チューリップ
詰襟の少年が、金髪を風に靡かせて校舎の裏、咲き初めのチューリップの並ぶ花壇を見ていた。前生名を佐竹義宣とする彼は水温む春に、密かに心緩めていた。
ピンク、赤、白、黄色、まだ蕾のチューリップも目を楽しませてくれる。
夕映えの中、それらの花を愛でる義宣、今生名・高田邦彦に声を掛ける少女がいた。
「国宗を振るう殿とも思えぬな」
「那須か」
呼び掛けた少女は、前生において義宣の正室だった。那須御前と呼ばれ、『平家物語』、扇の的のくだりで有名な那須余一の家系の姫だった。那須も佐竹も劣らぬ名門で、また、政略結婚であったが、二人の仲は睦まじかった。
長い黒髪を赤い組紐で結んだ少女は、今生名を佐野侑李と言う。凛とした和風美人で、それは彼女の性格にも如実に表れていた。
つんと顎をそびやかす。
「好い加減にその軽薄な髪の色、戻されては如何か」
「そう申すな。気に入っているのだ」
「私は好かぬ」
やれやれと邦彦は微苦笑し、咲き初めのチューリップから咲き初めの少女へと視線を移した。
「俺に左様な口が利けるのは父上とそなたくらいだ」
「殿は不満か」
「いや? 俺の花はそのくらい勝気で良い」
金髪を揺らし、無邪気に笑う邦彦を、侑李が眩しそうに見る。転生しても惚れているのは癪な話である。
咲き初めのチューリップを邦彦が愛でることに、嫉妬の念が湧いたなど、口が裂けても言わない。
「那須」
優しい声に上を向くと、啄むように口づけされた。
「欲しかったんだろう?」
認めるものかと触れた唇を引き結ぶ。
「そのまま動くな」
不意に温度の切り替わった声に、目を瞠る。
簡略結界が張られた、と気配で解る。
「国宗。共に歩もうぞ」
現れた神器は脇差。短くも刀身は滑らかにして美麗だ。
ばらばらと、邦彦たちを囲む男の集団は一様に暗い色の服を着て、手には光る刀剣を持つ。
くっ、と咽喉の奥で邦彦は笑い、侑李を背後にして襲撃者を国宗で斬り伏せていく。短い得物では不利である筈の戦闘上の理屈を、彼は覆していた。相手の刀身を避け、或いは摺り流し、急所を狂いなく斬り、突く。
邦彦はチューリップに血が飛ぶことを憂いた。男たちの亡骸は結界内で消失させれば良い。敵の死より花の穢れを重く見る邦彦の性分は、乱世に生きていた頃から変わらない。
全ての男の息の根を止めた時、結界内は血臭に満ちていた。
「伊達の乱破だな」
「伊達とは和睦したのではなかったのか」
侑李が眉をひそめて邦彦に問う。
「独眼竜が御し切れていないということだな」
「名にし負う竜もその程度か」
「まだ高校生だぞ?」
笑みを含む声で邦彦が応じる。侑李の批判は、そのまま伊達正宗こと佐原一芯への過大評価にも繋がっている。戦乱を掻い潜り、土木等の城下町作りにも手腕を発揮した仙台藩初代藩主はそれだけ尊崇を集めている。
「なあ、侑李」
「何」
二人ともに、口調を変える。現代高校生のそれに。
「デートしないか」
「血の汚れを落としてからなら良いわよ」
「うん。それと」
「何?」
「今度は俺が欲しい」
何をと問う間もなく、侑李は掠めるように邦彦に口づけされた。その勢いのまま、抱きすくめられる。
「今生ではずっと一緒だ」
「…………」
秀吉の勘気を蒙った那須家の出である那須御前は、婚家である佐竹家から出された。別離を強いられた二人は、それでも佐竹の家の為には耐えるしかなかった。
そういう時代だったのだ。
今は誰はばかることなく寄り添う二人を、咲き初めのチューリップが見ていた。




