そして中央にはこの護良が、征夷大将軍として宮将軍たちを統率するとともに、御上を守護奉ります。このようにして、武士が恩賞などを独自に采配できなくしてしまいます」
帝は自慢の長い髭を揺らすように深く頷く。
「なるほど……護良の考えはよう判った。考えておこう」
しかし、帝の顔から話の感触を推し量ることは難しかった。反応を見極め切れなかった親王は、帝が表情を消したことを気にしつつ、礼を述べて下がって行った。
護良親王の姿が見えなくなってから、帝(後醍醐天皇)は、まるで置き物のように傍らに控えていた千種忠顕と一条行房を正面に招く。
「宮の考えは一理あると思うが、その方らはどのように思うた。存念を申してみよ」
これに忠顕は、一瞬、悩むような表情を見せてから口を開く。
「麿も、宮様のお考えに理はあろうと存じます。さすがは戦う宮と名をはせる、大塔宮様だけのことはあろうかと存じます」
いったんは親王の顔を立ててから、上目づかいに帝の表情を拝する。いかにも思案している素振りである。
その顔色を窺いながら、忠顕は慎重に言葉を選ぶ。
「ただ、御上の皇子を将軍に任じ、大塔宮様が兵馬を統率する征夷大将軍となりますれば、宮様が日の本で最も大きな力を握ることになりましょう。麿としては、御上の御立場をいささか懸念致します」
「うむ、宮は豪気な気質じゃ。そちがその様に思うのもわからんではない。されど、朝廷の中に幕府は創れぬ。宮は頼朝にはなれぬ」
すると行房が、忠顕が陰伏した真意を露にする。
「恐れ多きことなれど、であればこそ、御自らが当今(天皇)と成りて、政を行う……ということはありますまいか」
これに帝は、暫し無表情に考え込む。
「むう……じゃが、次の帝になりたいのであれば、自ら望んで征夷大将軍にはならんであろう。一度は仏門に身を置いたのじゃ。自らの立場はわきまえておろうぞ。きっと宮は朕と朝廷のことを思うてじゃ。あの子はそういう子じゃ」
「はい、麿も宮様が恐れ多いことを考えるとは思うておりませぬ。さりながら、宮様とて周囲に担がれぬとは限りませぬ」
「げにも。京への凱旋では、赤松が先陣として得意満面でございました。大きな力を持たせ過ぎぬようにお考えになるべきかと」
ここぞとばかりに、忠顕は赤松円心の名前を出した。二人の間には六波羅攻めの際の遺恨があった。
「うむ、そちたちの心配はよう判った。心に留めおくこととしよう」
帝の言葉を受け、忠顕らは表情を崩すことなく神妙に平伏した。
護良親王に従って京へ凱旋した者たちにも恩賞を与えるため、除目が披露された。
権中納言の四条隆資は、従二位、修理大夫に任ぜられた。帝(後醍醐天皇)は、幕府によって失墜した権威復活の象徴として、大内裏の造営を行うことを決め、隆資をその責任者とするためであった。
その息子、四条隆貞は参議に任じられ、晴れて朝議にも出ることのできる公卿の身分となった。
一方、赤松円心は従五位下、播磨の守護に任じられるも、希望する国守は叶わなかった。播磨守は公家で右近衛少将、園基隆が任ぜられた。これは、護良親王に力が集まり過ぎぬようにする意味合いが含まれている。
すでに楠木正成が守護と共に河内・摂津の国守(国司の長官)に。名和長年が伯耆・因幡の国守を受けていた。円心は、当然自分は播磨の国守を与えられるものと思っていた。
討幕前の国司は守護・地頭によって、その権力は蝕まれていた。しかし、帝はこれを是正し、国司の権限を昔に戻し、守護を治安と軍務に絞ろうという構想を持っている。そのため、国守に任じられないという事に、円心は大きな衝撃を受ける。
(ぐぬぬ、なぜじゃ。なぜ、わしが播磨の国守でないのじゃ)
だが、内裏で読み上げられた除目に、円心は心の無念を口にすることもできない。ただ、紫宸殿の広間で、静かに恩賞を受けざるをえなかった。
数日後、中納言の万里小路藤房が、楠木正成の屋敷を訪ねてくる。正成は藤房を座敷の上座にあげて、自身は下座で頭を低くした。その後ろには二人の弟、楠木正季と美木多正氏を控えさせた。
「中納言様、ようお越しくだされました。ちょうど我が弟が河内から出て来ております」
兄に促され、後ろに控えていた正氏が進み出る。
「中納言様、お久しゅうございます。美木多五郎正氏にございます」
そう言って頭を低くした。藤房が水分の楠木館に、討幕を命じる綸旨を持ってきたとき以来のことであった。
「此度、正氏には、それがしの目代として河内国を任せることになりました。何卒、よしなにお願い申し上げます」
正成も正氏に合わせるように頭を下げた。
「正氏、そなたの兄はしばらく京から戻れぬかも知れぬ。留守の間、河内国の政を頼むぞ」
「ははっ」
その言葉に正氏は緊張し、ぴんと背筋を伸ばしたままひれ伏した。
次に正成が、正季に前へ出るように促した。
「楠木七郎正季にございます。先日は不在にしており、失礼をいたしました」
「末弟の正季は、それがしの助けとして、しばらくこの屋敷に住まわせます」
「そうか。では、正季とは今後もたびたび会うことになろう。よしなに頼むぞ」
「ははっ」
頭を下げた正季は、正氏とともに後に戻った。
再び、差しで正成と向かい合った藤房が語りかける。
「ひとまず、大塔宮様(護良親王)と足利の衝突は避けられたわけじゃが……」
「はい、されど、これで収まったわけではございませぬ。大塔宮様が征夷大将軍として京にお戻りあそばせたまではよかったとしても、恩賞では円心殿が不満を持ちました」
「そうじゃな……」
溜息をつくように藤房が正成に相槌をうつ。
「……そして、さらなる問題は、土地に関する朝廷の御触れじゃ」
