1章-23 裁判③-復讐完遂
ナオヤ「…いい加減にしようね、きみたち…。
ガマンしよう、ガマンしようと思ってたけど、もう限界だ」
ロバート「な、何だ,いきなり」
ナオヤ「決まり、破るよ、悪いけど」
「…!!」
「…!?」
サヤ「最低!?」
タツ「…」
ナオヤ「今回だけは、おれ、お前に協力する」
ぱあん。
銃声が響き渡り、それと同時に次々と大人たちが倒れていく。
タツ「…最低」
かろうじてタツの口からその言葉が漏れる。
・・・・・
ナオヤ「おまえ、かわいそうだから」
ロバート「や、止めろ!!」
アンジェラ「何をするつもり!?」
倒れて身動きは取れないながらも、ロバートたちは必死に制止の声をあげた。
そして、ナオヤの足を掴む。
ナオヤ「ここは、おれが食い止める」
タツ「…えっ…」
ロバート「…な」
ナオヤ「納得がいかないから説明してくれ。
なぜ止める?」
アンジェラ「なぜ、って…」
ロバート「…どんな理由があろうと人殺しは罪だ。
我々は人殺しを裁かないといけない。
仮に、それが復讐のためであろうと、だ」
しゃぁしゃぁとそんなセリフを吐く勇者さん。
自分が死刑を執行しようとしていたにも関わらず、である。
ナオヤ「人は、時と場合によっては罪を犯さざるを得ない場合だってある。
肉親が死んだときにモラルなんか守っていられるほど人間は冷静ではない」
最低は、突き刺さるような言葉を続ける。
ロバート「…。
…しかし…、復讐では、何の解決にもならないんだ」
ナオヤ「あんたは解決できるのか?」
ロバート「…それは」
タツ「さ、最低、もういい」
ナオヤ「よくない」
タツの制止までも無視して最低は続ける。
ナオヤ「…おれが聞きたいのは一つだけだ。
自分の肉親が殺された。
だから犯人を同じ目に合わせる。
それを…あんたに止める権利はあるのか?」
『そんな権利は、だれにもない』
アヌビス「最低…」
『勇者さんだろうとおまえだろうと、こいつだろうと同じ人間だ』
だから、言うべきことは、言う。
そういうつもりなのだろうか。
ロバート「…。権利があるかないかとか、そういう問題ではない。
それでもし彼がこいつを殺したところで、絶対に彼が喜ぶことにはならない」
ナオヤ「おれはこいつが喜ぼうが悲しもうがどうでもいい。
あんたにこいつの復讐を止める権利があるのかどうかを聞いている。
聞かれたことだけ答えるのはそんなに難しいことかなぁ」
「…何故なら、人間という生物は、無意識的に自分と同じ、または似た種族の生物を殺すことを、生理的に受け付けないように…」
論理的な受け答えをする男だな、と思った。
もちろん、悪い意味でだが。
ナオヤ「…そうまでして、殺させたくない?」
ロバート「…ああ」
ナオヤ「こいつは自分の手で復讐をする、この日だけを夢見て今まで生きてきたんだ。
そして、今ついにその夢が叶おうとしてる。
なのに、おまえらはそれを自分たちの勝手な理由付けで邪魔するのか」
アンジェラ「…
で、でも…」
ナオヤ「あんたらの立場だって分からないじゃないさ。
勇者なんだからな。
復讐なんて口が裂けても認めちゃならない。それはわかる」
ロバート「…」
ナオヤ「でも、今回は今回だよ。
ちょっとだけ見逃してやってくれない?
そういうところ、柔軟に行こうよ」
ロバート「そういうわけにはいかない」
ナオヤ「なぜ」
ロバート「私は勇者という立場にあるから、
彼の復讐を止めようとしているんじゃない。
復讐の空しさを身をもって知っているからこそ、
彼を止めようとしているんだ」
…ロバートが、立ち上がる。
ロバート「さっきも言った通りだ。
君の母親が復讐を望んでいると思うかい?
