出会い ②
ホテルを出る時、皐月は知り合いがいないか用心深く見回してから外へ出た。
青年は皐月の一挙一動を不信に思っているようだが何も言わない。
外の空気は涼しくて気持ちが良かった。
母親との約束を破った事に後ろめたさは無い。
時間までに戻る自信はあるし、何よりもあんな窮屈な場所でダラダラと待つ方が間違っていると思うからだ。
お嬢様がおとなしくて清楚である必要なんて無いだろうと皐月は思っている。
顔色を覗って半笑いしながら会釈するよりも、琴鼓や華凛の様に思うまま挨拶した方が相手だって気持ちが良いはず。
「あ、えっと、私、白川皐月です!あなたのお名前は?」
ホテル前の通りは夕焼けに染まり、人通りもまばらな並木道を二人は並んで歩いていた。
突然の皐月の自己紹介に青年は思わず立ち止まる。
「あ、俺は小太刀。淡島小太刀です。なんかわざわざすいません白川さん。」
そう言うと小太刀は深々とお辞儀をした。
「いいえ。とっても暇でしたから。あ、皐月で良いですよ?小太刀くん。」
「へ・・・あ、はい。さ、皐月さ・・ん。」
小太刀は頬を赤くして照れている。
その姿が微笑ましく皐月はなんだか安心感を覚えた。
「小太刀くんは、大会に出場するんですか?」
「え?わかります?」
「いえ。わかりませんよ?勘で聞いてみました。出場するんですね。部門はなんです?」
「あはは・・・いちおバトル部門だけど。初めて出場するから勝手がわからなくて散々だよ・・・。ロボットを先に運んでもらったんだけど、何が悪かったのかロボットが行方不明になっちゃって・・・。」
小太刀はがっくりと肩を落とす。
「それはそれはお気の毒に・・・。なんて言うロボットですか?良かったら私も探してみますよ?」
皐月の言葉に嬉しそうにパッと顔をあげると皐月の両手を握り締めた。
「ありがとう!今日はラッキーだ。皐月さんみたいな人に会えるなんて。」
「あ、でも、見つかる保証は出来ませんよ。たぶん大丈夫だと思いますが。」
「構わないよ。気持ちがありがたいから。」
ふと、手を握り締めていることに気が付き、小太刀は慌てて手を振り払った。
「ごめん。ちょっとテンション上がった。」
「それは良かったです。」
何事も無いかのように微笑む皐月に小太刀は苦笑いで返した。
そうこうしているうちに二人は飲食街へ辿り着いた。
まだ、日も落ちていないのにも関わらず、街には大会で盛り上がった酔っ払いがチラホラ出始めていた。
二人が中華料理屋の前に差し掛かった時だ。
突然、料理屋から出てきた男に皐月がぶつかってしまった。
「きゃ!」
倒れそうになる皐月を小太刀が支える。
「大丈夫?」
「うん。」
そう答えると皐月はすぐさまぶつかった男に向き直り頭を下げた。
「すいません。大丈夫ですか?」
「いってぇ~なぁ・・・ガキが男連れて色気づきやがって。」
太った大柄の男が悪態を吐きながら皐月に歩み寄る。
どうやらそうとう酔っ払っているようだ。
「すいませんでした。」
もう一度皐月が頭を下げ、足早に立ち去ろうとするが男は皐月の腕を取り力任せに引っ張る。
「いたッ・・・。」
「おい!俺を誰だと思ってんだ?えぇ?」
男が、皐月の胸座を掴もうとして手を伸ばす。
すかさず小太刀がその手を払いのけ皐月と男の間に入り込んだ。
「なんだぁ?彼氏くんは?ボクの女だぞ~ってか?ああ!?」
男の酒臭い口が小太刀の顔の近くで悪態を吐く。
無言で睨み返す小太刀。
その小太刀の袖を皐月が引っ張った。
「小太刀くん。いこ?」
皐月が寂しげに微笑む。
「あぁん?コダチクンイコ?何処行くつもりだ?ホテルにイっちゃう~ってか?近頃のガキは御盛んだな!」
小太刀の握り締めた拳がギリギリと音を鳴らす。
この男があと一言でも口を開けば確実に小太刀の豪腕が男の腹部にめり込んでいただろう。
ところが、惜しい事に外の騒がしさに気付いた男の知り合いが料理屋から飛び出してきた。
「ちょっとインゴラムさん!なにしてるんですか!?」
いかにも太鼓持ちの様な小柄な男がインゴラムと呼ばれた男の腕を掴む。
「あぁん?俺はなぁ。最近のガキに大人の説教してやってんだよ。」
「ガキなんてどうでも良いから飲み直しましょうよ?ほら!お前ら失せろ!」
そう言いながら小男は皐月と小太刀を手で追い払う仕草をした。
「お前らみたいなガキがインゴラムさんに説教してもらえるなんてありがたいと思えよ?金でも払ってもらいたいもんだな。」
止めに来たと思った小男はインゴラムよりもさらに性質の悪いクソ野郎だった。
さっさと飲みに戻れば良い物をインゴラムという後ろ盾があるからか次から次へとベラベラと良くしゃべるのだ。
