1章-14 復讐
サヤ「さすがにここまで来たら大丈夫だよね…」
ノルン「たぶん、ね。盗聴器の出す信号も検出されないし」
サヤ「…あれ?」
突然、目の前に一人の幼い男の子が姿を見せた。
少年「…」
アヌビス「わっ!びっくりした!」
サヤ「…まだ子供だから、さっきの銃も効いてないんだ!」
ノルン「…おとなしくしたほうが身のためよ」
少年「待ってください、話を聞いてください」
アヌビス「…こっちに危害を加えるつもりはないみたいだな」
少年「さっきの放送があって、
この村によそ者が来たことを知りました」
ノルン「放送?」
少年「各家にスピーカーが設置されていて、
そこから青龍の指令が伝達されるんです。
今回は、要約すると、
『ガキがこの村に入ってきた。そいつらを殺せ。さもなくばお前らを殺すぞ』
って感じでした」
ノルン「ふーん」
少年「僕は、タツといいます。話があります」
ナオヤ「何の話だ?」
タツ「…僕は、母の敵をうちたいんです」
サヤ「母の敵?」
アヌビス「…何があったんだ?」
この村は数年前までは貧しくも幸せな村でした。
田畑を耕して、収穫した穀物を肥やしにして毎日暮らすのです。
どこかが不作になれば食糧を余らせている家がその家に食べ物を分け与える…そんな暮らしが続いていました。
…しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。
2年前、あの野郎が…青龍がこの村にやってきたんです。
そして、見る見る間に金と薄っぺらい誠意で村人を従え、権力を握っていったんです。
そして町の指導者に選ばれた際、それを幸いとばかりに
あいつは自分たちの都合のいいように法律を書き換え、
自分たちに反対する勢力を皆殺しにしていったんです。
ぼくの父さんと母さんは、
あいつに逆らったから、ただそれだけの理由で殺されました。
サヤ「…」
アヌビス「…」
ナオヤ「…誰か止める人はいなかったのか」
タツ「あいつらは表向きは法律で、そして水面下では暴力で支配を広げていきました」
タツ「…かあさんと、父さんは、ぼくの目の前で、殺されました」
ナオヤ「それで法律的にはどうなった」
タツ「反逆罪だそうです。
それで殺した兵士にはおとがめなしですよ」
ナオヤ「そんな法律なのか?」
タツ「法律がここまで権力者にとって都合のよいになっている町も
珍しいんじゃないですかね。
でも、僕らにも責任はあります。
僕らは、肝心の時が来たというのに、
法律について、詳しい中身をまるで知ろうとしなかった。
勉強不足でしたよ」
「その日から暮らしは一転しました。
青龍は我々に一日中働くように要求し、一日かかっても面倒がみきれないぐらいの量の田をつくりました。そこでとれた穀物の7割もを、あいつらが取り立てていってしまうのです。
その要求を断ったものもたくさんいました。でも全員殺されました。
村人は逃げることもできずただ働き続けました。
僕は泣くことしかできませんでした、でもどうにもなりません。
別の家にひきとられそこで働かされることになりました。
でも、僕は、いまだにあいつらが憎い!殺してやりたいほど憎い!」
タツ「それであなた方にお願いが…お願いします!今すぐ帰ってこの村の惨状を国に報告してください!」
ナオヤ「…悪いことは言わないから、お前が行ってこい。
その方が説得力あるから」
そう言って携帯電話を…って、ここ、圏外だった。
タツ「…僕たちが村を出たら青龍にはすぐにわかるようになっているんです…。
そうしたら、あっという間につかまって終わりです」
ナオヤ「そっか」
ノルン「あのね、もし私たちが帰っちゃったって、
あなた達が皆殺しにされるかもしれないのよ?そんな感じのことを言ってたわ」
タツ「…村の人は我が身惜しさに誰一人として僕の両親を助けてくれなかった。
…だからあんな奴らどうなったっていい。
…僕は2年前のあの日からもう何も無い状態で惰性で生きながらえている。
…だから生きてる価値もない。
…だから、僕だって死んだっていい。
だけど、だけど最後に、せめてこの村で起きたことを公にしてやりたいんだ!」
「あの青龍どもも道連れにしてやりたい。悔しい。悔しくて悔しくてたまらないんです!!
