ビリトの手記『公暦198年 夏の76日目』
01.
メモ
・文字は長い年月で形を変えて、今の形になった。
・魔術語はそれを書き記す者が魔法使い(先生はゾスマと言ったけれど魔族も含まれると思う)であれば、
実際に魔法を発動させる者は魔法の使えない者でも発動させることが出来る。
文字そのものに魔法を込めていて、特定の条件を満たすと勝手に発動する仕組み。
・新魔術語と旧魔術語は文字の形に大きな差異はないが発音が異なり、気を付けなければならない。
02.
夏も半分を過ぎた。
徐々に涼しくなって来ている(と、思う)。
正直、遺跡の中は先生が以前直した温度調整機のおかげでとても快適だ。
なんのための建造物なのかはまだわからないけれど、設備は充実している。
奥に進むにつれて、魔術語の描かれた壁が増えてきた。
どの文字も旧魔術語らしく、それだけでこの遺跡が何万年も昔から在ることが分かる。
最初は先生の手伝いでいっぱいいっぱいだったけれど、少しずつ楽しくなってきた。
わたしも余裕が有る時に自分なりに推理していきたいと思う。
a.
「大丈夫ですか? 先生」
不安気に問いかけてくる声に、短く返事をする。
ハルスは自らの手帳と行き止まりの壁に刻まれている模様の様な文字の様なものを何度も見比べていた。
その行為は数時間と及び、流石のビリトも「休憩を」と催促する程だった。
一向に動こうとしないハルスを引き摺って、なんとか普段休憩場所にしている所へ連れてきて座らせるも、じっと手帳を眺めたまま。
そんな姿に大きく溜息を付き、ビリトは今日の分の食事を取り出した。
「先生、食事にしましょう。手帳しまわないと汚れちゃいます」
「ああ」
「先生聴いてます?」
「ああ」
「あ! 先生! あそこにコロボックルが!」
「何処だ!?」
一瞬で手帳をしまい身を乗り出すハルスに、半ば呆れながら「聴こえてるじゃないですか」と、パンを手渡した。
「それよりコロボックルは――」
「冗談ですよ。先生があんまりにも話を聴かないから言ってみただけです」
「・・・そうか」
表情はいつも通りではあったが、明らかに勢いを失くしたハルスはおもむろにパンに齧りつく。
ビリトは困り顔のまま水を一口含み、「それで」と。
「何を見てたんですか? 随分煮詰まってたみたいですけど」
「ビリトは、この遺跡があの部屋で行き止まりだと思うか?」
「うーん・・・。目立った扉は無いですよね。・・・でも――」
「――外観と内観で遺跡のサイズが違うだろう? 明らかにまだ部屋がある。あの壁には魔術語が刻まれているから、何かがあるはずだ」
「魔術語? ですか?」
「魔法使いが一部の魔法を使う際使用する独自の文字だ。この遺跡は機械、魔法、文化、全てを有しているから、事前に魔術語を調べてきた」
告げながら、取り出した手帳をビリトに向けて投げると、慌ててキャッチした。
無言のまま中を見るように促され、パラパラと捲る。
「これが魔術語ですか・・・。さっきの部屋の壁にあったのと似てますね」
「そう。“似ている”んだ」
「?」
小首を傾げるビリトから手帳を返してもらうと、ハルスは荷物の中から一枚の布を取り出した。
「これはゾスマの間で古くから使われている通信手段だ」
「あ! これも魔術語に似てますね!」
「違う。これは“似ている”んじゃなくて“同じ”なんだ」
布を広げながらもう片方の手で手帳を開き、見比べさせる。
どのような法則性で並んでいるのかはわからないけれど、じっくり見てみるとその一文字一文字は手帳と同じ形状をしていた。
「本当だ・・・」
「だが、さっきの壁の文字は何度見ても細部が異なっていた」
手帳と布をポケットにしまい立ち上がると、再び先程の部屋へ戻ろうと歩を進める。
ビリトも慌てて食事を済ますと、ハルスの後ろ姿を追いかけた。
b.
