弟たち
弟たち
主君の大事な女性。
自分たちも嘗て御方様と呼び、親しみ、尊んだ女性を侵害する輩がいる。
「なあ、兄上」
「何だ、力丸」
「上様は、なぜさっさと殺ってしまわれぬのだろう」
「……差し障りがあるからだろう」
「どこに?神つ力を持つ人間に、人の殺傷はそう難しい話ではない。結界の中で殺めてしまえば良いのだ。神器で殺め、結界を閉じる。そうすれば遺体も凶器も見つからない、完全犯罪の成立だ」
蘭の二人の弟は、美貌の兄によく似た顔を向い合せていた。
「それが御方様のお心に沿うかどうか、測りかねておられるのやもしれん。今は昔とは違うのだ。力丸。上様の命なくして早まった真似をするなよ」
「…解っている。解ってはいるが」
俺は奴をぶち殺したいのだ、と少年は続けた。
森長氏力丸が初めて帰蝶に会った時、彼はまだ十五にもなっていなかった。
帰蝶は年齢にしては若く、円熟した美貌の持ち主だった。
信長を守ってやって欲しいと言われ、力の入った返事をすると、彼女は笑った。
この方は上様を愛しておられるのだと思い、嬉しくなった。
信長の側近く仕える森家の兄弟たちにとっても、帰蝶は守るべき、尊い女性だった。
そして森長氏力丸は、二人の兄・森成利蘭丸、森長隆坊丸らと共に、帰蝶に誓った通り信長を守るべく奮戦して十代の若さで果てた。
力丸はそのことを誇りに思いこそすれ、少しも悔いていない。