これが最後のチャンスなんです。お願いします!」
「そしてみなさん…わかってください。
みなさんには生きて帰ってほしいんです。
どの道この村に残る人間は遅かれ早かれすべて殺されます」
アヌビス「…」
サヤ「…」
サヤ{ねえ、最低…どうしよ?}
ナオヤ{…}
アヌビス「…悪いが、俺…もう頭きた。
つぶすわ、青龍って奴」
ノルン「私も久しぶりに頭来たわ。
安心しなさい、どんな手を使ってでも直接ぶっ潰してあげるわ」
タツ「無理です!あいつらにあなた方が殺されてしまったら…これが僕らの最後の希望になるかもしれないんです!どうか街へ戻ってください!」
ナオヤ「…せっかくだが、バイオリンがあるんだよ、あいつの手元に。
それだけは、何があっても手に入れなきゃいけないからさ」
タツ「バイオリン!?そんなものどうだっていい!」
ナオヤ「ところがそうもいかない。俺らはそのバイオリンのためにここに来たんだよ」
ノルン「大丈夫よ。すぐに戻ってくるわ」
タツ「やめて!!」
泣き叫ぶタツ。
ちょっとばつが悪いがおれたちは無視を決め込む。
タツ「待って!!」
ナオヤ「…じゃあな」
タツ「……」
タツは小さく歯を噛みしめると、こちらめがけて駆け出してきて、
おれたちの目の前に立ちはだかった。
ナオヤ「何だよ」
タツ「同じことを何度も言わせるな。今すぐ帰ってくれ。
帰れっつってんだろ!!」
ナオヤ「しつこいな」
タツ「…もしあなた達が殺されてしまったら…母親の死も何もかも闇に葬られてしまう。
…ぼくは、絶対にそれだけは食い止めないといけない!
だから…命令する。今すぐ帰ってくれ!!」
ナオヤ「そんなことはない。
ノルン、通信機ある?」
ノルン「ある」
ナオヤ「おれは勇者のことを知ってるからな。
そこから今までの情報を全部暴露してやる。
さすがにそれでも動けないほど、勇者も、へたれではあるまい」
タツ「で、でも君たちが死ぬ可能性は」
ナオヤ「だーかーらー、生きて戻ってくるといってるだろ。信用しろ」
タツ「…で、でも……」
ナオヤ「…信用できねえんなら人になんか頼まず自分でやれ。
そこまでして知らせないといけないものなら死を覚悟してでも逃げきってみせろ。
さっきからおれたちの邪魔ばっかりして…うざってえ奴だ」
タツ「……。
自分じゃ出来ないからこうして頼んでるんじゃないか!」
ナオヤ「ああ、そうかい、ならはっきり言ってやるよ。
だれがテメエの頼みなんざ聞くかボケ。こっちから願い下げだ。以上」
タツ「な……」
サヤ「最低、言いすぎ」
ナオヤ「こうでも言わないと聞かねえよ。
ひとつ忠告だ。
いいか少年。他人をあんまりアテにしちゃ行かんぞ」
アヌビス「おまえも少年じゃないか」
サヤ「最低、言いすぎだってば!あんまりだよ」
ナオヤ「ほら、ほっといて行くぞ」
タツ「…」
タツは押し黙った。が、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
タツ「そうかよ、そうかよ…
君たちをいい人だと思ったぼくがばかだった。
…どうせ、おまえらだって、ぼくの母さんや、父さんのことなんて、
気にも留めやしないんだな。
みんなと同じだ。あの時の周りの連中と同じように…見捨てるんだな。
…ああ、ちょっとでもきみたちを信用したぼくがばかだったよ!!」
ナオヤ「…なに言ってんだ?」
タツ「ぼくの母親と父親の無念を晴らしてほしいんだ!
そのために協力してほしいって言ってるんだよ!
なぜそれが分からない!?」
ナオヤ「お前の母親も、父親も他人だよ。
なんでおれが他人の無念を気にしなきゃならんの?
バカも休み休み言え」
タツ「やっぱりそうか。君たちだってそうやって見捨てる程度の人間ってことだ…」
ナオヤ「ううむ。
なんか助けるのが前提みたいやね、キミの頭の中では…。
おれの言葉は届かないようだから一言だけ言おう。
アホか」
タツ「…」
ナオヤ「そもそも残念だがおれは最低だ。
声をかけた相手が間違いなんだよ。
おまえの母さん父さんが死んだのは、
まぁ、かわいそうには思うが、少なくともおれには無念を晴らす義理はない」
タツ「…」
ナオヤ「厳しい言い方をすると、他人事ってやつだ。
他を当たれ」
タツ「な、なにを…さんざん偉そうに言いやがって…」
ナオヤ「偉そうなのはきみのほうだよ」
タツ「…んぐぐ…」
またもタツは押し黙る。
タツ「…そりゃあ、そうだ。
あんたらみたいな甘やかされてきた人間には
母親を殺された人間の気持ちなんてわからない!!
