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5-2

 ナタリアの語る思い出を聞きながら懐かしい記憶に思いを馳せていたデュークだったが、あることに気がついて我に返ると、ラファエルにびしりと指を突き立てた。


「ちょっと待て! お前が本当にあの僕の可愛い亀吉だというのなら、主人はナタリアではなく僕のはずだろう!」


 ナタリアの話を聞いてラファエルもすべてを思い出していた。


「うるせー、この薄情者が! お前なんか、完全に俺のこと記憶から消去してただろうが!」


「そ、それはお互い様だろう!」


 喧嘩を始めた元ペットと飼い主を面白そうに眺めながら、リュシアンは顎を撫でた。


「なるほど。ラファエル君はおそらく、十二年前のあの時ナタリアと一緒に混沌に入ってしまったんだろう。ナタリアのポケットか何かに入ったままで」


 リュシアンの言葉を受けて、ラファエルは怒涛のように蘇ってくる記憶の波に耐えるようにして、額に手を添え目を見開いた。


「そうだ――思い出した。俺はあの日、ナタリアと一緒に遊んでいた……。ナタリアはいつものように俺をポケットの中に入れてくれて……。温かくていい匂いがするあの場所が、俺は大好きだった……。すっかり安心した俺は、そのまま眠っちまったんだ――。だが、突然大きな揺れが襲ってきて……。気がついたら、俺はナタリアのポケットではなく、真っ暗な闇の中にいた」


「そこが混沌の中だったというわけですか」


 テスが感心したように呟いた。


「初めは独りじゃなかった。真っ暗な中でも、すぐ近くにナタリアの気配があって――。だが、あるとき急にナタリアは闇から引っ張り出され……俺は一人で闇の中に取り残された……」


 そこまで言うと、ラファエルは辛い過去を思い出し苦しそうに目を伏せた。容姿が無駄に美しいだけに、その姿は思わずナタリアの胸を打つ。


「ラファエルあなた……ずっとひとりぼっちだったのね……」


 リュシアンは妹に肩を抱かれるラファエルを見ながら、冷静に分析する。


「要するに、混沌の中で不運にもポケットから転がり出てしまったラファエル君は、僕が空間の穴を開けるまで混沌の中で過ごしていた。その年月の間に実態は消え、魔獣化したというわけだね。なんにせよ、これはものすごく珍しいケースだよ。実体を持たない使役獣と、主を持つ魔獣。二人とも、近いうちにじっくり話を聞かせて欲しいな」


 リュシアンの目に不穏な光が宿る。その危険な知識欲に満ちた眼光を、ナタリアがすかさずたしなめた。


「兄さん、くれぐれもわたしの使役獣を研究対象にしないでね……?」


 ナタリアの目が笑っていないことに気がついて、リュシアンは思わず唾を飲み込んだ。


「はは……。い、嫌だなぁ。僕はただお前を助けたいだけだよ、ナタリア。お前だってナイトの体を取り戻して、ラファエルをちゃんと使役できるようになったら嬉しいだろう?」


「それはそうだけど……」


 すると、ラファエルを抱くようにして立つナタリアの間に、黒い影がぬっと割って入った。


「貴様、いい加減下手な芝居はやめてもらおう。姫様が本気にしているではないか」


 ナイトは苛立った様子でラファエルを睨みつけた。本当はナタリアから無理にでも引き剥がしてやりたい所だが、実体が無いためそれも出来ない。

 ラファエルはつまらなそうに舌打ちすると、渋々ナタリアから手を離した。ナタリアと自分の間に黒い男が貫通しているのだ。これではせっかくの主人との触れ合いも台無しだ。


「芝居とは酷いな。俺は本当に傷付いてるんだぜ? だいたい、お前、さっきから気になってたんだが、なんでこいつのこと『姫様』なんて呼んでんだよ? あれか? 一人だけ特別感出して差別化図ろうって魂胆か?」


 するとナタリアが恥ずかしそうに口を挟んだ。


「違うのよ。それはその――わたしがそうお願いしたのよ。子供の頃は、お姫様とか騎士様とかが出てくる絵本が大好きで……。なんとなく覚えているんだけど、確かわたしがナイトにそう呼ぶように命じたのよ……」


