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ビリトの手記  作者: 兎角Arle
10/16

ビリトの手記『公暦199年 夏の4日目』

01.

気が付くと遺跡の外は初夏の陽気。

少しじめじめして過ごし辛い。

温度調整は出来ても、湿度調整は出来ないから、我慢するしかない。

こういう時ばかりは、髪が長いのが鬱陶しくて仕方がない。

わたしもいっそのこと先生と同じくらいの長さにしてしまおうかな?


02.

相変わらず至る所に機械の設備や旧魔術語が刻まれている。

魔術語とはまた違った図? も彫られていて、それらを調べる為に、最近ではワーロックさんが時々顔を出してくれる。

ワーロックさんでもそれがなんなのか分からないらしく、調査は難航していた。


折角親身になって手伝ってくれているのに、余り成果を出せずに申し訳ない。

先生が「そんなに簡単じゃない」と慰めてくれて、なんだか落ち込んでいた自分が恥ずかしくなった。

今日は先生達の前で泣いてしまったり、本当に迷惑をかけっぱなしだ。


落ち込んでいる暇があったら、もっと頑張って成果を出すべきだよね・・・。

わたしに出来ること、もっと頑張らなくちゃね・・・!

a.


空気の湿った嫌な暑さに苛立ちながらハルスとワーロックは口論をしていた。

先程からずっとこうだ。

遺跡に彫られている文字とも違う図の様なモノが何を意味するのかを小一時間言い合っている。

ワーロックは魔法的観点がどうのこうのと、ハルスは芸術的観点がどうのこうのと。

最初こそ仲裁に入ろうとしたが、ビリト自身も暑さで参ってしまい、冷めそうにない二人を静観しているだけになる。


こまめに水分を取りつつ、ぼんやり手帳を読み返す。

メモやら日々の記録やらでいつの間にか結構なページを使っていた。

ハルス達の役にたてないものかと、ビリトは過去の記録をペラペラと捲り直し、暑さで鈍くなった頭を何とか動かし考える。

何か、何かもっとあるはずなのだ。

何かが出かかっているのに上手くまとめられない。


次第にビリトの頭は混乱していき、傍から聞こえてくる雑音が全てを掻き乱した。

あと少しの所で思考が霧散させられてしまったビリトの中の糸か、ぷっつりと切れた。


「お二人とも煩いです! ちょっと黙ってください!!」

本人も無意識に口を吐いた言葉に、ハルスとワーロックは驚きを隠せずビリトを見た。

この一言で箍が緩んだようで、ビリト自身全くの無意識に言葉を続ける。

「せ、せっかく、わたし、頑張って考えてたのに・・・考えてたのに、分からなくなっちゃいました・・・っうぅ」

珍しく怒ったかと思えば、今度は今にも零れ落ちそうな程大きな滴を瞳に溜めて緩々とその場に崩れた。

嗚咽をあげてぐしゃぐしゃに成る姿に、二人は顔を見合わせる。




先に駆け寄り声を駆けたのはハルスだった。

「この暑いのに、そんなに泣いたら余計身体が熱くなるぞ」

出来る限り柔らかい声で涙をぬぐいながら言うけれど、溢れる涙は増すだけ。

ハルスを退かすように割り込み、今度はワーロックがビリトの頭をそっと撫でた。

「煩くしてごめんね、ビリトちゃん」

泣きやむ気配の無いビリトに、横目でワーロックを睨むけれど、彼は口元に人差し指を立て「今はそっとしておこう」と口唇で伝える。


「落ち着くまで泣いてて良いよ。僕達は隣の部屋に居るから、落ち着いたら声を掛けて」

ハルスを強引に連れて行き、二人は部屋を後にした。



b.


