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通貨循環モデルを応用して色々と考えてみました

 突然ですが、簡単な思考実験です。

 この世の中に、この社会の全ての通貨を手中に収めた究極のリッチマンがいたとしてみてください。それだけの通貨を集めてしまったなら、全て使い切るなんて不可能でしょうから、当然、ほとんどが貯蓄に回る事になります。するとそれは“死蔵された通貨”となり、世の中で活用されません。もちろん、究極リッチマンにだけ通貨が集まってしまっているのですから、他の人に通貨を使えるはずもなく、彼以外の通貨使用額はゼロです。

 これは世の中全体の通貨循環量が大幅に減っている事を意味します。早い話がこの世の中は酷い不景気の状態に陥っているって事ですね。

 さて。

 次にこれと全く正反対の状況を考えてみましょう。

 今度は究極リッチマンなんていません。すべての人がフラットに通貨を持っています。当然一人一人が持っている通貨の量は少なくなりますから、通貨を使い切るケースが多くなるでしょう。となれば、“死蔵された通貨”もあまり発生しなくなると考えられます。通貨が上手く循環している状態ですね。もう分かった方も多いかもしれませんが、これは世の中が好景気である事を意味しています。

 この思考実験の結果を素直に解釈するのなら、“消費面”だけを考えるのであれば、平等に通貨を分配した方が、景気にとってプラスになるって事になります。

 もしかしたら、少し分かり難かったかもしれないので、一応、別の方法でこれをもう一度説明してみますね。

 たった一人に1000万円をもし仮に与えたとしたなら、その人は一年間くらいではそれを使い切りはしないでしょう。だから、貯蓄に回します。多分、大目に見積もっても500万円くらいしか使わないのではないでしょうか? 当たり前なので、説明するのもバカバカしいですが、それによって増える通貨循環量は500万円ですね。

 これに対し、もし仮にその1000万円を十人に対して100万円ずつ分け与えたとするのならどうでしょう? 100万円くらいなら一年間で使い切る可能性がかなり大きいのではないでしょうか? そう見積もるのなら、当然、それによって増える通貨循環量は1000万円になります。

 どうです? 1000万円を一人だけに与えた場合は500万円。十人で平等に分けた場合は1000万円。平等に通貨を配った方が、通貨循環量は増えているでしょう?

 まぁ、これは飽くまで“消費面”から考えた結論で、“生産面”を考慮に入れるのならまた違ってくるのですがね。

 

 ……はい。

 などといった事を、僕はもう随分と前に考え出して、ネット上でも訴えたりしたのですが、まぁ、ほとんどスルー状態でした。自明である上に重要な結論だと思ったのですが、なかなか理解されないものですね。

 ところがです。

 ちょっと前に流行ったトマ・ピケティブームの際にこれとほぼ同じ事が言われたのですよ。それで、

 「やばい! 時代を先取りしちまった! これはもしかしたら、“以前から、同じ事を主張していた奴がいる”なんて感じで注目を集めてしまうかもしれない!」

 なーんて期待したのですが、やっぱりダメでスルーでした(仕方ないので、自分で書いてやりましたよ。フフフ。まぁ、今更感もかなりありますけどね)。

 

 さてさて。

 もういっちょばかり似たような話をします。また思考実験です。

 仮に五人だけの経済社会があったとします。そして、この社会にはAという生産物が一つだけあるとしましょう。五人がAを5個作って、5個消費している社会ですね。

 ここで技術革新が起こって、たった一人だけでAを5個作れるようになったとします。すると、働くのは一人だけで間に合っちゃいますね。だから、残りの四人は失業者です。細かい説明は割愛しますが、まぁ、こんな状態になったら不景気ですよ。