その指摘に、今度は正成が沈痛な表情を返した。
護良親王が京に戻った翌々日には、さっそく旧領回復令が発布されていた。続いて寺領没収令、朝敵所領没収令、誤判再審令などが、矢継ぎ早に発布された。
藤房と正成の二人で進む話に、正氏が首をひねって口を挟む。
「はて。確か御触れは、綸旨も帯びずに勝手な土地の横領を禁じるもの。犯した者は、国司や守護が、たとえ朝廷の許しがなくとも捕えることができるようにしたのでございましたな。結構なことではありませぬか。何か不都合がございましょうや」
釈然としない正氏に、正成が振り返る。
「問題は土地の拝領に、必ず綸旨を要するという事。つまり、大塔宮様のこれまでの令旨を、全て無効にすると言っておるのに等しいのじゃ。これでは、宮様は信頼を失い、令旨で集まった武家は、宮様の元を離れていくことになろう」
事の重大さに、正氏は開いた口がそのままとなった。
しかし、問題はそれだけではない。続く話を藤房が引き取る。
「さらに大塔宮様の軍と自認する円心が、播磨の国守となれなかった。このことに、宮様の元では恩賞が得られぬと、武士たちの多くは思うたであろう」
今回の所領に関する発布と、円心の恩賞の件は、巧みに練られた護良親王外しと考えていた。
正成が藤房に向けて顔を戻す。
「どなたのお考えでございましょうや」
「決めたのは御上じゃ。されど、隠岐派の面々が耳元で囁いたのであろうな。宮は次の帝を狙っておると」
隠岐派とは、生死を賭けて隠岐脱出を共にした千種忠顕、一条行房、名和長年、それに、阿野廉子らのことである。
頷きながらも、正季は、まだ小骨が喉に引っ掛かっている。
「されど、宮様(大塔宮)にも近い三郎兄者(正成)は、河内と摂津の国守となれました」
「それは、早々に恩賞を受けたからじゃ。赤松もあの時、正成らと一緒に恩賞に与かっておけば、播磨の国守となれたやもしれぬな」
時が戻せないことを、藤房はしみじみ惜しんだ。
帝が還行した時、円心は、自らが奉じる護良親王に先立って恩賞を受けることを遠慮した……というよりも、親王の後押しを受けて、よりよい恩賞に与かろうとした。それが、裏目に出たといってよかった。
「正成、もう一方の当事者である足利はどうじゃ」
中納言の問いに、正成は慎重に言葉を選ぶ。
「足利殿は侮れませぬ。それがしは幕府をいかに倒すかということだけを思案して参りました。されど、足利殿は討幕後のことを考えて行動しておられたようです。征夷大将軍に成れなくても、次の策を巡らせることでしょう」
これから起きることを、まるで予言するかのごとく応じた。
「それでは、また宮様と足利が衝突することもあり得ると……」
「いかにも。それがしは宮様を見捨てるような真似はできませぬ。宮様と足利殿の争いとなれば、宮様に付いて足利殿と争うことになりましょう。されど、正直、それは避けとうございます。そうならないためには、御親政で、いかに足利殿を取り込むことができるかということかと存じまする」
これに、藤房はゆっくりと頷く。
「正成の申すことはもっともなことよ。麿からも御上(後醍醐天皇)に、足利の処遇について奏上しておるところじゃ」
「何卒、よしなに」
藤房は他の公卿とは違っていた。私欲というものがない。朝廷において、正成が最も信頼できる公卿であった。
眉間にしわを寄せるような難しい話が終わると、藤房は、いつもの温厚な顔に戻る。
「ところで話は代わるが……正成、御上はそちをいたくお気に入りで、麿に、正成が京におる間、身の回りの世話をする女房をあてがってはどうかとたずねられた」
そう言って意味あり気な微笑みを見せた。女房をあてがうとは賜嫁、つまり、帝が宮中の官女などを、嫁として与えるということである。
「帝がそのようなことを。御心遣い、この正成、胸が熱くなり申す。されど、幕府の残党はこの畿内にも多く、まだまだ忙しい日が続くでしょう。それゆえ……」
「あいや、待たれよ……」
やんわりと断ろうとする正成を、藤房が制する。
「……すでに目星をつけておるのじゃ。我が親族の滋子という官女でな。当人にその気はないかと聞いたところ、満更でもない様子。何せ楠木正成の名前は京では知らぬ者はないからな。ほほほ」
「いや、されど、それがしは河内に残した妻一人で十分にございますれば、何卒……」
「まあ、妻は一人でなくともよかろう。それに、御上の気遣いを無にするわけにもいかぬ。そちが受けるとなれば、御上の手前、我が万里小路の養女としてそちに賜嫁させる。なあに、形ばかり受ければよいのじゃ。のう、御舎弟ら」
その視線の先では、正季と正氏が呆気にとられ、顔を見合わせている。
「三郎兄者、帝の手前もあります。形ばかりはお受けになってはいかがですか」
「わしは義姉上(久子)の手前、聞かなかったことにするので、大丈夫じゃ」
二人の弟は、兄が困る姿が可笑しくてたまらない様子であった。
「何が大丈夫じゃ。お前たち、余計な事を言わなくてもよい……」
身体をひねって弟たちににらみを効かせた後、神妙な顔を正面に戻す。
「……中納言様、形ばかりとはいえ、その滋子殿にも迷惑の掛かることゆえ何卒……」
頑な態度に、藤房は頭を掻く。
「左様か。まあ、そこもとのそういうところが信頼できるのじゃが……まあ、今日はこの話、ここまでとしよう」
扇を振って風を取り込みながら、藤房は残念そうに呟いた。
七月、鎌倉では、幕府を討って、そのまま駐留していた新田義貞の周辺が慌ただしくなっていた。足利の重臣、細川和氏・頼春兄弟らが、千騎を引きいて鎌倉に入ったからである。
