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ビリトの手記  作者: 兎角Arle
6/16

ビリトの手記『公暦198年 秋の5日目』

01.

季節は秋になった。

まだ夏の余韻が少し残っているけれど、温度調整機を使わなくてもいくらか快適になってきた。

壁の魔術語が些か減ってきて、再び機械が多くなってきているので、その修繕も含め、作業は少し遅れ気味だ。

遺跡の入口に描かれていた大きな模様(多分にこれが文化的要素)が遺跡内部にも多く見つけられるようになってきた。

ここからが本番だと思いたいけれど、先生は「やっとスタートラインだ」と言っていたので、多分まだまだ先は長い。

たまには丸丸一日くらい、先生と一緒にのんびりとお休みをしたいな。


02.

休日が欲しいなんて思っていた矢先、たまたま近くを通りかかったテラーさんがわたし達が此処で調査をしている噂を聴いて顔を出してくれた。

テラーさんのお話は本当に面白い。夢のある御伽噺も切ない史実も、どれも引き込まれる。

昔は歌を生業にしていたそうだけど、今は歌うのをやめたらしい。

どんな歌声を響かせていたのだろう。

いつか聴けたらいいな。


03.

テラーさんのお話の途中、ワーロックさんもやってきた。

仕事がひと段落ついたらしく(先生は信じていなかったけど)、癒しを求めてやって来たとか。

やっぱり静かな遺跡でのんびり過ごすのは身も心も癒されるんだろうか?

わたしも、調査が無ければ遺跡を見て回るのは好きだ。そんな感じなのかな?

a.

「―――お話は、おしまい」

ポロロンっ、とピアノの様な音がするギター型の楽器の絃を小さく弾き、ストーリーテラーはお辞儀をした。

3秒ほど静寂が場を包みこみ、次第にパチパチと小さな拍手の音が響いた。

「すっごく面白かったです! ありがとうございました!」

「はははっ、どういたしまして」

絃を弾くために手袋が外されていた手が梳くようにビリトの頭を撫でた。

蔦が這うように絡まっている手を見つめ、「また歌ったのか」とハルスは眉間に皺を寄せる。

「うーん。私もね、歌う心算は無かったのだけど、どうしてもって頼まれてしまったもので」

ストーリーテラーが苦笑しながら蔦を隠すように手袋をはめると、ビリトは古くなった小さな手帳を取り出し、目を落した。

「ええっと、精霊化が進行することで身体にも変化が現れるんですよね。テラーさんはローレライなので・・・」

「ローレライの特徴は、蔦を纏った幻想的な体と背にある四つの翼だねぇ。あの姿を初めて見た時は、あまりの美しさに息が止まってしまったよ」

「テラーは精霊化が完全に済んだ訳じゃないから、翼は一つで、蔦の数も少なかった・・・が、増えているな」

「『歌うことで精霊化が進む』でしたっけ?」

「うん、ローレライはそうだよ」

楽しそうに笑みを浮かべるストーリーテラーに、ハルスは溜息を吐き「後悔していないならいいが」とぼやいた。

そんな二人の顔を交互に見て、小首を傾げる。

「テラーさんは半精霊にはならないんですか?」

「うん、あんまりなりたくないなあ」

「こいつは変わり者なんだよ」

金貨を一枚ストーリーテラーへ投げながら、ハルスは言った。

「大多数の人間にとって、半精霊に成ることは至上の幸福なハズだ」

「ふふ、私にすればとんだ災難だよ。永遠に近い命を得るなんて、考えたくもない。精霊に気に入られた事は嬉しいし光栄だけど、仲間になる気はさらさら無いからね」

難なくキャッチした金貨を手の中で転がしながら、穏やかに笑みを浮かべる。

その横顔に対し顔を顰めたハルスに気付き、ストーリーテラーは軽い謝罪をした。

「ごめんね。ハルスの気持も考えずに」

無言で立ち上がり、遺跡の作業へ戻ろうとする。そんな背中に目を向け、気まずそうに「先生」と声を掛けるも、返事はしない。

縋るようにストーリーテラーへ視線を向けるも、彼はふにゃりと笑みを返すだけ。

「ハルスがああなのは、いつか彼自身がビリトに話してくれるだろうから、今は気にすることないよ」

「はあ・・・。いえ、それも気にはなるんですけど、テラーさんのことも・・・」

「うん? どうして精霊化を嫌がるか、かな?」

伏し目がちにつぶやくストーリーテラーに気付きながらも、ビリトは小さく頷いた。

「そうだね・・・、でもそれを語るなら、精霊と出会った時のことも語りたい・・・それには長い時間が必要だなあ」

ちらりと目をハルスへ向けると、背を向けたまま『好きにしろ』と言うかの様に手をパタパタと振った。

「彼の了承も得たことだし、昔話を始めようか」

手袋を外し、再び絃を弾く。

その遺跡の中に、語り部の声と繊細な楽器の音が響き始めた。



b.