 これを何とかする為には、新たな生産物Bが誕生すれば良いのです。失業者になった四人が、このBを作り始めてそれが売れれば、万事解決です。

 でもって、ここで通貨の循環を考えてみると、Bについての通貨の循環が増えている事になります。これは経済成長を意味していて、当然、好景気です。

 経済成長とはこのようにして起こるもので、だから経済が成長すればするほど、新たな生産物が増え続けていく事になります。

 実際、昔、“何もなかった”時代から、経済の成長に伴って、色々な種類の生産物が増えていますよね? テレビ、電話、洗濯機、ビデオにパソコン、携帯電話…… 恐らく、今後も増え続けていく事でしょう。

 ですが、ここでちょっとストップです。

 新たな生産物が増える為には、当然、社会で暮らす人々がそれら生産物を需要しなくちゃいけません。ですが、もしも、人々の需要に限界のようなものがあったとしたならどうなるでしょう? 或いは完全な限界とは言えなくても、需要が鈍化する壁のようなものがあったとしたら?

 そうなったら当然、経済は成長しません。そんな状態に陥ったとしたなら、経済は長期間停滞する事になります。そして日本の経済は長期停滞していると言わているのです。

 だから僕は、日本社会は“需要の壁”を迎えているのではないかと考えています。

 

 ……はい。

 などといった事も僕は随分前から訴えてきたのですが、やっぱりほとんどスルーでした。

 でもってですね、これを訴え始めた当初は、長期停滞に陥っていたのは日本経済だけだと言われていたのですが、そのうちにヨーロッパなどでも経済が長期停滞に陥っていると言われるようになり始めたのです。そしてその辺りで、複数の経済専門家(ごめんなさい。メモしていなかったので、誰かは忘れてしまいました)が、直接的な表現ではなく、なんとなくなニュアンスではありますが、僕と似たような事を主張したのです。

 これに関しては飽くまで僕の自分なりの解釈なので、勘違いかもしれないのですが、仮にこの僕の解釈が正しいとするのなら、僕はまた時代を先取りした事になります。

 ここでこんな話をしたのは、何も自慢をしたかった訳ではなく(いえ、すいません。少しはそれもありますが)、この二つの結論を出すのに用いた“通貨循環モデル”(と僕は名付けたのですがね)は、経済というものを捉える思考的道具として使えるってな事を示したかったのです。

 更にもう一つエピソードを加えておくと、僕はこの通貨循環モデルを用いて、「今は需要不足だから、休日を増やすなどして、需要を喚起するような取り組みが望ましい」という結論も出しました。これはずっと昔から普通にたくさんの経済専門家などが言っていた事なので、別に先取りした訳でもなんでもないのですが、それでも「通貨循環モデルは使える」ってな証拠にはなるでしょう。

 因みに最近になって、ようやく自民党はこの需要喚起をやり始めました。“プレミアムフライデー”って聞いた事ないですかね? これはざっくり簡単に言っちゃえば、「仕事を早めに切り上げて、たくさんお金を使って遊んでね」ってなことを促すキャンペーンみたいなもんです。

 多分、自分達の経済政策があまり上手くいっていないもんだから、仕方なく他の人達の意見も取り入れてみたのでしょうが、少々、取り組みが遅すぎます。もちろん、それでもやった方が良いのは明白ですが、労働力が余っている時代に始めておけば、今頃、もうちょっとマシな状況になっていたかもしれないのに……。

 

 さてさて。

 “通貨循環モデル”が経済を捉えるのに使えるのならば、当然、「現実に行われている経済政策や経済で起こっている現象を分析した上で評価し批判したりするのにも使えるはず」ってなると思います。

 なので、ここでちょっと最近になって(2017年2月現在)取られている経済政策に対して“通貨循環モデル”を使って、「分析した上で評価し批判したりする」事をしてみたいと思います。

 まずは日本の事例ではなく、アメリカの話から……

 

 アメリカでトランプ大統領が誕生しましたね。

 “事実は小説よりも奇なり”なんて言いますが、「まさか」ってな事が実際に起こるもんです。正直、僕はドビックリしました。凄まじい数の暴言・虚言・スキャンダル、「自分が当選したら選挙結果を認めるけど、そうじゃなかったら認めない」なんて子供みたいな発言をしていた人が本当に大統領になってしまいましたよ。まぁ、これは経済のエッセイなので、ここにはあまり触れませんがね。

