ビリトの手記『公暦199年 冬の60日目』
a.
未だ遺跡の調査は難航している。
必要最低限の移動用機械等は全て修復し、恐らく最奥だろう部屋までの道のりは確保出来た。
けれどやはり、壁に刻まれる魔術語とも違う文字の様な図の様な模様の謎は解明できていない。
此処が何のための建造物なのかが分かるまで次の定期報告が出来ない。
完全に行き詰ってしまった。
ワーロックが訪れたのはそんな時だった。
あの夏の日に突然帰って以来一切連絡をしてこなかった彼は、ヨロヨロとふら付きながら二人の前に姿を現した。
「は、はるすぅ・・・・・・」
「どうしたんだワーロック」
取り柄だったはずの元気が微塵も感じられず、流石のハルスも心配そうに問う。
乾ききった笑みをこぼしていると、視界の端にビリトの姿が映り突然声も無く大粒の涙を零した。
「大丈夫ですか?!」
「だ大丈夫! 僕の心が追いつかないだけさ! ははははは!」
涙を袖で拭いながら、ビリトと顔を合わせない様に斜め上を見る。
その様子に申し訳なさげに「初めてお会いした時に言うべきでしたね・・・」と俯いた。
「いいや! 僕が勝手に勘違いしてたのが、して、たのが・・・悪いから・・・」
徐々に言葉の勢いがなくなったかと思うと「ああああーーー!!!」とその場に崩れ落ちる。
「さぞ滑稽な事だっただろうハルス!!!」
「そうだな」
いつものことか、と面倒そうに即答され、さらに奇声をあげる。
その様相が憐れで仕方がなく、暫くビリトに席を外してもらうことにした。
「ほら、シャキッとしろ。――それで、何しに来た」
腕を引き上げ無理矢理に立たせると、「うん」と。
「詳細の資料も探したんだけど見つからなくて・・・」
数枚の古紙を渡され、其処に記された物に目を落す。
眼鏡に軽く触れながら感嘆の声を漏らし、壁に彫られた模様と見比べる。
「似てるな」
「他のとも比べてみたけど、ベースは一緒。ただこれが何を表すかまでは分からない」
手帳を取り出し事細かにそれを写していく。
「その資料は預けておくよ」と言うと、そそくさと帰ろうとする。
やけにアッサリしているのは、傷心のせいなのだろうか。
「もう帰るのか?」
「僕も仕事あるし・・・」
「お前らしくなくて気持ちが悪いな」
「酷いなあ」
ずっと片思いしていた少女が実は男だった事がショックなのは分かるが、いつまでもウジウジされていると鬱陶しい。
なんの脈絡もなく、ハルスはワーロックの頭を思いきり殴った。
「いっ?! ――んなななななっ?!」
「いや、何となく」
「理不尽!」
b.
ハルスとワーロックが二人で会話をしている所へ、まだ入っていいと言われていなかったけれど、居てもたってもいられずビリトは走った。
「先生! 先生聴いて下さい!」
その声にワーロックがビクリと肩をふるわせたけれど、ビリトは気付かなかった。
「ビリト、まだ入って良いとは――」
「テラーさんが! 見つけたんです! あの、文の国の北部で!!」
「? 落ち着け、ビリト。何を言っているか分からない」
今にも飛びついてきそうな勢いのビリトを鎮めようとしていると、くつくつと笑い声が聞こえてきた。
「ごめんね、ハルス、ワーロック。話の邪魔をさせちゃったかな? まさかビリトがこんなに喜ぶと思わなくって・・・」
「テラー・・・」
ハルス達がストーリーテラーを見ると「やあ」と手を振り笑った。
どうやらビリトに何かを吹き込んだのはストーリーテラーのようだ。
熱くなっているビリトを落ち着かせ、ストーリーテラーに何があったのかを問う。
悪戯っぽく笑みを浮かべ、先程ビリトに聴かせたことを話した。
「この間、文の国北部でビリトとよく似た髪と目をした人たちの集落を見つけたんだ。もしかしてビリトが探してる故郷ってあそこじゃないかな?」
「そこの風習もわたしが幼い頃教わったのと一緒だそうです! きっとそこがわたしの故郷に間違いないですよ!」
ハルスの服を引っ張り主張する愛らしい姿に、ワーロックは不覚にもときめいてしまい自分の頬を叩いた。
「どうしたの、ワーロック? 虫でも飛んでた?」
「そうだね」
ストーリーテラーの間の抜けた質問に、叩いた頬を摩りながら返す。
ビリトとハルスは集落についての事を考えていたけれど、どのみち今は遺跡の調査があるので其処に行くことは出来ない。
最終的に、集落については保留という事になった。
それでも故郷の場所を知ることの出来たビリトはとても上機嫌で、鼻歌を歌うほどだった。
ビリトの為にも早く調査を進めなければと心の中で強く思った。
「それを伝える為だけにわざわざ来たのか?」
「うん? そうだね――。うん!」
ワザとらしく考えるポーズをとってみるも、それ以外に要件も無かったようで、ふにゃりと笑顔を作った。
「ありがとうございます!」
感謝してもしきれません! とストーリーテラーの手を掴んだ。
嬉しそうなビリトの姿を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
ワーロックは深く溜息を吐いた。
「新しい扉が開きそうだよ・・・」
「あれ? あなたは元々そっち系の人じゃなかったの?」
「違うよ?! 僕ノーマルだよ!」
「え? そっち系だからビリトを狙ってたのかと思ったよ」
「テラーも知ってたの?! なんで皆して教えてくれないんだよ!! ウワーーー!」
大分いつもの調子を取り戻したワーロックに、「喧しい」とハルスが吐き捨てた。
そんな様子に、心底楽しそうにストーリーテラーは笑みを零した。
c.
