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ビリトの手記  作者: 兎角Arle
9/16

ビリトの手記『公暦198年 冬の29日目』

01.

冬も寒さが増す時期になった。

わたしも先生もキギカイ育ちで寒いのには慣れている。

厚着は少し動きづらいけど、肌や髪が覆われているとなんだか安心できる。

先生は寒い方が作業が進むようで、夏と比べれば作業速度は格段と上がっているように思える。

機械類は熱が籠るから夏は大変だけど、冬だと快適なのかもしれない。


最近では、先生がどんな機械を修復しているのか何となく分かるようになってきた。

もっと勉強して、もっともっと先生の役に立てるようになりたいな・・・。

a.


冬も半ばに差し掛かり、寒気が遺跡中を包み込んでいた。

寒さに慣れている二人は温度調整器を使う必要なく遺跡の調査に集中する。


そんな冬のある日、カラン、カランと木を引き摺るような独特の音が遺跡内に響く。

ビリトが音の方向へ視線を向けると、少し厚着はしているものの普段と変わらぬ独特な服装に身を包んだ商人の姿があった。

尻尾の毛をぴっしりと逆立たせ、両腕を摩りガタガタと体を震わせているのが遠目でも分かる。

「先生、商人さんが来ましたよ」

「ああ。今手が放せないから、いつも通り頼む」

「わかりました」


機械の復旧をしながらの調査は二人だけではやはり時間を要し、余り作業は順調と言えなかった。

夏にバテてしまったり秋にビリトが風邪を引いてしまったりと、今迄何かと手が止まってしまっていたので、二人にとって快適な冬は出来る限り作業を進めたいのだろう。

ハルスが商人に一切の視線を向けず手を動かしていると、「ハ、ハハ、ハルスの旦那ぁ・・・」という震え気味の声が聴こえた。

「さ、さむ、寒い、す・・・」

「そんな薄着だからだろう」

「な、なな中は暖けぇと思ってやしたのに・・・とんだ見込み違いっしたか・・・」

乾いた笑みを浮かべ体を摩る商人があまりにも可哀そうだったので、ハルスに許可を仰ぎ温度調整器を稼働させる。

この部屋が暖まるまでにはまだ時間はかかるけれど、商人は機械が起動したというだけで嬉しそうにビリトに抱き着いた。

「助かりやした! お嬢は命の恩人でさぁ! あ、ビリトちゃんあったけぇすね」

「あ、ああ、あのっあきっ、商人さん」

ビリトの頭が丁度商人の豊かな胸に埋まり、顔を真っ赤にする。

そんなビリトの様子に気付かず、商人はビリトを湯たんぽ代わりに抱きしめたまま「そうだ」と。

「食料持ってきやしたぜ、旦那」

「ああ。今手が放せないから、ビリトに言ってくれ」

「りょーかいしやした」

かっかっか、と笑いながらビリトに視線を落す。

「あり? ビリトちゃん?」

「どうかしたのか?」

「目回して倒れちまいやした・・・」

真っ赤な顔のまま意識を失くしぐったりと倒れたビリトを抱えたまま、商人は目を点にした。

ハルスは「やれやれ」と溜息を吐き、結局作業の手を止めることになってしまった事を心の中で嘆いた。



b.