 彼は就任前からアメリカ経済に大きな影響を与え、「アメリカ国外で造ろうとしていた工場を国内に造らせる」なんて普通に考えたら無理だろうってな事もやり始めました。僕は“できないだろう”と思っていたのですが、現在、企業はある程度はそれに従ってしまいそうな感じになっています。アメリカ大統領って凄い権限を持っているんですね。

 トランプ大統領が、「アメリカに工場を造らせる」ってな事をやり始めたのは、もちろん、アメリカの失業者達を救うためです。工場ができればそこでの“仕事”が生まれる訳で、当然、それは雇用を生みます。

 しかしですね。これって、本当に上手くいくのでしょうか?

 それをちょっと考えてみましょう。

 

 まず、そもそも「アメリカ国内に無理矢理に工場を造らせる」というトランプ大統領の発想って自由市場を重んじる資本主義の発想に反しているのですよね。はっきり言っちゃうと(自称)共産主義国家の執っている統制経済的な発想だと思います(因みに言うと、共産主義経済理論なんてものは存在していません。共産主義って理想や理念だけがあって理論がないのですよ)。アメリカって言ったら資本主義の総本山的な位置づけの国のはずなので、まずはそこが驚きです。

 もちろん、資本主義の発想に反していようがどうであろうが、それで上手くいくっていうのなら別に構わないとは思います。が、資本主義に自由市場原理があるのにはちゃんと理由があるんです。各々の取引によって市場全体の様々なパラメータが自動調節され、結果的に経済全体が安定するっていう。ところが、トランプ大統領はこれを壊してしまうかもしれない……

 例え国が介入したとしても自由市場原理を活かす事は可能ですが、トランプ大統領が執った「アメリカ国内に無理矢理に工場を造らせる」という政策(?)は、そういった類のものではありません。

 つまり、彼は自由市場原理の自動調節機能を壊してしまいかねないのですね。

 こういった表現ではありませんが、経済の専門家、或いはそれ以外の方達からもこの点は指摘されています。もしかしたら、読者の方々も聞いた事があるかもしれませんが、

 「トランプ大統領の経済政策は、局所的過ぎて全体を観れば矛盾がある」

 なんてやつですね。

 一つ例を出します。

 “アメリカ国内に工場を造らせるとコストが高くなり物価が高くなる。物価が高くなると、生活者の生活が苦しくなる上に輸出力が弱くなる。結果的に、アメリカ経済が却ってダメージを負ってしまう可能性がある”

 これを先の“自由市場原理の自動調節機能”の話に当て嵌めるのなら、無理なやり方でアメリカに工場を造らせても、自由市場原理によって自動調節され、結局はアメリカ経済社会に負荷がかかってしまう……かもしれないという事になります。もちろんこれはほんの一例に過ぎません。他にもトランプ大統領の執っている経済政策の影響でドルが高くなり過ぎて貿易で不利になるとか、発展途上国の雇用が減る事で不法移民が増えてしまう(トランプ大統領は移民を減らそうとしている)のじゃないかといった負荷が考えられます(もっと深く考えれば色々と出てきそうですね)。

 「国外の工場を国内に戻す」ってだけならまだマシですが、最近になって急速に進んでいる“機械による自動化”を、「雇用を守る」という理由で、トランプ大統領が止めようとするのであれば事態はもっと悪くなります。機械化が進展した他の国に競争で負け、アメリカ経済は衰退するかもしれません。

 一応断っておくと、彼の主張の全てが間違っている訳ではありません。「アメリカ国民に仕事を与えたい」という彼の主張はもちろん正しいです。ただ、その為の方法が少々単純に過ぎるのですね。それに根本から思い違いをしている面も多々あります。

