30年前のストーリーテーリング
01.
どうしたの? 眠れないって?
そうだね、じゃあ、ハルスと出会った時の話をしようか。
あれは、30年くらい前。
そう、さっき話した精霊と出会った話の10年後。
私が歌うのをやめたのも、その時。
私はマディカ国王からの招待でパーティーに招かれ歌を披露することになっていた――。
(中略)
a.
マディカ国を訪れたハルスは、王都の騒がしさに舌打ちをした。
少し前に「マディカの学者がマーメイドを捕獲した」という噂を聴いたハルスは、仕事を全て放り投げその学者を探しに来た。
嫌な予感に苛まれ、先にセイレーン海へ足を運んでみたけれど、彼女の姿は勿論なく。
あらかじめ決めていた『会いに来た時の合図』を試してみても、顔を見せに来てはくれなかった。
もしかすると城に帰り平和に暮らしているのかもしれないけれど、噂の元凶はやはり潰しておきたい。
駆けまわる王都の住人達に声を掛けようにも、あまりの忙しさに少し躊躇してしまう。
仕方なく、まずは宿を取ろうと歩きはじめると、何かに体を押しつぶされ、気付いた時にはその場に倒れ込んでいた。
「なっ、は?」
「うわあああああ! ごめんごめん!! 人の上に出る心算は無かったんだ許して!」
ハルスを踏みつける様に突然上から現れた怪しげなフードの男は騒がしく謝罪をすると、直ぐにハッとしたようにハルスの腕を掴み人の少ない通りまで走る。
「わっ?! なんなんだお前!」
「本当ごめんって! 今ちょっと追われてて」
「だからってなんで俺を引っ張るんだよ!」
「しっ! 静かに」
狭い路地に入り込みハルスは口を塞がれる。
噛み付いてやろうかと考えていると、通りを宮廷魔法使いが慌ただしく駆けていく姿が見えた。
魔法使い達が通り過ぎるのをじっと待ち、姿が見えなくなるとフードの男は安堵の息を吐いてハルスを放した。
「宮廷魔法使いに追われるなんて、何をしたんだ」
「いやー、ははは、ちょーっと色々ね・・・あ、そんなことより、怪我してない? 大丈夫?」
「問題ない」
「そう、よかった! きみ、名前は? この国の人じゃないよね」
なんだか怪しい奴ではあるが、悪い奴ではなさそうだ。この際噂のことを彼に聴いてみるのも良いかもしれない。
そう思ったハルスは素直に名乗った。
「少し確かめたい事があってきた。ハルス、学者をしている」
「マディカに用事ってことは魔法学かな? ああでも、確かめたいことって言ったか。ふんずけちゃったお詫びに僕も力を貸すよ」
「その前にお前の名前を教えてくれ」
「あっ、ごめん、そうだよね。そーだなあ・・・。じゃ、『ワーロック』で」
あからさまな偽名に眉間に皺を寄せると、男はフードをとりながら「本名は勘弁して」と笑った。
外見はハルスと同年代に見える、整った顔立ちの男だ。
「それで、確かめたい事って?」
「・・・ある噂の元凶を探している」
「ある噂?」
オウム返しをしたワーロックに対し無言で頷き、手帳を取り出した。
ペラペラと捲りながらマーメイド捕獲の噂についてを語る。
ワーロックは真剣にハルスの言葉を聞き、考える様に手を顎に当て無言で相槌をうつ。
「驚いたな、火の無い所に煙は立たないとは言うけど、人の噂も侮れないモノだね」
「何か知っているのか?!」
喰い気味みに聴くハルスを制し、小さく咳払いをする。
「ここだけの話・・・。ソレ、本当なんだよね。極秘で一部の人しか知らないコトなんだけど、王宮の隠し部屋に捕まえた半精霊達を監禁して研究してるって」
「国絡みのことなのか・・・?」
「んや。お偉いさんの目を盗んで勝手しちゃってる連中がいるんだよ。王宮は広くて管理不行き届きだからね。かくいう僕もそれ絡みを調べてたんだけど、見つかっちゃったもんで」
「それで追われてたのか」
「そういうこと」
ワーロックはおどけた様に両手をあげ、苦笑を零した。
「元々僕は王宮の関係者だから王宮に入る分には苦労しないんだけどね。見つからないように中を散策するのは骨が折れるよ」
べらべらと聴いていない事を垂れ流していくワーロックに、これはワザとなのかそれとも元々お喋りな性格なのか測りかねたハルスは、半信半疑で聴く。
王宮にいるという事が真実ならば、いかにして潜り込もうかと考えていると、「そうだ!」と。
「手を組まないか? ハルス」
言っている意味が分からず、ハルスは首を傾げた。
b.