鎌倉の新田館では、ちょうど、足利館の偵察から執事の船田義昌と、新田四天王の筆頭、篠塚重広が戻ってきたところであった。
重広が義貞を前に、その広い肩を震わせる。
「御館様、討幕の恩賞を求めて、武士たちが足利の千寿王の元に集まっております。調べますると、細川が鎌倉のあちらこちらで触れ回っておるようです。鎌倉の恩賞は、討幕の総大将、足利の千寿王が取り仕切ると」
「馬鹿な、いったいどういうことじゃ」
眉をつり上げた義貞は、執事の義昌に向けて泡を飛ばした。
「はっ、足利は帝(後醍醐天皇)の綸旨を受けて討幕を行ったのに対し、われらは大塔宮様(護良親王)の令旨に基づく討幕でありました」
舎弟、脇屋義助が怪訝な表情で首を傾げる。
「それがどうしたというのじゃ」
「一月前に朝廷は、恩賞は綸旨を伴ったものに限ると御触れを発しました。これは、大塔宮様の令旨を無効にするものと、細川は言い触らしておるのです。これによって、鎌倉における恩賞の取次は、綸旨を賜った足利を通さなければならんと、諸将は思うたという次第です」
「加えて、新田も千寿王の元に参じた一門のひとつに過ぎず、宗家の足利が恩賞を取り仕切るのは道理じゃとも触れておるようです」
「何じゃとっ」
続く重広の言葉に、顔を真っ赤にした義助が、怒鳴り声を上げた。
新田の祖、源義重は、足利の祖、源義康の兄である。しかし、鎌倉期に家勢が低迷した新田は、足利家当主に烏帽子親を仰ぎ、足利の庇護を求めることもあった。このことで、弟筋である足利一門の家と見られることに、義貞と義助は、この上もない屈辱を感じていた。
義貞が唇を噛みしめる。
「足利め、老獪な……千寿王を我らの軍勢に加えたのはそのためか」
「御館様、今なら一戦交えて、細川を駆逐することは容易いこと。鎌倉の主が誰なのか、天下に知らしめましょうぞ」
猛将の重広は、戦に相当の自信があった。
「重広、戯けた事を申すな。私闘は許されぬ」
沈着な義昌は、にべもなく反対した。
二人の声をあらげた話を聞きながら、義貞が目を瞑った。
「兄者、どうする」
沈黙する義貞に、舎弟、義助が決断を迫った。その声に、義貞は大きく息を吐いてから、ゆっくりと目を開ける。
「御上は綸旨のなき土地の収奪、私闘を禁じておる。我らが勝っても、無法者の汚名を着せられれば元も子もない。そもそも、足利が討幕の綸旨を得たとしても、恩賞の配分まで仕切ることはできぬのが道理じゃ。今は、やりたいようにやらせておけばよい」
これに重広は、納得しかねる表情をみせる。
「されど、御館様……」
「いや、我らは、京へ上って主上(後醍醐天皇)に拝謁するのが先じゃ。そこで、我らの立場と鎌倉での出来事を奏上しよう」
義貞は執事の義昌に、急ぎ上洛を命じた。
新田軍は大急ぎで上洛の支度を整えると、すぐに鎌倉を後にした。
その頃、南河内の桐山の麓では、たくさんの大工と人足を集めて、新たな楠木館の建築が始まっていた。
虎夜刃丸は母、久子に連れられて、現場に来ていた。
「みなさん、握り飯ですよ。ここらで、休憩としてくだされ」
久子は、義妹の良子ら女衆を連れて、大工たちに握り飯を差し入れた。虎夜刃丸もその隣で握り飯を配った。
これに、大工の棟梁が前屈みになって畏まる。
「これは奥方様、それに若様までも。いつも、わしらのために申し訳ないことです」
「館は、皆さんに頑張っていただいてこそできるのです。私どもにできるのはこの程度。さ、遠慮せずに」
夫、正成が河内・摂津・和泉の太守となった後でも、久子の身なりも態度も、まったく変わるところはなかった。
そんな母を真似て、虎夜刃丸も握り飯を載せた盆を、大工たちに差し出す。
「どうぞ、いっぱいあるよ」
「こりゃ、若様、すまねえなあ」
「棟梁。奥方様と若様のためにも、是が非でもよい館を造らねばならんな」
「もちろんじゃとも」
大工たちは虎夜刃丸を囲み、それぞれの顔に、はち切れんばかりの笑みを湛えて握り飯を喰らった。
その大工たちの間を縫って、虎夜刃丸の視線が向こうへと通る。
「五郎叔父」
「おっ、虎夜刃丸も来ておったのか」
桐山を下ってきた叔父の美木多正氏が、ゆっくりと皆の元に歩み寄る。京から戻り、早速、城造りを采配していた。
虎夜刃丸は握り飯の載った盆を久子に預けると、正氏に駆け寄る。
「新しい赤坂城はいつできるのじゃ」
「そうじゃな、あと半年といったところか」
虎夜刃丸が小首をひねる。
「半年……」
「うむ、寒くなって雪が降る頃じゃ」
「えぇ、そんなに先なの……」
今は汗がだらだらと流れる真夏である。虎夜刃丸は蝉の声に圧倒されたがごとく、肩を落とし、顔の汗を小さな腕で拭った。
そんな甥っ子を尻目に、正氏は久子の元に歩み寄る。
「義姉上、わしは新しい楠木館には入らんことにした。兄者(正成)と相談したのじゃが、ここより一里ほど北、石川河原に館を建て、そちらに住むこととした」
「まあ……一緒に住むものとばかり思うておりました。淋しくなります」
そう言って久子は向こうの人混みに目をやる。そこでは、正氏の妻、良子も大工たちに握り飯を振る舞っていた。
「明王丸も行っちゃうの。遊べなくなるのか」
淋しがる虎夜刃丸に、正氏は口角を上げる。
「ははは、なあに、会おうと思えば毎日でも会える距離じゃ。わしは河内の目代としてこの館に通うことになる。こどもらも毎日連れて来てやろう」
そう言われ、ほっと息をつく虎夜刃丸であった。
京の内裏では、帝(後醍醐天皇)自らが政を行う御親政が始まっていた。これに伴い、持明院統の公家たちを押し退けて、大覚寺統の公家たちが再び廟堂に復帰していた。
権大納言を辞して出家していた北畠親房も、その一人である。
