第三話
4
池田は中島の話を聞いて以来、ますます主任のことが嫌いになっていった。主任が池田に対して嫌味や小言を言うたびに、池田は中島の話を持ち出して、彼を断罪したいような衝動に駆られた。
でも、そうしなかったのは、保身のことを考えてだった。あからさまに主任と対立すれば、そのあと会社で働きづらくなってしまうだろう。下手をすれば辞めなければならなくなるかもしれない。
保身のことを考えて行動を起こさないというのも情けなかったが、しかし、生活していくためにはお金が必要だし、そのお金を得るためには今の会社を辞めるわけにはいかなかった。貯金もほとんどない。
あるいは今の会社を辞めて転職するという手もなくはないだろうが、しかし、池田は今の仕事にやっとなれてきたところだったし、それに第一、主任のためにどうして自分が会社を辞めなければならないんだという気がした。辞めるべきなのは主任の方じゃないのか。
また中島のことを考えると、いま主任のセクハラの問題を取り上げるのは得策ではないような気がした。中島が裁判を起してでも主任と争う覚悟があるならべつだが、たぶん中島はそこまでは考えていないだろうと池田は思った。
いま主任のセクハラの問題を追及すれば、おのずと中島に好奇の視線が注がれることになる。そのことで中島が変に注目をあびたり、傷ついたりするのが池田は心配だった。
もし、どうしても主任のことが我慢できなくて、本格的に主任と争うとしても、それは中島に迷惑がかからないように、彼女が会社をやめてからにしようと池田は思った。
5
いつも通り毎日は慌ただしく過ぎていき、やがて週末がやってきた。
いつもは心持にしているはずの週末も、今回はあまり心が弾まなかった。というのも、何も予定がないからだ。池田は週末いつも優貴と過ごす時間に宛てていた。でも、先週あんなことになってしまった以上、今週はひとりで時間を潰すしかなかった。
池田はあの日から一度も優貴とは連絡を取っていなかった。メールも電話もしてない。もちろん、優貴からの連絡もなかった。
池田はケータイの着信履歴を見て、落ち込まずにはいられなかった。上手くいけば、この一週間のあいだに彼女の気持ちが良い方向に変わるんじゃないかと池田は期待していのだ。でも、そういうことにはならなかったらしい。
池田は迷ってから優貴にメールを送ることにした。自分が真剣に優貴のことを想っていること。もし自分に悪いところがあるのなら、できるかぎりなおそうと思っていること。
しかし、池田が送ったそのメールに対して、返事が帰ってくることはなかった。
池田は優貴にメールを送ってから、返事が気になってずっと部屋で待機していたのだが、朝に送ったメールの返事は、昼が過ぎ、夕方が過ぎても、帰ってこないままだった。
池田はもしかしたら彼女は仕事が忙しいのかもと良い方向に考えてみたが、優貴は派遣社員で土日は完全に休みのはずだったから、仕事が忙しくてメールを返す暇がないということは考えにくいことだった。
もちろん、何らかの事情があって休日出勤しているという可能性はあったし、他にもメールを返せない事情はいくらでも思いつくことはできたが(たとえばケータイを紛失したとか)でも、なんとなくそうではないような予感が池田はした。
優貴は意図的にメールを無視しているのだと池田は感じた。そう考えると、池田は我ながら女々しい男だなと思いながらも、気持ちが沈んでしまうのをどうすることもできなかった。
6