マディカ国で行われる大きな催し物の招待状を貰った旅の青年(――当時からストーリーテラーと通称される様になっていた)は国王へ歌を披露するために王都を訪れた。
しかし、都を訪れてみると、それらの準備はまだ終わっておらず、慌ただしく人々が行きかっている。
道行く人に理由を問うてみると、国王が数日前に姿をくらましたきり、一切連絡がなく、王宮関係者は探し回ることで忙しく、準備が間に合っていないようだった。
元より、以前からマディカ国の王と面識のあったストーリーテラーは王宮を訪れ招待状を見せて客間で休憩を取る。
精霊化が大分進み、肌に浮き上がった模様は何時の間にやら模様ではなく蔦となり体中を這う。
それでも服を着ていれば隠しきれる程度だ。
楽器を取り出し絃を弾く。音が広がると自然と音程をとった。
痛みとは違う違和感が背中を這いまわり、蔦が伸びた事を悟る。
「この程度の鼻歌でも駄目かあ」
演奏する手を止めずに息を吐くと、客間のドアが開けられる。
そこから現れる二人の男に目を向けると、そのうちの片方はこちらに笑顔を向けた。
「お、テラー! 珍しいな、来てるなんて。普段は呼んでも来ない癖に」
「たまたま傍を通ったから、せっかくだしね。そちらは?」
「彼はハルス。ちょっと訳有りでね。テラーがいると思わなかったから、この部屋に泊めようと思ったんだけど・・・」
「私は彼が良ければ相部屋でも構わないよ」
にっこりとストーリーテラーが笑いかけると、ハルスは表情を変えずに「構わない」と。
「うん、そうだね! なんなら、テラーにも手伝ってもおうか!」
「おい、ワーロック」
「手伝う? 何をかな?」
ハルスの言葉に覆いかぶさるように、ストーリーテラーは目を輝かせずいっと身を乗り出す。
その食い付きの良さに満足げに頷き、ワーロックはハルスに「テラーなら大丈夫だよ、絶対味方してくれるから」と耳打ちした。
「それに、一人でやるより心強いだろ?」
「俺は一人でも別に・・・」
「やーん! そんな寂しいコト言わないで!」
「気持ち悪い言い方をするな」
「ふふふ。私に手伝えることなら遠慮せず何でも言っていいよ、ハルス」
何の躊躇も警戒も無く、会ったばかりの人間にそんなことが言えるストーリーテラーに、顔を顰め額に手を当てる。
この真っ直ぐさが、愛しの彼女に被さるところがあり、感傷的に成る。
「さて、じゃあ僕は行くよ。頼んだよ、ハルス」
ハルスに気を使ったわけではない。
単純にそろそろ決行すべきであったから、ワーロックは普段の調子で手を振り部屋を後にした。
「立ったままは疲れない? 座ったらどうかな?」
椅子をポンポンと叩き、座る様に促され、ハルスは腰を下ろす。
その後話すことも無くしばらくは沈黙が部屋を支配した。
「言い忘れていたね、私は、今じゃストーリーテラーと呼ばれてる。歌を生業に旅をしてるんだ」
「ハルス、学者だ」
「学者、というと、例のマーメイドの噂の真偽についてかな」
「知っているのか」
「物語を唄う者として、噂話にも目聡いんだ。―――ところで」
間を置き、楽器を小さく弾き旋律を奏でると、歌うように軽快に口を開いた。
「彼が時間稼ぎをしている内に、ハルスは何をするのかな?」
「っ」
「聴かなくても大体の予想はつくよ。彼に注目が集まっているうちに何かするんでしょ? 私も手伝うよ」
演奏する手を緩めずにストーリーテラーは目を伏せる。
「何が目的だ」
「そうやって直ぐ人を疑うと友達が出来ないよ。ふふ、目的・・・そうだね、辿る結末を私に教えて欲しい」
「辿る結末?」
「私は物語を唄うから、結末を知りたいんだ。話のネタを提供してほしいって解釈してくれていい」
そんなことで良いのかと呆気にとられていると、ストーリーテラーは楽器を仕舞いその荷物を背負った。
そのまま手を差し伸べられ、「早くした方が良い」と微笑まれ、その手を握り返すことなく立ち上がった。
c.
