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一つだけ
一つだけ
美羽はあれ?と思った。
さっきまで明るかったのに、もう夜になっている。
どうしてだろう。
どうして竜軌は、そんなに怖い顔で自分の手を握っているんだろう。
また何か、自分の為に怒っているのだろうか。
考えていると理由もなく涙が目から溢れ出た。
どうしてだろう。
竜軌。どうしたの。怒らないで。傷つかないで。
あなたが辛いのは嫌なのに。
声が出ない。紙もペンも無くては、伝えられない。
美羽は握られていない左手で、竜軌の髪を撫でた。
どうしたの、と唇を動かす。
泣かないで、と動かす。
「美羽」
竜軌は苦しげに、ただそれだけを言った。
その声に籠る苦渋に、美羽は悲しくなる。
(傷つかないで。あなたは人に厳しいけど、自分にも、とても厳しい人だから)
美羽の願いはやはり声にはならず、再び瞼を閉ざす彼女を竜軌は見ていた。
竜が怒りに震えた晩、蝶はその腕で眠り続けた。




