序章⑧ - 星と人
…今度の二人組は、服装もきちんとしており、見た感じ…身分の高い聖職者か、高僧かといったところか。
サヤ「また誰か来たよ…」
…基本的にお祈りの最中は、出入り禁止なので、人が入ってくることなどほとんどない。
…今日は相当に不思議な日のようだ。
「どちらさまでしょうか…?」
神父様は彼ら二人に問いかけた。今度は実際に偉そうな人なので口調も丁寧だ。
…神父様も知らない人らしい。
…俺も、数年この町で暮らしてはいるが、こんな奴ら見たこともなかった。
タイミングを逃してしまい、おれは立ったままその話を聞く羽目になった。
「私は、マイダスと申します。こちらはプロキアス。えー、早速ですが我々がここへやって来たのは他でもない。「神の啓示」をあなた方に伝えないといけないのです」
胡散臭い男たちは、いきなりそう言い放った。
「…か、神の啓示?」
いきなりそんなことを言われ、
正直、は?となるおれたちを尻目に、話は続く。
「要するに…神様が我々に伝言があると?」
「そうです。いわば我々は神の使い。そして神の命令に忠実に従う者です」
…そんなことをいきなり言われても、バカじゃない?としか言いようがなかった。
「バカじゃないの?あんたたち」
そしておれは実際に口に出してしまっていた。
あわわわわ。こいつ最低だからほっといてください。
そんな感じでフォローが流れる。
…一方、信心深い神父様は、すっかり男たちの言葉を信じ込んでしまっていた。
「…で、その伝言の中身とは、いったいどのようなものなのですか?」
「以下のようになります」
そいつらはそういうと、念仏でも唱えるかのように文を詠み上げ始めた。
今、この世界には重大な危機が訪れようとしている。
環境破壊…兵器開発、
そして人間のエゴによって行われる人間のためだけの数々の戦争。
それに巻き込まれ、植物も動物も昆虫も魚介類も大打撃を受け、
あるものは絶滅し、あるものは天敵の減少による驚異的な大繁殖
食糧不足による大量死…
自然界のバランスは今、崩壊しかかっている。
打撃を受けているのは、生物だけではない。
空気も、地殻も、大地も。
何もかもがすでに取り返しのつかない状況になってしまっている。
空気は汚れ、異常気象が起き、
数え切れないほどの要因が、世界を、自然を破滅に追いやろうとしている。
植物を失った大地は荒廃し、そこに残るのは砂漠のみ。
…それでも、人は、
星を喰らって、なお生き伸びようとしている、
だからこそ、
星の源泉―そう、この星の持つ意思…それこそが我々が神と形容するそれ―
は、ある重大な決定をした。
その決定は―
「人という種族を絶滅させる」
絶滅!?
観客が少々ざわめく。
「これがこの星の下した結論。
すなわち、星は…自らが生き残るために、人を滅ぼさんとしている。
自然災害、異常気象、飢饉、そして疫病…
今までのことはほんの予兆にすぎない。
これから人間たちにもっと恐ろしい災いが襲い掛かるであろう。
…そして、私がわざわざ使者を遣わしてまで、伝えたかった一番のことは以下である。
…既に、幕は切って落とされた。
…あと1ヵ月後に、未だかつてない大災厄が起きる。
天は唸り、地は裂け、疫病が大流行し生きとし生けるものの大半が数ヶ月後に姿を消す。
…この事実を、人々に伝えるために、我々はやってきた」
…演説はようやく終わった。
なんでこんな辺境の地に、わざわざやってきたのか、
そこに対する説明はなく、いろいろ不可解な話だった。
「な、なんだって!?世界が、このままでは、滅びてしまうというのですか!?」
が、案の定、神父様は馬鹿みたいに「神」の一言を聞いただけで
何の疑いもせず信じ込んでしまった。
「…またもバカバカしい…」
頭が痛くなってくる。
宗教の勧誘とかでもよくありそうなネタだ。
…この宗教に入ることにより救われるのです、とか。
最初に持った感想は、そんなものだった。
「信じられるかよ」
「バカじゃねーの?」
そんな声が周りから飛び交った。
当然の反応だなあ、と思う。
サヤ「…残念だけど、私も証拠もないものを信じるほどお人よしじゃないし」
サヤもこっちを向いて、そう言ってきた。
…まあ、そりゃあそうだろう。
よっぽどのバカでもない限り、こんなものをまともに信じる奴はまあいない。
ナオヤ「…早く帰りたい」
野次馬「だいたいもしそれが本当だったとしてなんだってそんなものを俺たちに伝える必要がある」
野次馬「そうだそうだ。お前らも生身の人間じゃないか。神様とどうやってコミュニケーションをとるって言うんだ、ふざけるのもいい加減にしろ」
そんな声が後方からもあがった。
みんな、早く帰らせてほしいのでちょっと声が荒くなっていた。
すると、前のマイダスと言う男は、ニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
「なるほど…あなた達は信じないのですか。では…証拠をお見せしましょう」
男は、自信満々にそう言い放った。
「…証拠?」
「ええ、誰もが納得する、証拠をね」
…誰もが納得する。その言葉におれはちょっと反応した。
なぜなら、おれは死んでも納得しないからだ。
期待する。
一体どんな方法を用いると言うのか。
…すると男は、いきなり空めがけて手をかざした。
「神よ!風を吹かせたまえ!!」
男がそう叫んだ途端、室内だというのに恐ろしい風圧が体にかかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
サヤ「な、何よこれ!?」
吹き飛ばされそうになり、思わず全身で体を支える。
後方では油断していた?らしき人が壁にたたきつけられたりする音が聞こえた。
あまりに激しい風圧に遮られ、前を直視することすら容易ではなかった。
どこからこんな風が吹いてきたというのだ?