王宮内散策中、勝手に付いてくるストーリーテラーに、渋々と計画の説明をした。
表でワーロックが注目を集めることで牽制している間に、半精霊たちの監禁されている部屋を探し当て騒ぎを起こすのだ。
王宮の間取り図にワーロックが標した『それらしい部屋』をめざし歩く。
道中、ストーリーテラーはハルスに一切の事情を問わなかった。
勿論ハルス自身、事情を語る気は無かったが、逆に何も聞かれないというのもモヤモヤする。
とはいえ、元より寡黙な性分の彼がそのことをストーリーテラーに尋ねることはやはりないのだった。
そうして無言で歩くことにも飽きたのか、ストーリーテラーはおもむろに楽器を取り出しポロンポロンと弾き始めた。
「・・・・・・うるさい」
「ごめんね、最近音が無いと落ち着かないんだ。・・・・・・あまり良い傾向ではないけれどね」
「音を鳴らしながら動かれたら迷惑だ」
「そうだね。じゃあ、話し相手になってくれないかな」
「・・・・・・」
ハルスが黙り込むと、数秒して再び絃を弾く。
「わかった。わかったから楽器を仕舞ってくれ」
「うん」
額に手を当て困ったように言うと、ストーリーテラーは嬉しそうに笑みを浮かべ楽器を仕舞う。
何を話そうかと考え、間を繋ぐための声を漏らしていると、急にストーリーテラーの手がハルスの口を塞いだ。
「?!」
「ちょっと静かに」
「なんなんだっ、話し相手に成れと言ったり、静かにしろと言ったり――」
「今何か聴こえたよ。彼が標したのはこの辺りだった?」
「・・・? いや、もう少し先のはずだ」
自然と声のトーンを落す。
息をのみ、些細な音に耳を傾けると、通路の先から話し声が聞こえてきた。
その声が徐々に近づいてくる事が分かり、物陰に隠れるようにしゃがみ会話に耳を傾ける。
「やばいって、このタイミングでやってもし見つかったら・・・」
「どうせまた帰ってこないと思って着々と準備を進めていたのに・・・どうして・・・!」
「・・・どのみち顔を出さない訳にはいかない。実験は一時停止だ」
「あとちょっとの所まで来てたのに・・・」
「なんだか、聴くからに怪しい会話だね」
声を抑えつつも、普段と変わらず何処か楽しそうに語りかけてくる声に不快感を覚えた。
これは遊びではないのだ。あの噂が本当である以上、確実に潰さなければならない。
やはりこいつを連れてくるべきではなかったと後悔しながらも会話に耳を向けていると、ストーリーテラーがそっと耳打ちをする。
「私が彼らを誘導しよう。その間に奥の部屋を」
「は?」
何故其処までするのかを問う前に、彼は立ち上がり楽器を取り出すと旋律を奏でながら声のする方へと歩き出す。
止める間もなく先に行ってしまったストーリーテラーは、「道に迷ってしまって」等と理由をこじつけ、アッサリと研究者3人を全員引き連れ別の道へと曲がって行った。
その姿を確認したハルスは、人の気配のしなくなった通路を進み、研究者たちが出てきただろう部屋の扉を開ける。
本来ならば魔術語を解読して開けなければならない扉だったが、ワーロックから預かったマスターキーによって難なく部屋の中へと入ることが出来た。
真っ暗な部屋の中、怪しげな光が薄っすらと室内を照らす。
青い光のせいか海を連想させられる。
ちゃぷんっ、と水音が聴こえ、目を凝らして見てみると大きな水槽があることが分かった。
だんだん暗がりに目が慣れていくと、その中にいる生き物の姿がハッキリと見える。
「ティア!」
見間違うはずがない。其処にはハルスの最愛の女性、ティアの姿があった。
眠っているのか、彼女からの返事は無い。
一体何をされたのかと辺りを見回すと、青い光に怪しく照らされた解剖道具が目に入った。
「―――っ!! ティア! ティア!!」
正常な思考をすることが出来ず、ただ名を呼び水槽を叩く。
目を覚ます気配のないティアに、不安は更に募り椅子やテーブルを水槽へ叩きつけ無理矢理に硝子を割った。
大量の水と共に押し寄せるガラスの破片に肌を裂かれることも厭わず、ティアの体を支え、そのまま抱きしめる様にしてその場に崩れる。
「ティア、頼む・・・目を開けてくれ・・・」
涙をこらえながら、必死で呼びかけていると、垂れ下がっていた彼女の腕が後ろへと回される。
そのぬくもりに顔をあげると、目をパッチリ開けたティアと視線が交わった。
「どうしたの? ハルス」
「っ―――!!」
「って、ハルス!? ハルスだわ! やっとハルスに会えた! あの人たちってば、ハルスに会わせてくれるって言ったのに全然会わせてくれないから、ちょっと心配になっちゃったじゃない!」
「ああ、良かった・・・本当に、無事でよかった」
顔をうずめ強く抱きしめると、ティアは不思議そうにハルスを見つめる。
それでもただ「よかった」と安堵するハルスの姿に、とても愛らしく笑みをこぼすのだった。
d.
