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ビリトの手記  作者: 兎角Arle
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40年前のストーリーテーリング

01.

あれは40年程前のコト。

私が19歳の時だった。

物心ついた時から旅をしていたと言っていいほど、昔から一人世界を流れていた私は、当時歌を生業としていて、楽器を弾いて詩と物語を歌った。


自由気のまま、風の向くまま、流浪の旅をしているときに辿りついた其処が精霊が棲むと言われる『白昼夢の森』。

勿論私も、人並みに精霊に興味があり、半精霊を見てみたいとも思っていたから、なんの躊躇も迷いも無く森に足を踏み入れた。

それを間違いだとも思わない。

精霊に会い話しをしたことだって、とても光栄なことだ。

私が唯一不快に感じたことは、『不老長寿の身体』その一点に尽きる。

a.

旅する青年が訪れた其処は、光あふれる巨大な森だった。

セイレーン海、荒野の城に並び、精霊が棲むと云われる白昼夢の森。

『変わり者』と言われた彼も、人並みに精霊達へ興味を持っており、ここまで来てしまったのなら、森に入るしかあるまい。

一歩森へ足を踏み入れると、ザワザワと心の中に違和感を持った。


自然と笑みが零れた青年は、惑うことなくもう一歩を踏み出し、軽快に歩を進めた。

ローレライは歌を歌うと聞いていた彼は森中がもっとコーラスに溢れていると期待していたけれど、聞こえてくるのはさらさらと風に揺れる木々の声のみ。

本当に此処に精霊がいるのかさえ疑わしい程に、他の森と変わりがない。

それでも気にせず奥へ奥へと進んでいると、ピタリと風が止むのが分かった。


風が止んだにも関わらず、木々がさらさらと揺れている姿を仰ぎ見て、困ったように笑う。

「もう少し待ってはくれないかな」

ぽつりと口を吐き、再び奥へ奥へ。


景色が森というよりも、樹海に近くなってきた頃。

ピチャリッ、と水音を耳にした青年が速足でそちらへ行くと、小さな湖の畔にたどり着いた。

話に聴く限り、恐らくここがローレライの棲まう湖畔なのだろう。

辺りを軽く見回してみるけれど、それらしい姿は視認できそうにない。

「失礼するよ」

誰にともなくそういうと、荷物を置いた青年は湖の水を一口飲んだ。


「出ておいで・・・といって出てきてくれるわけはないだろうから、そうだね――」

おもむろに荷物の中から楽器を取り出した青年は、適当な場所に座る。

「喉も潤ったことだし、歌を贈ろう。今日は此処で一晩過ごさせてもらいたいから、その宿泊費も兼ねて」

ピアノの様な音を響かせるギターの絃を指で弾き、旋律を奏で始めた。



b.


日が暮れるまで延々と歌物語を奏でていた彼の周りには、自然と沢山のローレライが集い、コーラスを紡いでいた。

歌に後押しされる様に演奏の手も徐々に大きくなる。

そうして一層壮大になった森全体の合奏は、青年の独奏で幕を引いた。


3秒間の空白の後、耳をくすぐる様な甘い笑い声が聞こえてくる。

「すごい! すごいわ!」

「とっても素敵ね」

「ああ、楽しかった」

「もう一回歌おうよ」

ローレライ達が口々に喋りだし、皆一様に「もう一度!」と青年にねだる。

「あなた達はパワフルだねえ。私はもう疲れてしまったから、休ませてはくれないかな」

「ええっ?」

「そんなあ」

「そうだわ!」

「そうよ!」

「僕らの歌であなたを癒そう」

「疲れが無ければ歌えるもの」

「そうしましょ!」

「ははは! 休息も良いものなんだよ? 皆も私の言うとおりにしてみて御覧?」

人差し指を口元にたて、内緒話をするように言う。

「身体を横たえ、目を閉じて、ゆっくり呼吸をするんだ。そして耳を傾けて御覧」

「傾ける? 何を聴けばいいの?」

「木々の揺れる音、風の抜ける音、水の滴る音。音は歌だけじゃなくそこらじゅうに溢れてる。自然の合奏を聴くんだ」

青年が目を瞑り、まどろむ意識の中、ローレライたちのくすぐったい笑い声や感嘆の声を聴いた。

それが心地よく、眠りにつくまでにそれほどかかることはなかった。



c.


