守ることを
守ることを
美羽が目を開けた時、自分を凝視する竜軌と視線が合った。
(目が赤い。充血してるわ。竜軌、寝てないの―――――?)
手を伸ばそうとすれば抱きすくめられた。
「美羽。片を付けるまで俺は当分、お前に張りつく。鬱陶しいだろうが我慢しろ」
美羽が瞬きして頭を離し、ずっと一緒?と唇を動かすと、竜軌は頷いた。
「そうだ」
美羽の唇が、嬉しい、と動く。
片を付ける、の意味はよく解らなかった。
何となく怖くて訊けなかった。
ただ、竜軌とずっと一緒、と胸の内で繰り返した。
それならば怖いことも苦痛も、忘れられる気がする。
竜軌は美羽の額に唇をつけた。それから、左右の頬と、左右の手の甲にも順番に。
自分の中で何かを誓うように。
金色の朝日が障子越しに差し込み二人を照らす。
神聖な儀式のようだった。
「竜軌。お前は自分の発言の意味をよく解っているのかね?」
「これ以上ないほど正確にな」
新庄孝彰は朝食の最中に押しかけた息子を扱いかねていた。
いつも沈着な息子が、目に見えて殺気立っている。
その姿は竜軌の発言内容の確かさを証明しているようにも思えた。
「…朝林教授は聞えた人格者だ。あの若さで教授の地位にあるのも、彼の優秀さを証明している。だから私も、教授の再訪の願いに応じた。その彼が、我が家で美羽さんを襲っただと?」
「素顔を隠さん狼など、どんな御伽噺にもおらん。あんたのいる世界でも常識だろう。胡蝶の間の襖を見て尚、同じことが言えるか?あの男は美羽のストーカーだ」
「―――――佐野君の早とちりということはないのかね。朝林教授は、佐野君にいきなり殴りかかられたと言っていたが。俄かには信じられなかったので、その場では佐野君にも話を聴いておくとだけ答えたよ。教授は温厚に引き下がってくれた」
ドン、と竜軌が食卓を拳で叩くと食器が揺れ、お椀の中の味噌汁が波立った。
孝彰は眉根を寄せた。
「佐野の人間性はあんた自身がよく知っている筈だ。美羽のブラウスの外されたボタンを俺も見た。佐野が美羽に被さる朝林を見たことの裏付けだ。あいつを二度と、家に入れるな。すれば俺はあんたも敵と見なす」
「………お前が敵に、か」
「あんた次第だ」
それは怖いな、と言って孝彰は息を吐いた。竜軌から目を逸らし、一枚板の食卓の、渦巻く年輪模様を数えるように見る。
「私を脅さんでも並の良識は持ち合わせているよ。改めて佐野君にも話を聴いた上で、警察に被害届を出しておこう。お前の言うように、教授は二度と招くまい。…美羽さんの様子はどうだ。署まで一緒に行けるかね?事情を話せそうか?私は彼女の話も知りたいのだが」
「無理だ。ずっと眠っている。現実逃避と自己防衛だろう」
「そうか。……可哀そうに。しかし被害者本人の声は必要だ。婦警がうちまで来てくれるかどうか」
「あんたの力は何の為にある」
「もちろん、国民の利益の為だよ、竜軌。私的な欲求を満たす為のものであってはならない」
「美羽もあんたの言う大事な国民だな?」
竜軌が念を押すように尋ねる。
「その通りだ。朝林教授も同様に。私は弁護士ではないが、天秤を傾けてはならないと自戒している。それは忘れないでくれ」