北畠家は村上源氏の名門で、代々、大覚寺統の重鎮公卿を輩出していた。聡明で博識な親房自身も順調に出世を重ねた。そして、権大納言になると、村上源氏、嵯峨源氏、清和源氏など、全ての源氏の総代ともいえる源氏長者を任されるまでとなっていた。
しかし、帝の期待を背負った第二皇子の世良親王が早世したことで、その傅役であった親房は、責任をとる形で官職から身を引いていた。帝が笠置山で挙兵した元弘の変よりも前のことである。
近臣の中では随一の頭脳を持つ北畠親房を帝は惜しみ、この度、再び権大納言として呼び戻したという次第である。
帝は二人だけの時を作った。親房は帝の前で、その坊主頭を仰々しく下げる。
「御上におかれては御機嫌麗しゅう、祝着に存じ奉ります」
「うむ、親房も変わりのう」
「いえいえ、麿はしばらく政から離れておりましたゆえ、何をどのようにしてよいものか、少々戸惑っておりまする」
言葉とは裏腹に、表情からはまったく戸惑った様子は見受けられない。帝を前にしても、いささかも動じる気配もない。ただ鋭い眼差しを隠すかのように、口元だけは微笑んでいた。
「日頃から朕に意見を申してきた親房から、そのような言葉が出ようとは、驚きじゃ」
そう言う帝ではあったが、自信家の親房が本音を言っていない事くらい、当然のごとくわかっていた。
「朝廷の役もずいぶん変わりました。四条様(四条隆資)ら、見知った顔もあれど、知らぬ顔もずいぶん増えました」
「親房が隠居しておった間、世の中は一変したからのう」
これまでのことを思い出し、帝はしみじみと吐息を漏らした。
「これも御上の御威光あればこそ。討幕は天の意向、天の意向は御上の御威光として現われ、このもとで人々が動いたのです」
「うむ、それでは親房は、此度の討幕は、天が定めしことというのじゃな」
「御意。天が人の役割を定め、御上の御威光が人を選びました。たとえ六波羅、鎌倉を直接手にかけたその者がおらずとも、天が定めしことなれば、誰かがその役割を担うことになったかと存じます」
「ううむ、親房、何が申したい」
本題を遠回しにする親房に、帝はしびれを切らした。
「都では三木一草という言葉が流行っている由。倒幕に貢献のあった楠木、結城、そして名和伯耆を三木、千種中将を一草とのこと。これらの者は討幕の貢献は大きけれど、彼らが立たねば他の者がその役割を果たしたことでしょう。それを可能にするのは御上の御威光であると存じます」
上目遣いに、親房は気性の荒い帝の様子を窺った。
「うむ、親房、続けよ」
「御上の御威光は、長きにわたる朝廷の歴史の上に、積み重なった重きものにございます。軽々に動かし得ぬものなればこそ、御威光は威厳を備えます。つまり官位には格式と歴史がございます。三木一草のみならず、一時の貢献のみを汲んで土豪や地下の公家に不相応な官位を授けるようなことがあっては、朝廷の格式は落ち、御上の御威光は失せてしまわんかと、この親房、心配しております」
そう言って帝の顔に目をやった。話を聞き終えてもなお、無表情に沈黙していた。その様子に親房は、加減を誤ったかと神妙な顔付になる。
間を置いて、帝が静かに口を開く。
「親房、朕の仕置きは間違っておると申すのか」
「滅相もありませぬ。この親房の杞憂にございます」
「先般、藤房(万里小路藤房)が朕のもとに参った。藤房も恩賞に関する苦言であった。藤房は討幕に貢のあった者を、貢の大きさに似合った恩賞で遇するべきという。今の恩賞は不公平と申すのだ。同じ恩賞への苦言でも、藤房と親房の申すことはまるで違う。人が十人いれば十の意見がある。皆の意見を聞いたうえで、朕は朕の考えで結論を出すつもりじゃ」
親房は黙って平伏し、帝の言葉を拝聴することしかできなかった。
八月五日、朝廷は新たな除目を披露する。
足利高氏を前回からわずか二か月で、鎮守府将軍はそのままに、従三位、武蔵守に任じた。
武家で従三位は、平清盛親子や源頼朝親子らに次ぐ高位である。また、任国の武蔵国は、北条得宗家(北条惣領家)の象徴的な領国であった。帝を前にして、足利尊氏は畏まってこれを受けた。
一方、上洛を果たした新田義貞を、従四位上の左衛門佐、上野と越後両国の国守、さらに播磨国司の次官である播磨介に任じた。
また、帝の配流に同行した蔵人頭、一条行房の妹で、宮中で評判の美女であった勾当内侍を賜嫁させる。義貞は恐縮してこれを受けた。裏表のない義貞の朴訥さに、帝はほくそ笑んだ。
一方、朝廷が新田義貞を播磨介に任じたことは、播磨守を欲した赤松円心を少なからず動揺させる。
「帝(後醍醐天皇)は、このわしを新田の下に置くつもりか」
京に構えた赤松屋敷でその報に触れた円心は、帝への忠誠心が急速に冷めていくのを覚えた。
京の足利屋敷では、執事の高師直が足利高氏を前にして、その強面をえびす顔に換え、にこにこと笑みを湛える。
「御館様、此度は従三位、武蔵守への御就任、まことにおめでとうございます。三位といえば公卿。朝議にも出席できる御身分でございますな。御館様が公卿とは、執事のそれがしも、おおいに面目が立ちまする」
我がことのように嬉しがる師直に、高氏が機嫌よく頷く。
「さらに帝(後醍醐天皇)は、自らの諱『尊治』の一文字をわしに与え『尊氏』とされた。帝から偏諱を受けた武士はわしが初めてではないか。かの源頼朝公も平清盛公も成し得なんだことぞ」
格式高い立烏帽子を被った尊氏が得意満面に話しているところに、舎弟の足利直義がぬっと入ってくる。
「兄者は人がよいのう。帝は兄者に幕府を開かせたくないだけじゃ。征夷大将軍以外のあらゆる官位官職を与えて、清和源氏の嫡流である兄者のご機嫌をとっておるだけであろう」
