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3-1

 翌朝、ナタリアたちは準備を整えていた第七小隊と合流して、魔獣が現れたという城下に広がる森を目指して出発した。


 はじめナタリアは、リュシアンの部下たちが自分について来てくれるとは思えないと本気で心配していた。しかし実際のところ、第七小隊の男たちは、めぐってきた幸運に小躍りしそうな勢いでナタリアについて来たのだった。


「僕には見えるぞ……あいつらの尻についてる尻尾が、呆れるほどの勢いで揺れている様が……!」


 呆れと怒りが入り混じったデュークの言葉に、ラファエルが同調する。


「まったくだぜ。あんなに露骨に下心晒して、あいつらには羞恥心てもんが無いのかね」


「お前にだけは言われたくないと思うぞ……」


 デュークは改めて隣で退屈そうに欠伸を噛み殺している亀の使役獣を見た。

 昨夜自宅に戻りテスとも話し合ったが、結局二人の出した結論は「ナタリアとラファエルの間に猛獣使いとその使役獣という主従関係は無い」というものだった。


 そもそも、もしも本当に彼がナタリアの使役獣だというのなら、今まで散々呼び出したのに現れなかったのはなぜなのか。ラファエルは、リュシアンと会う前の一切の記憶を失っているらしく、なぜ長い間主であるナタリアの元を離れ、また召喚に応じられなかったのかは自分にもわからないと言った。

 それはやはり、二人が主従関係ではないからに他ならないだろう。


 テスによれば、使役獣にとって主の命令は絶対なのだそうだ。さらに言えば、主の召喚は使役獣の魂に対してなされるものであり、その呼びかけに応えることは使役獣の本能のようなもの。だからたとえ耳が遠かろうと、記憶を失っていようとも、召喚されたことに気が付くとか付かないとかいう問題ではないのだという。


 だいたい、使役獣には名前が無いのが普通だ。獣というのは、主人に出会うまではただの魂のような形を持たない『存在』だ。そのため当然ながら名前など無い。それなのにラファエルは自分からラファエルと名乗ったのだ。


 ナタリアがそのことについて尋ねると、ラファエルは面倒くさそうに頭を掻きながら答えた。


「あー……。よく覚えてねえけど、確かお前が名付けてくれたんじゃねーかな、ナタリア。美しい亀の姿が、まるで天使のようだってさ!」


 爽やかな笑顔でラファエルはそう言ったが、ナタリアにはそんな記憶の影さえもなかった。それ以前に、亀と天使を結びつけるような逞しい想像力を自分が持っている気がしない。


 ナタリアはそっと自分の傍らに付き従って歩く金髪碧眼の麗しい青年を見た。ナタリアの視線に気付いた彼は、長い睫の瞼を細めて、「なんだよ?」という顔をしてみせる。


 彼が自分の使役獣かどうかなんて、全然確信がなかった。でも昨日の出会いから一晩老いても、やはりデュークのように簡単にラファエルを否定することはできなかった。


 自分には猛獣使いとしての資質がないと諦めていた。しかし手放した夢が再び夢の方から自分の両手に戻ってきてくれた――そんな気がして、ナタリアは差し出されたラファエルの手を振り払うことが出来なかった。


 *****


 リンクベル王国の王都エスカーナは、派手さはないが賑やかで物流の盛んな活気のある都市だった。

 険しい岩山を背にした丘の上に堅固な門を構えた王城が建ち、南側に開かれた城門の向こう側には、幾筋もの石畳の通りが延びて、人々の行き交う賑やかな城下町を形成していた。


 魔獣が現れたという森は、城下町を出て南西にしばらく行った先にあった。その辺りには民家はほとんどなく、田畑のある一帯を過ぎればただ草原があるばかりだ。その草地の向こう側に、件の森は広がっていた。


 木を狩りに来る者以外、こんな深い森に足を踏み入れる者はまずいない。しかしこの付近で森に魔獣がいるのを見たという証言があったため、今は王宮から派遣された兵がこの辺り一帯を立ち入り禁止にして警備していた。


 ナタリアたちがそこへ到着したのは、日が傾きかけた頃だった。

 警備の兵士たちは猛獣使いの部隊が到着したのを見ると、露骨に安堵したようだった。なぜなら、いくら剣術や槍術に長けた兵であっても、魔獣が相手ではせいぜい追い払うのが関の山だからだ。


 魔獣と対峙してまともに相手ができ、なおかつそれを混沌に還すことができるのは、魔獣と同じく混沌から生じた獣だけだ。そしてその獣は、猛獣使いなくしては決して魔獣を退治できない。


