パーサニファイ ②
不定期投稿です。先週投稿出来なかったので2話分投稿です。
「あの、すいません」
震える声で女性は言う。
「なんですか?」
強気の華凛が顔も向けずに答える。
「先ほどの話はどなたがされていたのですか?」
女性はなおも質問してくる。
「誰でも良いでしょ?あなたに関係ないですから。ちょっと声が大きいくらいでいちいち文句言いに来るなんて暇すぎるんじゃないですか?」
華凛がイライラした口調で言う。
「そんな事はどうでもいいです。先ほどの話をされたのは誰ですか?」
女性は華凛の喧嘩腰にも動じない。
「しつこい!あんたね・・・!」
華凛が食って掛かろうと立ち上がる。
すると、女性がおもむろ帽子を取り、その表情があらわになる。
パールホワイトの髪がフワリと弾む。
その顔には、クリンとした大きな瞳と少し小さめの鼻にアヒル口。
透き通る様な白い肌が、ほんのりとしたピンク色の頬を際立たせる。
そして、その表情は明らかに怒っているそれでは無かった。
「えっと・・・。」
目の前の愛らしい女性に華凛は言葉に詰まる。
「お願いします。先ほどの話はどなたが?」
大きな瞳が潤み、その勢いが華凛を座席に押し戻す。
女性は怒ってなどいない。むしろ感涙していた。
まるで、遠く離れていた愛しい人とやっとの思いで再会出来たと言わんばかりの表情だ。
「さっきの話って・・・なんですか?」
華凛が困り顔で尋ねる。
「さっきの話ですよ!『心』の話です!ロボットの!」
女性は手をバタバタさせて訴える。
「えっと・・・この子です。」
最初の勢いなど微塵もなく、華凛はあっさりと琴鼓を指差した。
指を指された当人はこの上なく焦っていたが、華凛は面倒ごとが嫌いなのだ。
琴鼓に向かって両手を合わせ心の中で「ごめん」と呟いた。
女性は、琴鼓へ体を向き直すと深呼吸をした。数秒の沈黙。
「あの・・・私の話がなにか?」
恐る恐る琴鼓が言う。
「わ、私は感動しました!」
女性は勢い良く琴鼓の手を取り、グイと引き寄せた。
「うわわ!ちょ、ちょっと!あ、貴女は誰ですかぁ!?」
琴鼓は、女性にガックンガックン揺す振られながらなんとか質問する。
「私、ずっと探していました!貴女のような方を!」
そう言いながら女性はさらに琴鼓を揺する。
全く琴鼓の話は聴いていない様だ。
なおも力強く揺す振ろうとする女性を華凛が止め、皐月がお冷を笑顔で差し出す事でなんとか落ち着かせた。
数分後、琴鼓の隣では、問題の女性が美味しそうに抹茶パフェを頬張っていた。
「取り乱してしまい申し訳ありませんでした。」
ペロリと食べ尽くした女性が切り出す。
「いえ。」
琴鼓が少し引きつった笑顔で首を横に振る。
すると、女性がハンドバッグから名刺を取り出し、テーブルの上へスッと滑らせ琴鼓の前に置いた。
「私、此ノ花ララと申します。」
ペコリとお辞儀をする。
「私は藤林琴鼓です。」
ペコリとお辞儀をする。
「実は、ロボットチームのオーナーを務めています。単刀直入に申し上げます。貴女をスカウトしたいんです。」
此ノ花ララと名乗る女性は、先ほどとはうって変わって落ち着いた声でそう話した。
もちろんそんな突然の話にすぐに付いて来れる人間はいない。
目が点になる3人をよそにララは話続ける。
「私、予てよりこう考えていました。ロボットは人と共に有るべきだと。決して人の手を離れてはならないと。」
拳を握り締め、自分の言葉を噛み締めながら話すララ。
「皆さん!ご存知ですか?今ロボット界で頂点に君臨しているアースクリエイティブ社を・・・。」
ぐっと身を乗り出し小声になる。三人は釣られて身を乗り出した。
「確か、ロボット製作や部品とか販売してるとこだよね?」
と華凛。
「うん、業界最大手ですね。華凛ちゃんの言うように製作から販売、それに研究施設を各国に沢山所有していて、常に最先端のロボット技術を生み出しています。最高級のロボット素材は全て独占状態だと聴いています。」
と皐月。
「へぇ~。」
と琴鼓。