そして、君は復讐を果たしたところで、心から喜べると思うかい?」
そして、最低の方ではなく、少年の方へ言葉を投げかける。
ナオヤ「…。
あんたは復讐の空しさを知ってるのかもしれないが、
それはあくまであんたの中だけで通用することだ。
ほかの人にまで適用しようとするのはやめたほうがいい」
ロバート「君に言っているんじゃない」
「…ちょっとおまえ、口の利き方を身につけたほうがいいぞ」
ナオヤ「…言い方変えたって、本質は変わらん。
あんたらが、それがわからないアホだとはおれは思わない」
ロバート「…」
勇者さんは、ちょっと口ごもったが、続けた。
ロバート「その子のためを思って言っている。
もし彼が殺したとしたら…きっと後悔する…だから」
ナオヤ「何度も言うが、それはあんたが勝手にそう思ってるだけだ」
エンジェラ「…それは、私たちの経験上生まれた、事実よ」
ナオヤ「経験は経験だ。事実ではない。
復讐を果たしたことで過去の未練を断ち切って
幸せになった人間だっているかもしれない」
アンジェラ「でも、まだこの子は子供よ!」
ナオヤ「あー。
もういいよ、うっとうしい理屈は。
ほら、ここにナイフがある、これでぐさっと刺しちまえ!
要はおまえの気持ちだ、そうだろ!?」
タツ「…う…うう…」
ナオヤ「ほら!早くしろ!」
タツ「ぅ……」
ナオヤ「とっととやれよ。
まさか、ここまで来てやめるとか言い出すんじゃないだろうな」
サヤ「さ、最低…
煽らないほうがいいよ…」
タツ「わ、わかってる」
ナオヤ「どうしたいんだよ。
はっきりしろ!」
タツ「…くそっ…くそっ…!!」
タツが一歩一歩と、青龍に近づく。
…勇者が制止しようとするが、それを最低がさらに制止する。
…町の人たちは、行方をただ、たたずをのんで見守るだけ。
タツ「うあああああああーっ!!!!」
サヤ「…!!」
町の人「ダメ―――――――っ!!」
町の人「よせっ!」
声にかき消されて、思ったほど大きな音はしなかった。
彼の握り締めたナイフが、
青龍の体に徐々にめりこんでいく…
タツ「うああああああああああああ!!くそっ!このやろう、このやろうっ!
よくも…よくも母さんを…父さんを…
母さんの苦しみも、父さんの苦しみも、俺の苦しみも、
妹の苦しみも、全部、全部味合わせてやるっ!!」
ぐさっ!ぐさっ!
何度も何度も、タツは怒りにまかせてナイフを突き刺した。
…その度にどろどろと吹き出す血。
その微妙な温かさが、その生命が生きていたという事実を証明していた。
タツの手が、…手首も膝も足元も、血で真っ赤に染まる。
それでもタツは手を止めなかった。
タツ「このやろう!このやろう!!このやろおおおおおあああああああああああああ!!
死ね、死ね死ね死ね死ね!!
死ね――――――――っ!!」
声にならない叫びを上げて、タツはただひたすら狂ったように手を動かし続けた。
…何年もの怒りが、積もり積もって一つの爆弾となって、それにスイッチが入った。
…それだけだった。
わたしたちは、もう、何も言えなかった。
民衆が一人、一人と、姿を消していく。
彼らにとっては、決して見ていて楽しい光景ではないだろう。
そして、数十分。
…タツの手が、止まった。
返り血が飛び散って、タツの体は既に真っ赤に染まっていた。
そこから鼻をおかしくするぐらいの異臭がこみあげてくる。
「………………………………………………………」
沈黙。
タツはそのまま、地面に向かって倒れた。
「……」
復讐を達成した爽快感も、不快感も何もない。
そのままタツは、無表情に座り込み、すぐに立ち上がった。
…。
…。
…。
長い沈黙が続いた。