「ああ?なんだ?その目つきは?インゴラムさんを誰だと思ってんだ?お、そっちの女!こんなダサい彼氏よりインゴラムさんの方が良いぞ?一緒に店へ来いよ。」
一度言葉を切ると舐め回すように皐月を見る。
「ひひひ。夢の様な事を体験させてや―。」
小男がゲスな言葉を吐こうとして突然白目を向いて仰向けに倒れた。
「な?おい・・・?どうした!?」
インゴラムが慌てる。
皐月も驚いて小太刀の後ろに隠れた。
「・・・ねぇ。」
インゴラムの後ろから女の声が聴こえて来た。
振り返るとそこにはハンバーガーを片手に細長い荷物を肩に掛けた少女が立っている。
「な、なんだぁ?ガキ!」
「・・・邪魔。」
インゴラムの臭い息に顔を背けながら少女は言う。
「ふざけんじゃねぇぞ!クソガキがぁぁぁ!」
インゴラムは巨体を揺らし少女に殴りかかった。
「危ない!」
皐月が叫ぶ。
殴られる。
皐月がそう思い顔を伏せようとした時、何故か殴ろうとした拳をそのままにインゴラムが止まっている。
そして、さらにブルブルと体を震わせているのだ。
「・・・どいて。」
いつの間にか少女の手には小型の銃が握られ、銃口は、インゴラムのたるんだ腹にめり込んでいた。
「ひぃぃ!」
インゴラムは情けない悲鳴を上げて尻餅をついた。
少女はインゴラムを冷めた目で見下ろすと今度は銃口を小太刀へと向けた。
「あの!小太刀くんはなにも―。」
「・・・あんた。黙ってるなんてどういう事?」
皐月の言葉を無視した少女はさらに小太刀に向けて銃口をグイと出す。
「彼女を傷付けさせる事はない。」
「・・・ふ~ん。アタシ・・・もう少しで殴られそうだった。」
「助けが必要なら悲鳴でも上げてくれれば良かったのだが。」
「・・・やな奴。」
「君も十分やな奴のようだけど?」
その様子をオロオロと見守る皐月が我慢できずに小太刀の袖を引っ張る。
「小太刀くん。小太刀くん。もう行こう?」
「うん。そうしようか。」
心配そうな皐月に笑顔を向けた。
「・・・ふ~。バカップル勘弁。バイバーイ。」
少女は銃を懐にしまうと反対方向へ歩いていった。
「一応、助けてくれたのかな・・・?か、変わった人がたくさんいるね・・・。」
皐月がポカンとして言う。
「・・・。」
無言の小太刀は不敵な笑みを浮かべた。
ほどなくして二人は会場へと辿り着いた。
会場はレース部門の準決勝が佳境へと差し掛かっているようで、人々の熱気と大歓声が外にいる二人をも圧倒した。
「すっげぇ・・・。ここが会場なんだ。」
小太刀が目を輝かせる。
「はい。ほとんどの競技がここで行なわれます。レース部門とチームバトル部門は特設会場が設けられ、その様子は会場すべての画面に映し出されているんですよ。」
「チームバトル部門?そんなのある?」
「あ、今大会ではありません。チームバトル部門は10年に1度行なわれる特別な部門なんです。」
「10年に1度!?初めて聞いた・・・。」
「え?有名ですよ?この部門に参加する事を夢見ているロボットチームは山ほどいますから。むしろそのためにチームを作っていると言うほうが正しいかも。」
そう言いながら皐月は携帯電話で何か調べ始めた。
「次の10年目っていつなのかな?」
小太刀が尋ねると皐月は小首を傾げながらも携帯を動かす指を止めない。
「来年ですよ。」
皐月は携帯から目を離さず答えた。
「ほんとに!?来年か・・・まだ先だな。」
「あ、でも、チームに入っていないと出られませんよ?最低でも3人以上参加者がいないと。どうやら小太刀くんは無所属の一般参加の様ですし・・・・あ。」
皐月が携帯操作を止め、画面に映し出された何かを小太刀へ見せた。
「ん?なにこれ?」
画面を見るが小さな文字と数字が羅列しているだけで小太刀には意味が解らない。
「小太刀くんのロボットが見つかりました。ネットオークションに出ていますよ?」
沈黙が訪れる。
明らかに小太刀の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「えっと、200万円で出品されています。整備があまりされていない様ですね。出品者のコメントも『バラして売れば良し』ですし、相当酷い有様のようですね・・・。」
「200万円で出品・・・?バラして・・・?えぇぇぇ!な、なんでそんなことに?」
小太刀が驚愕する。
「宛名差出人不明のロボットが裏で流される事ってたまにあるみたいですね。小太刀くん送るときに宛名差出人書きました?」
「か・・・書いていない・・・。」
小太刀ががっくりと膝を落とし項垂れると、皐月がその背中をポンポンと叩いた。
「大丈夫です。落札しましたので。」
読んでいただき有難うございます。不定期投稿なので、次話はいつになるかわかりませんが、投稿出来た時は、読んでいただけたら幸いです。