ハルスはビリトが来るのを待っていたようで、一瞥すると直ぐに口を開けた。
「恐らくこの壁に記されているのは、旧魔術語だ」
「旧、ですか?」
いくつもの疑問符を浮かべる姿に、思わず微笑が零れる。
「魔術語に関わらず、文字は長い年月を経て今の形にまで変化した。この壁の文字は今の魔術語になる前の魔術語だろう」
感嘆の声を上げながら、熱心に新しい知識を手帳にメモしてゆく。
「しかし困ったな。魔術語は数万年前から既に現在の形に統一されていたから、資料もそこまでしか調べて無かったんだ・・・」
「珍しいですね。普段ならもっと徹底的に資料を持ってくるのに」
「魔法関係は専門外だ」
「専門外の事も良くやってるじゃないですか」
そもそもハルスの専門は元々生態系の方面であるからして、遺跡を調査する事自体が専門外であったが、本人はそのビリトの指摘を無視し、ポケットから先程の魔術語が記されている布を取り出した。
「こと魔法に関しては自分で調べるよりアイツから聴いた方が早い」
「アイツ? ・・・ああ、ワーロックさんですか。確かにそうですけど、でも此処って通信機圏外ですよ」
「だからこれを使う」
「さっき言ってた魔法使い達が通信に使うって言う布ですよね? でも先生は魔法は使えないはずじゃ・・・?」
「確かに、スグルの俺は生まれつき魔法が使えない。だが――」
布を地面に広げ、その上に銀の指輪を一つ置き、ぼそぼそと呪文のようなものを唱える。
すると指輪が光り出し、その眩しさに思わず目を瞑った。
「魔法使えたんですかぁ!?」
「魔術語の特徴だ。魔術語を記す者が魔法使いであれば、使用者は魔法の使えない者、スグルでも発動させることが出来る」
光が収まったのを瞼で感じ、ビリトはゆっくりと目を開けると、其処には一人の男の立体映像が投影されていた。
「わあ! 手乗りサイズのワーロックさんだ!」
「この映像技術は未だに機械では再現できない・・・、通信布の特徴の一つだ。受信者には声しか聞こえないがな」
通話は既に始まっているものの悠長にビリトに説明をしていると、映し出されたワーロックはハッとした表情を見せた。
『その声はハルス?! お前今何処に居る!?』
「メディナクト遺跡だが――」
『メディナクト遺跡か。分かった! 今すぐそっち行くからちょっと待ってろ!』
「なっ?! お前まさかっ」
ハルスが言い終わる前に一方的に通信を切られ、立体映像は霧散する。
その場を沈黙が包み込むのも刹那、ハルスが棒状の何かをビリトに手渡すと、入り口の方向から浮かれた声が響く。
「ビーリートーちゅわああああああああああああん!!」
「良いか、ビリト、遠慮せず殴って良いぞ」
「え、えええぇぇ?」
そっと耳打ちをするとビリトは困惑したまま受け取った棒を握りしめた。
そんなやり取りをしていると、浮かれた男、ワーロックは決めポーズで、二人の前に姿を見せる。
「会いたかったよ僕のエンジェルビリトちゃん! 式の準備はもう出来てるから今すぐ僕と一緒に二人だけの愛の巣へ――ゴフッ」
「ちょっと黙れよお前」
遺跡に転がる瓦礫で思いきり殴りながらハルスは面倒そうに言うと、痛みで蹲るワーロックは「冗談だよ・・・」と弱々しく答えた。
c.
