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「――なに勝手なこと言っているのよ」
背後から待ち焦がれていた声が響いて、デュークとラファエルは勢いよく振り向いた。
「ナタリア……!」
「ナタリア!!」
駆け出そうとしたデュークに先んじて、ラファエルが両腕をめいっぱい広げてナタリアを迎えに行く。
しかし、彼女を抱き締めようとした寸前、何か黒いものがナタリアとラファエルの間に割って入った。
「――何だ、貴様は?」
威圧するような低い声が、警戒心むき出しでラファエルに投げつけられる。
ラファエルもまた、せっかくの抱擁を邪魔された苛立ちを露にしてその黒い何かに向かい合った。
「あ? お前こそ誰なんだよ? どこの部外者さんかは知らねーが、俺とナタリアの感動の再会を邪魔しないでもらえるか?」
絶対零度の火花を散らす二人の間に、今度はナタリアが割って入る。
「――はいはい、二人とも喧嘩しないで!」
ナタリアの頭越しに睨み合う青年二人を無視して、デュークがナタリアに声をかけた。
「ナタリア……よかった。無事だったのだな……」
あからさまに安堵している主に、テスも目を細める。
「ご無事で何よりです、ナタリア様。デューク様もこのように大変心配しておりました」
「な……っ! 何を言っている! ぼ、僕は別に、心配なんて……っ!」
しどろもどろになりながら必死に弁解しようとするデュークを見て、ナタリアもふっと表情を和らげた。
「……ありがとう、デューク。それにテスも。二人とも心配かけてごめんね」
素直にそう言われて、デュークは言葉に詰まってしまう。見たところどこにも怪我などしていないようだ。そのことを確認して、密かにもう一度安堵する。
その後ろからリュシアンがデュークを押しのけて、ずいっとナタリアの前に進み出た。
「可愛いナタリア! 僕もお前のことをひどく心配していたんだよ! また会えて嬉しいよ……!」
言いながら、リュシアンはナタリアを抱きしめると、強引に頬ずりしようとした。しかしナタリアは兄の腕の中で苛立たしげに身をよじると、固く握り締めた拳をぐりぐりと兄の細い顎に押し当てた。
「――奇遇ねぇ兄さん……っ! わたしも、兄さんに会えて、とっても嬉しいわ……! ナイトや父さんたちのこと、どういう、ことかっ、ちゃんと説明……してもらわないとっ!」
「ははは。ナタリアは照れやさんだなあ。愛情表現の裏返しというやつだね!」
リュシアンの顎は赤みを帯びて地味に痛そうだが、精神は全然めげていないらしい。
「……父さんも母さんも無事だったようだね」
リュシアンは急に真面目な顔になると、ナイトの後ろで地面に横たえられ寝息を立てている両親を見た。
「今まで黙っていて悪かった、ナタリア。だけど僕は、これが最善だと思ったんだよ」
そう呟いたリュシアンの表情が、ほんの一瞬だけ、今にも泣き出しそうな子供のように見えて、ナタリアは身勝手な兄への怒りを収めた。どんな理由であれ、リュシアンがこの十二年間すべてを一人で背負ってきたのは事実なのだ。
「兄さん……」
しかし愁いを帯びて見えたのはほんの束の間で、リュシアンはすぐにいつもの能天気な笑顔に戻った。
「――とはいえ、十二年間も混沌の中にいたのだから、二人とも一応医者に見てもらった方がいいだろうね。見たところ、十二年前と同じ姿のようだ。加齢していないところを見ると、混沌の中では時が止まったような状態だったのかな。何にせよ、僕の計算では命に別状はないはずだ」
それから再び真剣な表情になると、ナイトの前に進み出て勢いよく頭を下げた。
「――ありがとうナイト。そして十二年間も君を待たせてしまったこと、本当にすまなかった……」
ナイトはゆっくりと首を振ると、リュシアンの顔を上げさせた。
「わたくしはただ、主の命に従っただけのこと。――いえ、当時の姫様は『命令』という言葉の意味すらご存知ではなかったでしょうから、『約束』ですね。わたくしは姫様との『約束』を守りたかっただけなのです。それに――きっと姫様が迎えに来てくださると、わたくしは信じておりましたから」
そう言ってナイトが愛おしそうな視線をナタリアに向ける。ナタリアもまた優しげな表情でナイトを見上げた。
そんな二人の視線を遮るようにして、ラファエルがナイトの前に立ちはだかる。
「やあ、はじめましてナイトとやら! 俺はラファエルだ。同じナタリアの使役獣同士、仲良くしてやっても構わないぜ」
ラファエルの表情は笑っているが、その体からは何か黒くて冷たいオーラが放出されている。
ラファエルの差し出した手を胡散臭そうに見下ろしてから、ナイトはナタリアを見た。
「姫様、これは一体どういうことですか? 彼が姫様の使役獣などということは有り得ないはずですが」
ナタリアは二人の青年を交互に見る。どう説明したものかと困ったように頬を掻いた。
「ええっとね……。話すと長くなるのだけど、ラファエルもわたしの使役獣で間違いないのよ。かなり珍しいタイプではあるのだけど……」
納得いかないとばかりにナイトがナタリアに詰め寄る。
「詳しく説明していただけますか、姫様?」
するとすかさずラファエルもナタリアに詰め寄る。
「ナタリア、俺こそが正真正銘君の使役獣だってこと、ちゃんとこの黒山羊ヤローに説明してやってくれ!」
じりじりと近付いてくる二つの端正な顔に挟まれて、ナタリアはよくわからない困惑に陥った。その様子に我慢ならなくなったデュークが二人の獣を引き剥がそうと乱暴に彼らの腕を掴んだ。
「お前らいい加減に――……ん?」
しかし確かに腕を掴んだはずの手の一方には、何の感触も伝わらない。デュークはおそるおそるその男に視線を向けた。
「ナイト、お前――」
呆然と固まってしまうデュークを見て、ナタリアたちもやっと『それ』に気がついた。
ラファエルとナイトの腕を取ったはずのデュークの手は、ラファエルの腕しか掴んでいなかった。ナイトの腕を掴んだはずの手は、ナイトの手をすり抜けて拳の形に握られている。
「ナイト……?」
不安そうな表情のナタリアが、何かを確認するようにそっとナイトに手を伸ばす。
ナイトに触れようと伸ばされたナタリアの細い腕は、まるでそこに何も存在していないようにナイトの胸をすり抜けて、背中に貫通した。
「体が……透けているだと?」
デュークが上ずった声を上げる。
「どうして……?」
困惑するナタリアに、ナイトは躊躇いがちに声を出した。
「……姫様。わたくしから一つ、悲しいお知らせがあります」
ナタリアははたと顔を上げた。見上げたナイトは長身を不憫なほどに縮こませて、なんとも申し訳なさそうな声で言った。
「――わたくしは、死んでいるのでございます」




