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世界で一番君が嫌い  作者: びゅー
プロローグ
3/116

序章③ 少女と金②

数年前。

まだそのころわたしは、純真無垢な少女だった。

…たぶん。

ごくありふれた幸せな一家庭の中で、つつましく暮らしていた。

…たぶん。

生活の断片一つ一つは思い出せないが、温かかった。

それだけははっきりと覚えている。


でも、わたしが6歳になって少ししたときだった。

わたしを取り巻く環境は一変した。


その日はもう、初めからなにか変だった。

その日家に帰ってきたお父さんは、一言も口にせず、

いきなりお母さんを殴りつけた。

ぱりん

ガラスの割れる音が聞こえて、お母さんの倒れる姿がドア越しに見える。

お母さんが倒れた後床の一部が赤く染まって―後になって考えればそれはお母さんが殴られて倒れた際のショックで流れ出した血の染みだとすぐにわかるはずなのだが―

当時6歳の私に、そんなことがとっさに判断できるはずもない。

何が起こったのか分からなくて、わたしは、叫び声をあげることすらできなかった。

お母さんは抵抗しなかった。

いつも優しくて、たまに喧嘩もするけどすぐに仲直りもする

お父さんとお母さんの姿しか知らなかった私にとって、それは、

どうしようもない

そして、どうすることもできない

世界の終わりだった。

さっぱり意味がわからなくて、信じられなくて

どうすることもできなくて、そこから逃げ出して、押し入れの中に籠もった。

もう、そこから先は覚えていないし、思い出したくもない。


今になって思えば、なんのことはない。

お父さんは…仕事をくびになったのだ。

会社の経営難、成績不振、ローン返済…

お母さんの説明。

その中で連呼される意味不明な単語。

わたしが分かったのは、一つだけ。

『お金が、お父さんとお母さんを変えた』。

『金』『金』『金』ただそれだけ。

そこから、わたしの家は、ぐちゃぐちゃになった。

…金銭的にも、精神的にも。

お母さんはパートで働きつつも家事もこなし、

さらには内職までこなすというハードスケジュールをこなしていた。

時にはお母さんの内職をわたしも手伝ったりしないといけないこともあった。

…お母さんはがんばっていたのに…なのにお父さんは酒を飲んだり、遊び歩いたり…そんなことを繰り返していた。

そうこうしているうちに私たちの家からは会話が、そして笑顔が失われていった。

それである日、お父さんとお母さんは大喧嘩をした。

そして、それがさも当然の帰結であったかのように、お父さんは出て行った。


お母さんはそれでどうしたかというと、私にあたりちらした。

ひっぱたかれたり物をぶつけられたり、

ヒステリックに泣きわめかれたり。

今になってみればそれはまぁ、分からないではない。

お母さんだって人間だ。

でも、その当時の私からしてみれば、

それは、もう、つらいなんてものではなかった。


どうすることもできなかった。

悲しかった。辛かった。

…だから、わたしは泣いた。ひたすら泣いた。

泣いて泣いて泣いて泣いて泣きまくった。


…それから、数年後。

わたしは思わぬところでお父さんと再会することになる。


家に帰ってきてすぐだった。

お母さんは家にまだ帰ってきてなかった。

いかにも高級そうな車が家の目の前で止まった。


お父さんが、慰謝料を払いに来たのだ。

再婚したとのだいう。

お金持ちの女の人と。

後で聞いた話ではどうやらその女の人はお父さんの大学のときの後輩で、

当時はとても親しく交際していたらしい。

そのケイコという人、実は大財閥のお嬢様で、

行き場をなくしていたお父さんと偶然にも再開し、

そのまま結婚に行き着いたというのだ。

そしてこの人とお父さんは結婚し、その結果今お父さんは一流の実業家としてその筋で名を馳せているらしい。


…天地がひっくり返るぐらいのショックだった。

…どうして。

どうして、あんな甲斐性無しのお父さんが。

仕事なんて全然出来なくて、

怠け者のお父さんが、

こんな一流財閥のトップなんかに


わたしは、

わたしは…

自分の全てを否定されたような気がして、ただ、ただ家で泣くことしか出来なかった。

サヤ「…こんなもの…」

目の前に父親が持ってきた慰謝料を放り出す。

こんな紙切れ、剥き出しで、なんとも無防備で、

物理的に破壊することなどいとも容易いだろう。

サヤ「…こんなもの…」

復讐してやる。

お父さんに復讐できないなら、せめて、

この何の価値もない紙切れをばらばらに破り捨ててやる。

手を震わせながら、私はその紙切れに手を伸ばした。

でも、ある距離だけ進んだ所で、手が止まった。

それ以上は、どうやっても動かなかった。

{…どうして…?}

目から涙がこぼれた。

{どうしてなのよ!!}

分かっていた。

頭では分かっていた。…これがないと生活できないのだ。

これがないと、何もできないのだ。

サヤ「うわあああああああ!!」

どこもたたく所がなくて床を殴りつけた。

その力の反作用で手に猛烈な痛みが走る。

サヤ「あいたあっ!うう…ぅぅ…」

指の皮膚がすり切れて、うっすらと血がにじんだ。

自業自得だった。


その後、テレビで、二人の間に女の子が生まれたことが報告された。

その女の子はすごくしあわせそうな顔をしていて…


とても、とても恨めしかった。


けっきょくお金なんだ

何もかも金なんだ

結婚だって政治だって社会問題だって

何だって金

子供ながらにわたしはそう悟った


いつか絶対、お金持ちになって、見返してやる

わたしは幼心にそう誓った。



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