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4-3

 デュークは苛立っていた。

 元々、決して気が長い方ではなかったが、今の彼はいつもに輪をかけて苛々していた。


 それというのも、ナタリアが自分のせいで混沌に飲み込まれてしまったというのに、目の前の男ときたら、悪びれるどころか慌てた様子さえ見せないのだ。


「大丈夫だよ、マーマデュークの坊や。ナタリアなら心配はないさ」


 ナタリアが闇に消えて短くない時間が経っているというのに、全ての元凶であるリュシアンはずっとこの調子なのだ。


「どさくさに紛れて変な呼び方をするのはやめろ!」


「あれ? まだ自分の名前にコンプレックスがあるのかい? まったく、相変わらずだなあ。あんまり怒ってばかりいると、背が伸びないよ」


「誰のせいだ誰の! というか背は関係ないだろう!!」


 今にも噛み付かんばかりに身を乗り出すデュークを、テスが後ろから羽交い絞めにして止めた。


「はいはい。ご主人様、落ち着いてくださいね。――しかし、リュシアン殿は何故そのように余裕でおられるのですか? あの兄馬鹿の――失礼、妹思いのリュシアン殿とも思えませんが」


 リュシアンは顎に手を添え、意味深な表情でにやりと笑った。


「――あのロザリオを覚えているかい?」


「ロザリオ……? ああ、闇を払うとか言っていたあれですか?」


「そうさ! あのロザリオは対になっていてね。一つは女性用、もう一つは男性用。その二つが揃ったときにこそ、あのロザリオは真の力を現すのだよ……!」


「二つ揃ってないじゃないか!」


 デュークがテスに羽交い絞めにされたまま吠えた。ナタリアは確かにロザリオを首にかけていたが、一つしか持っていなかった。もう一つを隠し持っていたとも思えない。

 しかしリュシアンは相変わらず余裕の表情で目を閉じると、人差し指を立ててチッチッチッと舌を鳴らした。


「それが揃っているんだよ。あの混沌の中にいる人物が、もう一つのロザリオを持っているんだ」


「混沌の中だって……?」


 デュークは胡散臭そうに眉を寄せる。


「混沌の中では、何者も存在できないのだろう? 実体が存在できないから魂だけの存在になると、さっき自分でそう言っただろうが」


 しかしリュシアンはなぜか自慢げな表情で訝しむデュークたちの視線を受け流した。


「言ったとも。だがそれはあのロザリオを持っていない場合の話だ。ロザリオを持っていてなおかつそれが人間でなければ、混沌の中でも闇に飲まれずに存在を保つことができる」


「『人間でない』……?」


 ますますわからない表情になるデュークの後ろで、テスが呟いた。


「獣、ですか……」


「その通り。さすがはテス君、主人よりもよほど冴えているね!」


「余計なお世話だ!!」


 デュークの怒声をスルーして、リュシアンは説明した。


「あの混沌の中には、もう一つのロザリオを持ったナタリアの使役獣がいる。彼は使役獣だからね。ロザリオがある程度は闇を払ってくれるだろうが、万が一混沌の中で実体を失ったとしても、魂だけの存在に戻るだけだ」


 リュシアンの言葉に反応したのはデュークだけではなかった。それまで黙っていたラファエルが、不愉快そうな声をあげる。


「聞き捨てならねえな。ナタリアの使役獣はこの俺だ」


 しかし先程の、ナタリアとラファエルが主従関係を結んだ一件を知らないリュシアンは、ぽかんとした顔になる。

 間抜け面の主に代わってラビがラファエルたちに説明した。


「ナタリア様には、幼少の頃に召喚した正真正銘の使役獣がおられるのです。ナタリア様は幼い頃の記憶を失っているため、そのことも覚えてはいらっしゃらないようですが……」


「何だって――?」


 デュークは乱暴に腕を振り払ってテスの束縛を逃れると、リュシアンの胸倉を勢いよく掴んだ。その瞳には、激しい怒りや悔しさが滲んでいる。


「それを知っていて今まで黙っていたのか……? なぜそのことをナタリアに話してやらなかった!? お前だってナタリアが使役獣を召喚できないと悩んでる姿をずっと見てきただろう! 自分がもう使役獣を召喚していると知っていれば、ナタリアは自分が『素質を持たない者(リスタリア)』なんじゃないかと苦しむことも無かったじゃないか!!」


「僕だって話してやりたかったさ。だけど、深い事情があるんだよ……」


 苦々しい表情で俯くリュシアンの暗い顔を見て、デュークの手が思わず緩む。ナタリアの幼少の頃、記憶喪失――。それらのキーワードは、デュークの中である一つの事件と繋がった。