遠慮なく雑言を口にする直義を、師直がむっとした顔で睨む。
「御舎弟殿」
しかし、尊氏に気にする素振りは見られない。
「いや、よいのじゃ師直。実は、わしもそのように思うておる。朝廷は、わしが借りてきた猫のようにしておれば、諸国の武士も大人しくすると思うておる。公卿の地位も諱もわしを取り込むためじゃ」
直義は、師直が譲った尊氏の真正面に腰を落とす。
「で、どうなさる。まさか、借りてきた猫のままではあるまい」
それがわかっているのなら、とたたみ込んだ。
嫌味なもの言いの直義に、厳しい眼差しを向ける師直を、尊氏は涼しい顔で一瞥する。
「鎮守府将軍を返上しようと思う」
その言葉に驚いて、師直は大きな眼で尊氏を見る。
「鎮守府将軍は征夷大将軍への一里塚。それを返上されると申されるか」
「いや、それでよい。さすがは兄者じゃ」
真っ赤な顔で尊氏を諫めようとした師直を制し、直義が続ける。
「大塔宮様(護良親王)が征夷大将軍である限り、征夷大将軍は望めぬ。いずれ宮様との衝突は避けられぬやも知れぬ」
その直接的なもの言いに、師直は再びぎろっと直義を睨んだ。だが、無視して話を続ける。
「鎮守府将軍を拝命している間は飼い猫よ。公卿どもは兄者の態度をみておるのじゃ。その間は、絶対に征夷大将軍への道筋は見えまい。鎮守府将軍を返上し、帝とは付かず離れずの距離を取る方が公卿どもには不気味に映る」
「うむ、その通りじゃ。そこで、帝と離れ過ぎぬよう、朝廷の役は、当家の執事である師直に任せようと思う」
尊氏は直義の意見に同調し、師直に目をやった。
「そ、それがし……でございますか」
「うむ。この役を任せられるのは、弟である直義か、執事の師直しかおらん。いずれかであれば、この尊氏の名代として朝廷も納得するであろう」
「では、御舎弟殿で」
「いや、直義では公卿どもが取り込みを図ろうとするやもしれん。同じく清和源氏嫡流の血を引いておるからな。頼朝公と九郎判官(義経)の例もある。最も直義はそんなことには乗るまいが、要らぬ波風は立てたくない」
これに直義が頷く。
「それでよいかと存ずる。されど兄者、公卿どもが利用するであろう、もう一つの清和源氏が上洛しておりますな。いかがされる」
「うむ、新田か。細川頼春の知らせでは、鎌倉では両方の武士が睨みあい、戦寸前だった様子じゃ。今、京で騒ぎを起こしたくはない。しばらくは様子をみるとしよう」
「うむ、そうじゃな……それにしても、こうもあっさり鎌倉を離れるとは……」
直義はこくりと小さく頷くと、次の思案を巡らした。
後日、尊氏は鎮守府将軍を返上し、朝廷の役職から距離を置いた。
九月に入り、楠木正成は朝廷より検非違使、記録所寄人、恩賞方寄人、さらに雑訴決断所三番所の奉行と、多くの役に任じられた。
その三番所の奉行には、中納言の万里小路藤房と、帝(後醍醐天皇)の側近として従三位参議に栄達していた千種忠顕がいた。
役所の廊下で、藤房が正成を呼び止める。
「大塔宮様(護良親王)とは御会いしたのか」
振り返って会釈をした正成は、苦い表情を浮かべている。
「はい。御会いするには御会いしたのですが、足利への敵対心は増しております。尊氏殿と直接お会いすることを御勧めしましたが、返ってお怒りを露にされ、それ以上は話ができませんでした」
「左様か……」
残念そうな表情で藤房が溜息をついた。護良親王が尊氏に対して、あらぬ行動を起こすのではないかと心配していた。
「正成、尊氏が鎮守府将軍を返上した件をいかにみる」
「おそらく鎮守府将軍を拝命している限り、征夷大将軍は望めないと考え、静かに己の言い分を朝廷に伝えているのでしょう。その一方で、足利家の執事、高師直殿を雑訴決断所に送り込むなどして御親政に協力もしております。帝に抗うつもりまではないと存じます」
分析は冷静であった。
「麿も正成の見立てに同意じゃ。さりながら、問題は武士どもがこれをどのようにみておるのかじゃ」
「世の中はすでに帝が尊氏殿を排除したかのように、『尊氏なし』と騒いでおります」
「事実を知らぬ者の言いようよのう」
目を閉じた藤房は、噂に踊らされる者たちを嘆くかのように顔を上げる。
「はい。されど、足利殿は、おそらくはそれも見越したうえでのことでしょう」
「というと」
藤房の問いに、正成は番所の外の行列に目をやる。
「武士の訴えは延々と続いております。恩賞にありつけなかった者の不満が渦巻いております。尊氏殿が役を外されたとなれば、不満をもつ武士にとっての旗頭となりましょう。何せ清和源氏の嫡流です。舵取りを間違えば大きな勢力となって朝廷を脅かしましょう」
「尊氏はそうやって、帝に無言の力を示そうとしておるわけじゃな。しかし、尊氏という男、なかなかの切れ者よのう」
「尊氏殿だけではありません。御舎弟の直義殿は尊氏殿以上の知恵者。この御兄弟を敵に回したくはないものです」
「左様か……まずは武士どもの不満を解消することじゃな。不公平な政は正さねばならん」
藤房はそう言って空き部屋に目をやった。
部屋の主は千種忠顕。番所にくることは稀である。隠岐に従ったことで帝の側近中の側近となった。御親政ではありあまる恩賞を受け、日夜、二百を超える人々を呼んで酒宴に明け暮れていた。外出は必ず輿に乗って百人の行列を従えた。また、豹や虎の皮を纏い、金襴刺繍や絞り染めの直垂姿で、犬追物や鷹狩にも没頭した。佐々木道誉も顔負けの婆娑羅振り。まさにこの世の春を謳歌していた。
同じく隠岐派の名和長年も、左京の市を司る東市正に任じられ、市を仕切ることで莫大な財を得て、贅をつくした生活を送るようになっていた。