 ナタリアたちは第七小隊を二つに分けた。一方は兵士たちと森の外側の警備に当たり、もう一方はナタリアやデュークたちと共に森の中へ入り、目撃されたという猛獣を探しに向かうことになった。


 デュークや第七小隊の者たちは、ナタリアも森の外で待つべきだと何度も説得したが、ナタリアは断固として自分も魔獣退治に向かうと言って聞かなかった。巻き込んでしまったデュークが前線に赴くというのに、すべての根源リュシアンの妹である自分だけが女だからという理由で安全な場所にいるなど、ナタリアには到底納得できなかった。


 結局、もたもたしていると日が暮れるというナタリアの一喝で、男たちは渋々ナタリアの同行を認めたのだった。

 鼻息荒く歩みを進めるナタリアに、内心心配でたまらないデュークはそっと声をかけた。


「おい、絶対に無茶するんじゃないぞ。お前は猛獣使いとして戦うのは初めてなのだからな。最初は僕たちが戦うのを見ているだけで、絶対にしゃしゃり出てくるんじゃないぞ!」


「わかってるわよ……」


 いくら足手まといだからって、そんなに迷惑そうな顔をしなくてもいいのに……。密かに頬を膨らませるナタリアである。皆と違って日頃の鍛錬など積んでいない上に、連れているのは自分の使役獣なのかどうかもわからないラファエルだ――しかも亀。皆の役に立てるなどとは微塵も思っていないが、それでも何か出来ることをしたかった。


「ナタリア」


 不意に背後から名前を呼ばれた。振り返ると、ラファエルの不敵な笑顔がそこにあった。


「心配すんな。お前には俺がついてる。俺が絶対にお前を守るから、そんな不安そうな顔すんじゃねー」


 これがライオンの使役獣とかだったら、素直に頼もしいと思えるのかもしれないけれど……。

 ナタリアは浮かんできた不安を振り払った。考えても仕方ない。亀には亀の戦い方があるのかもしれない。それにラファエルのこの性格と容姿だ。もしかしたらものすごく戦闘向きのかっこいい亀という可能性だってある。


「――まあ、つっても俺、あんまり戦闘向きじゃねえんだけど。守る方なら相当得意だから安心していいぞ。背中とかすげー硬いから!!」


「ありがとう……」


 引きつった笑顔を返すと、ラファエルは子供のように無邪気な笑顔で嬉しそうに笑った。


 その時、不意に前を歩いていたリュシアンの部下の一人がナタリアを振り返った。


「――そういえば、ナタリア様の使役獣は一体何の動物なんですか?」


 彼は確か、副官のバート・アルダートンとか言っていた気がする。彼の使役獣はアランという名の狼だ。人型を取れないらしく、黒い艶やかな毛並みの狼はそのいかにも獰猛な外見とは対照的に、大人しい様子で主の横にぴったりと付き従っていた。


「ええと、彼はね……」


 躊躇いがちに言いかけたナタリアの横から、ラファエルが悪戯っ子のような声を出す。


「あれ? この美しい金の髪でわからねーか?」


 わかるわけがないだろう、というデュークの呟きがナタリアには聞こえたが、おそらくラファエルの耳には届いていないだろう。

 ラファエルは嬉々としてバートの答えを待っている。バートは「金の髪、金の髪……」などとぶつぶつ言いながらしばらく考えた後、はっとしてラファエルを見た。


「わかった! 金の髪といえば金のたてがみ! つまり、ライオンですね!」


「馬鹿か! 金の髪といったら亀に決まってんだろーが!!」


「――へ?」


 可哀想なくらい間の抜けた顔で、バートはラファエルを見た。


「か、亀って……あの、亀ですか?」


「お前が言ってるのがどの亀かは知らねえが、甲羅を背負った両生類の美しい生き物を想像しているなら多分正解だ」


 自分が正解したのかどうかわからずバートは混乱気味だ。

 なぜか誇らしげな顔のラファエルの隣で、ナタリアはこめかみを押さえた。呆れ顔のデュークの後ろではテスが笑いを堪えている。

 ナタリアは小声でテスに尋ねた。


「テス、念のためもう一度聞くけど、ラファエルってやっぱり本当に亀なのよね?」


「はい。まごうことなき亀です」


 きっぱりと即答するテスである。

 すっかり混乱していたバートだったが、使役獣としては珍しい生き物を従えているナタリアを逆にすごいと認識したようだ。「さすがはオルブライト家のお嬢さんですね……!」などと言いながら、ナタリアに憧憬の眼差しを向けはじめた。


 自分を褒めたてるバートに、嬉しそうに亀の偉大さを話して聞かせるラファエルを見ながら、ナタリアはこれから起こるであろう魔獣との戦闘を思い浮かべ、軽い頭痛を覚えたのだった。

 


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