だからそんな態度になるんだろうな!!」
ちょっと、その一言でおれはカチンときた。
ナオヤ「甘やかされてきたってのがどっから出てきたのかわかんねえし、
他人である俺にてめーの気持ちなんかわかるわけねえし、
これ以外にどんな態度を取れと?」
タツ「…こいつ!」
タツがナオヤに殴りかかり、左頬に強烈なストレートをお見舞いした。
ナオヤは地面に倒れこむ。
サヤ「きゃぁっ!」
ナオヤ「…ぐっ…」
ノルン「やりすぎよ、あんた」
タツ「…もういい!こうなりゃ力づくだ!!
帰らないんならもっと強くするぞ。
だから今すぐ帰れ!!帰ってくれよ!」
ナオヤ「…だだをこねるな。このくそガキ。
いい加減にしないとマジで怒るぞ?」
タツ「…うっせえ!お前もガキだろうが!!
…恵まれて育ったおまえにも、おれの百分の一の苦しみでも、味合わせてやる!!」
ナオヤ「なにが恵まれてだ、
なにが百分の一だ、
ばかばかしい!」
ナオヤが殴りかかろうとする。
サヤ「…待って!…最低の、こいつの母親も、5年前に死んでるのよ」
それをサヤが制止する。
ナオヤ「…」
タツ「…!?」
タツの手が止まる。
タツ「…そ…そう、なの…?」
ナオヤ「…」
あんまり言いたくないが、成り行き上仕方がない。
ナオヤ「…ああ、そうだよ。俺の母親は5年前、火事で焼け死んだ」
タツ「…ええっ!?」
ナオヤ「…そのせいで父親は、廃人同然になった。
だからそれ以来、自分で稼いでメシ食ってる」
タツ「…それじゃ…それじゃ…俺と、おんなじじゃないか!
だったら、分かるだろ!?今の俺の気持ちが!」
…。
今ので完全にスイッチが入ってしまった。
ナオヤ「…いい加減にしろ!!何度も言わせるな!!
……わかんねえっつってんだろ!!」
ばしっ!!
タツ「ぐあっ!!」
ナオヤの強烈な一発がタツの腹部にヒットし、タツはうずくまってしまう。
サヤ「最低!!」
アヌビス「おい!手出すことはないだろ!」
サヤとアヌビスが悲鳴をあげて訴える。しかしナオヤはそれを無視した。
ナオヤ「………他人の気持ちなんかわかるかよ。
そう言っただろ」
タツ「…うう…」
ナオヤ「…おれにはな…お前みたいにな、
過ぎ去った不幸に酔ってられるほどの余裕なんかないんだよ!!」
そう、そんな所で立ち止まっていたら、死んでいた。
アヌビス「おい、よ、よせ!もういいだろ!!」
ナオヤ「たかが親二人死んだぐらいで、
何をえらそうに!?」
タツ「…ぅ…ぅぅ…」
サヤ「…最低!」
今度はサヤがナオヤをとがめる。
アヌビス「サヤちゃん、落ち着いて、落ち着いて」
サヤ「いくらなんでもあんまりでしょ!
最低にとってはたかが親二人死んだくらいかもしれないけど、
この子にとってはそうじゃないのよ!」
ナオヤ「おれの師匠も、おなじこと言ってたんだ。
『たかが親二人失ったぐらいで、悲しむな』ってな」
サヤ「誰もかれも自分と同じだと思わないで!」
ナオヤ「今ならわかるよ。
親がなんだ?家族の思い出がなんだ?
そんなもの、覚えてる部分だけで十分だ」
サヤ「みんな、最低みたいに強くはないんだよ?
