2章-14 考察
*パギーの心の中*
(最低…)
たいていの人間は、だいたいどんな人なのか分かった。
目を見て話をして。そんなこんなで理解できてきた。
でも、彼は違った。
どんな人間なのか、さっぱり分からなかった。
こんなことは初めてだった。
自分よりひどい境遇の人間なんてそうはいない。
そう思っていた。そんなことはなかった。
井の中の蛙だった。
自分より何倍も、何十倍もの地獄を経験してきている。
だから理解できなかった。
『おれはそれが可能だったら本気でクラスの奴ら全員殺すつもりだった』
その言葉に、嘘はないだろう。
自分で自分のことを最低といい。
全てをあきらめているような目をしながら。
空っぽなのに。
なのに、なのに。そんな悲しいことを言う一方で、
『おれは誰も拒まない』
どうして?
どんな心があればそんな言葉を言えるようになるのだろうか?
誰も彼も敵で、誰も彼も味方。
そうなのかもしれない。彼にとってほかの人間は、みな同じなのかもしれない。
だが、それは100と0の矛盾だ。
そんな矛盾を、どうして心の中で呑み込める?
人間なんて矛盾だらけの生き物だとは思うが、
それでも、100と0を兼ね備えている人間がそうそういるとは思えない。
いや、存在することに、衝撃さえ受けている。
あるいは、相手がサヤだから、なのだろうか。
自分と境遇が似ている少女だから、こそのあの言葉なのだろうか。
ちがう。
あの最低は、似て非なるものだ。
きっと誰にでも、私にでも、同じことを言うような気がした。
サヤは過去の経験を引きずって、金に価値を見出した感じだ。
それは、失礼かもしれないが構図は単純と言えば単純で、たやすく理解できる。
しかし最低は、最低だけは、何が何やらさっぱりわからなかった。
何かどうこんがらがってああなるのか。
何をどこでどうすればああなれるのか。
そんなに矛盾してるくせに、
『それこそ一生会わなかったって、友達は友達だろ』
放たれる言葉に迷いはない。
自分でなく、他人に対しても。
出会ったばかりで、何もわからない他人に対しても。
どうしたらそんなことができるのか、さっぱりわからなかった。
私にだって。
お父さんにだって。
誰にだって。
まっすぐで、まっすぐすぎて。
『そんなものをいじめとは言わない』
心をえぐるようなことばっかり言って。
それは、そうなのだ。
必然なのだ。
心をえぐるようなことばっかり言われてきたから、分からないのだ。
言ってはいけないことが。
きっと、誰にでもそうなんだ。
わたしに言うってことは。
極端に言えば、彼は道端でなんとなくすれ違った人に対してさえも。
容赦なく声をあげるだろうし、心をえぐるだろう。
道端ですれ違う人が泣いて助けを求めたら、さっきのサヤと同じ答えを返すのだろう。
そう思った。
その結果、ますます誰からも嫌われて。
心をえぐるようなことばっかり言われて。
アリジゴクとでも形容すべき負のスパイラル。
そんな生き方しか、できない。
卵が先か、鶏が先か。
そんなことはどうでもいい。そうなってしまっているという事実が重要だ。
最低。
でも、でも、誰からも逃げない。
誰も拒まない。
誰も彼も、彼にとってみな平等に敵なのだろう。
結果―誰も彼も彼の中では均質化され、等しく横並びにされてしまう。
さらにここで、彼の中でその事実が過去形になっていることが問題だ。
彼にとってきっと人は等しく横並びに味方だし―等しく横並びに仲間だし、
何を言っても構わない存在だ。
お父さんにだってあの話し方だし、
私にだってあの話し方だ。
誰にだって―あの話し方だ。
そんなものは―普通の人間にとって、拷問以外の何物でもない―
心の底から、かわいそうに思った。
さらに不幸なことにそんな自分自身のおかれた境遇を、
自分で理解している。
そして楽しんでいる。
『おれは今の自分がけっこう好きだから』
本当のところは、どう思っているんだろう?
さっぱり、分からない。
分からない。
それだけが、心残りだった。




