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「――よく来たな、皆の者」
一昨日訪れた謁見のための広間には、ランスロットだけが一人壇上の玉座に座っていた。どういうわけか高官たちは同席していないようだ。ランスロットは玉座の上で足を組み頬杖をついて、およそ国王陛下とは思えない態度でナタリアたちを迎えた。
ナタリアたちを連れてきた近衛兵たちも広間から出してしまうと、ランスロットは平伏している一同に顔を上げるように命じた。
「まあ、そう固くなりなさんな。ここには俺しかいない。口うるさい爺どもにはしばらくここには来ないよう言ってある」
『俺』――? 態度だけではなく口調もすっかり砕けていることにナタリアたちは驚いたが、それを指摘できる者は誰もいなかった。
「ナタリア」
「は、ははははいっ!」
突然名前を呼ばれて、ナタリアは思わず身を固くした。ランスロットはそんなナタリアの様子を見て小さく吹き出してから、面白がるような口調で尋ねた。
「それで? 魔獣退治は済んだのか?」
「は、はいっ! 魔獣はその、何とか無事に退治できました!」
「連れている使役獣がどういうわけか一匹増えているようだが?」
「は、はいっ! それは、その、色々ありまして、昔の使役獣と再会を果たしまして!」
「俺の嫁になるのがそれほど嫌か?」
「は、はいっ! もちろん嫌です! ……――え?」
堪えかねたようにブーッと吹き出すランスロットを、ナタリアは呆然と見上げた。
「――何を考えているかわからない男で悪かったな、ナタリア」
ぎょっとしてナタリアは目を丸くした。あの時、陛下は森にいなかったはずだ。いつの間に会話を聞かれていたのだろう。
「どうしてそれを……」
答える代わりにランスロットは短く指笛を吹いた。するとどこにいたのか、その肩に一羽の大きな黒鳥が舞い降りる。黒鳥は音もなくランスロットの肩を離れたかと思うと、次の瞬間には体のラインに添うような黒衣を身にまとった美女へとその身を変じていた。
「紹介しよう。俺の使役獣リンだ。彼女には主に諜報活動を行ってもらっている」
陛下が猛獣使いだったということすら知らなかったナタリアたちは、驚きのあまり言葉を失っていた。一人まったく動じていない様子のラファエルが、冷静な声でリンに尋ねる。
「諜報活動ってことは、最初からあんたは俺たちを見張っていたってことか」
リンは小さく頷くと、促すように主を見た。その視線を受けてランスロットが口を開く。
「見張っていたとは失礼な。観察していたと言って欲しいね。――まあ、そんなわけで、お前たちの事情は大方承知している――十二年前の先王の思惑もな」
意味深な口調でそう言うと、ランスロットはナタリアを見た。
「お前たちは完全に失念しているようだが、俺にも選ぶ権利というものがある。お前のようなじゃじゃ馬は、俺の方こそ願い下げだ」
「な……っ!」
ナタリアをけなすような言葉に反応して、テスとラビ以外の全員がむっとした表情で玉座の上のランスロットを睨む。ランスロットはその面々を面白そうに見回してから続けた。
「だが、その可愛げのない性格と、珍妙な猛獣使いの素質は嫌いじゃない。――というわけで、お前たちには今後、俺の私兵として働いてもらう」
「お前たちということは……まさか僕――わたしもですか?」
自分を指差して目を丸くするデュークに、ランスロットは当然とばかりに大きく頷いて見せた。
「ナタリア、マーマデューク、リュシアン、そしてその使役獣ども全員だ」
「へっ? 僕も?」
今度はリュシアンが間抜けな声を出す。
「体調が回復すればいずれジーンには第二大隊の隊長に戻ってもらうことになるだろう。第七小隊もその下につくことになるのだから、お前ももうオルブライト家の家長として第七小隊を率いる必要もあるまい。とはいえ、せっかく士官学校を出たのだし、何よりその怪しげな知識を埋もれさせておくのは惜しい。新たに俺の私兵――特務部隊の隊長として、今後もお前には仕官してもらう。先に言っておくがこれは王命だ。拒否権は存在しないぞ」
ナタリアたちは壇上で一人だけ満足そうに口元を歪めている男を呆然と見上げた。ランスロットはそんな皆の視線すら面白そうに受け止めると、ジーンやリュシアンでなくとも性格が悪そうと言わざるを得ないような満面の笑みをナタリアに向けて言った。
「そういうわけで、お前たちにはさっそく明日から俺の駒として働いてもらう。――俺の嫁になるよりは、部下になった方がまだましというものだろう、ナタリア?」
何も言い返すことが出来ないナタリアは、ただただ開き直った笑顔のランスロットを恨めしそうに見つめることしかできなかった。言いたいことはたくさんあるが、十二年前のことや今回の兄の件についてなど、こちらにも都合の悪いこと――もとい弱みがあるのも事実だ。自分たちが特務部隊に入り、それですべてを不問に処すというのなら、それはむしろありがたいことなのかもしれなかった。