「す、すみません・・・」

意識を取り戻したビリトは、作業を止めて隣に付き添っていてくれたハルスに、心底申し訳ないといった顔で謝罪した。

その頭を軽く撫でながら「気にするな」と、部屋の隅で寛いでいる商人を示す。

「全部あいつが悪い」

「へーへー、悪うごぜぇやした」

悪気無さげに踏ん反り返った姿で商人が言うと、ハルスの眉がピクリと動いた。

作業の手を止めてしまった苛立ちもあるのだろう、彼の周りの空気はピリピリとして、ビリトは居心地が悪かった。

商人の方へ視線を向けると、先程の事を思い出し、頬を染める。


「わたしが、はしたなかったんです・・・。商人さんのせいではないですから・・・」

今にも泣きだすのではないかと言うほど瞳を潤ませる姿に、流石の商人も良心が痛む。

ビリトが女性慣れしていない事を知らなかったとはいえ、倒れる原因を作ってしまった商人は、今度こそ心の底から小さく謝罪した。

「うっ・・・、旦那の言うとおり、あっしが悪いんすから、お嬢のせいじゃねぇっすよ! その、すいやせん、っした」


困ったように俯くビリトの頭を再び撫で、「もう大丈夫そうだな」とハルスは立ち上がった。

「俺は作業に戻る。手続きの方は頼んだぞ」

「は、はいっ!」

ビリトも直ぐに立ち上がり服の埃を払うと、商人の傍へ寄る。

けれどさっきのこともあったので、いつもより少し離れた所で足を止める。


「――ええと、今回はこの冬の間の水と食料、資料用の綺麗な紙、あとインクですね」

「数はいつも通りで?」

「はい! あっ、インクは3瓶でお願いします」

「あいよー」

商人はしゃがみ、商売道具を入れている木箱をパカリと開ける。

中は真っ暗で奥を見ることが出来ず、まるで何処までも続いているようだ。

その暗闇の中に手を入れ、探る様に腕を動かすと、「ああ、ありやした」と言葉を漏らしながら中から手が出てきた。

手にはインクの入った瓶が3つ。それを広げた布の上に丁寧に置くと、再び木箱の中を漁る。


それを何度も繰り返すと、先程ビリトが注文した品が全て布の上に並べられた。

明らかにこの量があの木箱に収まるわけがなく、感嘆する。

「何度見ても不思議です・・・」

「かっかっか、この木箱はあっしの大事な商売道具すから、欲しがっても譲れやせんで?」

バンバンと木箱を叩きながら笑うと、ビリトは真剣な面持ちで木箱の前にしゃがんだ。

「本当に魔法じゃないんですか?」

「あっしのトコじゃあ、妖術ってぇ方が主流でしてね」

中の闇を見つめるビリトに、見世物じゃないというようにさっと閉じる。

物足りなさげに木箱を見るビリトを横目に、「つっても、魔法と妖術の違いなんてあっしもしりゃあせんけどね」と笑った。


商人は己のプロフィールさえも商売道具としている為、その素性を知るものは殆どいない。

尻尾の生えたその見た目から、魔族の血が混ざっていることは明確。独特の口調と服装から、文の国にある和の島と関わりがあるのだろうけれど、やはりそれらの詳細は不明である。

和の島そのものがあまり外交を得意としない性質により謎が多いこともあり、彼女にも謎が多かった。


「んじゃまぁ、此処にサインを」

「はい」

渡された紙に署名をし、商人に返却する。

「確かに頂きやした」

にっこり笑うと、敷いていた布を片付け、木箱の中に放り投げ、そのままその木箱を背負った。


「そいじゃ、あっしはこれで」

緩く敬礼すると、カラン、カランと赤い下駄を鳴らしながら遺跡を後にするのだった。

02.

商人さんが定期の物資供給に来てくれた。

わたしがめいいっぱいメモにインクを使ってしまったものだから、今度は少し大目にすることにした。


それにしても、あの木箱は本当に不思議だ。

あれだけの量を持ち運べるなんて凄い!

どんな風に出来ているのだろう? 構造がとても気になる。

商人さんは『妖術』と言っていたけど、魔法とどう違うのだろう?


先生もその辺はよくわからないらしい(そもそも魔法は専門外と言っていた)。

ただ広く言われているのは、文の国にある『和の島』という島では独自の文化が形成されており、妖術はその辺りが発祥らしい。

(一部文の国和の島付近の大きな都でも発見されているので、詳しい発祥は不明。)

商人さんの独特な服、和装と言うらしいけれど、あれも和の島のモノらしい。


先生が教えてくれたけれど、狐の尾をもつ魔族はいないらしい。

和の島に居る『あやかし』という種族には、狐に纏わるあやかしが居るらしい。

現在ではあやかしと魔族は同一視されているけれど、別物であることを研究する学者もいるとか・・・。

先生もそっちが本来の専門だから、いつか調べたいといった。


・・・それにしても、商人さんと和の島には何か深い縁でもあるのだろうか。

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