黒髪の乱れて
黒髪の乱れて
Aラインのライムの色のワンピースを着た美羽は、乾いた大理石の浴槽に脚を伸ばして座り、硬くて幅のある縁の部分に頭を置いた。
ジーンズの裾をめくり上げた竜軌が、洗面器のお湯を美羽の髪に注いだ。
シャワーのホースの長さが足りなかったのだ。それでも竜軌は蛇口と浴槽の間を、洗面器を持って行き来する労を惜しむつもりはないようだ。
熱いお湯と、竜軌の大きな手が同時に美羽の頭に触れる。
こんなのは胸が苦しくて心臓に悪い、と美羽は思う。
「美羽。熱くないか」
その上、顔の真上から竜軌が訊いて来る。真っ黒い瞳が降るようで。
美羽は目を閉じ、辛うじて顎を引く。本当は顔が熱い。
シャンプーが泡立てられる。竜軌の手は、意外に器用に美羽の頭皮を扱った。
竜軌は黙って指を動かした。
美羽が薄く目を開けると、真剣な彼の顔が見える。
多分、竜軌に髪の毛を洗ってもらった女性なんて、他にはいない。
自分だけだ。
そう考えると美羽は、顔も知らない女性たちに仄かな優越感を抱いてしまう。
竜軌のたくさんの〝初めて〟を、美羽は与えられている。
口元を緩めていると、逆さからチュ、とキスされる。
「お前の髪は綺麗だな。うねる黒い龍みたいだ。鱗には艶がある」
赤面する。胸が締めつけられて、顔を両手で覆ってしまう。
「美羽?」
そんな風に、他には見せない優しさで自分を絡め取って、息の根も止めるつもりだろうか。
「美羽。顔を見せろ」
頭を指でくすぐられるが、首を横に振る。
「見せないなら首に痕をつけるぞ。赤い痣になるぞ」
急いで顔から手を放すと、竜軌が満足そうに笑った。
「良い子だ」
再び逆さからキスが降って来て、そのあとリンスがとろりと冷たく頭皮に流れた。
リンスをお湯で注がれてから、竜軌の腕が濡れるのも構わずに美羽の首に絡みつく。
「美羽。美羽。美羽」
嬉しそうに呼ばれるたび、体温が一度ずつ上がる気がする。心が掻き乱され通しで、周りの酸素が薄くなったようで、熱くて。
竜軌といると、感情の果てが見えない。




