蜂蜜
蜂蜜
タタタタタ、と足音が微かに聴こえたかと思うと、前触れも無く襖が開かれた。
白峰の間にいた真白は、腕に飛び込んで来た美羽に驚いた。
ぎゅう、としがみつかれていると、竜軌が部屋に入って来る。
「新庄先輩。苛めたんですか」
美羽の背に腕を回す。時をかけ近しく接する内、真白も美羽のことを妹のように可愛く思うようになっていた。
その美羽に何をした、と言わんばかりに竜軌を見据える。
「髪を洗わせろと言っただけだ。逃げることはないだろう」
竜軌は仏頂面だ。
「逃げますよ。女性の入浴中に居座るつもりですか」
「だから、美容室でやるように、髪、だけを、」
言葉がいつものように円滑でない。
竜軌にも穏やかな実現法はまだ浮かんでいないらしい。
つい言ってしまったのだろう、と真白は思った。
竜軌は、美羽に与えてやりたくて仕方ないのだ。
優しさや、甘さや、穏やかな温もりと言ったものを。
信長も、帰蝶に対して同じようであった。真白の前生・若雪に、あの蝶は美しかろう、と自慢げに告げたこともある。常には鋭い眼光を、日溜りのように和ませて。
(美羽さんに関わると、先輩は驚くほど人が変わるわ)
優しさに刃が溶ける。とろける。
それは真白に嬉しい事実だった。
真白は考えた。
「…空の浴槽に服を着たまま入って、頭を後ろ向きに浴槽の縁に置いては。それならシャワーで、縁に置かれた頭とはみ出た髪の毛を洗えるんじゃないかしら。美羽さん。それでも嫌?」
〝竜軌は、どうして私の髪を洗いたいの〟
美羽が真白の後ろからメモ帳を出す。
「簡潔に言えばお前が好きだからだ」
そんなことを真顔で言う。真白はついつい、笑い声を立てた。
美羽は降参した。




