3章-09 正義①-自己満足
アヌビス「じゃあ、
正義ってなんなんだよ」
すべて偽善で片づけられるなら。
すべてが自己満足にすぎないというのなら。
サヤ「アヌビスって盗賊じゃないの?
そんな正義にこだわる理由があるの?」
アヌビス「おれは、弱い者を助けることが正義だと信じてきた。
義賊なんて言い方は嫌いだけど、
法律なんかじゃ救えない人がたくさんいることを知って、
そんな人を救うために泥棒を働いてきた、つもりだよ」
そりゃあ、自己満足と言われればそれまでだろうが。
サヤ「そうなの?」
ナオヤ「弱い者が無条件で正しい保証なんてどこにあるんだよ」
アヌビス「そうかもしれねえけど」
ナオヤ「どっちが正しいかを置かれてる状況とかで勝手に決めつけるなよ。
子供じゃあるまいし」
アヌビス「子供のくせに。
正しいって何なのか、分からなくなりそうだよ」
ナオヤ「そんなもの、正義なんて人それぞれなんだから、
おまえが正しいと思うなら、それでいいじゃないか」
パギー「最低にとっての正義って、なに」
ナオヤ「おれにとっての正義か、そうだな。
正義正義むやみやたらに言わないやつが正義」
パギー「そんな言葉遊びみたいなのじゃなくてさ」
ナオヤ「正義ってのは多数派が自分たちに従わない少数派を殺すのを
正当化するために用いられる言葉」
わたしは、背筋が冷えるのを感じた。
サヤ「そこまで言うんだ」
ナオヤ「それが嘘偽りのない正義だろうな。
…ま、あくまでおれの中ではな」
パギー「……わたしのなかでは、
人を殺すのは、正義とは言わないよ」
ナオヤ「だから人それぞれって言ってんだろ」
アヌビス「おまえ、正義嫌いなんだな」
ナオヤ「嫌いだよ。正確には正義の名の下なら
何をやっても許されると思ってるやつらが嫌いなんだけど」
パギー「ごめんなさい」
ナオヤ「おまえに言ってるんじゃないよ。
おまえ正義がどうなんて言ったことないだろ」
パギー「…うん」
アヌビス「でも、おまえ勇者とは」
ナオヤ「そうだな。
あの人はまだわかってる気がした。
正義だけじゃ片付けられない問題がたくさんあることも」
サヤ「たしかに、今回みたいなのと比べたら、天と地の差だね」
パギー「…でも、正義なしじゃ…」
ナオヤ「だいたい正義なんてものは悪があって初めて成り立つ概念じゃないか。
殺人鬼をどうする?殺すだろ。それってやってることは結局同じじゃないか」
パギー「そうだけど」
ナオヤ「誰かにとって正義でも、それは別の誰かにとっては悪だ。
人を殺すのははたから見て悪でも、その人にとっては正義かもしれない」
パギー「…」
ナオヤ「この世の中にどちらが正しいのか分からない問題なんてくさるほどある。
どちらにだって言い分がある。
どちらが正義かなんてどうやって決める?
法律か?多数決か?それが本当に正しい保証なんてどこにある?」
パギー「それは」
ナオヤ「法律ってのは長い時間をかけてみんなで作ってきたものだよな。
多数決は言うまでもなく。
数が多い方が無条件で正義なのか?おれはそんなことはないと思う」
パギー「わたしもそう思うけど…」
次から次へと詰問されて、パギーは戸惑う。
この人に口では勝てない、そうわかっているのだが…。
サヤ「パギー、そんな真剣に考え込まなくたっていいのよ。
こいつは最低よ。
あんたの困る顔を見てせせら笑ってるだけなんだから」
ナオヤ「そうだよ。
今のはおまえをからかってただけさ。
それこそおれの自己満足だ。
いいじゃないか、正義なんて自己満足で」
パギー「…」
ナオヤ「あいつらのやってることだって俺たちに責められることじゃない。
それが、あいつらにとっての正義なんだ」
悪なしで生きれないのと同じように、正義なしでも生きれない。
そんなことで折り合いをつけられないほど子供じゃない。




