2章-12 だからどうした
パギー「…」
私たちは、自分達のいきさつを話した。
ナオヤの家の話。
今日のサヤの手紙の話。
パギー「…」
パギーは、何も返事が出来ない、そんな感じだった。
サヤ「…ごめんね、いきなりこんな話されても困るでしょ?」
ナオヤ「困れ困れ」
パギー「…そ、そんなことない!」
ナオヤ「気つかうなよ」
パギー「気つかってなんかいないもん!」
…パギーはなかなか意地っ張りだった。
ナオヤ「そっか。じゃあもっと困る話をしてやろうか?」
パギー「…こ、こいっ!」
ナオヤ「誰がするか。こっちが気分悪いわ。ばーか」
そして、最低はすぐに折れた。
サヤ「パギーって賢いんだよね」
ナオヤ「そうなのか?」
パギー「うーん」
サヤ「ノルンが言ってたよ。
理解力もすごいし、
何でも知ってるんだって」
パギー「そんなことないよ」
サヤ「でも学問と名の付く学問はすべてわかる、ってノルンが言ってたよ。
理解力もすごいって」
ナオヤ「ほぉー、それで?」
サヤ「それでじゃないでしょ」
パギー「理解力っていうか、
分からないことがあったら自分なりに、
こうじゃないかな、って考えるんだよ。
違ってることもあれば、あってることもある。
それだけだよ」
サヤ「でもだいたいあってるんだよね」
パギー「うーん」
サヤ「それは並大抵の人にはできないことだと思うけど」
ナオヤ「そうか?誰でもやってることだろ」
パギー「そうだよね。
わたし、自分で自分のこと、賢いとあんまり思わないんだ」
サヤ「それってイヤミ?」
パギー「ち、ちがうよ。
……
わたし、わからないことだらけだし」
サヤ「わからないこと?」
パギー「うん。
…生き方とか、ね」
ナオヤ「おまえバカだろ」
サヤ「最低、ろくに教養もない分際で
なんてこと言うの」
ナオヤ「教養とかどうとか、そんな問題じゃない。
バカはバカだ」
パギー「…うん。わたし、バカだと思う、自分のこと。
そういう、本当に大切な問題、何も答えられない」
ナオヤ「なんだよ、生き方が分からないって。
そんなことわかる奴なんていねえよ」
パギー「どうやったら人の気持ちが分かるかとか、
どう生きていったらいいかとか…
わたしぜんぜんわかんない。
バカなんだと思う」
ナオヤ「はぁ」
深い深いため息。
ナオヤ「人の気持ちなんかそいつ本人にしかわかんねえよ」
最低は、さらっと言い放つ。
ナオヤ「それに、生き方にいいも悪いもねえよ。
何が正しくて、何が間違ってるかなんて
分かる奴なんていやしねえ」
パギー「…」
ナオヤ「だから、そんなくだらないこと気にすんな」
パギー「ね、ねぇ、
じゃあどうやったら人を笑わせれるの?
どうやったら空気読める子になれるの?
ね、ねえ、教えてよ」
最低はきょとんとする。
ナオヤ「おれに芸人の心得を聞くあたりからしてまずお前は間違っているね」
サヤ「そうよ。こいつは最低。人の嫌がることばっかりするし、
空気なんて全然読まない。そういう人間よ」
パギー「で、でも最低は、
すごく優しそうな人間に見えたよ」
ナオヤ「…おれが優しいねぇ。
ま、どう見るかはお前次第だけどな」
パギー「だって、まっすぐに返してくれるし、
気遣ってないようで、気遣ってるし…。
それに、それに、そんな難しい問題の答えを一瞬で次々答えられるんだよ!?」
サヤ「…」
ナオヤ「おれを持ち上げるのも結構だが、後悔するのはお前だと思うぞ」
パギー「なんで?」
ナオヤ「おれは、最低だからです」
パギー「わかんないよ。どうしてナオヤみたいな人間が、最低なのか」
ナオヤ「そんなの決まってるじゃねえか。おれが人として腐ってる…終わってるから最低なんだよ」
…。
…。
…。
そのまま3人黙り込んで、静かな時が流れた。
パギー「…ここにいて」
静寂を破ったのは、その声だった。
サヤ「…え?」
パギー「一緒に、暮らして」
サヤ「一緒に、って…」
パギー「ともだちになれる気がした」
ナオヤ「…」
パギー「…友達、ずっとほしかった。
けど、そんな機会なかった」
パギー「…お父さん、お母さん、ケセラはいるけど、ワニワニとマークはいるけど…でも、でも、年が同じくらいの、人間の友達がほしかった。…いつも、さみしかった」
ナオヤ「ノルンがいるんじゃねえの」
かるーいノリで、そう言ってみる。
パギー「ノルン忙しくてなかなか会えない…」
パギー「あのね、わたし、昔、いじめられてたんだ。
理由は分からない。でも、嫌なことさせられたり、
なんか、わたしだけ面白いからとかなんとかいう理由で」
ナオヤ「…」
パギー「いやでいやで仕方なかった。
それを助けてくれたのが、ノルンだった。
でも、それがトラウマで、もうほかの子としゃべるのがこわくなって、それで…」
ナオヤ「そんなものをいじめとは言わない。
それは遊びだ」
最低がそれをバッサリと切り刻む。
パギー「…遊び」
ナオヤ「いじめってのは、無視られること。
それ以上でも、それ以下でもない」
サヤ「…最低」
それは、いじめなんて生易しいものではない。
迫害だ。
でも、わたしは知っていた。
最低が、それぐらいされていたことを。
ナオヤ「ま、自業自得かもしれないがな」
遠くを見ながら最低は続ける。
ナオヤ「おれは最低だったからな。
そもそも誰も、周りに寄り付きもしなかった。
人の顔みたら一目散に逃げていくんだよ」
あっ、最低だ。
近寄らない方がいいよ。
そうだね。
目を合わせることすら、気持ち悪い。
……。
そんなことされたら、わたしはどんな風に思うのだろう。
ナオヤ「おれはそれが可能だったら本気でクラスの奴ら全員殺すつもりだった。
殺さなきゃ殺される、そう思ってたからな」
サヤ「…最低」
パギー「そんなの先生も悪いよ」
ナオヤ「ああ、
教師はクズだった。
自分のクラスからいじめが出たなんて知れたら責任問題になるからな。
発覚しないようにうまく取り繕ってた」
パギー「…そんなのって」
あんまりだ。
でもそんなあんまりな現実が、目の前にあって。
その現実がこんな風に具現化して、今私の前に居る。
ナオヤ「町中の人間が、みんな敵に思えたぐらいだからな。
間違いなく、まともなレベルの精神状態じゃなかったよ」
サヤ「じゃあ、どうして。
どうして、死ななかったの」
素直に気になった。
なんで、生きているんだ。
そんな人間が。
ナオヤ「そんなぐらいでどうして死なないといけないんだ」
パギー「……」
ナオヤ「よくあることだよ」
よくあることではないと思う。
最低!
