序章④ 最低
{…はぁ、嫌なこと思い出しちゃった…}
やれやれとため息をつきながら、歩き出す。
間違ってはいないとは思うが、あまり楽しくもない。
そんなこんなでしばらく歩くと、またもこの町の中では小さい部類に入る建物が見えてきた。
わたしはその家の玄関に向けて歩き出した。
この小さな家は最低の家だ。
…まぁ、最低というのはあだ名で、本当の名前はナオヤである。
なんでそんなあだ名なのかというと最低だからだ。
…説明になってないか。
本人も認めている。家族も認めている。
村中の人が認めている。わたしだってそう思う。
どの辺が最低かというと、ずばり性格だ。
人の癪にさわることばっかり言う皮肉屋で。
人のことを散々バカにしてくるし。
誰に対しても横柄で。
誰からも恨みをかって。
それでも、いちおうわたしの幼馴染…?にあたる男の子で、わたしと同い年である。
たしか5歳ぐらいのときに、ナオヤはこの町に引っ越してきた。
…一応声をかけておかないと悪いかなあと思い、
成り行きでわたしはいつもこの最低に声をかけていく。
サヤ「さいてーいますかー」
…はなから返事なんて、期待しちゃいない。
「サヤちゃんかい。いつも悪いね。最低ならまだ起きてすらいないの」
…やっぱり。
サヤ「…さいですか」
「まあ、いつものことだからね…」
さっきも言ったかもしれないけど、この町には、お祈りの習慣がある。
町人は特定の曜日の朝のみ、教会へ向かい、そこでお祈りをする仕来たりになっているのだ。
…多分宗教的な理由があるんだろうけど、その辺は私は何も知らない。
伝統やらといったものは人々の関心からだいぶ薄れてしまっている。
形式的に礼拝という行事だけが残っているのだ。
…で、私と最低がお祈りに行く日は運がいいのか悪いのか同じ日なのだ。
いちおう幼馴染でまたそれなりに話す仲なので
誘わないのも悪いかと思い、こうして毎日最低の家を訪問している。
…しかし、
当の最低本人は、おそらく全く気にしていない。
…というか、
今まで30回ぐらい誘いにいったが
一度たりとて一緒に行ったためしがない。
…というより、この最低、お祈りに遅れてこなかったためしがない。
そもそも宗教とかそういったものを一切信じていない。
最低だから。
…かといってずぼらなのかというと、そうとは一概に言い切れないところがある。
…性格的には最低だがきちんと働いていて、
ギブ&テイクなら頼まれただけのことはする。
…それがナオヤ…最低という人間なのだ。
そう、彼のことを言葉で表現するのはなかなか難しい。
最低と2文字で表現してしまえば楽だし、
また適切なのだろうけど、
それだけでは、伝わらない部分もある。
…だいぶ昔にこの町に越して来た同い年の男の子。
私の家のすぐ隣の家に住んでいる。
…家庭の事情が芳しくないらしく、
10歳の時から働いている。
しかも今ではすっかり手馴れて下手するとそこらの大人よりも仕事ができる始末。
報酬をもらえるとわかると、最低は人一倍きっちりと仕事をこなす。
…逆に言えば、無償奉仕、例えばお祈りみたいなことにはずぼらである。
…そんなところだけはわたしとそっくりだ。
だからわたしの考えを理解してくれるのかというと、そうでもない。
何かと馬鹿にしてくる。
…このへんがわたしにはどうも解せないのだ。
同類だと思ったから、心情を共有しあえると思って近づいたんだけど、
わたしなんかよりずっとひねくれ者だった。
そんな感じだろうか。
それこそ、最低である。
一方で…一応、社会人なので、
当然、私よりずっとしっかり者である。
私は時々最低の仕事を興味本位で手伝ったりすることがある。
遊んだことは…あんまり無い。
私と彼とは、しょせんそれぐらいのつきあいである。
サヤ「それじゃ、毎度のことながら、先に行ってますね」
「はいはーい」
・・・・
…ちなみに、この女の人は、ナオヤの実の母親ではない。
この女性のところに、昔母親を亡くし孤児同然となったナオヤが引き取られた…のだ。
…とにかく、起きてないんじゃしかたない。
こちらまで遅れて怒られるのも嫌なので、私は最低家を後にした。
…そして、そのまま教会へ行った。