人形
人形
美羽は何が何だか解らなくなった。
声が出ないだけでなく、耳までおかしくなったように周りの音が遠い。
目の前の誰かの背中のシャツを、震える手で握るしか出来なかった。
その間もずっと、心は竜軌を呼んでいた。
竜軌の耳が秀比呂の声を捉えたのは、雑踏の中を歩いている時だった。
秀比呂の存在を認識してから彼の声には注意を払っていたが、身の周りを喧噪が取り巻いていれば対象者の声も聴き取り辛くなる。集中したチューニングが難しくなるのだ。何より計算外だったのが、秀比呂が堂々と、客人として新庄邸を訪問していたことだった。
少なくとも邸内にいれば、美羽は安全だと考えていた。
その考えが甘かったと知って、竜軌は早急に蘭に連絡して美羽の救出を命じ、自分も来た道のりを全速力で戻った。
邸内の長い廊下を駆け、胡蝶の間の破損した襖を超えると、まず蘭が見えた。
それからその後ろに立ち尽くす―――――――――。
「美羽っ」
美羽の頭は人形のようにぎこちなく竜軌を向いた。
見開いた瞳が竜軌を見つめ、唇が竜軌、と動く。
竜軌の伸ばした手が触れると、美羽は糸が切れたように昏倒した。
竜軌は腕の中で、力無くうねる黒髪を見た。黒髪は舞い上がり、うねって、落ちた。