最低!
最低!最低!
そこまで言うなら。だったらお望み通り、最低になってやるよ。
ナオヤ「それに、それがあったから、
今おれは最低としてここに居られるんだ。
自分で言うのもなんだけど、おれは、今の自分のことが結構好きだから、
総合すれば、それでよかったんだって思えるよ」
パギー「みんなからいじめられて?
独りぼっちになって?それでも、よかったって思うの?」
ナオヤ「ああ。
だからおれは最低になれたんだと思ってる」
サヤ「なんでそんな最低にこだわるわけ?」
それは、ずっと聞いてみたかったこと。
ナオヤ「そうだな。
それは、おれに人生を教えてくれた人が最低だったからだよ」
パギー「どういうこと?」
かわいそうに。 ・・・・・・・
せめてものなにかだけど。友達になってあげるよ。
困ったことがあったらなんでも言いなさい。
・・・・・
気を遣ってくれていた。
そうすればそうするほど、溝は広がるばかりだった。
・・・・・・・
こんなにしてあげているのに。
誰もかれもそんなのばっかりで。
口先だけのかわいそうばっかりで。
『たかが親一人死んだぐらいで甘ったれてんじゃねえぞこのクソガキ!』
だからこそ、そのおっさんの言葉は、リアルだった。
今までのイライラがそれで一気に吹っ切れたと思う。
はじめて、はじめて怒りをまっすぐに人にぶつけた。
はじめて人を殺そうと思った。
でも、そのおっさんは、そんなおれから逃げもせず、迷いもしなかった。
おっさんは、おれを殴るでもなく、ただまっすぐに言葉を吐くだけだった。
『誰にだってつらいことはある。
・・・・・・・
だからどうした!』
そう言っているそのおっさんの言葉は、力強かった。
力強すぎて、おれはその場でうずくまった。
そのおっさんはみんなから最低と呼ばれ、さげすまれていた。
でも、そのおっさんはぼくから逃げようとはしなかった。
そのおっさんだけだった。
まっすぐに自分と向き合って。
まっすぐに答えを返してくれて。
「なんでぼくはこんなに不幸なの!?」
『不幸な人間なんて腐るほどいる。
幸せな人間が周りに多いからそう見えるだけのことだ。
思い違いも甚だしい』
不思議だった。
なんでこの人が最低なのか、まだ子供だったぼくには分からなかった。
『どう呼ばれようが知ったことじゃねえ。
おれは言いたいことさえ言えればそれで十分だ』
おっさんはぼくに仕事を教えてくれた。
働くということを、生きるということを教えてくれた。
そして、おっさんは、死んだ。
仕事中の事故で。唐突に。
葬式には誰も来なかった。ぼくと、散々苦労させられたそのおっさんのお嫁さん以外誰も。
そう、こんなおっさんでさえ、嫁がいたことに、ぼくは驚きながらも、
ああ、そうなんだな、と思った。
お嫁さんはただ、ただ、泣いていた。
一方のぼくは、その時には、もう泣かなくなっていた。
・・
おれは、こんな人になりたいと思った。
誰からも嫌われ恐れられ、煙たがられて迫害される、
そんな人間にだって、
存在する理由があるというのなら。
きっと、それは、そういうことなのだろう。
パギー「…最低は、その人のこと、好きだったの?」
ナオヤ「嫌いだった。
言うことはいちいち納得できなかったし、腹立つことばっかりだった」
パギー「…」
ナオヤ「でも、そのおっさんの言葉だけは耳に残ってるんだ」
偉い人の言葉なんかちっとも耳に残らないのに。
不思議なもので。
サヤ「それで、自分もその人みたいになりたいって思ったの?」
ナオヤ「そうかもしれない」
突き詰めていけば、
自分はいつの間にかあの人と似た存在に落ち着いてしまったのかもしれない。