 “失業者”って聞くとネガティブな印象を受けるかもしれませんが、言い方を変えるのなら、それは労働資源が余っている事を意味してもいます。その労働資源を新産業で活かしさえすれば、経済は成長する訳ですから、むしろ状態としては好ましいはずです。

 トランプ大統領は「アメリカ国民の雇用を奪う」などと言って、移民を嫌っているようですが、だから同じ理由でそれも間違っています。移民だって労働資源なんですから。移民を受け入れられているという点は、日本のように移民を受け入れた経験も受け入れられる体制も整っていない国にはない“強み”なのに、それを理解していません。

 ここで(ちょっと遅くなりましたが)“通貨循環モデル”を使ってこれを考えてみたいと思います。

 まず、“アメリカに工場を造る”と言っても、国外に造る予定だった工場をアメリカで造るというだけの話なので、世界基準で捉えるのであれば“通貨の循環”は増えていません。ゼロです。もちろん、アメリカ国内だけで考えるのであればそれだけ通貨の循環は増えています(と言うより、海外に通貨が逃げなくなったと表現するべきかも)。しかし、ではそれが「より良い選択」なのかと言えばそうとは言えません。

 何故なら、国外で工場を造れば国外の経済が成長する事で増えていたであろう“通貨の循環”がアメリカ国内に工場を造ることによって失われてしまっているからです。アメリカ以外の国だってアメリカの製品を消費していますから、それはアメリカにとっての“通貨の循環の消失”を意味してもいるのです。

 もう分かると思いますが、国外の経済成長は国内にとっても良い影響をもたらすのですね。だから、国内だけじゃなく、国外の経済についても考えなくてはいけない。もちろん、競合する場合もありますが、それは一部に過ぎず、全体を観れば共存共栄は充分に可能で、いわゆる「ウィンウィンの関係」を目指す事こそがベストです。

 日本と東南アジアの関係を見ているとこれがよく分かります。経済成長した東南アジア諸国の多くは、今では日本の良い貿易相手となっていますから。

 トランプ大統領にはこんな気はさらさらないようですが。

 しかしですね。だとすると問いかけてみるべき点があるのです。では、どうやって“失業問題”を改善しましょうか?

 まぁ、答えは既に述べてありますが、「新産業を成長させて、そこで雇用を創出すれば良い」のです。

 車の工場を国外に造ろうが国内に造ろうが、世界を巡る通貨の循環量は増えたりはしません。しかし、まったく新しい新生産物が誕生したなら、その分だけ通貨の循環が増えることになります。だから当然、(アメリカに限らず)政治が目指すべきなのは“新産業の創成”である事になります。

 もっとも、そうして誕生した新産業で生まれる生産物を、国外が買ってくれるとは限りません。(国内だけで、“通貨の循環”が成立するのであれば、それでも問題はないのですが、それはここでは置いておいて)その場合はですね、その誕生させる“新産業”を国外から輸入している何かの生産物を国内で賄うようにしてしまえば良いのです。

 例えば、何かしらの鉱物資源のリサイクルとか、エネルギー資源とか(あ、アメリカはエネルギー自給率高いのでしたっけ?)。

 そうすれば実質的に、国外が生産物を買ってくれたのと同じ状態になります。もちろん、資源産出国は困るのですが、今は色々と資源枯渇問題が不安視されていますし、資源を活用したい国は資源価格が安くなって大助かりなので、大きな問題はないと思われます。

 ……と言うかですね。

 エネルギー資源の枯渇にしろ、水産資源の枯渇にしろ、その他の様々な資源の枯渇にしろ、今、世界は大ピンチなんです。しかも、環境問題の改善と経済成長を両立させなくてはならないという難題まである。

 中国を観ると分かり易いですが、経済成長によって魚の消費量が増えた事で、水産資源を無計画に獲りまくるようになっていて(まぁ、日本も水産資源の枯渇に関しては、主犯の一つなんですが)、昨今、危機が加速しています。有名な話ですが、環境問題も深刻ですしね。

 こうった問題に対する楽観論もよく耳にしますが、根拠や説得力に乏しく、現実を直視しているようには僕には思えません。現実逃避をしても問題は解決したりしません。

 こういった状況と“労働資源が余っている”という条件を鑑みれば、どう考えても“誕生させるべき新産業”は、資源枯渇対策、環境問題対策等になると思うのです。

 これを実現する為の原理は単純です。国がその為の税金(料金?)を徴収して、活用すれば良いのです。

 常識外れだって思いますか?

