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世界で一番君が嫌い  作者: びゅー
プロローグ
5/116

序章⑤ 最低②

街の風景。

全景がはっきりと見渡せる位置に、ぼくは立っていた。

高いところから、すべてを見下ろしている。

…突然黒い塊が、空から襲い掛かってきた。

動いている。

雲ではない。その動きには明らかに意思が感じられた。

…生き物だ。

そこまで読み取れたが、それ以上は何も分からない。

また疑問が沸いてくる。

…何の生き物だ?

しばらくして、その黒い塊の全体像が見えてきた。それでようやくはっきりする。

…クジラだ。

巨大なクジラが、目の前を通り過ぎた。

空気中をクジラが飛んでいる。

空気中であるにもかかわらず、優雅に障害物を破壊して泳いでいく。

クジラは地面すれすれを目指す。

崩れゆく建物。

そして逃げ惑う人々。

ビルとまともに衝突して、クジラは痛くないのだろうか。

あちこちから叫び声があがっては消えてゆく。

こんなところまで聞こえるぐらい大きな悲鳴があちこちから沸きあがる。

あ、クジラが、こちらを向いた。

上に向かっている。ここを目指している。

口が大きく開かれた。

その向こうには、漆黒の闇の世界が広がる。

クジラはもうすぐそばまで近づいてきた。

逃げよう。

でも逃げ出そうと言う気がおこらなかった。

壁や天井の持つ色彩が全て闇の中へと吸い込まれていく。

ああ、食べられてしまう。

そのまま僕は胃に運ばれ、消化液で溶かされ栄養分としてクジラに吸収されてしまうのか…


「こら最低!起きなさい!」

その一声で、我に返った。

「…」

頭がぼんやりして、何も考えられなかった。

自分が、夢を見ていたのだ、と理解するまでにすらいくらかのブランクがあった。

「もう9時よ!早く着替えてご飯食べてお祈り行ってきなさい!」

甲高い母の声が耳の奥まで響き渡る。

…最悪の目覚めだった。

…夢を見ていた。

…どうせまた、くだらない夢だ。

ろくでもない、ファンタジーのかけらもない夢だった。それだけは覚えている。

次第に周りの景色やら現状やらが理解されていくにつれて、夢の光景は思い出せなくなっていった。

…思い出す必要も無い。

…どうせそんなものは、何の役にも立ちやしない。

そう思って、喝を入れる。

それ一発で頭が急激に起動をはじめる。

さて、まず何をする?

飯だ。

着替えて階段を下りて部屋の真ん中にあるテーブルに向かう。

テーブルの上には既に朝食が用意されていた。

パンにバターをぬったもの。目玉焼き。

どこの家庭にでもありそうな献立だった。

とりあえず一杯お茶を飲んで、そこから一気に流し込む。

「おはよー、さいてーにいちゃん」

後ろから声が聞こえてきた。

…食事中であるにもかかわらず。

妹のユカの朝の挨拶だ。

兄のことを最低とぬかすとは、いい神経をしているものだ。

…なんてケチをつけたりはしない。俺は最低だから。

「おふぁよう」

「最低、とっととメシ食って教会行きなさい」

朝から家族に最低最低連呼されるおれ。

素晴らしい。自分の最低っぷりも相当板についてきたようだ。

「今日もさっきサヤちゃん来てたわよ」

俺の“仮の”母親が俺の方を向いてそう言った。

「またかよあいつ。しつけーの」

「あんたちっとも悪いなんて思ってないでしょ」

「おれは来んなと何度も何度も言ってる」

「毎日来てるんだし一回ぐらいは顔見せてあげたらどうなの」

「あほらし。なんでおれがあいつの為に早起きしなきゃならんわけ?」

母親は呆れ顔をして、こうつぶやく。

「そんなんだから最低って言われるのよ」

「そんなこと言われたって早起きなんかしたくないね。

それなら最低って呼ばれてた方がよっぽどいい」

あまりにそっけないこっちの返事。

…ま、これもいつものことだ。

「あ、そ」

「…あいつもしつこいよな」

「なんていうか、兄ちゃんってほんと最低だよね。

女の子に朝誘ってもらってるのに、無視とか」

「おまえもかよ。

誘ってもらってるってなんだ、偉そうに。

形式的なもんだろ、どうせ」

「サヤさんのこと、最低にーちゃんはどう思ってるわけ?」

「金の亡者。それ以外の形容詞はない」

母親がフォローを入れる。

「あのねぇ、あの子にもあの子なりの事情があるんだし」

「わかってるよ、んなこと」

そう言いながらパンをほおばる。

サヤの強欲っぷりはこの村ではわりと有名だ。

まぁ、こんな小さな村、誰もが誰ものことをだいたい知ってはいるのだが。

その中でも強欲娘のサヤと最低のおれのことはわりかし有名で。

時にははやしたてられたりもするが、

別に、どうでもいい。

「事情があろうが犯罪者は犯罪者だし、金の亡者は金の亡者だ」

トーストを半分ぐらいかじり終えたところで、茶を一杯のどに流し込む。

「にいちゃんは最低だよね。

ほんと。女の子の気持ちも分からないんだから」

ユカは同じようにパンをかじりながらそう言う。

「他人の気持ちなんかわかるわけないじゃん」

…。

…。

しばらく沈黙する。

…まあ、これまた慣れたことだ。

「…はぁ…あんたはほんと最低ね。

人の気持ちを不快にさせることにかけては、

あんたの右に出るものはいないんじゃない」

「褒め言葉として受け取っておきます。

どうもありがとうございます」

「褒めてない!」

「どう受け取るかはおれの自由だし」

はぁー…。

「まあ働いてるんだから仕方ないけどさあ、本来はお祈りって遅れちゃダメなのよ」

「いいじゃんちょっとぐらい遅れたって。

あんなくっそくだらないもの。

最初から参加する意義が全くない」

「最低兄ちゃん、いくらなんでも言い過ぎだよ」

「言い過ぎもくそもあるかよ。

祈りを義務付けられるようになったのはここ来てからだぞ。

…この村があつかましいんだよ」

「…はぁ」

あつかましいのはおまえだ。そう言いたげだが、気にしない。

そんな話をしているうちに朝食を食べ終わってしまった。

自分の食器だけは洗って片付けておく。

野暮用を済ませ、やることもなくなったので教会へ行くしかなくなった。


「行ってきまーす…」

まるで何かに取り付かれたかのようなトーンでそう言った。

「行ってらっしゃーい」

…どうも気が乗らない。

このままサボってしまいたいところだがあとあとうるさい。

出席だけはしておかないといけない。

{やれやれ…何が神様だ}

何度、感じたことだろう。

お祈りをした所で、助けてなどくれる訳がないのに。


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