目が覚めて見ると、あんなに沢山居たローレライ達は何処かへ消えていて、たった一人残ったローレライの少女がちょこんと彼の隣で彼が起きるのを待っていたようだった。

「やあ、起こしてくれればよかったのに」

頭を掻きながらそう投げかけると、少女は首を横に振った。

「そう?」

シャイなのか、喋ることはなく今度は首を縦に振る。


保存食での朝食を済ませると、直ぐに身支度を済ませ、荷物を担ぐ。

すると先程まで横でそれらを見ていた少女が青年の袖を引っ張った。

「あの・・・精霊様がお話したいって」

「待っててくれたの?」

こくり、と頷く少女の頭を軽く撫でながら「言ってくれればよかったのに」と返した。

「精霊様、あなたの歌を大層気に入っていたの」

「へえ、それは光栄なことだね」

元よりローレライを一目見ることが出来れば、あわよくば共に歌うことが出来ればというだけだった青年にとって、精霊に呼び出されるというのは予想外だった。

招待されたからには行かない訳にいかないだろう。

それに、精霊にも興味がある。

「案内よろしくね」

にっこりと笑いかけると、少女は少し頬を紅潮させ大きく頷いて見せた。


ふわふわと羽を使い跳ねながら駆ける少女の後を追い、さらに森の奥へと行く。

霧が濃くなって来たのであまり離れすぎるとはぐれてしまうなあと心配していると、案の定彼女を見失ってしまう。

「困ったなあ」

口ではそう言いながらも笑みを絶やさず歩を進めていると、彼女らの歌声が聞こえて来た。

森中に反響するせいで位置は全く分からない。

それでも自然と楽器を取り出し、自分の居場所を示すかの様に絃を弾いた。


「素敵な音だ」


染み込むように、声は聞こえた。

姿は見えないのに、目の前に誰かがいるのが分かり、演奏の手を止める。

「ふふ、呼んでおきながら姿は見せてくれないんだね」

「へえ・・・わかるんだ」

もっと驚くかと思った、と子供っぽく、けれど何処か達観したように声は言う。

「それで、私に何か言いたい事でもあるのかな?」

「せっかちだなあ」

急ぐほどの旅ではないけれど、精霊の要件が気になりつい催促してしまう。

ローレライの歌は美しかったが、精霊の方はどうなのだろう等と考えていると、「単刀直入に言おうか」と。

「あなたを精霊の仲間にしよう」



d.


「あなたを精霊の仲間にしよう」

そう語った言葉には、断るわけがないという自信に満ちていた。

「あなたをとても気に入った。美しい心、素敵な音、人間にしておくだなんて勿体ない」

「・・・・・・うーん、話はそれだけかな?」

出しっぱなしだった楽器を仕舞いながら問いかけると、「それ以外あるわけない」と響く。

「申し訳ないけど、私は人間が好きなんだ。あなたの仲間に成れないよ」

「人間が好き? おかしなことを言うね!」

「ははは、そうかもね」


恐らく嫌みだっただろう精霊の言葉に、屈託無い笑顔を返すと、真剣な声が返ってくる。

「あなたの様に美しいモノは、外の世界で傷つき荒れ果て馬鹿を見て、その心を穢してゆく。そんなの可哀そうだ」

「傷つき荒れ果て馬鹿を見て、そんな中得る美しさもある」

「人は老い衰えくたびれて行く! あなたの様なモノが穢れてゆくのは耐えられない!」

「歳をとることで得られる美しさもあると、私は知っている。私は老いが穢れることだとは思わない。それよりも、永遠や、限りなくそれに近いものに成る方が、私は怖いし嫌悪するよ」

