05.始めてのレベリング
「ごちそうさまでした」
あの後俺は桶とタオルを持たされ、井戸に連れていかれた。
井戸から水をくむなんて初めての経験だった。
濡らしたタオルで上半身を拭いたのだが、その間ずっとミクニが見ていて非常にやりずらかった。
注意しようとすると目をそらして見てませんと露骨にアピールする。
その後ミクニの家で朝ご飯をいただいた。
パンとスープ。
簡易なものでまずくはないが、はっきり言って美味くはない。
それでもきちんと礼を尽くすのはお世話になっているものとして当然だろう。
「で、今日はどうするの」
朝食の片づけを終えてミクニが訊ねてくる。
「村周辺でモンスター狩りを」
今日はレベル上げだ。
あと1、2時間ほどプレイしたら寝ようと思っている。
まあちょうど日暮れになるころかな。
「じゃあ、私もついていく」
ミクニが決心したようにつぶやいた。
「危ないからダメだろ。親父さんが許してくれないよ」
それにただの村人じゃ戦えないだろうし。
「私だって旅の神官様に洗礼を受けたから回復魔法使えるもん。戦うことだってできる!」
え、回復魔法使えるのかよ。
俺は猜疑のこもった目でミクニを見つめる。
と、ミクニの頭上にHPバーとレベルが現れた。
ミクニ Lv.1
「本当だもん。回復魔法使えるもん」
さらに目を凝らすようにするとステータスまで現れる。
名前 ミクニ
Lv. 1
HP 15/15
MP 12/12
STR 7 VIT 6 (+0)
INT 9 MGI 7
AGI 6 DEX 17
スキル
神聖魔法Lv.1
本当…だ。
NPCのステータスって勝手に確認できるんだな。今までできなかったのは確認しようとしなかったからか、確認する必要がなかったからか。
まあ、会うたびにステータスウィンドウが出てたら邪魔だしな。
「分かった。魔法が使えることは信じる。だが、それと連れていくかは別だ」
何かあったら責任が取れん。NPCとはいえ子供だし。
ミクニはふくれっ面で見上げてくるが俺は困ったように肩をすくめる。
「じゃあ、お父さんに許可もらってくる」
言うが早いかミクニはその場を飛び出し家の奥へと向かって行った。
おとーさーん!という声がここまで聞こえてくる。
まあ、あの親父さんなら何とかミクニを抑えてくれるだろう。
そう信じていたんだがなぁ。
「ではブレイドさん。くれぐれも、ミクニをお願いいたします」
現在俺は村の境界で親父さんに笑顔で見送られている。
否、刺し殺しされそうな眼光を携えた親父に無理やり緩んだ口元をさせているといえるだろう。
何を言ったのかミクニは親父さんの許可を得てきたのだ。
親父さんはというと俺を殺意のこもった目で「娘に何かあったら…解かっているな?」と脅され続けている。
そんな親父さんに愛されているミクニはというと俺の横でピクニックに行くのかという浮かれようだ。
「…はい。無事に連れて帰ってきます」
「お父さん心配しすぎだよ。ミクニだって来年からは冒険者ギルドに登録できるようになるんだから!」
その発言に親父さんの眉間にしわが寄る。
俺はその場をとにかく早く離れようと、ごまかしながら出発した。
マップを確認しつつ、敵のいるほうへと足を向ける。
「お前、親父さんに何を言ったんだよ」
楽しそうについてくるミクニ。
「別に。ただ許可くれないなら二度と口きかないって言っただけだよ」
うむ、憐れ親父さん。南無。
やけに上機嫌なミクニを連れて草原を行く。
まばらに敵がいて、ミクニをかばいつつ戦えるような場所を探さねばならん。
森のほうに行くか。
「ミクニは戦えるのか」
「そんなのやってみなきゃ分からないよ」
よし、当てにするのはよそう。
俺は剣を抜いた。
「そろそろモンスターが見えるころだ。ミクニも気を引き締めろ」
ミクニは神妙な顔でうなずいた。
「絶対に前に出るなよ」
再びうなずくミクニ。
野原と森の接合する場所から少し森に入ったところだ。
木の陰から覗くように敵の位置を観察する。
ゴブリンだ。二匹。レベルは2。
こちらに背を向けているのをいいことに俺は後ろからゆっくり近づいて行った。
剣の間合いまであと少しというところで足元からパキっという音がする。小枝を踏み割った音だ。
ゴブリンが振り返った。
俺は一思いに間合いを詰めて斬りかかる。
《スラッシュ》を駆使して短時間で戦闘を終わらせた。
ゴブリンは武器を持っておらず案外楽勝だった。
ミクニのほうを見ると気の陰からこちらに向かってくるところだった。