「十二年前の……誘拐事件と関係あるのか?」


『誘拐事件』という単語に、リュシアンはなぜかびくりと肩を震わせた。

 やがてすべてを諦めたようなため息をつくと、デュークによって乱された胸元を正し、改まった態度で一同に向き直った。


「――すべて話そう。十二年前、ナタリアに――いや、僕たち家族に何が起きたのか……」


 十二年前――。


 国王直属の猛獣使い部隊を率いていたナタリアの父、ジーン・オルブライトは、猛獣使いの名家オルブライト家の人間という点を抜きにしても、当時の国王陛下――現在の国王陛下ランスロットの父親――からの厚い信頼を得ていた。互いに歳が近いということもあり、二人は時折晩餐を共にするほどの仲だった。


 ある晩、いつものように晩餐の席に着いていた二人は、各々の子供の話に花を咲かせていた。国王の息子であり後に王位を継ぐことになるランスロットは当時十七歳、ジーンの息子リュシアンは十六歳と、互いの息子の年も近かったため、晩餐の席で息子たちの話があがることは常であった。

 しかしこの日、国王はふと思い出したようにジーンに尋ねた。


「そういえば、そなたのところには娘もおったな。名を何と言う?」


「はい、ナタリアと申します、陛下。まだ四つですが、これがまた妻に似た愛らしい子で……」


 娘を溺愛するただの親馬鹿と化したジーンは、それからしばらくの間、国王陛下の御前であるということもすっかり忘れて愛娘の自慢話をまくし立てた。娘の表情がいかに愛らしいか、彼女がいかに聡明でまた利発であるか……。


 そして後に、ジーンはこの自慢話を深く悔いることとなる。


 国王はジーンの娘自慢を一通り聞いた後で、良いことを思いついたとばかりに表情を輝かせた。


「では、そなたの愛娘を我が息子ランスロットの嫁にもらおう」


「……は?」


 礼儀も忘れジーンはぽかんと口を開けると、嬉しそうな顔の国王を見つめた。


「今……何と?」


「だから、ランスロットの妃としてそなたの娘を迎え入れようと言ったのだ」


「し、しかし、ナタリアはまだほんの四つで……」


「なに、構うことはない。今はまだ四つでも、いずれは年頃の娘になろう。とりあえずは許婚ということにしておいて、何年か後に正式に妻として迎えればよい。そなたの奥方に似ているのならば、さぞ美しい娘に育つであろうな」


 国王は今から楽しみで仕方ないとばかりに相好を崩している。純粋に、娘が将来の一国の主の妃として認められることが、誰にとっても喜ばしいことであると信じているようだ。


 しかし当のジーンはショックで言葉を失っていた。

 国王陛下のことは信頼しているし、その国王に、最愛の娘が将来の女王にと見初められたことは決して嬉しくないわけではない。


 だが、あの王子は――あのチャラい息子は絶対に駄目だ。


 ランスロットといったら、王子であるということを好い餌に、城下の娘たちまでかどわかしていると有名だった。眉目秀麗、すらりとした背格好に、剣の腕もなかなかに立つという評判の通り、なるほど確かに見た目だけは超がつくほどの一流品だ。


 しかし、中身が駄目だ。全然駄目だ。なってない。


 そんな男のもとにこの世で一番愛おしい娘を嫁がせるなど、例え未来の話だとしても簡単に許せるわけがなかった。


(これが普通の相手ならば、即座に拒絶してやるものを……!) 


 ジーンは卓の下で密かに拳を握り締めながら、対面に座る男を見上げた。

 しかし、相手が国王陛下で、その上自分の直属の上司であるのだからたちが悪い。

 すなわちこれは、ジーンにとっては国王から下された厳命のようなものだった。拒否する権利など端からありはしないのだ。

 黙りこんでしまったジーンに、国王は訝しげな目を向けた。


「どうした? まさか、我が息子の妃となるのが、不服だとは言うまいな……?」


『陛下のご子息は好色家なナンパ野郎だからお断り致したく存じます』という言葉が喉まで出掛かったが、かろうじて声に出さずに飲み込んだ。


「――まさか。ありがたき幸せに存じます」


 顔を上げたジーンの顔が笑いの形を保っていたことを見て取って、国王は大変満足したようだった。


「そうかそうか。では後日、そのナタリアとやらを城に連れてくるがよい。未来の娘にわたしも会ってみたいのでな」


 嬉しそうに笑う国王陛下に張り付いたような笑顔を向けながら、ジーンは決心していた。


 ――絶対に、娘を渡してはならない、と。



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