…あまりの風圧に窓は割れ、窓ガラスの破片は遥か彼方まで飛んでいってしまった。
続いて、空が曇り黒い雲に覆われ雷が鳴り響いた。
その雷はこの建物に直接落ちてきたかのような恐ろしい轟音をあげた。
「静まれ!」
男がその一言を発した瞬間、あれだけ激しく吹いていた風が一瞬にしておさまった。
空も一瞬にして、元の静寂を取り戻していた。
「…」
「…」
沈黙。
沈黙。
その後に皆が出した言葉は、畏れ以外の何者でもなかった。
「今のが、神の息吹です。そして神の雷です。
我々は今、神の御前にいるのですよ」
「…そんな…」
「…本物なのか!?」
まだ信じられない、といった顔を大半の住人がする。
この風と雷にみんなすっかりびびってしまっていた。
「…本当だと、したら…」
じわじわと男たちが最初に言った「お告げ」の内容が頭の中でリピートされた。
絶滅
星の源泉
決定事項
「ひえええええええええええええええ!!!!」
「きゃああああああああああああああああ!!」
我を忘れたかのような絶叫が教会に響き渡った。
パニックになる大人たち。
「…わ、我々は、ど、どうすればいいんです!
我々はただ、ただ、滅び去るのみだというのですか!」
場にいた者たちは皆悲鳴をあげ、青ざめた顔で男たちにすがりつくような声をあげた。
「まだ諦めてはなりません。神はあなた方に、最後のチャンスを与えました」
「…最後の、チャンス?」
おいおい。
予想通りだった。
なんだこれは。
「やばいぞ、うさんくささ100%だぞ」
サヤにこっそり耳打ちする。
「で、でも本当っぽいよ?…あの雷とか、どう説明するのさ」
「超能力とか神とか幽霊とか…そういうのは人を騙すのには一番適してるんだよ」
「でも、あの風は…」
「なんかのトリックがあるんだろう。…絶対信用するな。いいな」
おれは、とりあえずサヤにだけ、クギを刺しておいた。
「ええ、お告げには、続きがあります」
そう言うと男は、更に「お告げ」とやらを読み上げた。
先ほども言ったとおり、人が滅びるのは自然の定めであり、避けて通れない道である。
…しかし、それでは人類は納得がいかないであろう。
…元より今回の厄災は人類が引き起こしたものであるが、
どうしても人が滅びたくないと願うのなら、
人に、最後のチャンスをやろう。
私が一人人類の代表を選んで、その者にある試練を与えよう。
その試練をその者が見事成し遂げたなら、私の手により、人の滅亡は防がれる。
…そして、肝心の試練であるが、以下のとおりだ。
「八音の旋律を全て集め、そして我の前で『Memory of Artifact』を奏でよ」
さすれば、我はヒトを生かし続けることをここに誓おう
Memory of Artifact。
神話の中で、英雄たちが悪を封じ込めるときに奏でた曲のタイトルだ。
ますます神話らしくなってきた。胡散臭い。
「…は、八音の旋律だなんて、世界各地にバラバラにちらばってるんでしょ?
そんなのを集めるだなんて、無理に決まってますよ!」
「そうだそうだ!一つすらどこにあるか知っている人なんかほとんどいないんだぞ!」
「…無理ならヒトが滅びるのみです」
「神様、どうかお願いです、我々をお救いください」
周囲は完全に信用してしまっていた。気持ち悪い展開だ。
「祈るだけでは無理です。形で示してください。示す方法は、ちゃんと提示したはずです」
「…そ、そんな…」
「これは最後の試みです。
もしヒトが、自らの存続のために一つにまとまることができる生き物なら、彼らを何とかして生かそうという神の最後の慈悲なのです。
各自、よく考えてください」
考えた所でどうしろというのだろう。
「…ヒトが、ひとつに、まとまる?」
「…そんなの、無理だ」
「…不可能だ」
サヤ「…ま、待ってください。あなた達は、なんで、それをわざわざこんなへんぴな村へ伝えにやってきたんですか?」
「…それは簡単です。その試練に選ばれた代表の者、それがこの村の人間だからです」
サヤ「…この村の!?」
「…そう、
・・・
ナオヤ君、君のことだよ」