「やっぱりすごいよ、ブレイド」
「お前の出番はないかもな」
そうだね、と嬉しそうに服の裾をつかんできた。
森の縁を沿うようにしてひたすら戦闘に臨んだ。
ミクニは戦わず、隠れて見学しているだけ。それでも連れてきてよかったと思う場面もあった。
フォレストウルフと対面した時だ。
今回は一匹のみで仲間を集める前に倒せたが、左腕を咬まれ、その隙をつくような形で決着した。
左腕の傷はミクニのヒールで直してもらったのだ。
HP的には5くらいしか減らず、そんなに痛くもない。
が、見た目的には結構激しく肉がえぐられていた。これは15禁ですわ。
「痛くないの?」
「あんまりだな」
ミクニは俺の怪我をひどく心配そうに見ていた。
「ちょっと動かないでね」
というと俺の怪我に手をかざし、目を閉じた。
「神よ、かの傷を癒す力を私にお与え下さい。《ヒール》」
と唱えるとミクニの手から暖かい光が俺の怪我を包む。
光が消えると先ほどの怪我がなく、こぼれた血の跡だけが怪我の存在したことを主張していた。
「すごいな」
「えへへ。これくらいしかできないんだけどね」
ステータスを確認すると、全回復していた。
「よし、次行くぞ」
「うん」
そうやってモンスターを狩り続け、日が落ちる前に村に戻った。
ミクニはずいぶんと疲れたらしく、村に帰るころにはふらふらで、仕方がないので負ぶってやった。
寝てしまったミクニを村長に預け俺は借りている小屋へと戻った。
今日一日でずいぶんとレベルが上がった。
名前 ブレイド
Lv. 8
HP 51/51
MP 25/32
STR 37 (+3) VIT 33 (+3)
INT 27 MGI 25
AGI 28 DEX 17
スキル
片手剣Lv.1
途中から2,3レベル連中はスラッシュ一発で倒せるようになったし、結構安定していた。
連れていたミクニもレベルが5まで上がっていた。
パーティ扱いで経験値が入ったのかな。それにしては俺のほうがレベルが上がるのが早いのは仕様か?
うむ。分からないことだらけだが明日もレベリングと行こう。
結構ゲームオーバーの感覚は気持ちのいいものでなかったしなるべく死なない方向で今後やっていこう。
俺は布団に入り、次の日の朝になったのを確認してログアウトした。
あ、オンラインゲームとかといっしょでVRゲームもやめるときはログアウトっていうんだぜ。設定にもそう書いてある。
現実の時刻午前0時過ぎ。明日は休みとはいえぶっ続けで4時間以上やっていたわけだ。
ヘッドギアを外して枕元に置き、そのまま眠った。
* * *
次の日。
日曜日なのをいいことにいつもより遅めに起きた俺は現在、トイレと給水を済ましてベッドの上にいた。
午前中に宿題は済ましたし、家族は夕方まで帰ってこない。
両親は仲睦まじいことで仲良く映画を見に行った。
俺は昼飯を終えたら即ゲームだ。
ヘッドギアをかぶり電源を入れ、ゲームの世界へ入り込んだ。
ゲーム内での午前6時。布団に座っているところで意識がはっきりする。
一応日をまたいでからログアウトしたんだったな。
昨日と同じように家の裏に出て剣を振る。
ひたすらレベリングをした後の片手金のスキルポイントは結構増えていて
片手剣 Lv.1 57/100
である。
半分を超えるとあと少しって感じがするよな。
昨日の戦闘を思い出しながら剣を振る。
ほとんどゴブリンの相手だったからほぼ蹂躙していただけだけど、獣型、フォレストウルフとなると少し戦いづらかった。
適当に剣を振るだけでも勝てはするけど、より効率よく楽に戦えるに越したことはない。
利き手で一本一本身に浸み込ませるように剣を振る。
もっと早く、もっと正確に。
「終わった?」
一息ついていたところに後ろから声がかかる。ミクニだ。
「いつからそこにいたんだ」
「さっきからいたよ。声をかけても全然気づかないんだもの」
昨日よりもだいぶ早い時間だ。
俺は剣を腰に戻してミクニに振り替える。
「はいこれ。今日の朝ごはん」
ミクニはパンを差し出してきた。
ありがたく受け取ってその場で食べ始める。
これを食べても腹は満たされないし、そもそもおなか減らないんだがな。
「今日は早めに帰って来いってお父さんに言われたんだ」
「そっか。じゃあ、早めに出るか。準備はいいか」
俺は残りのパンを口に放り込みながらミクニに訊ねる。
ミクニは水筒を差し出しながらうなずいた。