「皆さんよくご存知で!アースクリエイティブ社は、獣人王家の血筋が仕切っています。先祖が地球へ持ち込んだ技術は全て彼等が所有していて、地球人と共有しているのはごく一部のみ。こんな卑怯な事は許せないですよね。」
ララは、苦悶の表情をしている。
「ちょっとまって。」
華凛が話を止めた。
「あんたさ、その髪の色と容姿からするとパーサニファイよね?アースクリエイティブ社は、あんたらの生活の安全保護してるはず。恩恵あんのにそんな憎まれ口叩いていいの?」華凛が尋ねる。
パーサニファイとは、獣人達が一時的に自らの肉体を地球人に変化させた能力だ。
しかし、変化後の姿には地球人とは違う特徴が出てしまう。
髪色は強い光沢を持ち、瞳は大きく、少し鼻が小さい。
そしてさらに、その能力は貴族の血筋のみが持っているのだ。
要するに、パーサニファイであるララは獣人貴族の血筋だという事だ。
そんな華凛の問い掛けにララは俯き、言葉に詰まってしまった。
「まぁ理由はどうだか知らないけどさ。さっきロボットチームにスカウトしたいって言ってたけど、正直信用できないんだよね。」
華凛が、椅子にもたれため息をつく。
「華凛ちゃんそこまで言わなくても・・・。」
琴鼓が言う。
「何言ってんのよ!こういう詐欺ってのもあんのよ?どうせ、スカウトしといて運転資金が足りないとか言って金巻き上げるつもりよ!」
華凛がバッサリと切り捨てる。
「まぁまぁ。」
皐月がなだめるが、華凛はフンとばかり顔を背けた。
「私・・・。」
俯いていたララが、膝の上の両手をグッと握り締め、大粒の涙を浮かべていた。
「私、本気です!確かに、私はパーサニファイです・・・。でも、王家の血筋だからこそ許せないんです!業界を独占する事も、先祖が望んでいた地球人との共存の願いを忘れ、私利私欲の為に技術を独占するのも・・・。」
涙を拭ったララが勢い良く顔を上げる。
「皆さんもご存知のはずです。この世界ロボット大会の上位にいる選手達のほとんどがアースクリエイティブ社の人間だという事を!」
唇を噛み締めるララ。
「ええ、知っています。総出場選手の3分の1がアースクリエイティブ社と関連があるということも知っています。」
皐月がいつになく堅い顔で言う。
その答えにララが大きく頷いた。
「最高級の材料を使い、独占している技術を使い、お金に物を言わせて一流の選手を雇い入れる。彼等にはロボットを愛する気持ちがありません。私達獣人の祖先はロボットの美しさと、そのロボットの産みの親であり、難民であった私達獣人に手を差し伸べてくれた地球人を愛していました。きっと、いや絶対にこんなことを許さなかったはずです!」
ララが立ち上がる。
「まぁ・・・確かにそういうのはいけ好かないね・・・。」
華凛が言う。
ララは同意してくれた華凛に笑顔を向ける。
ドキッとした華凛はまたすぐにそっぽを向いた。
「でも、アースクリエイティブ社に雇われているすべての選手が金銭目的では無いんです。夢に溢れた若者達も多くいました。でも、社の方針で彼等は純粋にロボットを操縦するという事を忘れていくのです!」
ララの笑顔は再び曇る。
「社の方針・・・?」
琴鼓が尋ねる。
「はい・・・。「人はロボットを動かす部品」・・・これが社の方針です。」
ララはそう言うと静かに椅子へ座った。
「その時代ごとに最先端のロボットを所有し続けるアースクリエイティブ社は、ロボットに絶大な自信と信頼を持っています。確かに、技術進歩の為に学者や技術者が日々死に物狂いで働いているからこそだとは思います。それにより技術はロボットを進化させ続け、今は『人』を必要としないまでに進化しています。」
俯くララ。
「『人』を必要としない・・・オートって事?」
華凛が尋ねる。
「はい・・・現在のアースクリエイティブ社のロボットは、ほとんどがAIによるセミオートで動いています。フルオートも可能ですが、そうしないのは大会のルールに反するからです。選手達は、ただ動かせれば良いんです。緊急回避や防御は全てAIが行い、標準が合えばトリガーを引くだけ・・・。ロボットを愛し、いかに上手く操縦するかに燃えていた若い選手達の中には当然反発する人もたくさんいました。ですが、社の意向に合わない選手はすぐに解雇。それどころか二度とロボット大会に出れない様に多方面から圧力がかけられるんです。」
