番外編・小悪魔とタイミング
雪人の華やかな美貌が、聖良の目の前にある。
ちょっと困ったように、すまなそうに微笑んで。
それだけで、彼の全てを許してしまいそうな自分がいる。
「あたし、怒ってるんだから」
辛うじてそう告げるが、声調は弱い。
雪人は京都から帰り、聖良に逢いに直行してくれたのだ。
たくさん詰ることは出来ない。
けれど寂しかったのだ。
自分の知らないところで、何かと格闘していたのだろう雪人。
京都でも恐らく、聖良の与り知らないものと戦ったのだろう。
―――――――――独占出来ない。
華のようなこの男を、自分だけのものにしてしまいたいのに。
雪人の両頬に手を添えて、軽いキスをする。
そして身を引こうとした聖良の顎を、雪人が柔らかく捉え、深く口づけた。
品行方正な紳士の鑑のような雪人が、聖良を貪ろうとする。
聖良が軽く喘ぐと、やっと唇を離した。
「…雪人さんは、戦士なのね?」
「いいえ。私は武士です」
「同じよ。あたしだけの為に戦ってはくれない」
「戦いますよ。もし、あなたを欲する男が他に現れたら。あなたを傷つける存在が現れたら」
極上の男が、平然と、当たり前のようにそんなことを言ってのける。
(あたしだけの為じゃなくても、あたしは愛されてる)
諦めかけていた愛を見出した。
それで十分な筈なのに、心はどこまでも貪欲だ。
黙っていれば今のように抱きすくめてもくれるのに。
「私はこれでも随分、我慢してるんです。婚前交渉をすまいと」
「古風ね。雪人さんらしい」
言いながら聖良は、雪人の潔癖さを乱したくなった。
自分の背に回していた雪人の手を取り、胸に導く。
「――――――聖良さん」
雪人の目が狂おしくなる。
「…奪って?今日は、親も帰らないし」
「私を試されるのですか」
「違うわ。陥落したいの、あたしだけで埋め尽くしたいの」
「………」
「コウノトリ」
その一言のあと、聖良は抱き上げられ、ベッドに押し倒された。
「あ、シャワー浴びてないわ」
「すみません、ちょっと中断出来ない流れです」
「冗談よ」
「小悪魔ですね」
雪人の微笑みは優しい。
その後、絶妙なタイミングで鳴った雪人の携帯は無視された。