感情のままに水槽を割ってしまったせいで、その音は周辺に響き渡っていた。
幸い、マーメイドの治癒の力のおかげで、破片で切った肌は何ともない。
あまりぐずぐずしていられないということを簡素に説明し、ハルスはティアを抱き上げた。
ハルスは自分の上着をティアに被せ隠すようにして部屋を後にした。
剥き出しでいるよりはこの方が幾らかましだろうという判断だ。
迷路のように入り組んだ王宮内部、けれど間取り図を見ながら駆ける余裕は無かったので記憶を頼りに通路を駆け抜ける。
ワーロックとの打ち合わせでは半精霊を見つけた場合一時的に客間で匿うことになっていたのだが、元よりティアが居た時はそんな計画に付き合う心算など無かった。
一刻も早く彼女を海へ帰す。
それがハルスの目的だ。
広間へ出ればあとは出口を抜けるだけ。
そこで足を何かに掴まれ、転倒してしまう。
なんとかティアが傷つかないよう受け身を取ると、打ち所が良くなかったようで嫌な痛みが脇腹に走った。
「ハルスっ?! 大丈夫?!」
「はっ、はあ・・・っっ・・・な、にが」
足元を見ると石畳の隙間から何かの植物が伸び、ハルスの足に不自然に絡んでいるようで、引っ張ってみても引きちぎれそうにない。
カツン、カツンと足音が聞こえ振り返ると、ティアを監禁していた研究者の一人がこちらを見下ろしていた。
「被験体を勝手に持ち出されては困る」
「ふざけるなっ! 精霊や半精霊の捕獲は禁止されているだろう!!」
庇うようにティアに覆いかぶさると、研究者はブツブツと呪文を唱える。
すると足に絡んでいた植物がうねり、今度はハルスの体を掴みあげ、彼女の上から引きはがされた。
「魔法かっ・・・!」
苦虫を噛むように吐き捨てた言葉に、研究者はニヤリと笑い、そのままハルスを投げ捨てた。
衝撃と痛みに喘ぐ彼の姿を目の当たりにし、ティアは這うようにしてハルスの傍へ行こうとする。
けれどそれも魔法で現れた植物の壁によって阻まれ、最早名を呼ぶことしか出来ない。
「ハルスっ! いやっ、返事をして! ハルス!」
卑しく笑う男の手がティアへと伸びたその時。
ポロロンっ、とピアノの様な音が響いた。
「そんなに半精霊が調べたいのなら、彼女ではなく私にすると良い」
笑みを絶やさず柱の陰に立ったストーリーテラーは、静かに言った。
全員が面を喰らったその瞬間に、一層無邪気に笑みを浮かべ「とはいえ私も、大人しく手伝う心算は無いけどね」と。
緩やかに旋律を奏でながら、ハルスを一瞥する。
「本当は最後の歌は王様の為に歌おうと思ったのだけど、あなたたちの為に歌おう」
「歌? 吟遊詩人ごときが一体何を」
研究者の言葉を無視し、大きく息を吸う。
演奏の手を緩めずに歌声を乗せる。
その歌声は王宮中を響き渡り、全てのモノの心を震わせた。
その場にいた3人は皆彼に釘付けになり、奥に居た者たちは歌声に引き寄せられるように集まってゆく。
ハルスはヨロヨロと痛む体を抑え立ち上がるとティアの傍へ歩いた。
「なんだ、この歌は・・・」
歌から感じる不思議な力に、思わず声が漏れる。
どれだけの時間が過ぎただろう。
おそらく、まだ数分しかたっていない。
丁度演奏が最も盛り上がる所へさしかかった時――。
ばさりっ。
「!?」
「なんだあれは」
「天使?」
「羽が現れた」
ストーリーテラーの背に突如現れた翼に、辺りは騒然とする。
羽が生えたことによって、歌の力もより強くなり、心がジリジリと震えた。
「ローレライか・・・!」
「正確には、種無し。半精霊に成る途中。テラーも結構わけありでね」
「っワーロック?!」
急に後ろから声を掛けられ、肩を震わせる。
いつから其処に居たのか全く気付かなかった。
「最期まで聴きたいって気持ちも分かるけど、今のうちに行った方が良いよ。あとは僕とテラーが何とかするから」
胸を張るワーロックの姿に、なんだか悪い気持ちになって俯く。
「・・・すまない」
「やだなー、こういう時は『ありがとう』でしょ?」
おどけた言葉を無視し、ティアを再び抱き上げる。
ワーロックと目が合ったティアはぺこりと小さくお辞儀をし、「ありがとうございます」とお礼を言った。
その言葉に二人分の思いが籠っている事を理解して、ワーロックは笑う。
「またいつでも遊びにおいで」
ハルスは沈黙を返し、そのまま国を後にした。
e.