「ところで、―――調査の方はどう?」
楽器を弾きながら問いかけるその言葉に、ハルス達は直面している壁を思い出し真剣な面持ちになる。
「それがね、この壁に彫られてる模様がなんなのか分からなくって・・・」
「メディナクト遺跡独自の紋である可能性もあるが、ワーロックが持ってきた資料に似たモノがあった」
「わあ、何時の間に・・・!」
先程の古紙をビリト達に見せる。
ビリトはハルスがしたように壁の模様と見比べながら、手帳に事細かに記していく。
演奏する手を止めると、目を細め懐かしむようにその模様を見た。
「私にはこれが、あるモノにしか見えないな」
「知っているのか?!」
身を乗り出すハルスに微笑を返し、再び絃を弾く。
ストーリーテラーの演奏は素晴らしいけれど、今はそれよりも話の続きが気になった。
口には出さないが、ワーロックやビリトも続きを気にし、じっと言葉を待った。
壁の模様をじぃっと見つめ、そのままたどたどしく音を鳴らす。
何度か同じメロディを繰り返し弾くと、「うん、これだ」と呟いた。
「私にはこう見える」
今度は実に滑らかに、その旋律を奏でて見せると、ワーロックはハッとして声を出した。
「楽譜だ!」
どうして今まで思い浮かばなかったのだろう! と思わず大声になってしまう。
ハルスも納得したように手帳にメモを取る。
今迄あまり音楽に触れた事のないビリトは首を傾げおうむ返しをしていた。
「楽譜? ですか?」
「楽譜って言うのは、歌や音楽を記号であらわしたもののことだよ」
「へえ・・・」
ビリトが新しい知識を黙々と書き込んでいる間に、ハルスは別のところで疑問を上げた。
「テラー、この楽譜と俺の知っているモノは随分異なるが・・・」
「この楽譜はマディリア譜って言ってね、魔法を含んだ特別な音楽を記すものなんだ」
「魔法音楽は実用性に乏しくて大昔に廃れて、今の普通の楽譜に全部統一されたから、資料はあまり残ってない・・・完全に盲点だったよ」
「成程・・・。それで、ここにはなんて?」
「うーん・・・。音階を読んでを示すことは私にも出来るけど、其処に含まれた意味まではわからないなあ」
「そ・れ・は、僕が調べてくるよ! 音楽って事が分れば十分探し出せるはずだから!」
「ああ、頼んだ。テラー、一応音階の方も教えてくれ」
「うん! 良いよ!」
盛り上がる3人の横、彼らが口にしたことを大慌てで記してゆく。
わからないことだらけだけれど、活気を取り戻したハルス達の姿がビリトはとても嬉しかった。
「大きな進歩! ですね!」
01.
ワーロックさんが久しぶりに顔を出してくれたけれど、普段の元気は全くなかった。
あの時の事をまだ気にしているようで、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
先生に言われて外をフラフラとしているとテラーさんに会った。
わたしに伝えたい事があるとかで、わざわざ来てくれたらしい。
テラーさんが伝えに来てくれたのは、わたしの故郷のことだった。
幼い頃人攫いに攫われて以来、一度も帰ったことが無い故郷。
わたし自身とても幼かったのであの集落がどこにあるのか、殆ど覚えていない。
前々から探していたけれど、やっと、やっとその手がかりを見つけたのだ・・・!
ああ、早く確かめに行きたい!
02.
メモ
・楽譜:音楽を記号で表したもの。
・通常の楽譜は“五線譜”を使い音階を表す。
・マディリア譜:大昔に廃れたとされる魔法楽譜。詳細は不明。
メディナクト遺跡内部、特に奥の方に多く彫られている。
03.
テラーさんのおかげで、一つの謎が氷解した。
遺跡内部に彫られている模様は、マディリア譜という楽譜らしい。
わたしは、音楽は聴いたり歌ったりするだけで、楽譜というものは初めて見た。
また、楽器によって楽譜の作りは異なるらしいので、今度街に行った時にでも色々見てみたいな。
何はともあれ、これは大きな進歩に違いない。
これからもっと忙しくなるぞ・・・!
今後の調査が楽しみだなあ。