その後は昨日と同じように森の外縁をなぞるようにしてモンスターを狩り続けた。レベルが上がったから《スラッシュ》を使わずとも苦労せず倒せる。
その代わり経験値という意味ではあまりよくなさそうだけど。
ただ、昨日だいぶ数を減らしてしまったようであまりモンスターと遭遇しない。
マップを見ているからどこにいるかは分かるんだが少し森のほうに入ったほうが効率は良さそうなんだよなあ。
「少し森に入ってみようと思うんだがどう思う」
ミクニに訊ねることにした。
一応こいつの親父さんから無事に帰すように言われてるからあまり危険なことはしたくない。
「ブレイドが大丈夫だと思うならいいと思うよ」
ミクニはミクニで俺にぶん投げだった。
「じゃあ、浅めに入ることにして早めに帰ろうな」
ミクニは大きくうなずいた。
森に入ったのはいいのだが、問題がいくつか浮上した。
まず、足場がよくない。
坂になっていたり木の根が飛び出ていたりと結構安定しないのだ。
またミクニと俺とでは歩幅に違いがあり森の歩きやすさが全然違う。
俺はマップを常に気にしながらミクニに手を貸しつつ森での狩りを続けた。
「さっきは危なかったね」
「回復魔法、ありがとな」
ゴブリンはまだいい。急所が人体といっしょで狙いやすいし、軽いので吹き飛ばして距離をとることもできる。
問題は時々現れる狼だ。
やつら、森の中では必ず複数で行動しているのでミクニをかばいながら戦うのが難しい。
そして動きが速くて連携も上手い。
おかげで何回か危ない状況が生まれたが、何とか回避してきた。
戦闘後のミクニによる回復魔法にも世話になっている。
「ねえ、あれ」
ミクニが俺の服の裾を引っ張った。
指さすほうを見ると斜面に面した洞窟がある。
俺はすぐさまミクニとともに木の陰に入身を潜めてりマップを確認する。
ゴブリンだ。
洞窟の入り口にたっているのが2匹。
しかし妙だな。マップを見るとモンスターを表す点は存在していない。
洞窟を示すのかマークは置かれているけど。
いや、洞窟か。
もしかしたら洞窟内はまた別のマップで表示されるようになっているのかもしれない。現在の場所と洞窟内では階層が違う、みたいな。
まあ、とりあえず近づかないに越したことはないだろう。ゴブリンの巣ってことだろうし。
俺はミクニにジェスチャーでここから去ることを伝えた。ミクニは一瞬きょとんとしてから首を縦に振った。
マップで周辺を確認する。この辺りにはまだモンスターはいない。
ミクニを連れてとりあえずここから離れよう。
あ、忘れないようにマップに印をつけておいて、と。
俺は少しウィンドウで作業していたから気づかなかった。
ミクニが立ち上がった拍子に木の根に躓いてしまったことに。
ズシャ、という音を聞いて俺は驚いてミクニを見た。
「ブレイド、ごめ…」
んなさい、という言葉を聞き終わる前に、後ろから嫌悪感しか浮かばせない声とも鳴き声ともつかぬ音が飛んでくる。
グギャグギャ。
「ミクニ、体勢を整えろ。俺はあいつらを狩る!」
いうが早いか俺はその場を飛び出して俺のほうに向かってきたゴブリンに一撃を加える。
「《スラッシュ》!」
ゴブリンのレベルは5。先ほどまで戦っていた相手とは倍近く違う。
だが俺も伊達にレベルを上げていたわけではない。
俺の一撃はゴブリンの首をきれい切断した。
クリティカルを決めることだって練習していたんだ。相手が弱すぎたから。
ゴブリンのHPは即座に0になり灰となって消える。
ミクニのほうを見る。すでにきちんと立ち上がってこちらを心配そうに見ていた。
俺はミクニにその場に残るように指示し、洞窟の入り口から少し入ったところでマップを確認した。
見張りのゴブリンは2匹。一匹はこちらに襲い掛かり、もう一匹は中へと知らせに行ったようだ。
なるほど、人型であるくらいには知恵が回るらしい。
マップは自分のいる位置を中心にマッピングされていくので内部の構造まで完全には分からない。だが、モンスターがたくさん随所にいて、一匹がその群れへと向かっているのは見て取れた。
俺はそれだけ確認してすぐさま引き返す。
「ブレイド、中には何が?」
ミクニが不安そうにしているがそれどころではない。
「ゴブリンの群れが出てきそうだ。急いでここから離れるぞ」
いうが早いか俺はミクニを抱き上げた。
一緒に走るより俺が抱えて走ったほうが何倍も速い。
「ふえ!?」
ミクニが変な声を上げるがそんなものにかまっている暇はない。
俺は一目散にその場から離れた。
祝!三日坊主脱出!
お読みいただきありがとうございました