 でも、国が通貨を徴収して買おうが、生活者が直接買おうが、“通貨の循環”が発生しているという点においては同じですよ。しかも、公務員制度や電気・水道などの公的機関の似たよな制度で既に実績があります。もちろん、市場原理を有効活用できるような何らかの手段は考えないといけませんけどね。

 それで経済成長に成功したなら、国際協調によって全世界的にその方向での経済発展を進め、世界中で「ウィンウィンの関係」を創り上げる事こそが人類が進むべきベストな道でしょう。

 僕はこの道を進むリーダーとなれる国は、アメリカ以外には存在していないと思っています。そして、色々と批判の多い人ですが、トランプ大統領の最も良い点を一つ上げるとすれば、それは「凄まじい行動力があること」でしょう。

 「どうか、その行動力をこの為に発揮してください」

 と、そう願わずにはいられません。

 

 さて。

 アメリカの事例が終わったので、次は日本の経済政策について述べたいと思います。

 日本の経済政策と一口に言っても色々とありますが、今回取り上げたいのは、量的緩和政策の失敗(限界?)と、その打開策についてです。

 量的緩和政策というのは、簡単に言ってしまえば、金融市場に通貨をたくさん供給して投資を活発化、それによって経済成長を狙うというものです。

 反論をしている人も多いですが、アベノミクスで行った量的緩和政策は、どう好意的に捉えても期待した成果を上げてはいません。

 ただ、この失敗、実体経済について分かっている人なら「そりゃ、そうでしょう」ってなもんなんです。

 何度も書いていますが、経済を成長させる為には新産業を育てなければいけません。ところがどっこい、日本は規制でがんじがらめに縛って、この新産業の育成を自ら阻んできたのですね。

 なら、いくら金融市場に通貨を供給しまくっても経済成長は起こりませんよ。何の不思議もないとは思いませんか?

 自民党はこの規制を緩和するとずっと主張していたのに、やらなかったのです(もっとも、民主党政権にもできませんでしたがね)。因みに「規制があるのは、官僚達が利権を得られるからで、それら規制を緩和できないのはその官僚達からの抵抗があるからだ」、などと言われています。

 官僚達に負けてしまったのか、本当はやる気がなかったのか、それとは別の海より深い理由があったのかは分かりませんが、もしかしたらもう自民党は規制緩和を諦めてしまったのかもしれません(と思っていたら、最近、久しぶりに規制緩和をやるというような主張を耳にしました。できないとは思いますが)。

 そしてですね。自民党が規制緩和を行わず、経済政策に失敗している間で、日本では労働人口が減って徐々に労働力不足問題が深刻になって来てしまったんです。

 「失業率の改善はアベノミクスの成果だ」

 なんて主張を自民党はしていますが、社会の高齢化で労働力が減り続けているだけだってのが真相でしょう。

 ただ、日本の完全失業率って信用できない数字なので(詳細は割愛しますが、わざと低くなるような失業者のカウント方法を採用しているんです)、見た目よりはマシかもしれないって点は強調しておきます。

 でもってですね、

 そんなこんなでアベノミクスに期待した程の効果がなく、そろそろ副作用も心配になってきた最近になって(日銀はアベノミクスによって高めてしまった破たんリスクに対応する為に積立金を始めましたが、これは国民負担を増やしています。つまり、既に副作用の影響は出始めているのです)、アベノミクスの発案者の一人とも言える浜田宏一さんが、その限界を認めるような発言をしました。