藤房は、これらの者たちの振る舞いを、北畠親房が感じたと同様に、苦々しく思っていた。それだけに、以前と変わらず質素に過ごす正成には好感を持っていた。
この数日後、虎夜刃丸は母の久子や、兄の多聞丸・持王丸とともに京へ入った。叔母の良子とともに従兄弟の満仁王丸・明王丸、さらに恩地満一ら家臣も一緒である。ただし、幼い倫子は女中たちとともに留守番であった。
京に入った虎夜刃丸らは、四条猪熊坊門の楠木屋敷に向かった。
京の通りは広く、公家や武士、町人、僧侶などさまざまな階層の人が行き交っている。通りの両側には家々が建ち並び、その軒下で食べものや着るもの、小さな櫛から大きな樽まで、さまざまなものが売られていた。
初めての京の都。四歳の虎夜刃丸は、見るものすべてが珍しく、高揚していた。もちろん同じ歳の明王丸、七歳の満仁王丸、八歳の持王丸、そして十一歳の多聞丸も、皆、同様であった。
それだけに久子は、気が気でない。
「虎夜刃丸、明王丸、どこに行くのです。勝手に離れてはなりませぬ」
「母上、猿楽の一座じゃ。小波多座であろうか。治郎殿(服部元成)がおるやも知れんぞ」
持王丸は猿楽一座の呼び込みを見て雑踏の中を駆け出した。
「ちょっと、持王丸。こんなところではぐれては……」
「母上、大丈夫。ここに居ってくだされ。私が呼び戻して参りましょう」
あわあわと声を張る久子を制して、しっかり者の多聞丸が追いかけた。
竹細工の屋台に目を奪われていた虎夜刃丸は、兄たちが走っていったことに釣られ、焦って走り出す。
「これ、虎……あなたまでどこに行くのです」
呼び止める久子の声も、雑踏にかき消されて届かなかった。
顔を強ばらせ、虎夜刃丸は夢中で走る。兄たちに置いて行かれまいと必死であった。
しかし、幼い足では多聞丸や持王丸に追いつくはずはない。結局、兄たちを見失い、人ごみの中で立ち尽くす。後を振り返るが、母たちの顔も見えない。もう一度首を回すが、ただ、見知らぬたくさんの顔がぐるぐると自分の周りを回っているだけであった。
すると、自然と涙が溢れてくる。そして涙はわぁんわぁんと泣き声を誘った。
うずくまって泣く虎夜刃丸の前に、一人の男の影が差し込む。
「これ、そこの男子、どうしたのじゃ。母とはぐれたか」
顔を上げた虎夜刃丸の瞳に、穏やかな表情の武士が写る。そこには、数人の供を従えた足利尊氏の姿があった。
供廻りの者が尊氏に言上する。
「御館様、迷い子であろうと思われますが、よい身なりをしております。どこぞの武家のこどもかと」
「そうか、それは難儀なことじゃ。その方、名は何という」
「……と……虎夜刃丸……」
ひくひくと泣くその合間で、絞り出すように声を発した。
「うむ、虎夜刃丸だけではわからんのう。苗字は何という。苗字……わかるか。わしなら足利じゃ。細川や畠山、いろいろあるであろう。父上から聞いたことはあるか」
「……く……楠木……」
虎夜刃丸が答えると、尊氏の供廻りたちは互いに顔を見合わせる。護良親王に近しい武士の名が出たことで、その場の雰囲気は張り詰めた。
しかし尊氏自身は気に留める様子もなく、しゃがんで虎夜刃丸の目線に自らを合わせる。
「そうか、楠木殿か。それで父上の名は何と」
「……三郎……正成……」
その返事に、尊氏は思わず笑みをこぼす。
「おう、やはり、正成殿のお子か。よし、わしが坊門の屋敷まで送ってやろう」
「御館様、よろしいので……」
すかさず供の一人が心配した。
「わしと楠木殿は、お前たちが心配するような仲ではない。わし一人の方が相手も気兼ねしなくてよかろう。薬師丸は付いて参れ。他の者は帰れ。お前たちが居ては邪魔じゃ」
尊氏が同行を命じた薬師丸は元服前の小姓であった。
虎夜刃丸はひくひくと声を引きつらせて尊氏に目を合わす。
「お……おじさんは誰……」
「おう、これは失礼した。わしは足利尊氏」
「おじさんは父上のことを知っておるのか」
「もちろんじゃ。わしは、そなたの父上の、仲のよい友だちじゃ」
父の友だちと聞いて安心した虎夜刃丸は、尊氏に付いて立ち上がった。
「馬に載せてやろう。乗ったことはあるか」
「ある。父上が乗せてくれた」
「そうか、河内にも馬はおるのじゃな。ははは」
呆然とする供らを尻目に、尊氏は虎夜刃丸を馬に載せて四条猪熊坊門に向かった。
同じ頃、護良親王は内裏に赴いていた。
帝(後醍醐天皇)は御簾を上げて親王を迎えている。両脇には、千種忠顕と一条行房が、いつものように言葉少なに控えていた。
先立って、朝廷の沙汰により自らの令旨を無力化された親王であったが、すでにこの時、征夷大将軍職も解かれていた。かつての律令制度下における征夷大将軍は戦時の臨時職である。律令国家を目指す御親政にあっては、戦が終われば職を解くのは当たり前、というのが表向きであった。
帝は親王の力量を評価していないわけではない。むしろ逆で、とてつもない帝王気質を受け継いでいると思っている。親として喜ばしいと同時に、今、帝位にある者としては背中が冷たくもなる。ただ、近臣が言う親王の野心を、単純に鵜呑みにしているわけではない。例え当人にその気があったとしても、およそ、仏門にあった親王が皇位に就いた試しはない。いわゆる皇家における不文律である。それは当人とて承知のはずである。
だが、この宮なれば、もしや、とも思う。それは、古代の天智天皇の後を、壬申の乱に勝って実力で奪取したのは、出家していた弟の天武天皇であったからである。その歴史に名を刻む絶対専制君主にも通じる覇気が、我が息子にはあると思っていた。
