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急降下

急降下


 それはほんの一瞬のことで、孝彰はすぐにその色を覆い隠した。

 そんな風にして生きている。生きて来た人なのだ。楽に呼吸をしていない。

 彼も厚いガラスなのだと、美羽は思った。

 孝彰は、美羽の眼差しに宿るものを察したようだ。

〝ごめんなさい〟

 子供に同情され、不快に感じたかと美羽は思った。

「…いや、謝ることはない。君は聡明で、思い遣りのある女性だ」

 優しい声に、美羽は会釈するにとどめた。

 大人は苦い野菜の前に、甘いお菓子を子供に見せるものだ。甘さに釣られて話の手綱を良いように握られれば、届く真情も届かない。美羽は彼に、自分の思いを知って欲しかった。

「私の職業は代議士だが、今まで何度も竜軌の助言や忠告で助けられたことがある。親の贔屓目を抜きにして、あれは私より余程、優秀な人間だ。器が違う。竜軌が心底望み、成し得ないことは少ないだろう。この小さな国の、変革さえ」

 鷹が狙いを定めた獲物に急降下する。

 そんな様を美羽は思い描いた。その爪が見える。

「潔癖な君には陳腐と思われる話だろう。だが政界において、婚姻関係は未だ重きをなす。竜軌と、離れてはもらえないだろうか、美羽さん。これはただの、一人の父親の懇願です。決して、取引ではない。この頼みを君が拒絶したからと言って、君への支援を打ち切ることはないと約束します」

 不思議と冷静に、美羽は文字を連ねることが出来た。

〝私が離れたら、彼は幸せですか〟

「世の中には幸、不幸に関わらず、持って生まれた能力を世に奉仕せねばならない人間がいる。天稟を持つ者の、それが義務だと私は考えています。そして竜軌は、そう生まれついた男です」

 美羽が孝彰に向けた目を、彼は逸らさずに見つめ返した。

 ちっぽけな、何の力も持たない少女の目を、真摯な瞳で。

 こんなに誠実な人が、息子の幸福を第一義に考えようとしない。他の物事を優先すると告げる。父親の懇願と言った、その口で。美羽はそれが悔しかった。

 解っている。孝彰は無理無体を言ってはいない。人を気遣う心もある。ただ、大事とするものが美羽とは異なるだけだ。今、美羽の心にあるものを伝えたら、孝彰は女子供の言うことと呆れるだろうか。笑うだろうか。



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