 「金融政策だけでいけると思っていたが、無理だったようだ」

 とか、そんな感じの事を言ったのですね。そしてですね、「金融政策に合わせて財政出動も必要だ」と…… つまり、「公共事業で仕事を作って、景気を刺激しよう」と主張したのですが、ちょっとばかりここにツッコミどころがあります。

 なんか、まるでアベノミクスでは財政出動をしていなかったかのような物言いですが、実は充分過ぎるほどやっているんです。やり過ぎていて、「民間が投資する為の資源を奪ってしまっているのじゃないか?」って懸念があるくらい。

 更に言うとですね、先にも述べたようにそもそも今の状態って既に労働力不足に陥っているんです。その状態で、公共事業を行っても良い効果があるとは考え難いのです。だって、公共事業で労働者を雇おうと思っても、その労働者が不足しているんですよ? これも何度も書いていますが、まず労働力が余っていて、その労働力を何かしらに使ってこそ経済成長するんです。そもそも労働力が余っていなければどうにもならない。

 これを紹介していたニュース番組では、「財政赤字が酷いのに財政出動?」ってな感じでツッコミを入れていましたが、それ以前の問題です。

 ただ、ま、一応浜田宏一さんを擁護しておくと、今の経済学では、労働者が余っている状態と不足している状態を分けるって発想があまりないので、仕方ないって事もあるかもしれません。もちろん、分かっている人は分かっていますがね。

 でも、これ、通貨循環モデルで考えると一目瞭然ですよね?

 「通貨の循環量を増やそうと思ったなら、まず“通貨の循環場所”である労働者を増やさくてはいけない」

 って、直感的に分かりますから。

 自明です。

 さて。

 繰り返しますが、労働力不足に陥り始めている今の日本経済に必要なのは、まずは“労働力の確保”です。それがなくちゃ始まりません。では、その為にはどうすれば良いのでしょうか?

 まず、よく指摘されていますが、「高齢者にも働ける人がたくさんいる」って点は無視できません。定年制度にこだわることなく、高齢者を活用すれば、若年層の年金負担も減って一石二鳥でしょう。

 そして、次に、これもよく指摘されていますが、「女性の活用」ですね。悪しき労働因習の所為で女性の社会進出は一向に進んでいないのが現状ですが、出産・育児と就労を両立できれば、一気に労働資源は増えます。世界を観れば、これを実現している国も多いので、日本でできないはずがありません。

 国(と言うか、自民党ですが)は「女性の活用を目指す」ってな事を言っていて、そんなスタイルを見せてはいるのですが、何故か実のある改革は進めようとしないのですよね。企業に促すだけなら、それほどコストもかからないと思うのですが……。

 自民党の黒幕だと言われている日本会議って組織(自民党以外にも影響力はあります)があるのですが、この組織は宗教色が大変に濃くて、男女平等に反対しているらしいです。もしかしたら、“女性の活用”が遅れているのは、彼らの所為かもしれません。

 森友学園騒動で、日本会議のその実態の片りんが少し見えた感じですが…… 大丈夫なのでしょうか? 文章で触れるよりも、映像や音声で知るとその異常性がよく分かって、正直僕は更に不安になりました。

 話が少し逸れましたが、世間一般で語られているその他の労働資源確保の方法は、「人工知能やビッグデータの活用」といった、いわゆる機械化ってやつです。機械にできる仕事が増えていけば、それはもちろん労働資源が生じる事を意味しています。

 ただ、どの程度まで機械化できるようになるのか、機械化が進むのがどれくらい先なのか、また、どんな分野で機械化が進むのかなどなど色々と不明確な点もあるので、これに計画的に対応するってのは意外に難しいかもしれません。

 もっとも、だからこそいつでも対応できるように準備しておく必要があるのも確かでしょうが。

 最後に、世間では多分あまり主張されていない僕のオリジナル意見です。

 日本の流通業界は非常に中間業者が多い事で知られています。ところがですね。ネットを活用すれば、この中間業者は省く事が可能なんです。もちろん、そうすればその分だけ労働資源が生まれます。中間業者はそのままでは潰れてしまうので、業種を変更する必要がありますが、背に腹は代えられません。仕方ないと思います。