最低にとってはそうかもしれないけど、
この子にとっては…」
ナオヤ「かもしれん。
でも忠告はする。
おんなじ立場の人間だからこそ」
タツ「……」
ナオヤ「何度目になるか分からないけど、もう一回だけ。
他人をあてにしちゃいかん。
復讐なら自分の手でやれ。それが筋ってもんだ」
ノルン「…そんなことより早く行きましょ」
ナオヤ「…そうだな。もともと、どうでもいいんだ、こんなこと。
…取り乱したな。…悪い」
サヤ「ちょっと待ってよ。
大丈夫?」
タツ「…う、うう…」
サヤがタツに手を差し出す。
タツ「僕にとっては、復讐こそが人生のすべてだった。
あいつらに対する殺意、それだけがすべてで生きてきた」
サヤ「…復讐」
そのテーマは私には、重い。
いや、誰にとっても重いと思うけど…。
サヤ「わたしにとっては他人事だけど…でも、言わせて。
わたし思うよ。復讐なんてしたって結局何にもならない…って」
ナオヤ「おい」
サヤ「わたし、お父さんに捨てられたの」
わたしにだって、これぐらいは言える。
サヤ「それでお父さんのことを憎かったし、
殺してやろうって思った時期もあった。
でも、ばかばかしい、って最近は思うの」
サヤ「あなたの置かれてる立場とは全然違う。
だから、参考にしてなんて言えない、
でも、復讐したって、あなたの気持ちは晴れることはないと思う」
タツ「…そうかもしれない。
けど、こんなもの理屈じゃないんだよ!!
ぼくは…ただ、ただ悔しいんだよ」
サヤ「…」
ノルン「…やっかいね。
感情を理性で押さえつけるなんて、無理だもの」
アヌビス「…復讐したら今度はまたお前が復讐されるわけだ。
空しいとは思わないか?」
ナオヤ「おい、何様なんだよ、お前は」
タツ「ああ、その通りだけど!!
でも、でも!!」
アヌビス「分からなくは無いよ、おまえの気持ちだって。
だけどさ、それでおまえが復讐したとして、結局誰が喜ぶんだよ?」
ナオヤ「おいおいおいおいおい」
アヌビス「…なんだよ!横槍入れるな!」
ナオヤ「もういいだろ。ほっといてやれ。
復讐したいって言ってるんだから、好きに復讐させてやれ。
そうだろ?」
ノルン「?
まぁ、一理あるけど…」
アヌビス「だけど、こいつこのままじゃ結局、
復讐って言葉に縛られたままこの先も生きていかなくちゃなんねえんだぞ?」
ナオヤ「だからどうした。それでいいじゃないか」
アヌビス「それじゃこいつがあまりにも可哀相だろ!!
なんとかしないと」
ナオヤ「…かわいそうって、
それはお前がそう決めつけてるだけじゃないか?」
アヌビス「なに?」
ナオヤ「人の生きがいを真っ向から否定してそんなに楽しい?」
アヌビス「…楽しいわけねえだろ!!」
ナオヤ「…熱くなるなよ、そんなことで。
どうしておまえはそこまで執着するんだ?」
アヌビス「なんでって、おれは、こいつのためを思って」
ナオヤ「そうかな?
自分の主張を貫きたいだけに聞こえるけどね」
サヤ「あんただってよくやってるじゃん」
ナオヤ「時と場合を考えろよ」
アヌビス「……」
ナオヤ「別に復讐って言葉に縛られたまま生きていっても、
それで生きていけるなら何も問題ないと思うんですけど」
アヌビス「それで苦しみ続けることになったとしても!?」
ナオヤ「うん。苦しみ続けることになったとしても」
アヌビス「…そんな、ただでさえボロボロの人間をこれ以上鞭打つようなこと、黙って見過ごせるかよ!」
ナオヤ「おれには、
何年間も心の拠りどころにしてきたことを、
よってたかって正論で真っ向から否定するほうがよっぽど鞭打ってるように見えるがね」
アヌビス「………だけど…」
ナオヤ「べつに笑い飛ばしてもいいと思う。
もしくは怖がって離れていってもいいと思う。
…だけどな、『止めろ』なんて口を出す権利は、ない。
だれにも、ない」
アヌビス「…」
タツ「…」
最低は、諭すようにそう言った。
ナオヤ「自分の気持ちに正直になればいいんだ」
タツ「自分の気持ちに、正直…」
アヌビス「でも、でもそれだとこいつは殺人犯に…」
ナオヤ「先のことは、なってから考えろ」
サヤ「最低」
この人たちは、なんで僕のことでそんな真剣に討論しているんだろう。
タツ「あの」
アヌビス「…
…
…
まぁ、そうだな。止めろなんて言う権利は、他人の俺にはない。わりい」
タツ「…」
サヤ「…わたしも、失礼なこと言っちゃって、ごめんね…」
タツ「…いいよ、謝らなくても…」
ナオヤ「…じゃあ、おれたちは行くぞ」
ノルン「ば、ばいばーい♪」
サヤ「…そ…それじゃあ、これで…ね」




