ビリトの手記『公暦198年 春の30日目』
a.
「おじょーちゃん、そいつが気になるのかい?」
街の広場で布を広げ、商売をしているその女商人は、品物をじっと見つめる子供に声をかけた。
張られた値札の異様な値段、そして、何に使うのかもいまいちわからない品揃えから、街の住人達は見向きもせずに通り過ぎてゆく。
耳当てのついた帽子を深くかぶった子供は、周りをきょろきょろと見渡すと、無言のまま自分に指をさして小首をかしげた。
「そうそう。お嬢ちゃんのコトでさぁ」
「あ・・・すみません、気付きませんでした・・・」
「そんな帽子を深く被っていたら、そりゃあ気づきませんでぇ?どうだい、その帽子をとってみては?」
「ごめんなさい、それはできません」
中性的な声はハッキリとそう告げると、商人は残念そうに、しかしニカッっと笑顔を作った。
「そいつあ失礼。んで、話を戻すとして、お嬢ちゃんはそいつが気になるのかい?」
商人が顎を少し動かしその無骨な腕輪を示した。
「どこかで見たことのある模様だったので・・・」
「ふむ・・・。お嬢ちゃんはお目が高い! こいつは此処だけの話、あのレジックル遺跡の遺物なんですぁ」
「レジックル遺跡・・・2年前に先生といった場所だ」
「したら、お分かりっしょう?この模様はあの遺跡の壁に彫られている模様と一緒だと」
「・・・・確かにこの複雑な模様は酷似してるけど・・・こんな所にどうしてそんなものがあるんですか?」
商人は「それにゃあ深ーい事情がありやして」と、商売道具の木箱から煙管を取り出した。
2、3度煙管をふかせると、目を細める。
「こいつぁ、不味い人に見つかっちまいあしたか」
かっかっか、と笑い声をあげ、商人が子供の後ろに立つ人物に視線を向けたので、つられて子供も振り返る。
其処には、眉間に皺をよせた眼鏡の男が、じっと商品を見下ろしていた。
「先生!」
子供が勢いよく立ち上がり、男を呼ぶけれど、当の先生と呼ばれた男は不機嫌そうな顔で商人に視線を移した。
「おい、商人。また貴重な遺品を勝手に持ち出したのか?そろそろ連合に突き出してやっても良いんだぞ」
「違いやすって! あっしの言い訳を聴いてくだせい!」
「持ち出したことに違いはないだろう」
「違うんですぁ! あっしが持ち出したんじゃないんっす・・・こいつぁ人づてに手に入れたモンでして・・・」
「ほう?」
男が睨みをきかせると、商人と呼ばれた商人はぺたん、と土下座をした。
「し、信じて下せえ! ハルスの旦那! あっしと旦那の仲じゃねえっすか!」
先程まで上を向いていた商人の尻尾は、へにゃりと下がった。
男――ハルスは、小さく息を吐くと、腕輪の値札を確認した。
「・・・妥当な値だが、これじゃあ一般の客が手に出来るわけないだろう」
「ですから、ハルスの旦那みたいなセンセに目をつけて貰えたら、これ幸いと思いやして・・・」
「連合に話を通しておくから、ちゃんとした機関に持って行け。あとは売るか寄付かはお前の好きにしろ」
「どっひゃああ! さ・す・が! ハルスの旦那ァ! いやあ、今後ともご贔屓に!」
ハルスは鬱陶しそうに舌打ちをすると、一人会話に入れずしょぼくれている子供の頭を、帽子越しにわしゃわしゃと撫でた。
「商人、こいつにちょっかい出してないだろうな」
「そういえば、こちらのお嬢ちゃんは?」
「びっ、ビリトと言います。ハルス先生の助手をしてます・・・」
ハルスの背に隠れるようにし、たどたどしく言葉を口にした。
「ビッビリト? 面白い名前だねぇ」
ハルスが「ビリトだ」と小さく訂正を加えると、今度はビリトの方を向いた。
「何か欲しい物でもあったか?」
「いえ! さっきの腕輪が気になっただけですので!」
ブンブンと首を横に振ると、ちらりと並べられた品物を見た。
その様子に気付いた商人が、にっこりと笑みを浮かべると「旦那」と声を掛ける。
「紹介のお礼と言っちゃあなんっすが、お好きなモン持ってってくだせぇな」
「そうか?」
「どうでせう? ビリトちゃんにこの可愛らしいネックレスなんかいいんじゃねえですかい?」
「え?」
「いや、ビリトならこっちの方が良いだろう」
そういって指差したのは、重々しい本だった。
それに商人はキョトンと目を真ん丸くしていたけれど、直ぐ呆れ混じりに、
「旦那、女の子の気持ち分かっちゃいませんで? 女の子はキラキラ小さくて可愛い物が大好きなもんです」
と、返し、ビリトに同意を求めた。
けれど当のビリトはその本を手に取ると、目をキラキラとさせている。
余程気に入ったようで、その様子に商人もがっくしと肩を落とした。
「あれ? でも、この本、どのページも白紙です」
「ああ、それ、元々日記用なんでさぁ。某偉大なデザイナーがデザインした絶版本なんでぇ、マニアの間じゃ超高価で取引されるモンなんす」
「いいじゃないか。ビリト、確かお前の手帳、もう書けなかっただろう。次はこれを使えばいい。―――ということだから、持って行くぞ、商人」
「あー、へーへー。ドーゾ。本人がそれでいいってんなら、良いじゃねえすか」
二人がビリトへ視線を向けると、当の本人は嬉しそうに本を抱きしめていた。
商人は微笑を零す。
「それじゃあハルスの旦那、紹介の方、頼みやしたぜ」
b.