ただ、デュークに関してはこのオルブライト家の騒動とはまったくの無関係のはずだ。
「わたくしと兄のことは謹んでお受け致します。ですが、デューク――マーマデュークは父や兄の件とは無関係です。今回も彼はただわたしを手伝ってくれただけのこと。どうか彼とテスだけは、処罰を免除していただきたく……」
言いかけたナタリアの声を遮ったのは、ランスロットだった。
「『処罰』――というのは、俺の私兵になるということかな? 言ってくれるね、ナタリア」
その声の響きが不機嫌そうに震えていることに気が付いて、ナタリアはおそるおそるランスロットを見上げた。玉座の上で何かを堪えるようにこめかみを押さえているランスロットは、口の形だけは一応笑っているものの、その笑みは今にも消滅しそうにひくひくと震えていた。
「言っておくが、俺の私兵になるなんぞ、お前たちには身に余る厚遇なんだぞ。どんなに兵役を積もうが功績を挙げようが、望んでなれるものではないんだからな」
「ですが、今まで陛下が私兵をお持ちだというお話は聞いたことがありませんが……?」
「当然です。我が主の私兵になるのはあなたたちが初めてですから。もっとも、今までなりたいと望んだ者もおりませんでしたが」
リュシアンとリンの短い会話に、ランスロットの口元のひくつきが一層激しくなる。眉間の皺はもはや遠目にもわかるほど深いものになっている。
「――わかった。親切なこの俺がはっきり言ってやろう。お前たちのような厄介な連中は、どこの部隊も面倒が見切れないということだ! ――リュシアン!」
「は、はい!」
ランスロットはこめかみに当てていた指をびしりとリュシアンに向かって突き立てた。
「お前には協調性というものが無さ過ぎる。ゼロというよりむしろマイナスだ。だいたい、今回のことに限らずお前は勝手な行動が多過ぎる。毎回その尻拭いをされる部下たちがあまりにも哀れだ。加えて、その怪し過ぎる知識は、もはや危険領域に達している……! お前のような危ない男を野放しにしていては明日の平和も知れぬというものだ!」
「そんな大袈裟な……」
苦笑いを浮かべるリュシアンを無視して、ランスロットは次にデュークを指差した。
「マーマデューク! お前は士官学校もサボりがちでまじめに通っていないと聞く」
「! それは、その……決してサボっているわけではなく、あそこのむさくるしい空気が僕には合わないからで……」
事実を突きつけられて言葉を濁す主の代わりに、テスがずいっと進み出る。
「はばかりながら、我が主は繊細で上品なお方なのです。男の汗と脂の臭いの染み込んだ酸味の強い甲冑を着込んで実戦練習をし、あるいはそれを脱ぎ捨てて肌と肌をぶつけ合いながら切磋琢磨するような環境は、あまりに刺激が強すぎるのです。何よりも耐え難いことには、このような女子と見紛うばかりの愛らしいお顔立ちですから、その手の嗜好の方々から寵愛の情を向けられることも少なくありません。我が主は、彼らとの交流が大変厭わしいご様子で……」
「そうだったんだ……」
「ああ、可哀想な奴だったんだな……」
ナタリアとラファエルがひそひそと囁き合いながら、デュークに哀れみの視線を向ける。
「僕を可哀想な目で見るのはやめろ! テス! お前というやつは、全くフォローする気がないだろう……!」
デュークが苛立たしげにテスの胸倉を掴み上げる。そんな二人にランスロットは一段とイラついた声を投げた。
「茶番はいい! マーマデューク。お前はかねてからボウヤー卿直々に俺の元で鍛え直して欲しいと依頼されていた。特例で士官学校はパスさせてやるから、大人しく俺の下で働くんだな!」
びしりと言い放つと、ランスロットは今度はナタリアの方へ向き直った。
「そして――ナタリア・オルブライト!」
「は、はいっ!」
「二匹も使役獣がいるだと? 何が『昔の使役獣と再会を果たしまして……』だ! そんな間抜けな理由で納得する馬鹿がどこにいる! 二匹も使役獣を持つ猛獣使いなんざ前代未聞なんだよ!」
「は、はい……」
そのあまりの剣幕に思わず萎縮してしまうナタリアだ。そんな主を慰める健気な二匹の獣にもランスロットは容赦ない。
「お前たちも! 元ペットの魔獣に幽霊と化した使役獣だと? しかも亀と山羊とか、役に立つのか立たないのかもわからないような獣とは! そんなふざけた使役獣聞いたことがない!」
「山羊はともかく、亀は有能なんだけどなー」
ランスロットの豹変にもまったく臆していないラファエルが飄々と言い返したが、ランスロットに「うるさい!」と一蹴された。
「お前たち、明日からは俺がびしびし矯正してやるから、覚悟しておけよ……!」
その暗黒の微笑には、もはや国王陛下の威光も威厳も消え失せていた……。