「癒し! そう! 癒しが足りないよ! 堅苦しいおっさん達の相手に、目も眩む程の書類のチェック!! 信じらんないよね~、本当割に合わないって!」
「要は、仕事放り出して逃げてきたんだろ」
「違いますぅー! ビリトちゃんに仕事の疲れを癒してもらいに来たんですぅー!」
「は、はぁ・・・」
苦笑すると、ハルスがそっと「真面に取り合わなくていい」と言った。
「お前の話は後で聴くから、其れよりも先にこれを見てくれ」
機関銃の様にべらべらと日頃の鬱憤をぶちまけているワーロックの言葉を強引に止め、壁に記されている魔術語を見せる。
その壁を見ると、ワーロックは「はあ?!」と素っ頓狂な声を上げハルスの方を向いた。
「もしかして、これ読ませる為に連絡してきたの?」
「ああ」
「ほあぁー・・・そっかぁ・・・」
呆然と声を漏らし再び壁に目を向けると、当然の様にポロッと呪文を唱えた。
すると足元が光りを放ち、一瞬にして景色が変わる。
「?!」
「わ、わわっ!」
「此処が奥の部屋みたいだね」
「先生、今のは?」
「転移魔法だ。マディカ国ではよく使われてるが・・・」
あっさりと壁の魔術語を解読したワーロックに疑問の目を向けると、その視線に気付いたのか壁をペシペシと叩きながら、
「これ、僕の部屋に使われてるのと同じ」と、得意げに言った。
「で、でも、ここに使われてるのは旧魔術語ですよね? 何万年も前のモノをどうして・・・」
「僕の家は凄く昔からある建物でね、こういうの残ってるんだ」
「そんなに昔からあるなんて、凄い建物なんですね・・・!」
「あはは~! いつでも遊びにおいで、歓迎するよ~」
おどけた様に笑うワーロックを睨みつけ、ハルスは手帳を開いた。
「そんなことより、知ってるなら読み方を教えろ」
「ああ、うん、そうだね」
二人が隅で先程の壁――というよりも、この部屋への扉と言うべきだろう――の文字のノウハウを話始めたので、ビリトは持っていたライトで奥を照らした。
ぐるりと部屋中を照らしてみると、奥へ進む道があった。
「先生、やっぱりまだ続いてるみたいです!」
「だろうな。まずは一旦戻ってこの部屋に灯りを運ぶ」
「あ、はい!」
速足でハルスの下まで戻る姿を見て顔を緩ませるワーロックに、「お前はもう帰っていいぞ」と、告げる。
「本当にこの扉の為だけに呼んだんだね!!」
「資料を送るように頼みたかっただけだ・・・、お前が勝手におしかけて来たんだろう」
「うっ、そりゃそうだけど・・・」
口籠るワーロックの背中を押し、「ほら」と。
「わかったよ。はあ・・・帰ったらまた仕事かぁ・・・。また来るねービリトちゃん」
「あ、はい! また!」
「来なくていい・・・」
元気に返事をするビリトの声に隠れるように、ボソリと漏らす。
恐らくそれに気付いているであろうワーロックは作り笑いを浮かべ「また来るから」と力強く言った。
適当に手を振り「勝手にしろ」と答えると、満足げにワーロックは頷いた。
呪文を唱え、彼の姿が一瞬にして消え去ると、騒がしさも余韻を残すことなくなくなっていたのだった。
03.
それにしても、ワーロックさんは先生とはまた違った方向で色々な事を知っていて、本当勉強になる。
確か、マディカ国ではそれなりに偉い人らしいと聴いたけれど、そういえばわたしは彼が何の仕事をしているのか全く知らない。
今日ちらりと、「書類のチェック」とか「堅苦しいおじさん達の相手」等と零していたけれど、何かの管理職なのか・・・?
また来ると言っていたので、今度本人に聞いてみるのも良いかもしれない。
(この後先生にも尋ねてみたけれど、先生も正確には知らないらしい。ただ、何となく察しはついた上で、わたしが知る必要はないと言っていた。)
あと、これは単純な疑問なんだけれど、ワーロックさんはもしかして大きな誤解をしているんじゃないだろうか?
商人さんの時もふと感じた違和感だけれど・・・。
まあ、わざわざ言うほどのことでもないだろう。