悪口
悪口
織田信長を覇者たらしめたもの。
武力。財力。権力。
実のところそのどれでもない。それらはあとから彼に付随した、言わば些少なエレメントだ。
真に恐ろしいのは、触れれば切れるような頭脳。
状況を冷静に見極め、把握し、先の先まで展開を読む眼力。
それに望む者の声を聴く巫の力が加われば、天下を掌握しないほうが自然の理に反している。
(本気になったあの男と渡り合えるのは真白さんと、あと一人くらいなものだ)
青嵐の間の座椅子に重心を預ける荒太をフリーライターの河本直、前生名・兵庫は眺めた。彼の主君の顔は、子供のようにむくれていた。
「御機嫌斜めですねえ、荒太様」
「当たり前だ。現状はどう考えても面白くない。俺はさっさとけりをつけて、真白さんと家に帰りたいんだ。俺たちの愛の巣に!妻に触れられない日がもうどれだけ続いているか。真白さんはこの邸では首を縦に振ってくれない。可哀そうな俺」
「はてさて。どうけりがつくかが問題ですな。穏便にことが収束しますか。信長公がぶちキレられれば一波乱は必至でしょう。で、結局、拳銃はどうしたんです?」
そう訊いたのは、兵庫の横に二足で立つグレーの猫だ。
人語を喋る猫に荒太も兵庫も驚かない。生まれ変わったら猫か犬になりたい、が口癖だった風変りな忍びが、望み叶って今、ここにいるのだから世の中とは計り知れない。
「斑鳩に渡した」
猫の金色の目が納得したように光る。ひくひくと髭を動かして評する。
「持つべきは警察の身内と」
「そういうことだ、山尾」
「どうせ、もう二、三丁は隠し持ってるでしょうに。煮ても焼いても食えない信長公ですよ?」
茶髪を軽く掻き上げながら兵庫が言う。
「それは俺も真白さんも解ってるよ。ただ、牽制の必要はあった」
「まあ確かに」
「この会話も、聞こうと思えば信長公には筒抜けですけどね」
山尾が尻尾を振りながらにい、と笑う。
「あーほ、ばーか、まーぬーけ。ふーぬーけーのー魔王ー」
「…荒太様」
兵庫が呆れ顔になる。
「人間盗聴器にこのくらい言って何が悪い。それより胡蝶の間には近付くなよ、山尾。新庄に皮を剥がれるからな」
「心得ておりますよ」
ぱたり、と長い尻尾が畳を打った。