ストーリーテラーの話が終わり、小さく息を吐くと、パチ、パチ、パチ、と拍手の音が再び響いた。

音のした方に目を向けると、「やあ」とその人物が軽く手を振った。

「ワーロックさん!」

「仕事が一段落ついたから会いにきちゃったよー!」

ビリトへハートを飛ばすワーロックの顔をじっと見つめ、ストーリーテラーは首を傾げた。

「一体どうして、あなたが此処に居るんだい?」

「やあやあ、ストーリーテラー。この前はどうも! あ! 僕のことは、今は『ワーロック』で宜しく頼むよ」

「ふうん・・・」

手袋を嵌め直しながら、含んだような笑みを零した。

ワーロックはハルスがしたように金貨を一枚ストーリーテラーへと投げる。

「僕、今の話結構好きなんだよ。神聖視されてる精霊も、この話を聴く限り、僕等と大差ないって思えてね」

「ワーロックにそう言われると嬉しいよ。でも、この話は私の主観だから、多少の脚色がされてるかもしれないよ?」

「テラーはそういうの好きじゃないだろう?」

「はは、そうだね。出来るだけありのまま語りたい。・・・・・・ところで、ワーロックからこれを頂いていいのかな?」

「いーよいーよ。チップだと思ってくれれば」

「では、遠慮なく」


屈託なく笑い金貨を仕舞うと、ビリトがストーリーテラーの袖を、くいくいと引っ張った。

「うん?」

「ぶわっはぁ?! ビリトちゃん可愛い! あーもう本当僕のエンジェル!! というかテラー羨ましい!!」

「ワーロックちょっと黙ってほしいな。それで、どうかしたかな?」

「お二人は知り合いだったんですか?」

「古馴染みでね。何度か彼のパーティーで歌や語り、演奏を披露させてもらったよ」

「歌ってことは、精霊に会う前からお知り合いだったんですね!」

「そうだね。ハルスと会う前から付き合いあるからね。って言っても、テラーは一所に留まらないからハルスとの方が会った回数は多いけど」

頬を掻くワーロックに、ビリトは「へえ・・・」と感嘆の声を漏らした。


「ワーロックさんは、テラーさんの歌お聴きしたことあるんですよね? どうでした?」

目を輝かせ、ずいっ、と近寄るビリトに、ワーロックは両手で顔面を覆い隠しその場に崩れる。

「はぁぁぁぁ・・・ビリトちゃん可愛い・・・、癒される・・・」

「ワーロック、ビリトが返事を待ってるよ」

ストーリーテラーのツッコミにシャキッと立ち上がり咳払いを一つ。

「とはいっても、本人を前にして感想を言うのちょっと恥ずかしいな・・・。精霊が気に入る歌声、これだけでもどれだけ凄いかは分かると思うけど、僕個人が感じたのは、『魔法』かな」

「魔法、ですか?」

「それはそれは・・・」

「勿論、テラーは非魔法使い(スグル)だから魔法は使えない。だから余計ね。上手い下手の話じゃなくて、テラーが持って生まれた才能というのかな、空間そのものが彼の音物語の舞台へ切り替わる様は、魔法だと思ったよ」