「なるほど。それで彼の名もナイトと名付けたのですね」


 テスのとどめの一言に、恥ずかしい黒歴史を晒す羽目になったナタリアは真っ赤になって縮こまった。


「ナイトも、もう子供でもないのだし、『姫様』なんて呼ばなくてもいいのよ? 子供の頃は確かにお姫様とか王子様とか姫を守る騎士とか、そういうものに憧れていたから、あなたにそう呼ぶように言ってしまったのかもしれないけど……」


 しかしナイトは激しく首を振って真剣な表情で言い募った。


「いいえ姫様。たとえいくつになろうとも、あなたがあなたという存在である限り、わたくしにとってあなたは、たった一人の姫様でございます。かけがえの無い尊い存在であると、そういう思いを込めてこれからもぜひ姫様と呼ぶことをお許しいただきたい」


 ナイトの腕がナタリアの顔に伸び、そっと頬に触れる。実体を持たないナイトが触れることはできないはずなのに、ナイトの手が添えられた辺りから温もりが伝わったように、急速に頬が熱を帯びていくのがわかる。

 すかさず、構築されつつある二人だけの世界をぶち壊すべく、ラファエルが二人の間に乱入する。


「ちょっと待て。ナタリアを守る騎士っていうなら、もう俺がいる。触れることも出来ない幽霊ヤローはお役御免だぜ」


「フン。耳も遠く物忘れも激しい老いぼれ亀に一体何ができるというんだ」


「昔から思っていたが、山羊って目が死んでるよな。ああ、お前は体も死んでるんだっけ」


 幼稚な喧嘩を続ける二人の姿に、ナタリアは軽い頭痛を覚えた。果たしてこの先三人で仲良くやっていけるのだろうかとついつい不安になってしまう。

 ナタリアがため息をつくと、それに気付いたナイトとラファエルが競うようにナタリアの元へ駆け寄ると、心配そうに顔を覗き込んだ。


「姫様、大丈夫ですか?」


「昨日から少しも休んでねーだろ。お前は無茶し過ぎなんだよ」


 自分の背に乗るようにと同時に差し出された二つの背中を見て、ナタリアは思わず吹き出した。気が合わないように見えて、こういうところは気が合うらしい。


「おいおい、幽霊さんの背中には乗れないんじゃねーのか?」


「お前こそ無理をするな。ご老体にはきついだろう」


 背中を向けたまま再び睨み合いを始める二人を、ナタリアは微笑ましい気持ちで見た。確かに普通ではない問題を抱える使役獣たちだったが、二人がごく当たり前に自分に向けてくれる優しさがとても温かかった。

 ナタリアはどちらの背に乗ることもせず、代わりに二人の肩――一人は肩のある位置――にぽんと手を置いた。


「二人ともありがとう。でも、わたしなら大丈夫よ。それにまだ終わっていないわ。陛下への報告が残っているもの」


 それからナタリアは背後の兄を振り返った。


「兄さんも、それから父さんたちも、陛下に謝罪に行かなくちゃね」


「ええっと……。やっぱり、謝りに行かなくちゃ駄目かな?」


 顔を引きつらせるリュシアンに、ナタリアは初めて優しい笑顔を向けた。


「大丈夫よ。どんなお咎めを受けたとしても、わたしは兄さんたちのことを恨んだりしないわ」


 ナタリアの口から出た意外な言葉に、リュシアンは耳を疑った。


「え……?」


「だって兄さんたちは、わたしを守ろうとしてくれたんだもの。やり方は間違っていたかもしれないけれど、わたしは感謝したいと思うわ」


「ナタリア……!」


 リュシアンは感無量とばかりにナタリアを勢いよく抱きしめた。ナタリアはいつものように兄を乱暴に突き飛ばすことはせず、感動にむせび泣く兄の背中を優しく撫でた。


「わたしだって、あんな何を考えているかわからない男の元に嫁ぐのはごめんだもの」


 見上げた空は高く青く澄み、金色の輝きを放つ太陽に向かって一羽の黒い鳥が飛び立つのが見えた。


 いくら娘のためだったとはいえ、上代の国王を騙したことには変わりなく、その罪は決して軽いものではないはずだ。即座に身分を剥奪され、国を追われるとも限らない。

 それなのにナタリアの心は、兄の置手紙を読んだあの朝よりもずっと晴れやかだった。



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