出会い ①
数日後、琴鼓が悩み続けているうちに大会はレース部門準決勝へと進んでいた。
午後から行なわれる準決勝観戦のため、早々と午前中のうちに大会会場へ足を運んだ琴鼓と華凛は、時間を持て余しベンチに座っている。
皐月の姿は見えない。
華凛は大きなアクビをして足を思い切り伸ばした。
「皐月そろそろ日本戻ってくる頃かなぁ。」
会場の天窓から覗く青空。
横断する真新しい一本の飛行機雲を眺めながら華凛が呟く。
皐月は3日前に会社の依頼で日本を出ていた。
有能な皐月には度々こういった依頼が来るのだ。
「皐月ちゃん何時くらいに帰ってくるかなぁ?」
「たぶん昼過ぎには日本に着くんじゃない。でも夜はなんか金持ちのパーティーあるみたいだから家に帰るのは結構遅いかな?」
琴鼓と皐月は同じ格好で空を眺めていた。
いつも3人で行動していたから一人でも欠けるとなんだか寂しかった。
この三日間というのも二人はダラダラと過ごした。
一日目は会場をブラブラ。
二日目は白川別荘でゴロゴロ。
そして今日はベンチで空を眺めている。
「あ~あ・・・いいなぁ~パーティー。お腹減ったなぁ。」
パーティー=食事の琴鼓がお腹をさすりながら溜息をつく。
「まだ昼前だよ?まぁ確かに腹減ったけどさ。ん~・・・なんか食う?」
華凛も同意し重い腰を上げると、近くのハンバーガーショップに入り、窓際の席に落ち着いた。
二人ともバーガーを2個ずつとドリンク。
それに二人でポテトのLサイズ1個を買い、人目もはばからずに貪った。
華凛がポテトを4本一気に食べようと大口を開けた、
その時、テーブルに置いていたスマホがブルブルと震えた。
「んあ。皐月からメールだ。」
ポテトを口に放り込んだ華凛が覗き込む。
「なんて?」
琴鼓がドリンクのストローを咥えながら聞く。
「ん~・・・(今日は7時くらいに帰るから迎えに来て)って。」
「どこに?」
琴鼓がポテトを頬張りながら聞く。
「さぁ?聞いてみる。(どこに?てか、あたしら迎え必要?)っと。」
メールの送信を確認すると乱暴に机に放った。返信はすぐ来た。
「はやっ!えっと・・・(ひどい~。早く二人に会いたいのに華凛ちゃんは私に会いたくないのね。場所は大会会場の第一ホテルです。一番大きなホテルだからすぐ分かると思います。)だって・・・。何言ってんだこの子は。(まぁいいよ。)っと。」
スマホをポケットにしまい込むとポテトに手を伸ばす。
「あれ・・・?琴鼓あんた食いすぎ!」
ポテトはすでに空だった。
同時刻。
車でホテルへ移動中の皐月は華凛のメールにご立腹だった。
いつもそうだが華凛のメールは素っ気無い。
では何故、琴鼓にメールを送らないのか。それは、話が存分に逸れていくからだ。
大会前に琴鼓の出番時刻を確認しただけなのに、分かるまで10回以上も送受信をする破目になった。
先に回答をしてくれさえすれば良いのに、当日着て行く服の話から何を食べたいかの話。
何故か理想の男性像の話まで出てくる。
温厚な皐月も痺れを切らして再度確認してやっと回答が返ってくるのだ。
皐月自身、話好きのため琴鼓に付き合ってしまうのも悪いのだが、やはり回答がすぐ欲しい時には華凛へメールという事になってしまう。
だがやはり、素っ気無さ過ぎるのも面白くないので現在ご立腹なのだ。
「皐月?あなた具合でも悪いの?」
横に座る母親が心配そうに顔を覗きこんで来た。
「あ・・・い、いいえ。大丈夫です。ちょっと考え事をしていたものですから。」
「そう?それなら良いけど。今日のパーティーは白川グループが開発した最新防御システムのお披露目でもあるのですよ。今後のイメージにも係わる大事なものです。特にあなたはグループの顔。体調管理はしっかりなさい。」
「はい。お母様。」
母親の言葉に皐月は静かに答えた。
正直、こんなパーティーなんてどうでも良かった。
各国の、大企業の、なんだか偉そうな人達が集まり、貼り付いた笑顔で、同じ角度でお辞儀。
一刻も早く琴鼓や華凛の元に戻りたかった。
ホテルに着いてからも気持ちは晴れず、パーティーまでの時間が苦痛だった。
「お母様。少し外の風に当たって来たいのですが。」
皐月がそう尋ねると母親は大きく溜息をついた。
「いけません。あなたがウロウロして誰かに見られたらどうするのですか。白川家の娘は落ち着きの無い女だと思われるのですよ?」
「わかりました・・・。」
がっくりと肩を落とし自分の部屋へと戻ろうとする皐月の背中を見て、母親がまた大きく溜息をついた。
「仕方ありませんね。それでは館内だけなら良いでしょう。約束出来ますか?」
「はい!ありがとうございます。ご迷惑はお掛けしません。」
「いいですか?館内では誰に遭遇するかわかりません。気品のある態度で行動するのですよ。」
「わかりましたお母様。時間前には戻りますので。」
皐月は優雅にお辞儀してから着替えるために部屋へ戻った。
少し動きやすい格好に着替えた皐月は闇雲に館内を見て回った。
パーティー会場も下見し終わり、レストランや室内プールも覗いてみた。
だが、まだまだ時間があまっている。
「う~ん。他に面白そうなところないかなぁ。」
皐月は1階のロビーにある館内案内図の前で腕組みをして悩んでいた。
「あの・・・すいません。」
突然後ろから声をかけられ驚いて振り返る。
「は、はい?なんでしょうか?」
皐月の目の前に居たのは、一流ホテルには相応しいとは思えない薄汚れた着物の様な服装の青年。
ボサボサの髪の毛に浅黒い肌。顔は意外と整っている。
覗く胸元は隆起し、頭をボリボリ掻いている腕は太くてゴツゴツしていた。
「あ、ごめん。驚かせて。悪いんだけどここってどのへんだろう?俺さ、大会会場へ行きたいんだよね。教えてもらおうと思ってここに入ったんだけど誰も居なくて。」
そういうと青年は大きな口を二カッと開け笑った。
「えっと、大会会場はホテルを出て・・・。」
「ホテルを出て・・・?」
「・・・だいぶ遠いけど、大丈夫?」
「・・・マジで?」
「うん。」
沈黙が流れる。
皐月は少し考えた後、青年の顔をマジマジと見詰める。
「えっと・・・なに?」
青年が顔を赤らめ目を逸らす。
「良かったら案内しましょうか?」
思いもよらぬ皐月の答えに青年は困惑した顔をする。
「嫌なら・・・良いですけど?」
「とんでもない!ちょっとびっくりしただけだよ。だいたいこういう話するとみんな面倒くさそうにするからさ。」
「実際面倒ですからね。でも、私は面白そうだと思いました。」
「・・・君、変わってるって言われる?」
「言われませんよ?」
「・・・マジで?」
「うん。」
沈黙が流れる。
「えっと・・・案内お願いします。」
「はい。」
皐月が微笑むと青年はまた目を逸らした。
読んでいただき有難うございます。次話も近日投稿する予定です。読んでいただけたら幸いです。