ララの握り締めた手がブルブルと震える。
「なによそれ・・・最悪・・・。」
華凛が吐き捨てる。
「残った選手達の心は失われていきました。いくら大会で勝ち進んでいても、満たされない心はいつも空っぽです。私は、もう見てられなかった。次々と心を奪われていく選手達・・・どんなに技術が進んでも『心』が無いロボットはただの機械でしかないんです!」ララの涙が握り締めた手に落ちる。
「私の愛した人も変わってしまいました・・・。あんなに燃えるような瞳をしていたのに・・・あんなにロボットを触っている時嬉しそうだったのに・・・。」
ララの声は震えていた。
「はぁ?」
華凛が苛立つ様に言う。
「もしかして、それがあんたのロボットチームの理由ってやつ?大方、愛する人を変えたアースクリエイティブ社に復讐でもしたいって事でしょ?ムカつく気持ちは解るけど、ちょっと甘いんじゃないの?相手は、世界最大手のロボット会社。片や復讐に燃えるお嬢様・・・しかも、スカウトしたのが琴鼓って、あんた見る目無いよ。」
華凛が片肘付いて反対の手をヒラヒラさせながら言う。
いきなり遠回しに馬鹿にされた琴鼓がこの上ない悲しみの表情で華凛を見つめているが彼女は気付いていない。
「確かに琴鼓さんはまだまだ未熟です。」
ララの言葉に、さらなる衝撃を受ける琴鼓。
皐月だけが琴鼓をいたわっている。
「でも、彼女の言葉・・・『人』を動かすのは『心』、ロボットを動かす『人』はロボットの『心』。私はこの言葉を信じます。その思いがきっと奇跡を起こしてくれます!」
ララが鼻息荒く言う。
バンッ!
ガシャン!
華凛が力任せにテーブルを叩いた。
水が飛び散り琴鼓に降りかかる。
「あんた、いい加減にしなよ!奇跡を起こしてくれます?バッカじゃないの!いい言葉語っても思いが強くても奇跡なんて起きないの!お嬢様が甘ったれてんじゃないわよ!そんな事で琴鼓を巻き込ませる訳いかない!」
華凛が憤りの言葉がララを叩きのめす。
言い返せない思いがララの目から涙となって溢れ、ポタポタとテーブルに落ちる。
「だいたい、スカウトするのに私的な感情論持ち出すなんてのもどうかと思うけどね。意気込んだりウジウジしたり、感情に振り回されてる様なやつにチームのオーナーなんて務まらないんじゃない?あ~あ、時間無駄にした。琴鼓、皐月そろそろ行くよ。」
華凛は荷物を持つと琴鼓と皐月を見やった。
「琴鼓・・・あんたら何やってんの?」
そう言う華凛の目に映ったのは、泣きべそで頭から水を被りビチャビチャな琴鼓と一生懸命それを慰める皐月だった。
数分後、何とか髪や衣服を乾かした琴鼓と二人は、その間ずっと俯き黙ったままのララを残し大会観戦へと向おうとしていた。
「ほら!急ぐよ!もう3回戦目が始まっちゃう!」
華凛が二人を急かす。今日は『バラエティ部門』の第3回戦が開催されるのだ。
「わ~ちょっとまってぇ~!」
琴鼓が開いたままのカバンを持ち上げ、ガチャガチャと中身をこぼす。
皐月が素早くそれを拾い琴鼓のカバンにしまい込む。
「ありがとう皐月ちゃん。」
琴鼓が言う。
皐月は笑顔だけ返し先に華凛の元へ急ぐ。
琴鼓も二人に追い店の出口へ向おうとしたが一歩踏み出したところで何故か足を止めた。
どうしてもララの事が気になったからだ。
数秒考え、くるりと振り返った。
「あの・・・さっきの話ですけど・・・。」
琴鼓がモジモジ言う。
その言葉に、俯いたままだったララがハッと顔を上げ琴鼓の顔を見つめる。
捨てられた子猫の様な表情に琴鼓の心が揺す振られる。
「さっきの話・・・真剣に考えてみます。」
そう言い琴鼓はテーブルに置いてあった名刺を素早く取ると逃げるように二人の待つ出口へと向った。
ララは、その後姿に急いで立ち上がり深々とお辞儀をしていたが、急ぐ琴鼓にはその姿は見えていなかった。
その後三人は、夕方まで大会を堪能し、帰路に着いた。
読んでいただき有難うございます。次話も良ければ読んで頂ければ嬉しく思います。