商人に紹介文を渡す為に、3人はハルス達が現在泊まっている宿屋へ訪れていた。
「確かに、受け取りやしたぜ、旦那」
ニカッ、と笑いすぐさま帰ろうとする商人を「ちょっと待て」とハルスは引き留めた。
「なんすか?」
「商人、お前に少し頼みがある」
「へえ・・・」
目を細め、くるりと体をこちらへ向けると、商人は続けた。
「ハルスの旦那の頼みとありゃ、聴かねえわけにはいきやせんで」
「暫く俺とビリトは此処の調査に向かうことになった。いつも通り頼む」
ハルスが地図を広げある場所を指差した。
「此処すか?」
「先生、此処は?」
商人と一緒に地図を覗き込んだビリトも尋ねる。
ハルスは「調査を依頼された遺跡だ」と。
「メディナクト遺跡。長きにわたって、3国の何処が調査するかを議論していた遺跡だ。文化的、魔法的、機械的、全てに当てはまる故に、何処の管理下に置くか揉めている場所だ」
「場所は文の国に近いんですね。文の国が優先的に調査出来たりはしないんですか?」
「最初にこの遺跡を発見したのはキギカイ国の学者だ。それが揉めてる理由になっている」
「なあるほど! それで何処にも所属してない旦那が行くことになったんすねぇ!」
商人は納得というように腕を組み「うんうん」と首を縦に振った。
「そういう事っしたら、了解しやしたぜ、ハルスの旦那。請求の方は連合にすりゃいいんすね」
「ああ」
「んじゃ、あっしはこれで!」
かっかっか、と笑いながら去る商人を無言で見送ると、ビリトが顔を覗きこみ「あの、」と呟く。
「アキンドさんに何を頼んだんです?」
「物資の供給役だ。前の調査の時は街が近かったからお前に買い出しを行かせてたが、今回は遺跡の近くに街は無い。そういう時はプロに任せる」
「へえ」
ビリトは商人から貰った新しい手帳を取り出すと、メモを記そうとした。
「ビリト、そういうことはわざわざメモする必要はない」
「あっ、えっと・・・そうですよね・・・! なんだか、早くこの手帳に何かを描きたくてつい・・・」
恥かしそうに目線を逸らし、筆と手帳を慌ただしくしまうビリトの姿に、ハルスは微笑を零し帽子越しにそっと頭を撫でた。
「早速調査の準備をするぞ、ビリト」
「はい!先生!」
帽子を深く被り直し、ビリトは元気よく言葉を返したのだった。
01.
学術同盟連合の依頼でメディナクト遺跡の調査に向かうこととなった。
先生から説明を聴いたあと、自分でもメディナクト遺跡について少し文献を見てみた。
殆ど先生の言っていた通り、文化的、魔法的、機械的な要素を持つ遺跡であるということしか分からなかった。
先生は前々からこの遺跡に興味が有ったらしいので、この調査は嬉しい物だろうけれど、
わたしとしては、どうして3国で協力し合わないのだろうかと、少し疑問に思った。
勿論、先生に尋ねてみたけれど、「国同士、譲れない問題があるのだろう」と言っていた。
まだわたしにはそれがどんなものなのか、よくわからないけれど、今は遺跡の調査に集中しよう。
と、少し真面目な事を記してみた。
新しい手帳が少し嬉しくて、ついちょっぴり格好をつけてしまった。
新しい手帳に、新しい遺跡の調査。
嬉しいことや楽しみな事がいっぱいで、今夜はちゃんと眠れるだろうか。