足取り確かに
足取り確かに
執事のような人が胡蝶の間に来て、孝彰が話をしたいと言っている、と美羽に告げた。
その〝話〟は、文子の誘ったような〝お話〟とは違うようだ。
傍にいた竜軌が俺も行くと言うと、美羽様お一人をお呼びです、と初老の男性は答えた。俺が同席してはまずい話か、と竜軌が低い声を出すと、男性は動じる気配も無く、わたくしには解りかねます、と答える。竜軌に行く必要はない、と言われた美羽は、クレマチスの花を見て、男性の顔を見た。穏やかな顔だった。穏やかな中にも厳しい面を持つ海のようだと美羽は思った。
今、この瞬間にも、自分という人間が測られている。
断ってはいけない局面だと悟った美羽は、頷いた。
それから迷ったが、竜軌の頬に唇を当てた。
心配しないで、という思いを込めて。
伝わったのだろう、竜軌は美羽の頬にキスを返してくれた。不快と感じたら何でもつっぱねろ、と小声で言う。
初老の男性は無表情に佇んでいた。
頑丈で上等そうな木の扉をノックすると、穏やかな声が入室を促した。
室内に入った美羽は、メモ帳とペンを強く握った。
無様を晒してはならない。竜軌の目は曇っていると、思われてはならない。
孝彰は肘掛け椅子からソファに移動した。
「美羽さん、座ってください。そう、戦地に赴くようなお顔をせずに」
美羽は会釈して向かいのソファに腰を下ろした。
「具合はいかがですか」
〝だいぶ良いです。ありがとうございます〟
「竜軌は君に付きっきりのようだね」
〝はい〟
美羽は髪を揺らして頷いたあと、挑戦的にならないように適度な速度を心がけつつメモ帳を出した。
竜軌が洗ってくれて常より艶を増した髪が勇気をくれる。
「――――――確認したいんだが、君は竜軌を、その、」
〝好きです〟
「…そうか。息子の片想いではない訳だ。喜ぶところかな」
〝竜軌と私が好き合うことに、悲しむ必要が?〟
「はっきり物を言うね。君のそういうところは、竜軌と似ている」
孝彰が微苦笑した。
竜軌が微苦笑したようで、美羽は少しだけ怯む自分を感じた。