そんな帝の心の葛藤は露知らず、護良親王は、この状況を、武力を背景とする足利尊氏の圧力と思っている。帝の命を伝えた千種忠顕が、そう匂わせたためであった。
親王の尊氏に対する不信感は頂点に達している。
「此度の尊氏の鎮守府将軍返上の仕儀、御上に対する不遜な振る舞いかと存じます。厳正な処分が必要でございます」
顔を上げて帝を見据え、強い言葉を押し付けた。
「尊氏は、多数の家臣を朝廷の役に推挙してきておる。朕に抗う気であればそのようなことをしようか」
帝は、親政成功のためには、尊氏との対立を煽る護良親王をなだめる必要があった。
「そこが尊氏の狡賢きところ。努々《ゆめゆめ》油断なされませぬように」
「宮の申し分はわかるが、鎮守府将軍を返上しただけでは謀反の証拠にはならぬ。少々、考えすぎであろう。そちも尊氏と酒を酌み交わし、話をせよ」
「されど、御上……」
「今日の話はここまでじゃ。下がってよいぞ」
護良親王は無念な表情を浮かべるも、言葉を飲み込むかのように深く平伏してから退出していった。
帝にしても、尊氏が鎮守府将軍を返上した狙いぐらいはわかっている。だが、護良親王に同調してこれを煽ることは、返って解決にはならないと考えていた。
入れ替わるように、帝が寵愛する阿野廉子が入ってくる。
隠岐に付き従ったことで、帝の信任を勝ち得た廉子。血脈的には牛若丸こと源義経の兄で、今若丸の幼名を持つ阿野全成の外孫、実直を始祖としていた。廉子は、悪禅師と呼ばれた全成の血を受け継ぐ、覇気ある女であった。
その廉子が、すれ違いざまに護良親王に笑みを向ける。だが、親王はまるで目に入らなかったかのように、無言で外廊へと足を速めた。
帝の前に座った廉子が、憂色を帯びた表情を見せる。
「御上、宮様とはどのようなお話を」
「うむ、政の話よ。そちが気にするような話ではない」
廉子は護良親王の動きを常に気にしていた。討幕に大きく貢献したことは周知の通りであり、宮中では不文律を越えて、護良親王が東宮(皇太子)となるであろうと噂する者も多かった。
「近頃、御上はお忙しく、我が宮らとお話しする事も稀でございます。大塔宮様とのお時間を割かれるくらいに、我が宮らとも会うていただきとう存じます」
「うむ、わかっておる。じゃが、そちが思うほど護良とは会うてない。話したのも帰洛以来三度目じゃ」
「そうでございますか。お許しくだされ。何やら宮様は難しい顔をして出て行かれたようにございますが」
「うむ、護良は尊氏を少々敵視しすぎておる。宮の気性は豪気で激しい。が、抑え込むだけでは武士は動かぬ。有力な武家をいかに味方につけるか、宮にはわきまえてほしいのじゃ」
廉子は帝の、護良親王に対する親としての一面を見た思いであった。そして、護良親王を東宮(皇太子)へとの思いが帝にあるのではないかと、疑念が膨らんでいく。
その脇で言葉少なに控えていた千種忠顕は、不安げな廉子の様子をみて、思案を巡らせていた。
足利尊氏は虎夜刃丸を連れて、四条猪熊坊門の楠木屋敷を訪ねた。すぐに門番が取次ぎ、中から、叔父の楠木正季が、取るものも取り敢えず出てくる。
「七郎叔父っ……わぁーん、わぁん、わぁん……」
叔父の姿を目にして安堵したのか、急に声を上げて泣き出した。そして、その足にしがみ付いた。
正季は目を白黒させて、虎夜刃丸と尊氏を交互に見る。
「と、虎夜刃丸ではないか。足利殿、これはいったい……」
「これは御舎弟殿。なに、驚くのも無理はござらん。西の市で泣いているところを拾い申してな。これも何かの縁、河内守殿の顔でも見て帰ろうと参った。おられるか」
「おるにはおりますが、少しお待ちを……」
「いやいや、お手を煩わすのは忍びない。わしが探しましょう」
そう言って尊氏は、ずかずかと屋敷に入っていく。
「正成殿、おられるか。尊氏が参りましたぞ」
屋敷の隅々まで聞こえるような大声に、奥から正成が出てくる。
「これは、足利殿、わざわざお越しいただき、恐縮でござる」
驚く正成の前に正季が、泣き後のしゃくり上げが治まらない虎夜刃丸を連れて現われる。
「虎夜刃丸ではないか。なぜ、ここにおるのじゃ」
「父上の……友だちに……ここまで連れて来てもろうたのじゃ」
ひっくひっくと肩を揺らしながら声を絞り出した。
「友だち……」
言葉を繰り返した正成は、思わず頬を緩めた。そして尊氏を客間に通して上座に座らせると、自らは虎夜刃丸と正季を横に従えて手前に座った。
尊氏から西の市での出来事を聞き、丁重に礼をする。
「今日あたり、河内の妻が息子たちが連れて、京に入るとは聞いておったのですが……まさか、虎夜刃丸が迷い子になっていたとは。足利殿に声をかけられなければ、どうなっていたことか」
「それがしにも、鎌倉に残して来ておる虎夜刃丸殿と同じ位の子がおります。子の親として、ご心配はよくわかります。されど男子は少々、危ない目にあったくらいがちょうどよい。我が子は、少し臆病で困っております。虎夜刃丸殿がうらやましい」
そう言って尊氏は、正成の隣に視線を落とした。
自分が褒められているとわかった虎夜刃丸は、はにかんだ笑顔を返した。
「いや、左様なことは……」
一方、正成は苦笑いしか返せない。
尊氏が言う我が子が、新田義貞上洛のきっかけとなった千寿王だということはわかっていた。しかし、あえてそのことには触れなった。
二人は、特に政の駆け引きなどすることもなく、たわいもない話で束の間のひと時を過ごした。
「正成殿、長居をしてしもうた。さて、帰るとしよう」
少し酒も舐めた尊氏は、頬骨の辺りをほんのり上気させて席を立った。
屋敷の門を出ると、薬師丸が馬の手綱を引いて待っていた。