 国がその業種変更を援助するとすれば、それほど大きな問題にはならないでしょう(介護福祉など、必要な業種は数多にあります)。

 また、予約注文の文化を浸透させれば、無駄な在庫を抱える心配がなくなるので、これでも実質的に労働力の節約ができます。

 さてさて。

 こんな感じで労働力の確保に成功したなら、後はアメリカの事例で説明した方法がそのまま使えます。資源枯渇対策、環境問題対策等で経済成長ができるってやつですね。是非とも実現させて欲しいですが、政治家の方々にこのアイデアは出ないと思います。上手く伝える必要があるのですが、これが実に難しい……

 

 ――。

 

 主に通貨循環モデルの視点から、色々と語ってきましたが、“通貨の循環”をスムーズに行うようにするには、“適切な収入”についても考えなくてはいけない、と直ぐに気が付きませんか? 冒頭でも説明しましたが、一部の人間に通貨を集中させ過ぎてしまうと、“死蔵された通貨”が大量に発生し、それが通貨の循環を阻害してしまうからですね。

 最低労働賃金の問題ならば、度々話題になる事がありますが、“上限”について議論されているのをあまり聞いた事はありません。ですが、以上のような理由から、実はとても重要なのじゃないかと僕は思うのですよね。

 ここでこんな問題提起をしたのは、世の中に“妥当な収入”を扱った学問が“ほぼない”と言ってしまっても良いような状態で、そして、通貨循環モデルがそれを考える為の土台になるかもしれないと僕が期待しているからです。

 普通、“収入”を決める要因といったら、一般の経済学では“需要と供給のバランス”や、“実力主義”が考えられると思います。ですが、これって本当に充分に機能しているのでしょうか?

 世界には個人で国家予算規模の資産を持った人間がいる一方で、日々の生活もやっとというようなレベルの人までいます。真面目に働いているのに、何億倍って差が生じてしまっているのですね。とてもじゃないですが、何億倍って価値の労働をしている人がいるとは思えません。

 ここまで極端じゃなくても、例えば銀行の事例なんかでよく考えてみると「おかしい」ってな事もあります。

 銀行は公的な役割を持った企業でもあるので、潰れそうになったら国が税金で救済するケースがとても多いです。つまり、その分、リスクが低いのですね。その意味では公務員に通じる部分があります。ところが、業績を上げた時は「自分達の手柄だ」として、高い給料やボーナスを貰っている。リスクの小ささを考慮に入れるのならば、「収入を低く抑えてもう少しくらいは預金者に還元しても良いのじゃないか?」って、なっても良いとは思いませんか?

 他にもこんなケースがあります。

 就職した年が偶々好景気で、収入が高いと生涯に渡って収入が高くなる傾向にあるそうなんです。もちろん、不景気の年に就職した人はその反対です。収入が低くなってしまう。実力主義が機能しているようにはとてもじゃないですが思えませんね。運ですよ、運(別にひがんでいるわけじゃありませんよ! いえ、本当に)。

 これらの事例だけでも「不公平だ」と思う人もいると思いますが、もっと酷い事例はたくさんあるんです。

 まぁ、知っている人にはお馴染みの話題かもしれませんが、代表格はスーパーリッチ達です。象徴的で、かつ有名なのは、エンロン事件でしょうか。

 アメリカのエネルギー会社、“エンロン”はある日突然に破たんしました。ただし、一気に業績が悪化した訳ではありません。不正会計操作によって“好調”を演出していたのが、バレてしまったのです。実際は、火の車だったのですね。

 しかし、その嘘がバレるまでの間、エンロンのトップの人間達は、大金を稼いでいたのです。

 どうやったのでしょう?