「ストーリーテラー」
「やあ、ハルス」
時刻は早朝。丁度太陽が顔を見せた頃。
ティアを海へと帰して浜辺を歩いていると、ストーリーテラーがこちらへ手を振った。
「どうしてここに? 王宮に残ったんじゃ・・・?」
「私もあそこは居心地が悪いからね、頃合いを見て抜け出させてもらったんだ」
「これがあるからね」と、くるりと背中に生えた翼を見せる。
その羽に気付き、先程の歌を思い出しながら顔を顰めた。
「ローレライ・・・いいや、フレイアだったのか」
「騙す心算は無かったんだ、ごめんね」
バツが悪そうに苦笑するストーリーテラーに、ハルスは小さく首を振る。
「それはいい。・・・・・・あの時は助かった。ありがとう」
「そう・・・。どういたしまして」
そのまま浜辺に転がる流木へ腰かけると、自然とティアとの出会いを、その結末を、彼に語っていた。
精霊に気に入られるような者に、悪い者はいない。
ハルスはそのことをティアと水の精霊を通じてよく理解していたし、これまでのストーリーテラーの行動から、彼を信用して全てを打ち明けることにためらいは無かった。
話し終えるとストーリーテラーはハルスの頭を軽く撫で「お疲れ様」と言葉を贈る。
人から撫でられることに慣れていないハルスは顔を逸らしその手を払った。
「聴かせてくれてありがとう、ハルス」
「・・・本当に話だけでよかったのか?」
「ああ、十分だよ! ・・・それに、金銭的な報酬は王様から貰ったからね」
「マディカ国王から?」
「彼とは古くからの友人でね、元々催しで歌を披露するために来ていたから、その報酬だよ」
「そういえばあの時、最期と言っていたな」
「うん。これ以上唄ったら、本当にローレライになってしまうから」
撫でる様に楽器に触れ、ストーリーテラーは目を伏せる。
そうして静かに半精霊に成りたくない事を語った。
ハルスは少し複雑な気持ちで彼の話を聞いた。
ハルスもまた永遠に等しい命を欲する一人だからだ。
不老長寿であれば、ティアと同じ時間を生きられる。
けれど、ストーリーテラーの語ったことを否定することも出来ず、無言で顔を歪めることしかできなかった。
その心情を察しながらも、ストーリーテラーは柔らかに笑む。
「そうだ。直ぐにでなくても良いから、一度マディカ国に戻ると良いよ。彼もハルスの話を聞きたがってる」
彼? と少し悩み、直ぐにワーロックの顔が浮かぶ。
ストーリーテラーの印象が勝って忘れていたけれど、彼にも随分と助けてもらった。
どのみち、無言で仕事を放りだしたのだ、復帰も難しいだろうから時間に余裕はある。
行く当てもないなら、行ってみるのも良いかもしれない。
「ああ。そうする」
水平線を見つめ、短く答える。
自然と口元が緩むのが、自分でも分かった。
02.
(中略)
こうして私とハルスは分かれ、ハルスはマディカ国へ、私は気儘な旅路へと戻った。
――ふふっ、もう寝ちゃったか。
おやすみ、ビリト。良い夢を。
ん? 二人ともどうしたの? そんな顔をして・・・。
ああ・・・、もしかして恥ずかしかった?
ははっ、可愛いなあ。
うん。懐かしいよね。
もうそんなに昔なんだ。
・・・あれから30年もたったのに、私たちの見た目はなんにも変わってないなんて、おかしいね。
変わらないモノは歪だね。