聴こえない夜
聴こえない夜
美羽の意識は再び、夢の流れにたゆたう。
ふわり、ふわりと夢に舞う。
ああ、あそこだ。あの人のところに行きたい。
そう思い、羽をはためかす。
低い声が帰蝶、と呼んだ。
帰蝶、お前は美しい。
竜軌によく似た人がそう言った。
美羽が眠りに落ちるまで、竜軌はずっと彼女を眺めていた。
美羽の傷ついた眼差しは、不信の眼差しは、涙は、堪えた。
怒りと憤りと、悲しみが湧いた。美羽の拒絶に竜軌の胸は抉られた。
しかしそれを悟った蝶は自ら竜軌に近付き、泣きながら目で詫びた。
声が聴こえなくても彼女の謝罪の念は深く伝わった。
唇を必死で舐め続ける美羽が愛しかった。
余りに愛しくて、傷の痛みも甘く溶けた。
悟られぬように欲情を堪えた。
(抱きたい)
同じ布団に寝ながらそれが出来ないというのは、中々に地獄だ。
(美羽)
黒髪を掻き上げて深くくちづけて身体の全部に触れて。
喘ぐ蝶の声を聴けたら。
だが美羽は竜軌を信用し切って寝ている。
肌に触れれば、忌まわしい義龍の過去を思い出させるかもしれない。
「美羽。お前を愛している」
触れる代わりに、眠る女に愛を告げた。