「どうして!」

精霊の怒声と共に、頭に激痛が走った。

それでも青年は笑みを絶やさず痛む頭を押さえ、精霊の気配のする方を見た。



「私はね、来世を信じているんだ。永遠に限りなく近い間魂をこの一つの世界に縛り付けておくだなんて、それこそ勿体ない! 耐えられないよ!」

頭痛に顔を歪めながらも笑みを絶やさないその表情は、ある種狂気の色を帯びていた。


「あるとも分からない来世の為に永遠を拒絶するなんて! あなたが何を考えてるか理解できない!」

「ははは、なんだ、精霊、あなたもそう言うか」

「?」


「精霊も人間と同じことを言うじゃないか」


青年の言葉は穏やかに響いた。

少しすると、スッと頭痛が引いて行き、不思議そうに精霊の気配に視線を向けると、精霊は「ああ」と感嘆の声を漏らす。


「やはり、人間にしておくには口惜しい。―――欲しい、あなたが欲しい」


ひやり、と寒気を感じ、青年は後ずさる。

此処で始めて、彼は精霊に畏怖を感じた。

「何を言っても、私は仲間にならないよ。人として生を授かった以上、人として生き、人として老い、人として死ぬのだから」

けれど当の精霊はその言葉を最早聴いておらず、辺りには呪う様な声音が響きわたるのみ。


すると、突然左胸に冷たい手が触れる感覚を覚えた。

心臓を庇うように身をよじらせ大きく後ろへ飛ぶと、触れられたところからジワリと熱が広がる。

身の危険を感じた青年は、荷物を掴みそのまま来た道を走った。


行く道を塞ぐように覆いかぶさる木々を何とか避け、ただただ走る。

「逃がさない」と耳元で精霊の声が聞こえ余計に汗が噴き出た。

精霊の言葉に同調するように、ローレライ達が歌う。

ローレライの歌の特殊な力により、徐々に足が重くなるのを感じ、耳を塞ぎ森の出口へと駆ける。

しかし、もう少しで手が届くという所で、不思議な力を持った歌声が一層強まり、足を止めてしまう。


(ああ、これはまずい・・・)

3度深呼吸をして息を整え、意を決したように大きく息を吸い込んだ。



e.


なんとか森の外への脱出に成功した青年は、その場に倒れ込み肩で息を吸った。

乱暴に水筒を取り出し喉を豪快に動かし飲み込む。

恐らく精霊が触れたのであろう左胸の熱はまだ残っていたけれど、痛みも苦しさも無いので気にしないことにした。


森から控えめな足音が聞こえ、そちらに意識を向ける。

彼に顔を向けるほどの体力は残されていなかった。

「汚い歌」

「やあ、お迎えに来てくれたのだとしたらごめんね、私はあなた達の仲間に成る心算は一切ないんだ」

青年を見下ろしたのは、口数の少ないあの少女だった。

彼の言葉に頷くと、隣へ腰を下ろす。

「あんな歌を歌うとは思わなかった」

「止むを得ず、だよ。逃がしてくれそうになかったから」

苦笑すると、少女は微笑み、息を吸った。


紡がれる優しい旋律に、失った気力が回復する。

「ありがとう。綺麗な声だね」

体を起こしながら言うと、少女は頬を薔薇色に染めた。

「あなたの歌の方が綺麗で良かった」

「ふふっ、それはどうも」


柔らかく笑うと、「あー!」と再び仰向けに寝転がる。

「ちょっとハラハラしたけど楽しかった!」

「変なの」

「そうかもねー」

「人間は皆、仲間になりたがると聴いていたから、不思議。でも、だからこそ精霊様も、私も、心惹かれたんだわ」

青年の腕を枕にするように少女も寝転がる。


「私達のこと、嫌いにならない?」

「嫌いになんてならないよ! むしろ、今の方が親しみを持てる!」

「よかった」

安心するように息を漏らす少女の頭を撫で、「意外だなあ」と。

「?」

「あなたはもっと、恥ずかしがり屋なのかと思っていたから・・・。こうやって沢山お喋りすると思わなかったよ」

そう言うと、返事は返ってこなかった。


暫くそのまま言葉も無く寝転んでいると、少女がポツリと呟いた。

青年にもそのつぶやきは聞こえていたけれど、敢て返事をしなかった。


「さあ、私はそろそろいくよ。素敵な歌をありがとう」

「また来てね」

「ははは、暫く来る気にはなれないや。でも、そうだね、ほとぼりが冷めた頃にでも」

「待ってる」

02.

(中略)


私を捕え仲間にしようとする精霊の下を急いで逃げ出し、耳を塞いで森を飛び出た私は、すぐに旅路についた。

暫く普段と変わらず歌を歌っていると、体に違和感を覚え、宿屋で確認してみると、精霊化していることに気付いた。

最初は薄っすら蔦の模様が肌に浮かびあがり、次第に羽が、そしてある時期からぱったりと成長が止まった。

髪が伸びることが無くなり、これはそろそろ本当に不味いと思い、私は歌うことをやめた。


終に歌をやめたのは、精霊と会って10年経ってから。

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