「それはちょっと大げさじゃないかなぁ?」

「そんなことないですよ! わたし、ワーロックさんのいう事分かる気がします!」

苦笑するストーリーテラーに被せる様に、ビリトは声を荒げた。

「語り部をしてる時も、自然とテラーさんのお話に惹きつけられて、本当に魔法みたいだなって思います!」

「そうかな? ふふっ、ビリトに言われるとワーロックに言われるよりも格段と嬉しいなあ」

「えっ?! 待って、なにそれ酷い!」

「ワーロックが嫌って訳ではないけれど・・・。ビリトは真っ直ぐ素直だから、それだけ信用できるんだ」

ふわふわと手袋越しにビリトの頭を撫でる手をペシリッと叩きながら「僕も素直だけど!?」と叫ぶ声が響いた。

手を叩かれたにも関わらずニコニコと笑顔を絶やさずに「そうだね」等と相槌をうっていると、作業をしていたハルスがこちらへ歩いてきた。


「あ、えと、すみません。うるさかったですか?」

申し訳なさそうにハルスの顔色を伺うと、何時もと変わらず作業中の真剣な面持ちを向けるだけ。

一瞬、ワーロックに視線を移すとピクリと眉を動かしたが、直ぐにビリトに向き直る。

「手伝ってくれ、ビリト」

「えっ、あ! はい!」

作業に戻るハルスの背を追う後ろ姿に、ワーロックは小さく声を漏らした。

「ずるいなあ・・・ハルス」

「ビリトはハルスにご執心だからね」

「あっ! もしかしてテラーもビリトちゃん狙い!?」

「まさか! 私はこう見えて年上好みなんだよー」

「・・・次の冬で60になる爺さんよりも上って相当だよ?」

「その時は来世に期待しよう」

「テラーが言うとそういうの冗談に聞こえないんだよなー」

「ふふっ」



c.


気が付くと遺跡内部は急激に冷え込んでいた。

少し席を外していたストーリーテラーがハルス達の下へ戻ると、「外の様子を見に行っていたんだ」と。

「日も落ちて真っ暗だったよ。冬はまだ先だけど、夜になるとこの辺でも冷えるから、体調管理には気を付けないとね」

「だ、だから急に寒くなったんですね・・・」

腕をさすりながら呟いていると、ワーロックは両手を広げ「寒いなら僕の胸に飛び込んでおいて!」等と嬉々露わにしていた。


「温度調整器を起動させてくる」

「太古の機械だというけど、便利な物だね。エアコンみたいだなー」

「えあこん?」

「んふふ、昔そういう機械をちょっと見たことがあるだけ。大したものじゃないよ」

無邪気に笑うストーリーテラーに、皆言及できなくなる。

性格なのか、或いは慣れなのか、ハルスは変わらずに「この手の機械は今もキギカイでは当たり前の設備だ」と説明した。


「明日も早くから作業に取り掛かる、今日はもう休もう」

「はい!」

ハルスから毛布を受け取り、ビリトは眠る時の定位置にすとんと座った。

ニコニコと「僕にもちょうだい!」と言うかの様に手を差し出すワーロックには「帰れ」と短く告げる。

ストーリーテラーの方へ目を向けると、視線に気づいたようで、にこりと笑い返す。

「私はここにお邪魔させてもらうよ。夜でも外は気が休まらないからね」

「ああ、わかった」

「テラーはいいのに僕は駄目なんておかしいよ! 贔屓だ!! 訴えてやる!」

「ワーロックは私とこっちで寝ればいいじゃない。ね? ハルス」

「いや、ワーロックは帰れ。そんなにここが好きならまた明日来ればいいだろう」

「やだやだ帰らないー! ビリトちゃんの寝顔じっくり見るんだもんー!」

「どうせまだ仕事が終わってないのに抜け出してきたんだろう・・・。お前の部下が可哀そうで心底同情する」

「ワーロックの仕事はそう簡単に終わるモノでもないからね」

「本当の本当に一段落ついた慰安旅行なんだってばー!」

駄々っ子のようにごねるワーロックに困ったように笑みを浮かべ、ストーリーテラーは「本当に駄目なの?」と尋ねた。

「彼がビリトの所に行かないよう、私がちゃあんと見てると約束するよ。それじゃあ駄目?」

「・・・・・・・・・甘いな、テラー」

「うん、すまないね」

「おい、ワーロック。煩くしたら直ぐ追い出すからな」

「わーーーい! ハルス、テラーありがと大好き愛してる!! あ、でも本当に愛してるのはビリトちゃんだけどね!」


子供の様に飛び跳ねるワーロックを捨て置き、ビリトに視線を移してみると、黙々と手帳に今日の事を書き込んでいた。

「ビリト、そろそろ灯りを消してもいいか?」

「あ、はい!」

パタン、と手帳を閉じてビリトは毛布に包まった。

「おやすみなさい、先生!」

「おやすみ」

ワーロックとストーリーテラーもつられる様に「おやすみ」と言うと、辺りはしんと静まりかえった。

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