 詳細を言えばこれだけではないのですが、実態を伴わなくても、好調を演出する事に成功しさえすれば、株価は上がりますよね? だから株を持ってさえいれば、それを売って大儲けができるのです。しかも彼らは会社からの報酬として、「株そのもの」や「安価で株を買える権利」を得ていたのですね。

 安価で株を買える訳ですから、株価が充分に上がったところで、その権利を行使して株を買い、直ぐに売ってしまえば大金が転がり込んできます。

 こんな方法で億万長者になれるのなら、真面目に企業経営なんかする気は起きないと思いますが、実際にそんな事が起こってしまったのです。しかも、これはエンロンだけの話ではありません。アメリカの他の企業でも(犯罪にこそならなくても)、似たような事がたくさん起こってしまっています。

 会計操作で好調な企業業績を演出し、一般投資家達に株を買わせて株価を上昇させ、その株を売って大儲け。ところが、企業の実態は成長などしていなかった…… それどころか、業績悪化、中には会社を潰してしまったなんてケースもあるのですが、なのに、企業のトップ達はとんでもない額の報酬を受け取っていたのです。「株を通して、金を騙し取っていた」とも表現できるでしょう。

 “実力主義”は完全に崩壊していて、詐欺が横行しています。

 アメリカでトランプ大統領が当選した背景には、こういったアメリカのエリート達に対して芽生えた不信感もあるんですよ。

 「金融経済で儲けている連中の言う事なんて、信頼できるか!」

 って感じですね。

 因みに、僕は株…… と言うか、金融経済全般に対して「あまりやらない方が良い」とよく訴えているのですが、これも同じ理由です。まぁ、これだけじゃなく、実は金融市場では市場原理が成り立たないからでもあるんですが(だから、バブル経済なんてものが発生してしまうんですよ)、これは長くなるので説明は割愛します。

 

 偶に富の再分配…… つまり、累進課税制度に対して文句を言っているような人もいますが、こういった事例を踏まえると、それは単なる感情論に過ぎないと思えてはきませんかね? そもそも収入の妥当性がおかしいのだから。先にも述べましたが、一部に富が集中し過ぎると、経済が悪化し、社会が劣化しもします。

 収入が公平なものでないのなら、絶対にどこかで調整が必要で、その為には政治の力に頼らざるを得ないと僕は思うのです。

 ところが、金を持っている人達ってのは権力を持っていたり、権力者に繋がっているのも普通で、だからそれを妨げようともするのですよね。結果として、所得税等の富裕層に対する税は軽減されるという事も起こっています。

 ただし、それは何の根拠もなく行われるという訳でもないんです。“やる気”を喚起して、経済に刺激を与える為だとか、そんな理由が付けられるのが普通です。

 ならば、その理由付けが間違っている…… 或いは、“格差は軽減させなくてはならない”という理論的根拠を与えてやれば、その傾向を少しでも和らげられるとは思いませんか?

 これがさっきの話に繋がってくるのですが、その為の根拠として使えるのが、“通貨循環モデル”ではないかと僕は期待しているのです。

 スムーズに通貨を循環させるのに適した収入の下限はどれくらいで上限はどれくらいなのか? これには累進課税の他にも、収入の標準偏差を求めて、法律で規制、ある程度の範囲に抑えるなんて試みが効果を発揮するかもしれません。

 一応断っておくと、ここで“それはこうだ”と訴えるつもりは僕にはありません。様々な人が様々な観点から議論をし、適切な収入を決める為の方法を導き出していけば良いと思っています。

 ただし、何らかの方法は絶対に必要です。

 仮に通貨循環モデルを用いなくても、“適切な収入は、どう決めるべきか?”を深く扱った学問がないというのは僕は異常だと思うのです。今は大した根拠もなく、いい加減に決められているのが実情ですから。色々な意味で、これは今後の世の中にとって必要で重要な学問になります。

 この文章がその学問が生まれる切っ掛けになれば、と思って僕は書いたのですが。

 

 今回は以上です。

参考文献:

 暴走する資本主義 ロバート ライシュ著 東洋経済新報社

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