「正成殿、今日は会えてうれしゅうござった。やはり、わしは正成殿とは気が合うようじゃ」
そう言って馬に乗ろうとする尊氏に、正成が声を返す。
「尊氏殿、わしは貴殿とは戦いたくない。これが本音じゃ。一緒に政に携わっていきたい」
「それはわしとて同じこと。わしも貴殿とは戦いたくない。正成という男に惚れこんでおるのでな」
「御親政に尊氏殿は必要。単に武家の棟梁ということではなく、貴殿の器量が必要なのじゃ。わしは田舎侍ゆえ、政は苦手でござる。されど、御親政の公家とて政は苦手じゃ。幕府の重鎮であった尊氏殿とはぜひ手を携えて困難にあたりとう存ずる」
「わしの方こそ……今日は来てよかった」
尊氏は馬に跨ると、薬師丸を伴って帰っていった。
正季が正成の隣で尊氏を見送る。
「どうも憎めない御仁じゃな。いきなり乗り込んでくる度胸といい……なるほど、武家の棟梁と周りが言うのも頷ける」
「うむ、まこと尊氏殿を敵にはしたくないものよ」
そう言って正成たちが振り返り、屋敷に入ろうとしたその時である。多聞丸と河内から従った郎党が、慌てて楠木屋敷へ駆け込んできた。
「多聞丸ではないか」
息を切らせる多聞丸の両肩を、正季が支えた。
「叔父上……父上……大変でございます。虎夜刃丸が……虎夜刃丸が、行方知れずになりました。今日、我らは都へ着いたのですが……母上と持王丸は、郎党たちと一緒に、いまだ探しております」
正成と正季は、やはりな、とでも言わんばかりの顔で互いを見る。
「多聞丸、少し落ち着け。わしに着いて参れ」
「七郎叔父、今はそれどころではないのです」
そういう多聞丸を、正季がむりやり屋敷の中へ引っ張って行く。
「あそこを見てみよ」
促され、多聞丸が正季の指先に視線を移すと、そこにはすやすやと寝ている虎夜刃丸が居た。
「虎……」
気が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。
「すぐに母上に知らせてやるがよい」
背後から正成が声をかけた。多聞丸は振り返って頷くと、急いで屋敷を飛び出していった。
「尊氏殿を引き合わせたか……不思議な子よのう」
正成は寝ている虎夜刃丸に目を落し、ふふっと笑みをこぼした。
内裏より自らの邸第に戻った護良親王を、参議となった四条隆貞とともに、赤松則祐が待ち受けていた。
親王が上座に座ると、平伏していた則祐が顔を上げる。親王とともに還俗して比叡山を抜けた則祐だが、具足を纏わない時は、未だ法体姿で通していた。
「おお、則祐、よう参った」
「帝(後醍醐天皇)とのお話はいかがでございましたか」
「うむ、そちの父君(赤松円心)の播磨守就任の件は、我から御上には奏上しておる。しかし、播磨守は、武家では平清盛が任じられた重要な職。格式を重んじる公家どもがうるさく言うておるようじゃ」
すまなそうに護良親王が口を噤んだ。
「左様でありますか。我が父は、宮様のため、御上のためと、身を粉にして討幕をお助けしました。兵庫で帝をお迎えした折も、恩賞は思いのままとのお言葉をいただきましたのに……ただただ残念でなりませぬ」
則祐は肩を落として項垂れた。
「円心に播磨守を名乗らせてやれなかったのは、我の力がおよばなかったからじゃ。すまぬ」
「宮様、何を仰せでございます。宮様がいつも我らのことを考えてくださっていることは、この則祐、よく存じております。問題は別のところにあります」
そう言って親王の傍らに座る四条隆貞に話を振った。
すると、隆貞はその貴公子然とした顔に似合わぬ苦々しい表情を見せる。
「左様、恩賞が平等に分配されておりませぬ。いずれ不満は大きな渦となって、御親政を襲うことになりましょう」
四条隆資の次男である隆貞は、長兄、隆量がすでに鎌倉幕府の手に掛かり、流刑地で命を落としていたため、この時、四条家の嫡子となっていた。
その隆貞の言葉に、護良親王は首を大きく縦に振る。
「原因の一つは足利じゃ。帝は尊氏に気を遣い、前回の除目からわずか二か月で従三位、武蔵守を下された。いくら六波羅探題を滅ぼすのに貢があったとはいえ、最後の最後で幕府を裏切って六波羅を攻めた足利と、赤松のこれまでの忠節とは比べるまでもない。もう一つの原因は帝の取り巻きじゃ。何もしておらぬ公家が、御上や三位局(阿野廉子)に取り入って所領にありつこうとしておる」
「げにも」
気色ばんで隆貞が応じた。
「まずは征夷大将軍を狙う足利からじゃ。足利がおる限り、御親政に安寧は生まれぬ」
親王の両の拳に自然と力が入った。
「兵を集めますか」
ついに最後の一線を越える言葉を、隆貞が発した。
すると、護良親王は目を閉じて暫し沈黙の後、再び目を開ける。
「うむ、密かに味方になりそうな者たちをあたっておこう。足利に対抗するそのときのために、備えだけはしておくのじゃ」
「されば、きっと我が父、円心。それに楠木殿。多くの者が、お味方されることでしょう」
一片の不安もなく、則祐が応じた。
「鎌倉から新田義貞が出て来ております。足利とは清和源氏の嫡流を争う血筋とか。新田は宮様の令旨を受けて鎌倉の幕府を攻め滅ぼした訳ですし、使えませぬでしょうか」
隆貞の提案に則祐の顔が曇る。
「義貞は、確かに清和源氏の嫡流を争う血筋でございましょうが、新田は新田で征夷大将軍を狙っておるのではないでしょうか」
則祐としては義貞を遠ざけたい。朝廷が義貞を播磨守の次官である播磨介に任じたためである。父、円心とともに手柄を立てた場合は、義貞も播磨守を欲することは目に見えていた。
「新田の件は、しばらく様子をみようぞ」
則祐の顔に浮かぶくすみ色を見てとった親王は、ひとまず、義貞との接触を避けることにした。