「煮詰まって苛々してたのは僕達だけじゃなかったってことだね。我ながら大人げなかったよ」

ワーロックは苦笑したけれど、ハルスは未だ不機嫌そうに顔を逸らす。

その態度に再びムッとするけれど、直ぐに大きく溜息を吐いた。

「もう言い合いはよそう。ビリトちゃんが来た時にまた口論してたら示しがつかない」

「・・・ああ」

渋々というように返事をする。

再びカチンと来たが、自分でも言った通り言い返して口論になっては仕方がないのでワーロックは無理矢理に話題を変えることにした。


「それにしても、ビリトちゃんが泣いた所なんて初めて見たよ」

「・・・あまり泣かない奴だからな」

「もしかしてハルスも初めて見たの?」

「いや・・・――」

出会ったばかりの頃のビリトを思い出しながら呟く。


あの頃から自分の気持をため込みやすく余り泣くことは無かったけれど、毎日今にも泣きだしそうな顔をしていた。

それを思うと、今は本当に表情豊かになった。


だからこそ、泣かせてしまった自分が許せない。

その感情をワーロックへぶつけてしまったけれど、何よりも自分に嫌気がさしていた。

だから子供は苦手なのだ。と考えてしまう己にさらに自己嫌悪が募る。


「ねえ、ハルス」

「・・・・・・」

無言の返答を聴いていると判断し、続ける。

「ビリトちゃんと距離を置こうとか思うなよ」

「は?」

「悔しいけどさ、あの子にはまだハルスしかないんだから」

その言葉の通り、悔しそうに、けれど笑いながら言った。

ああ、そうか。と心の中で納得し、口元を緩め、

「余計なお世話だ」

と返した。


口ではそう言ったものの、彼の言葉でとても救われた。

調子に乗るだろうから表すことは無いけれど、心の中ではいつだって感謝している。

そんなハルスの不器用さをワーロックも理解していた。


真剣な顔に戻し、ワーロックに聞こえる様に呟く。

「実はビリトのことで前から考えていたことがあるんだ」

「何? 僕との結婚について?」

「――本人の意志を優先させる心算だが、ちゃんとした学校へ通わせた方が良いと思ってる」

「無視しないでよ! ――って、学校? キギカイ国の?」

「いいや。もし通わせるならお前の所の方が知人も多いし安心できる」

「だね。・・・でもなんでまた?」

疑問符を浮かべるワーロックから視線を外し、腕を組む。

「あいつは賢いし物覚えも良い。俺の手伝いをさせるよりもっと様々な経験をして将来の可能性を広げた方が良いと思ってる」

「ふうん」

考えるように数秒唸り声をあげると、「わかった」と。


「その話は僕がビリトちゃんに言うよ」

「いいのか?」

「ハルスが言ったら言葉が足りなくて変に誤解されるだろうからね」

「・・・」

複雑な顔でワーロックを睨むと、部屋に小さな足音が響いた。



c.


真っ赤に張らした目を擦りながら、物陰から二人を覗いたビリトは、鼻を啜りながら声を出した。

「ご迷惑、おかけしました」

「騒がしくした僕達も悪いから気にしなくていいよ。そうだ! ちゃんと顔冷やした?」

「い、いいえ」

「駄目だよ! 女の子なんだから。折角の可愛いお顔が台無しだよ?」

荷物から取り出したタオルを湿らせ駆け寄ると、それで顔を拭ってやる。

苦しそうに目を瞑りながら、ビリトは「あの」と声を漏らす。

「ん? なあに?」

「今、わたしのこと女の子って言いました?」

「うん? 言ったね」

顔からタオルを退けられ、ワーロックと目を合わせる。

少し上目使いになりながらも、申し訳なさそうに声を出した。


「わたし、男なんですけど・・・」


「――・・・・・・・・・うん? 今なんて?」

笑顔のまま問い返すワーロックの心中等一切知らないビリトは「ですから」と。

「わたしは男です」

「はっはっはー! そんなまさか! ねぇ、ハルス?」

ハルスへ視線を移すと、軽く眼鏡に触れながら「ビリトは男だ」と追い打ちをかけた。


「そ、そそそそそんな! そんな馬鹿な! ぁあり得ない・・・!」

動揺で崩れるワーロックを心配げに見下ろす。

声を掛けようか迷い、ハルスとワーロックを交互に見ていると、急に立ち上がり二人に背を向けた。

「帰る」

「えっ?」

そのまま言葉も無く、転移魔法で一瞬にしてワーロックは消え去る。

静になった空間で、ハルスの方を見ると「あれは気にしなくていい」とため息交じりに諭した。


「なんだか、色々、ごめんなさい」

「・・・」

「ごめんなさい」

弱々しい声音に返事をせず、ビリトの頭を軽く撫でる。


「どんなことも、そんなに簡単にはいかない。気を張らなくていいんだ」

「ごめんなさい・・・」

「謝らなくていい」

「はい」

相変わらずの仏頂面だったけれど、触れる手の暖かさにまた涙が零れそうになった。

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